演習①
「ちょっと、あんた!」
翌日、早々に接触する事になった。
ただし向こうから。
「何で昨日来なかったのよ!」
「昨日?」
「手紙よ! あんたの部屋に入れといた筈よ!」
正直に言えば、まさかこうも正面から詰め寄ってくるとは思いもしていなかった。
場所は実戦演習の講義で利用される、第2演習場。そこで2人1組を作って組み手をやるように指示された矢先の事だった。
ぶっちゃけいつものように相手にせずにスルーしても良かったが、周囲の連中はおれが無能者である為に組みたがらない者か、もしくは無能者であるが故に組みたがる者しかいない為、そういった者たちを牽制する意味でも会話に付き合う。
「その手紙というのは、名前すら記入せずに一方的に非常識な時間帯に来いなんて書かれていたやつか?」
「えっ、嘘……名前、書いてなかった?」
てっきり開き直るかと思っていたが、予想に反して呆気に取られたように聞いて来る。
「ああ、書いてなかったな」
「……ゴメン、書き忘れてたみたい」
しゅんとうな垂れる。その様子からは、決して嘘をついているようには見えない。
「それで、用件は何だ?」
「……用件?」
「わざわざおれを非常識な時間帯に呼び出そうとした理由だ」
「あっ、そ、そうね……」
ごほんと、場を改めるように咳払いをする。何故イチイチ改める必要があるのか、おれにはさっぱり理解できない。
「用件は1つよ。この私と勝負しなさ――」
「断る」
物々しい武装をしていたというシロの証言から予想していた事柄の1つであったが、本気でその申し出をおれが受けるとでも思っているのだろうか。
「何でよ!」
「何でも何も、受ける理由がない」
「今は演習中よ。どうせあんたは組む相手が居ないだろうし、私と組みなさい」
喧嘩を売ってるのか? いや、勝負を挑んできているのだから、あながち間違いではないのだろうが。
「あのな、おれは無能者だ。魔力持ちのお前と戦える訳が無いだろうが」
「安心しなさい、私も魔法は使わないわ。それで条件はイーブンの筈よ」
「どこがイーブンなんだ。怪我してんのが見えないのか?」
おれの顔にはテーピングが、右手の中指には添え木と包帯が巻かれている。お陰で今朝から悪目立ちして仕方が無い。
「そう言えば、どうしたの、それ?」
「……訂正するが、おれは昨日呼び出しに応じなかった訳じゃない。ただ、行く途中で暴漢に襲われてな」
嘘を織り交ぜ――いや、むしろ偽り8割で相手の反応を探る。
オーヴィレヌ家とウフクスス家の折り合いの悪さを考えるに可能性は低いが、それでもこいつがおれをハメようとした可能性が皆無な訳ではない。
もし本当にそうならば、個人的には話が一気に単純になって助かるのだが、しかし反応は期待していたものではない、予想通りのものだった。
「えっ、それ、大丈夫なの?」
「大丈夫な訳あるか。見るからに折れてんだろうが。というか、おれはてっきり、お前がおれをハメようとしたのかと思ってたがな。余りにもタイミングが良すぎて」
「私がそんな事をする訳ないじゃない!」
心底心外だと言わんばかりの態度。やはり嘘をついているようには見えない。そして腹芸ができるようにも見えない。
「……でも、考えようによっては私のせいよね。治癒院には行かなかったの?」
「おれが無能者だって事を忘れてねえか?」
「あっ、そう言えばそうよね……」
俯いて何かをブツブツと呟き始める。だんだん相手をしていて頭が痛くなってきた。
「……よし、手を出しなさい」
「……何で?」
「手当てしてあげるわ」
「…………」
予想外の言葉が飛び出して来る。そして、そう言えば神殿騎士の見習いをやっていたんだなと思い出す。
だが、できるできないは別にして、果たして信用しても良いものかどうかは判断しかねる。
こいつがおれに対して悪意を持っていないのは、何となく分かる。何故かは分からないが、こいつは他の連中がおれに向けている無能者に対する侮蔑の類の意思は持っていない。だからこそ、おれも対応を決めかねているのだ。
単純に無能者だからムカつくとか、そういう理由で突っかかって来てくれる方が、おれとしては遥かにやり易い。
「……分からないな。どうしてそうも、おれに突っかかって来るんだ?」
「だから、あんたが無能者だからよ」
前にもした質問。そして返って来るのは、前と同じ回答。
まともな回答が得られる訳が無いとは分かっていても、どうにもモヤモヤとする。
せめて近づいて来る理由でも分かれば対応を決められるのだが、現状では保留以外の選択を取れない。はっきり言えば持て余している状態だ。
「……やっぱり、憶えてないんだ」
「……は?」
今こいつは、憶えてないと言ったか?
どこかで会った事でもあったか?
「何でもないわよ! それよりも、手を見せなさい!」
呆気に取られた隙を突かれて、右手を取られる。
「【接合】」
水属性の魔法が展開され、折れた中指にじんわりとした暖かみが広がる。
「はい、これで治った筈よ」
言われた通り、中指の腫れは引き、元通りに動くようになっていた。
「あとは鼻ね」
アルトニアスは中指にしたのと同じように、おれの鼻の骨も繋げる。
流石に中指を綺麗に繋げられた後では断り辛く、素直に厚意に甘えさせてもらう事にした。無能者であるおれには、怪我を早期に癒す手段がない為、正直に言えばありがたかったからだ。
「これで今度こそイーブンよ。さあ、私と――」
「断る」
「何でよ!?」
むしろ何では、こっちの台詞だと思うが。
さっきも勝負の申し出を受ける理由がないと言った筈だ。
「怪我を治してあげたじゃない!」
「それはそれだろう。治してくれた事は感謝しているが、だからと言って勝負を受ける理由にはなり得ない」
事前に約束していたなら話は別だが、あくまで向こうが一方的にやって来た事だ。
屁理屈と言われればそれまでだが、向こうは反論の言葉が見つからないようで、唸りながら悔しそうにおれの事を睨んでいた。
あえて申し出を受けてこいつの出方を見るのも1つの手段として考えなかった訳では無いが、こいつの発言から推察するに、どうやらアルトニアスはどこかでおれと面識があるらしい。
ならばまずは、そちらの方向から洗ってみる方が良いだろうと判断した。
「そういう訳だ、組み手はおれとじゃなくて、別の奴とやってくれ」
「なら、わたしとやろうよ」
それだけ言い残し、教官として招かれている男の視界に映らないように適当に流そうと移動しようとした矢先に、今度は別の奴から声を掛けられた。
今日は――いや、今日も厄日だ。