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通り魔①

 



『深夜0時に中央公園噴水前で待つ』


 そんな手紙がドアの下から部屋の中に入れられていた。

 差出人の名前は無しで。

 ただ文字を見る限り、差出人の性別は女だ。ついでに寮生活である為、生徒である可能性が高い。この時点で候補は大分絞られる。

 だが現段階では、絞り込む事はできても特定するのは不可能だ。


 加えて、この手紙自体が罠という事も考えられる。むしろ、そちらの可能性が高いだろう。

 だが一方で、これがおれのやった事を特定した上で出されたものである可能性は皆無に近い。

 仮にそうである場合は、手紙の差出人は5大公爵家の――それも学生をやっているものではなく、既に各家の業務に携わっている者である事に成るが、そうなると手紙を出した事自体が辻褄が合わなくなる。

 おれのやった事を知って処断しようというのならば、動くのはウフクスス家がオーヴィレヌ家のどちらかに絞られる。まあ大穴でアルフォリア家もあり得るが、どのみちどの家であろうと、手紙を出して誘き寄せるなんていうまだるっこい事はせずに問答無用で強襲し始末して来る。


 となると、1番あり得るのは、どこかの選民思想者が気に入らない無能者を呼び出して袋にしようという事だ。


「……スルーの方向で良いな」


 わざわざ馬鹿正直に出向く必要など、どこにもない。

 そんな事に時間を費やすよりも、自主鍛錬をする方が遥かに建設的だ。

 無能者であるおれには、自分を磨く為にも1分1秒が惜しい。


 ただ、そのままにしておくのも後々の事を考えると得策ではないだろう。


「シロ、ちょっと良いか?」

「こっちはこれから本業の時間なんだが?」


 カウンターにはグラスを乾いた布で拭いているシロの姿があった。


「情報屋の方を本業にしろよ。それで頼みが1つある」

「何だ?」

「この手紙の差出人を調べて欲しい。本人だけでなく、周りにいる奴も含めてだ」

「恋文か?」

「そんな訳あるか」

「だろうな。手掛かりは手紙だけか?」

「ああ。他には特に何も同封されてなかった」

「やってみる。とりあえず0時に中央公園を覗けば差出人くらいは分かるだろ。だが周囲に誰か居るとして、その場合は時間が少し掛かりそうだ」

「それで構わない。もし割に合わないと感じたらすぐに引いてくれ。金はゾルバに必要経費として請求すれば良い」


 学生とはいえ相手が貴族だった場合、相手の持つ能力次第ではシロが危うくなる可能性だってある。

 何事も深追いしない事が、安全を確保する為の鉄則だ。


「そういうおまえはどうすんだ?」

「どうもしねえよ。とりあえず走って来る」

「脳筋かよ」

「研がずにいるとすぐ錆びる。それに、下見も兼ねている」

「アタシに頼めば図面ぐらい手にいれてやるぞ?」

「お前の腕は信用しているし信頼もしているが、それでも自分の眼で確認した方が安心すんだよ」


 それに自分の足で見て回るという事は、擬似的に当日の予行ができるという事でもある。

 図面だけでも頭の中でイメージする事は可能だが、やはり実際に現場を見て体感した方がプラスになる。


「明日また来い。その頃には何かしら分かってると思うからよ」

「そうする」


 一端部屋に戻り、準備を整えてから外に出る。

 そのまま学園の敷地外に出ると、一定のペースで走り出す。


 ここのところの日課にもなっているランニングだが、ルートは決まっていない。というよりも、同じルートは余り通らないようにしている。

 理由としては、王都の広大な地理を細部まで頭の中に叩き込む為であり、その為にランニングのルートを被らせる事は非効率極まりないからだ。

 余所者であるおれと現地人である他の者とでは、地の利は向こうにある。それが今後どう関わってくるか分からないが、万が一の事を考えてその差を少しでも埋める事はマイナスにはならないだろう。

 それに自己鍛錬も同時に積む事もできる為、一石二鳥という訳だ。


「体力が無いと何もできない」


 エルンストが口癖のように、事あるごとにおれに言っていた言葉。

 それがどれだけ正しいかは、身に染みてよく理解している。


 さすがに深夜近い事もあって、走る途中で人とすれ違う事は殆どなかった。もっとも場所が遊楽街を始めとしたそっち方面ならば、むしろこれからだとばかりに賑わっているんだろうが、生憎ここはそんな場所ではない。

 夜になれば皆帰宅し、家族との団欒を楽しむのが殆どだ。こんな真夜中に徘徊するような奴は、それこそ物好きな奴か、もしくはその時間帯を職務時間としている者か、それか疚しいものを内側に抱えているかのどれかだろう。


「…………」


 となれば、その中で殺気を向けて来るような者は、3つ目が最も可能性として高いのではないだろうか?


 魔力の塊が、後方およそ80メートル程の距離を保って追って来ている。

 保有している魔力量は、これだけ距離が離れているのにハッキリと感じ取れるぐらいに多く、そしてそれなりに抑え込めている。

 まずカタギの人間じゃない。

 保有する魔力はまだしも、それを抑え込む訓練なんて、一般人はまずしない。


「……素直に手紙の誘いに応じるべきだったか?」


 いや、手紙の関係者とは限らないだろう。第一、こっちは中央公園とは反対方面だ。

 となると、次に思い浮かぶのは5大公爵家。

 そしてもう1つが、最近王都に侵入したという不穏分子。

 どっちもあり得て、どっちにもおれを狙う理由がある。


 方向を転換する。

 路地裏に入り、さらにいくつか脇道を曲がる。

 行き止まりとなっている突き当たりの塀を飛び越え、さらに奥に行くと、そこは雰囲気のガラリと変わった貧民街だ。

 先日の地震によるものか、所々の建物が倒壊しており、人の気配もしない。避難したのか、それとも巻き込まれて死んだのか、どっちかは分からないが好都合だ。


 ある程度のスペースのある場所で止まり待ち構えていると、建物の屋上を身軽に飛び移りながら近付いて来る影が1つ。

 外套をはためかせながらおれと向かい合うように着地したその人物は、デカかった。

 身長は2メートルはあり、胴回りや手足の太さもおれを遥かに上回る。

 保有する魔力量も多いが、それに任せた遠距離型ではなく、おそらくは魔法を補助にした近距離型だろう。


「誰だ? おれに何の用がある?」

「…………」


 期待はしていなかったが、返って来たのは沈黙。相手の正体を特定するのは無理そうだった。


 幸いにも外に出る際に有事の際の為の準備を整えており、例え相手が5大公爵家の関係者であっても勝てるとは思う。

 だが仮に、もし相手が5大公爵家の関係者だった場合は、ここで倒すのはまずい。

 殺すにしろ戦闘不能にするにしろ、向こうはおれに対して眼前の人物を寄越した事は把握しているだろう。するとおれが、5大公爵家の関係者相手に戦えるだけの力を持っている事を知られる事になる。

 しかし相手が侵入したという不穏分子ならば、遠慮はいらない。全力で撃滅すれば良い。


「どっちだ……?」


 5大公爵家の関係者ならば逃走。

 そうでなければ撃退。


 もしくは、第3の選択肢。

 無能者のおれが身に付けていても不自然でないレベルの動き――つまり【ゾルバ式戦闘術】のみで倒す。


 カタン、と音がする。倒壊した建物の木材が倒れた音だ。

 その音に釣られて、眼前の人物の頭が僅かに音のした方角へと動く。

 その隙をついて、一息で間合いを詰める。


「シィッ!」


 踏み込みからの後ろ回し蹴り。それは完璧に決まり、相手の顎に命中した。












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