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情報屋④




「良いタイミングで来たな。いまちょうど、ベスタがシャワー浴びてんだ」

「何がどうなって良いタイミングになるのか、懇切丁寧に説明して欲しいな」

「ハッ、考えてもみろよ。シャワー浴びてるって事は、服は着てない訳だろ?」

「そりゃ、服着たままシャワーを浴びる事を趣味としている酔狂者でない限りはそうだろ」

「つまりだ、今なら覗けば、あの布の下を見れるって寸法だ」

「…………」


 実にイキイキとした表情で言うシロに、おれは沈黙以外の回答を持ち合わせていなかった。


「気にならないと言えば嘘になるが、だからと言って覗きに行く程、おれは命知らずじゃない」


 外でならばともかく、店の中でベスタと戦うなど、無謀な事極まりない。

 楽観的に見積もっても、勝率は2割に届かない。


「何だつまんねェ」

「おい、まさかそれが用件で呼び出したんじゃないだろうな?」

「勿論違う。ほれ」


 書類を差し出される。内容は先日おれが引き寄せた、地震の被害状況だ。


「死者は多くても700人、負傷者は5000人前後、思ったよりも遥かに被害が少ないな」

「王都に居を構える奴は、大抵がそこそこの資産持ちだからな。必然的に家もそれなりの強度を持ち合わせている。死んだのはそれこそ、下級層に位置する連中ぐらいだ」

「スラムを含めてか?」

「除いてだ。あそこにどれだけ被害が及ぼうが、連中は気にもしねェだろ」

「確かにな……」


 書類の最後に記されていた推定被害総額も、適当な貴族を捕まえて支払いを命じれば賄える程度のもの。

 やはり自然災害はムラが大きい。場所や環境によっては、見掛けは酷くとも実情は大した事がないという事がままある。


「結局、おまえが参加してた演習とやらに居合わせていた連中ぐらいだ。貴族で被害に遭ったのは」

「内約は?」

「5大公爵家の分家の中でも、末端に位置するのが2人。あとの3人は5大公爵家とは無関係の家だ」


 ただ、とシロは続ける。


「それで死にこそはしなかったが、そこそこの怪我を負って入院していたウフクスス家の奴が1人、入院先で死体に変わった。念のため聞くが――」

「おれじゃない」


 何度も言うように、まだウフクスス家まで敵に回すつもりはない。

 今のところは。


「なら良いんだがな」

「死んだのは?」

「レスティレオ家、伯爵だな」


 5大公爵家の中でもそこそこの立場の者が殺された訳だ。

 おれと無関係とはいえ、総合的に見ればおれに都合が良いとも言える。

 結果オーライだろう。


「ただな、お陰でウフクスス家の連中はかなりピリピリしてる。前回のおまえの犯行に続いて、これだ。こうも短期間に立て続けに起これば、さすがに沈黙を保つって訳にもいかねェ。おまけに、先日あたりから王都に不穏分子が侵入したらしくてな」

「曲がりなりにも王都だろうに、警備はザルか?」

「だから、おまえが引き寄せた地震のゴタゴタに乗じたんだよ」


 ああ、なるほど。

 となると、ある意味ではその不穏分子とやらも、おれが引き寄せた災厄の1つなのかもしれない。


「因みに、その入り込んだ連中ってのは?」

「まだ分かってねェ。イゼルフォン家とウフクスス家が血眼で探し回ってるらしいが、まだ見付かってねェそうだ」

「それは、相当の手練れと考えた方が良いかもな」


 主にそちらの方面でだ。

 戦う事と闇に紛れる事は、まったく別の分野だ。


「他人事じゃねェぞ。おまえ狙いだったらどうすんだ」

「おれを? わざわざこんな東の果てまでか?」

「心当たりがねェ訳じゃねェだろ。方々で怨みを買ってる自覚ぐらいあんだろ?」

「まあな……」


 こっちではおれの知名度など皆無に等しいが、あっちではおれの名前は少しばかり、悪い意味で有名だ。


 今でこそエルンストと同じ【死神】の名前で呼ばれているが、その中身はまるで違う。

 恐れられている事に変わりは無いが、エルンストのそれが尊称であるのに対して。

 おれのは蔑称だ。


 おれが関わった仕事は、高確率で地獄と化す。

 割合的には5回に4回、およそ8割の確率。

 勿論おれが、あえてそういう日に仕事を行っていたというのもあるが、そんな事は周りの連中は知りようが無い。

 結果、いつしかおれは【死神】と呼ばれるようになっていた。

 前の【死神】の名前の保持者であったエルンストの弟子であり、また災厄を持ち込む疫病神のやっかみの意味も込めて。


 そんな事を続けていれば、当然敵だってできる。

 周りからすれば、同じ戦場に立った時に巻き込まれて殺されては堪らないという思いから、殺られる前に殺ってやるというつもりなのだろう。

 中には親しい者を、おれが引き寄せた災厄に巻き込まれて殺された為に狙って来るといった者だっている。

 おれも実際に似たような立場に居て、そしてあながち逆恨みとも言えない事を知っているからこそ、その気持ちは十分に理解できるつもりだ。

 そしてそう言った者が、例え大陸の端から端まで移動してでも追って来る事があり得るという事も。


 シロもそれを分かっているからこそ、その表情はさっきとは打って変わって真剣だ。


「ま、仮にそういった連中だったとしても、返り討ちにするだけだ。5大公爵家と――貴族と無関係なら、いくらでも隠蔽できるしな」


 気持ちが分かるからと言って、大人しく殺されるほど世の中は単純じゃない。

 相手の方が強ければおれが殺されるのだろうし、逆におれの方が強ければ相手を殺す。

 ただ、それだけの事だ。

 理由がどうであれ、命を狙ってきた者を何のメリットも無しにわざわざ見逃すほど、おれは甘くは無い。


「お前の方こそ気をつけろよ。向こうはおれよりも、むしろお前のほうを警戒してんだからな」

「それこそ余計なお世話だっての。この店から出ない限り、アタシの安全は保障されてるからな」










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