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通り魔④

 



 貧民街を駆け抜け、錆びてガタガタになった看板の掲げられた店に、腐っているのではないかと思わされる扉を開けて入る。


「よう、覗きでもしてたのか?」

「何でそうなる」

「鼻血ダラッダラじゃねェか。興奮したんだろ?」

「どっからどう見ても折れてんだろうが」


 視界の端に、腫れ上がった自分の鼻が見える。鏡を見てみれば、より酷い光景が映るだろう。


「つか、そんな事は把握してるだろうが。覗いていたのはお前なんだから」

「いや、アタシが見た時には既に鼻血を流してたな。おまえを覗いたのは全くの偶然だ。ほんの1時間前まで喋ってたのに、チラリと覗いたら襲われてんだぜ? さすがに肝を冷やした」

「そんな事よりも、説明をして欲しいな。どうして逃げろっていう合図を送って来たのかの、具体的な説明を」

「勿論そのつもりだが、その前に手当てしろよ。何か道具居るか?」

「添え木代わりになる物、サイズは指と同じくらいだ。それとテープと包帯、あとは止血用のガーゼだ」

「痛み止めは?」

「要らねえ」


 麻酔は便利だが、有事の際の対応が遅れるリスクも孕んでいる。

 特につい先程おれは襲撃されたばかりだ。痛みに負けて使えば、万が一という事がある。


「ほらよ」


 店の奥に引っ込んで行ったシロが戻って来た時には、両手におれが頼んだ物を抱えていた。

 それを受け取ろうとしたところ、脇から小さな手が、そのうちのいくつかを拝借する。


「手を、出せ……」


 拝借したのは、勿論ベスタだった。


「自分でやるっての」

「その手で、か? 鼻はともかく、手は片手じゃ、上手くいかないだろう……」


 襲撃者の男に目打ちを放つ時に使った右手、その中指は、半ばから骨が折れていた。

 その手を言われた通りに差し出すと、ベスタは手際良く折れた骨を矯正し、添え木をしてテープを巻き、その上から包帯を巻いて固定する。

 一方のおれも、大雑把にしかできなかった鼻の矯正を左手だけで念入りに行い、丸めたガーゼを詰めてテープを貼り付ける。

 あとは骨がくっつくまで安静にしていれば良い。


「大体10日から2週間くらいか」


 それぐらいもすれば、元通りとはいかなくても、人を殴っても問題ないくらいには回復する。


「いや、治療院に行けよ」

「知らないのか? ティステアの治療院はどこも神殿のお抱えで、おれが迂闊に入ろうものならば神殿騎士の1個大隊が派遣されて来る」

「国営のとか、闇医者とかぐらいあんだろ」

「それらがないのはお前も調べてんだろうが。その辺りは神殿が徹底的に管理しているから存在しないし、万が一新しくできてもウフクスス家が即座にガサ入れするから1月と持たねえんだよ」


 それに下手な者の治療を受けると、返って悪化する事もある。

 その辺りは神殿がきちんとした教育と経験を施している為、治療院に属している者ならば信頼できるが、その治療院におれは入る事ができない。

 ティステアは治療院の普及率も値段的な利用のしやすさも大陸1だが、それは無能者でない場合に限るのだ。


「それで、手当ても終わった事だし、そろそろ説明してくれないか?」

「ラジム=ロニ・ガーヴィング。ウフクスス家第7師団長だ」

「ウフクスス……?」


 称号が表すのは男爵家の地位。それは問題ない。どんな生まれであろうと、実力さえあれば評価されるのがウフクスス家だ。

 各家の当主という座ですら大した意味をなさず、僅かでもウフクススの血を引いていればいくらでも成り上がりを可能とする、規律によって縛られた群体生命体。それがウフクスス家の本質だからだ。


 問題なのは、何故ウフクススの者がという点だ。


「とうとうおれをしょっぴく為に動き出したか?」

「それが分からねェんだよな。確かにおまえを襲った奴は、ウフクスス家の者で間違いねェ。ただな、いくら覗いても、他のウフクスス家の連中がおまえを捕らえる為に動いている様子がどこにもねェんだよ」


 資料を取り出し、差し出して来る。相変わらず準備が良い。


「3年前に当時の師団長含む多数の師団員が事故死して、繰り上がりで生き残りのこいつが師団長になった。固有能力は【金剛不壊】。外敵刺激に対して本人の意思に関係なく自動オートで発動する能力で、 1時的に金剛石と同等以上の硬度を得る。自動オート故に不意打ちも無意味で、物理攻撃に対してはほぼ無敵とも言うべき耐性を誇る攻防一体の能力なんだそうだ」

「無敵、ねえ……」


 そんなものが存在するのは、物語の中だけだ。

 実際、さっきは顎を外す事ができていた。本当に無敵ならば、それすら不可能な筈だ。


「んでもって、3年前の作戦に参加している」

「……根拠は?」

「根拠って程のもんじゃねェがな、ウフクスス家の20ある私兵団のうちの16が、3年前に師団長や多数の師団員の死者を出してんだよ。第7師団もそのうちの1つで、師団長や師団員が死んでいる中で、そいつだけ作戦に参加していないなんて事があるかよ?」

「ないな」


 それだけの人数が1度に動いたのならば、動員は師団単位だった筈だ。


「意外、だな。てっきり、激昂するかと、思ってたが……」

「ツケはいずれ支払わせるが、それは今じゃない。次に誰を狙うかはもう決まっているし、その為の計画も練ってある。それを不意にしかねない事を進んでやるつもりはない」

「そう、か……」

「まっ、話を戻すとだ。こいつが動いているのは、個人の思惑か、もしくは少数での独断によるものの可能性が高い。少なくとも、ウフクスス家の正式な意思での襲撃ではない」

「となると、怨恨か?」


 あり得る気がして来る。

 少なくともおれが無能者というだけで、そしてあの男が3年前の作戦に参加しているというのならば、簡単に狙われる理由が頭の中に浮かんで来る。


「ウフクスス家に直訴――はやめておいた方が良いな」


 ただでさえティステアでの立場はどん底だというのに、その上藪をつついて蛇を出す事もないだろう。

 今回の事でウフクスス家は無関係という事が分かったのだ、次に狙われた時は容赦無く撃滅してやれば良い。


「ああ、それと本来はこっちが本題なんだがな」


 シロが懐から手紙を取り出す。

 差出人不明の、先程渡した手紙を。


「差出人が分かったぞ。てか、分かったからおまえの事を探す為に覗いてたんだがな」

「誰だ?」

「アルトニアス」

「……は?」

「だから、アルトニアス=レデ・セリトリドだ。偉く物々しい武装をして、苛立った様子で噴水前に立ってたな。他に人影も見えなかった」

「…………」


 もしかして、ハメられたのか?

 そんな考えが、頭の中に過ぎった。










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