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通り魔③




「どうする……」


 誰にも聞こえぬように、その言葉を口の中で転がす。

 単純な物理攻撃に対する耐性なのか、それとも皮膚の硬度を上げるものなのか、はたまた自分を固定する事で動きを停止して防御するものなのか、相手の能力を推測するには判断材料が足りなさ過ぎる。

 これが魔力持ちならば、豊富な魔法という手札でいくらでも対抗策を見付けられるのだろうが、おれは無能者だ。使える手札は自分の肉体のみだ。


「逃げるべきか?」


 逃げる事自体に抵抗は無い。今までに何度も逃げてきたし、だからこそ生き残れてきた。

 だがここで逃げたとして、もし相手がおれを個人的に狙っての犯行に及んでいるのだとすれば、後々に狙われる際のリスクが一気に高まる。

 相手の都合次第で襲撃の瞬間をコントロールされる襲撃される側というのは、かなり不利なのだ。

 となれば、最低限こちらの実力を思い知らせて、今後迂闊に手を出すと痛い目を見るという事を知らしめた方が良い。


「……手札を切るか?」


 そうすれば、おそらくは勝てる。だがそうしたとして、もし相手が5大公爵家の関係者であった場合、おれは抜き差しならぬ状況に陥る事になる。

 相手が王都に侵入したという不穏分子であったなら、手札を切って撃滅しても問題ない。しかし、それが分からないからこそ【ゾルバ式戦闘術】のみで相手を倒すという結論に落ち着いたのだ。


「いや、まだ試してない事があるな」


 能力者は絶大だが、絶対ではない。

 どんな能力であろうと、何らかの形で穴が絶対に存在する。

 それを見極めれば、あるいは今のままでも倒すことは可能かもしれない。


 男が体に絡まったワイヤーから、括り付けられていたナイフを引き抜く事で脱する。


「もしお前が……」


 そこで初めて、男が言葉を発した。


「現状で私に勝てると思っているのならば、それは大きな間違いだ」


 引き抜かれたナイフを、男が握り締める。

 おれが使用しているナイフは、それなりの金を積んで造らせた特注の物だ。全体的に細長い菱形をしており、1本1本が鋳造ではなく鍛造して作られた代物だ。

 その性能は斬っても良し、刺しても良し。そこらの剣など目じゃないくらい鋭い斬れ味を発揮し、迂闊に落とそう物ならば、地面に刀身の半ばまで簡単に埋まる程だ。

 そのナイフを、男は握り潰していた。まるで紙細工の張りぼてであるかのように。

 同じ事をおれがやれば、まず指が落ちる。

 だが男の手には、傷1つ付いていなかった。


「私に物理攻撃は一切通用しない。私を倒すには、魔法を使う以外の方法は存在しない。だがお前は無能者だ。お前に私を倒すことはできない」

「やっと喋ったと思えば、言う事はそれか。それで、何が言いたいんだ? 降伏勧告か?」

「まさか」


 だろうな、こんな剥き出しの殺気を向けてきて、今さら殺す気は無いなんて言う筈が無い。


「本当に通用しないかどうか、試してみろ!」


 距離を詰めながら、相手の出方を窺う。

 相手の見た目に反した機敏な動きと巨体から繰り出される剛力の1撃、そして謎の固有能力に目を奪われ勝ちだが、この男自身の格闘能力は然程高くは無い。

 どちらかと言えば、生まれ持った体格と膂力を思うがままに振るう喧嘩殺法とも言うべき動きがこの男の本質だ。

 その膂力と速度は脅威で、型に捉われない動きは一見すると読み辛く思える。だがいかんせん、まだまだ荒削りだ。おそらくはその固有能力故に、今まで近接戦闘では反撃を受ける事を考慮する必要が無かった為だろう。

 型に捉われない動きが、動きの読めない脅威へと繋がるのは、その動きが1つの我流とも呼べる域に達した場合のみ。

 この男は、まだその域には達していない。

 現状でおれが男に対して勝っている部分があるとするならば、その点だ。


 相手の男が繰り出してきたのは、大振りの拳。

 その威力と勢いは脅威で、当たるどころか掠るだけでも手傷を負う事は経験済み。だから回避せずにいなす。

 いなして拳の勢いは殺さずそのままに、懐に入り込んで重心を移動させ、相手が自分から地面に突っ込むように投げる。

 目論見は成功し、相手は半回転して背中から地面に叩き付けられる。

 そして投げられたという事は、少なくとも相手の能力は自分の動きを停止して防御するような系統のものではないという事でもある。


 勿論、投げて終わりではない。

 仰向けに地面に転がっている男の顔面を目掛けて、全体重を掛けた足を踏み下ろす。

 ガキンという音が響く。足を持ち上げて見てみれば、相変わらず皮膚は傷1つ付いていなかったが、足が踏み下ろされた顎は歪に変形していた。


 先ほどの顔面に蹴りを入れた際に首を反らしていた事から、衝撃までは殺し切れない事は分かっていた。

 となれば、重要なのはどれだけの衝撃を与えれば、相手に明確な形のダメージとして現れるかだ。

 結果、足に全体重を掛けて勢い良く放った踏み下ろしは、相手の顎を外す事に成功していた。


「【ゾルバ式戦闘術】を舐め過ぎだ」


 言いながら、相手の反応を探る。

 男は立ち上がり、外れた顎に手を宛がって強制的に嵌め直す。


「……確か、蹴り技と投げ技を主体とした近接戦闘術だったか」


 まるで【ゾルバ式戦闘術】がどういったものなのかを、知っているかのような口ぶり。


 男の言うとおり【ゾルバ式戦闘術】は、蹴り技と投げ技を中心に組み立てられている。

 蹴り技は拳打に比べても威力が高く、比較的保有魔力の多い者が相手を仕留められる事を目的に。

 投げ技は比較的必要とする膂力が少なく、保有魔力が比較的少ないものが相手を仕留める足掛かりとする事を目的に。

 およそ30年ほど前に成立した素手による近接戦闘術だが、こと蹴り技と投げ技だけに関してなら、極めて高い完成度を誇るというのがエルンストの評価だった。


 そして【ゾルバ式戦闘術】を知っているという事は、大陸の東側の人間である可能性が一気に高まる。必然的に、おれを追っての不穏分子である線は薄まる。

 勿論入念に下調べしている可能性もあれば、ティステアの人間だったとして、それが5大公爵家の関係者であるか否かはまた別の問題だが。

 疑い出せばキリが無い。


 それよりも重要なのは、先ほどの1撃で相手の顎を外す事ができたという事だ。

 それは引いては、現状のおれでも手札を切らずとも相手を倒し得る事を客観的に示していた。

 ならばやる事は決まった。

 投げ技を中心に相手の動きを封じ、そして手足の関節を外して戦闘不能に追い込む。

 これならば相手がどこの誰だろうと、後々に十分に言い訳の利く対応をする事ができる。


「ふぅ……」


 方針が決まり、重心を下げて高ぶりそうになる精神を落ち着ける。

 相手もそれに応じるように拳を構え、そしてどちらからとも無く距離を詰める――その瞬間に、おれと相手との間に澄んだ音が鳴り響く。

 それは1度だけでなく、細かな間隔で連続で響き、次におれに近付いてくる。


 音の発生主は、1枚の銀貨だった。

 おれの足元まで転がって移動してきて、そして足にぶつかって地面に倒れる。


「…………」


 それはシロと、そしてベスタによる、事前に取り決められていた合図だった。

 意味は「すぐに逃げろ」。

 早速方針を翻す事になった。


「逃げろって言ってもな、ただで逃げさせてはくれないよな……」


 何故そんな合図を寄越してきたのかは分からない。分からないが、そうシロが判断したのならば、それは明確な根拠があっての事だ。

 その判断には従ったほうが合理的だ。


 倒れた銀貨を、屈んで拾う。その隙を突いて、相手は距離を詰めてくる。

 そこに、拾った銀貨を投げる。いや、投げるというよりは、下手で緩やかに放る。

 自分を目掛けて高速で飛んでくる物体ならば、相手は自分の能力を信じて何も対応しないだろう。だが何気なく、自然な動作で眼前に軽く放られた場合、おそらくは反射的に手で払い除けるだろう。


 こんどはこっちが、逆にその隙を突いて、右腕を撓らせて裏手による目打ちを入れる。

 手応えは恐ろしく堅く、目を打った中指に嫌な感触が伝わる。

 粘膜であっても能力は働く。その事実に苦いものが口内に生まれるが、望んだ結果は得られた。

 如何に能力を作用させられても、人間である以上は目に異物が侵入した際に、反射的に目を閉じてしまう。ましてや事前に来るという事が分かっていないのならば、なおさらだ。

 その隙は先ほどの銀貨を放った時よりも遥かに大きく、そしてがら空きだった。


「オラァ!」


 ビョウ仕込みの靴よる蹴り。ただし狙うのは顎でも肩でも、肝臓レバーでもない。

 狙うのは肝臓と同じく絶対に鍛えられず、そして男女共通の急所にして、男の方が遥かにダメージの大きな股間。

 所謂金的である。


「ぐぁ……」


 手応えはやはり堅い。だが衝撃までは消せない。

 手で覆っていた上でボールが直撃しても悶絶するような部位である。いくら堅いからと言えど、脳の抑制を外した渾身の1撃だ。相手は両手で股間を覆い、その場に蹲る。

 その様に自分の股間に幻痛が走るが、意識から外す。


 すぐに身を翻し、駆け出す。

 1度距離を離してしまえば、魔力を持たないおれを探し出すことは相手にとってはかなり困難な事となる。

 シロの店を目指して、全力の逃走を敢行した。










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