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通り魔②

 



 相手の顎に命中した蹴り。いくらおれが無能者といえども、脳の抑制を解除した筋力での1撃だ。まず顎が砕けて脳は揺さぶられ、勝負がつく。

 だか足に返って来たのは、まるで岩を――いや、巨大な鉄塊を蹴りつけたような衝撃。

 ビョウ仕込みの靴の上からでも痺れるような衝撃が走り、じくじくとした痛みが生まれる。

 そして相手と言えば、蹴りによって外套こそ脱げているものの眼の焦点は安定しており、まるで効いた様子がない。


 外套の下から出て来たのは、茶色の短髪と同色の瞳の、その大柄な外見に相応しい巌のような顔。

 仮に単属性持ちシングルであると考えた場合、その属性は地となる。


「何だ今のは……」


 皮膚の硬度を上げたり、あるいは衝撃を殺したりする魔法はいくつかある。

 それらは事前に使うタイプのものなので、相対する前に使用していた可能性がある。その類だろうか。


「【剛力】」


 いずれにせよ、深く考えている余裕は無い。

 相手の男が筋力を増幅させる魔法を自身に施し、一気に距離を詰めてくる。


 魔力持ちが身体能力を上げる手段は、大きく分けて2つ。

 1つが生まれ持っている魔力を、全身に循環させて向上させる方法。

 そしてもう1つが、その循環させた魔力で術式を体内で編んで魔法を発動して上げる方法。


 前者は保有する魔力が多ければそれに比例して身体能力の上昇幅が大きくなり、後者は消費する魔力に対する上昇幅が前者よりも遥かに高い。

 そして厄介な事に、この2つの上昇幅はどちらも地力に由来する上に、両方とも重複する事ができる。

 必然、相対する男のように優れた肉体を持つ者が使えば、同量の魔力を持った平凡な肉体しか持たない者よりも遥かに上昇幅は大きく、また保有する魔力量が多ければ身体強化の効果は倍増する。


 結果、振り下ろされた拳は命中した場所を基点に大きなクレーターを作り、砕かれた地面が周囲に飛礫を撒き散らす。


「【岩槍】」


 瞬時に編まれた術式が砕かれた地面に作用。おれの足元まで瞬時に広がり、地面の構成を変成させ、鋭利な先端を持った円錐体の槍を生み出す。

 跳び退いて槍を回避したところに、追撃を掛けてきた男の拳が襲い掛かる。

 上体を反らして鼻先を掠めるように回避。最小の動きだけに留める事で時間のロスを抑え、反撃とばかりに右膝に蹴りを叩き込む。

 本来ならば蹴りを入れた事によって体制を崩したところに、間髪入れずに膝に掛かった負荷とは反対側から蹴りを入れることで相手の膝を破壊する技だ。だがその技は、初手の段階で失敗する。


「堅ぇ……」


 やはり蹴りが入ったというのに、相手はビクともしていない。むしろ蹴った足に痛みが走る始末だった。


「…………」


 バックステップで距離を取ったところで、鼻から熱いものが垂れる。

 手で拭って見ると、そこには真っ赤な血がベッタリと付着している。先ほどのあえて掠めるように回避した拳が、鼻から出血をさせていた。

 いや、それだけではない。

 遅れて鼻に熱を感じ、じくじくとした鈍痛もそれに続く。鼻での呼吸が困難になり、口呼吸に変える。

 あえて掠らせたのは事実だ。そしてその掠めただけで、男の拳はおれの鼻をへし折っていた。


「この野郎……」


 手で鼻を押さえ、力を込めて捻る。

 メキョリという生々しい音が響き、鈍痛とは一線を画した鋭い痛みが走る。だが折れて変形した鼻は元通りになった。


 懐に手を入れる。服の下に仕込んであるナイフを3本指の間に挟み、手を抜く瞬間に投擲。

 1本は男の右側を、もう1本は男の左側をそれるように通過して行き、最後の1本が男の首筋を掠めるように飛んで行き、それぞれ地面や背後の建物の壁に深々と突き刺さる。


「もう1丁!」


 さらにもう3本、ナイフを取り出して投擲する。


 最初に投げた3本はわざと外した。

 投擲されたナイフにはそれぞれワイヤーが括り付けられており、そのワイヤーの反対側にも、今しがた投擲した3本のナイフがそれぞれ括り付けられている。

 投げられた3本のナイフは、今度は男から大きく離れた位置の壁や地面に突き刺さり、括り付けられていたワイヤーが男を囲むように張り巡らされる。


 ナイフが突き刺さると同時に距離を詰める。

 男がおれの動きに対応しようと動こうとするが、その瞬間に全身にワイヤーが絡まり動きが止まる。

 細くとも頑丈で相当な負荷にも耐え切るワイヤーは、夜闇に紛れて不可視に限りなく近い。それ故に相手は気付くのに遅れ、そして今さら気付いても遅い。


 動きが一瞬止まりがら空きとなった胴体に、肝臓レバー目掛けて左膝を叩き込む。

 アバラの隙を縫った、絶対に鍛える事のできない薄い筋肉で覆われるのみの急所。さすがにこの部位は脆いだろうと予想していたが、返って来たのは顎の時と同じような堅い感触。しかし全く想定していなかった訳じゃない。即座に軸足を交換し、右足で相手の左肩目掛けての上段蹴りを繰り出す。

 これもやはり堅い手応えのみが返って来るばかりで相手はビクともしないが、それも織り込み済み。すぐに蹴りを放った足を相手の肩に引っ掛け、右足1本で体を持ち上げる。


「ラァッ!」


 身長差の関係で、おれの蹴りで相手の顔面を狙う事はできない。精々が顎を狙う程度だ。

 だがこうして相手の肩を足場にしてしまえば、相手の顔面は実に蹴りやすい位置に来てくれる。

 左足を大きく振り被って、顔面を目掛けて蹴りを叩き込む。ビョウ仕込みの靴による、脳の抑制を外した筋力での1撃。例えどれほど堅かろうが、さすがに無傷というわけにはいかない。

 そう思っていたが甘かった。


「マジ、かよ……」


 肩から飛び降りておれが眼にしたのは、衝撃で首を僅かに後方に反らしながらも、無傷のままの男の姿。精々が、蹴りの際に顔に土が付いたぐらいだ。

 対してこちらは、先ほどの肝臓への膝蹴りの際に膝が痛んでおり、ズキズキと痛みが走っている。


 あり得ない。いくら相手が頑丈で首の骨が太かろうとも、魔法で硬度を上げていようとも、ビョウ仕込みの靴での1撃だ。皮膚に傷1つすら付いていないというのは明らかにおかしい。

 道理に合わない結果。その結果が示すものは、たった1つだ。


「固有能力――能力者か」


 傭兵として戦場に出ていた時も、幾度と無く遭遇し苦戦を強いられた存在。

 眼前に立つ男は、その能力者だった。










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