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演習②

 



「なら、わたしとやろうよ」


 睨むというよりは射抜くという方が正しい眼光を向けながら、異母妹がおれにそう言ってくる。

 敵意も満々で、目的がただの組み手だけでない事は明らかだった。


「悪いが、おれは誰とも組むつもりはない。他を当たって――!?」


 早急に立ち去ろうとした矢先に、側頭部目掛けたハイキックが飛んで来る。

 前回と違って正面から、予備動作も見えていた為に余裕を持って受け止められたが、その威力は相変わらずだった。


「拒否権あると思ってるの?」


 いつの間にか、おれの周囲には囲むように人だかりができていた。その面々は全員が、おれが無能者であるが故に組もうと狙っていた連中だった。

 組み手をサボってのあからさまな行為だったが、教官の男も見て見ぬ振りをしている。元々が騎士団から派遣された貴族出身者だ、無能者に対して抱いている感情はお世辞にも良いとは言えないだろう。


 公開処刑――そんな言葉が頭に浮かぶ。

 仮にここでユナがおれに怪我を負わせようが、はたまた不幸な事故で死なせようが、お咎め無しで処理されるだろう。

 それはおれが無能者であるというだけでなく、魔力持ちであったとしても、同様の結果に落ち着く可能性は高い。

 ただ、流石に命を落とす可能性は無いとは言わないが、限りなく低いだろう。曲がりなりにもゾルバからの推薦者という立場の者を、どんな理由であれど死なせればどうなるか分からないほど無知ではない筈だ。


「デジャヴだな……」


 周りの連中は別にユナが呼び集めた訳ではなく、勝手に見物の為に集まって来ただけだ。ユナ自身は、自身の内面に抱えている鬱憤や憎悪といったものをぶつけようとしているだけで、そこに晒し者にしようという意図は一切ない。

 にも関わらずこれだけの人数が集まって囲まれる事態に、嫌でもこの国に――引いては大陸における無能者の立場というものを思い出させられる。

 おれやエルンストは、例外中の例外だった。


「重ねて言うが、戦う理由がない」

「サボるの? 今は演習中の筈だけど」

「周りの奴らにも同じ事を言うんだな。おれがサボりだとして、そいつらはどうなるんだ?」

「……ムカつくなぁ」


 ぼそりと、不機嫌さを隠そうともしない声で呟く。

 直後に、先程とは打って変わった予備動作無しの蹴りが飛んで来る。狙いはやはり側頭部。

 これも間に腕を入れることで辛うじて防ぐが、先ほどよりも威力が増していた蹴りに腕が鈍痛を訴えてくる。

 次にもう1度間を置かずに蹴りが放たれれば、今度は受けきれない可能性が高い。そう思っていたところに、今度は魔力の動き。

 唐突におれを飲み込むように発生した不可視の力の塊に、その場から飛びずさって退避するが、僅かにその魔力が動くほうが早かった。


「痛ッ……!」


 左の内側の手首から肘に掛けて、1本の細く曲がりくねった筋が浮かび上がり、そこから血が勢い良く噴出する。

 傷はそこそこ深く、動脈を傷つけていた――というよりも、動脈に沿って切れ込みが入れられていた。まるで動脈の中に鋼糸が埋まっていて、それをたったいま外に引っ張り出されたかのような結果。

 脳裏に思い浮かぶのは、ユナの固有能力である【血液支配】。

 勿論名称からどんな能力なのかは大よその見当が付いていたが、実際に見るのとではやはり違う。そして何より、相手の体内の血液まで範囲内であるという事実に、舌打ちしたい気分になる。


 炎や雷撃、水などを生み出して攻撃する魔法とは違い、相手自身に直接作用させる魔法には、相手の魔力抵抗力というものが密接に関ってくる。

 読んで字の如しで、魔力による作用に対する抵抗を行う力の事であるそれは、生物ならばどんな存在でも持ち合わせている。

 ある時は自身に害を及ぼす魔法に抵抗する際に効果を発揮させたり、ある時は自分にとって有益な魔法を作用させる為に意図的に下げたりと、魔力持ちにとって上限を上げたり自由にコントロールする術を学んだりする必要のある重要度の高いものであり、また無能者は一切持ち合わせていないものでもある。


 当然ながらおれも持ち合わせている筈もなく、今し方の能力に対して、他者が体内の血液を支配される際にそうはさせまいと抵抗するといった芸当を、おれはやる事ができない。

 つまり1度でも捕らえられれば、すぐに血液を体外に引っ張られる事になるという事だ。

 今回は捕らえられたのが腕だけだから良かったものの、頭ないし胴体を捕らえられれば、その時点でおれはユナに殺されるだろう。


「無能者のくせに躱すとか、腹立つなぁ……」


 苛立ちの声を上げるユナの表情には、おれに対する憎悪といったものがありありと浮かんでいた。

 背筋に冷たいものが下りる。回避行動を取らなければおれは全身の血液を支配されて、自分の命をユナに握られる事になっていた。

 仮に全身の血液を支配された際に、ユナが本当におれを殺す可能性は限りなく低いだろう。だが殺される事はなくとも命を握られる事になるというだけで、おれにとっては十分最悪だ。そしてユナから感じられるおれに対する憎悪からは、万が一の時には躊躇いはしないというものを感じさせられた。

 まだユナがおれが異母兄だと気付いている様子はないが、もし気付いたとしたら、その予想は確実なものとなるだろう。


 そんな苛立ちを見せるユナとは裏腹に、周囲のギャラリーが俄かに声を上げ始める。

 ただしそれらの声は、ユナの行動に対する驚きといったものではなく、賞賛やおれの様に対する嘲りといった、歓声の類のものだった。

 ただ1人のものを除いて。


「ちょっと、何やってんのよあんたは!」


 予想外と言えば予想外な、アルトニアスの制止の声だった。










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