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アキリア③

 



 新月の夜はあまり好きじゃなかった。

 月という柔らかな光源のない暗闇の中には、幼い頃に読んでいた物語の中に出てくる魔が実際に潜んでいるような気がするから。

 そんな事を他人に話せば笑われるのは間違いないから、誰にも言った事はないけど。

 ランタンの煌々とした明かりが灯る車内で、ガタゴトという振動をささやかな願いで無くして、窓の外に流れる風景を眺めながらボンヤリと思う。


 縁談、見合い、婚約。大人たちが開いた口から出てくるのは、そんな言葉ばかり。

 今日もまた、王城に招かれては第2王子との縁談を持ち掛けられた。

 順当にいけば第1王子が継ぐ筈の王位だけど、その第1王子が病弱な為に次期王位継承者の呼び名の高い、第2王子とだ。

 向こうの意図は単純。私と婚約を結べば時期王位の座も安泰になる、そんな意図だ。

 同じ意図を、その兄も目論んでいるんだから。

 そうでなくとも、あちこちに招かれては金品を積まれて願いを叶えさせられるついでに、是非我が息子となんて話が出てくる。

 神国は一夫多妻制であって、一妻多夫制でも多夫多妻制でもないから、どこも必死なんだろうね。


 いずれは何でも叶えられる能力と言われているのに、何の自由も感じられない。

 まるで鳥籠に囚われたカナリアのようだった。

 物珍しさから捕らえられ、見物客を満足させる為に檻の中に入れられて見世物とされるカナリアに。


 そのカナリアを入れた檻が、急に停止する。

 どうして止まるのかなどとは聞かない。馬の嘶きと、それに混じって聞こえた重たいものが地面に落ちる音とで、何があったかは簡単に推測できたから。

 だけど1つだけ不思議なのは、まるで気配を感じなかった事。

 私の感覚には、今も周囲には御者を務めていた者の魔力しか感じられない。

 勿論、魔法が使われた気配もしなかった。となれば、考えられるのは2つ。

 私の感覚の及ばない、超遠距離からの物理的手段での攻撃か、もしくは私の感覚でも捉えられないほど巧妙に魔力を隠せる手練れの襲撃か。

 正解はどちらでもなかった。


 馬車が横に両断される。

 咄嗟に伏せた私のすぐ上を、怪しく輝く鈍色の刃が通過していき、摩擦によって馬車の材質が焦げる臭いが鼻を突く。


「良い殺気だ」


 切断された馬車の断面の上にしゃがみ、肩に馬車を切断した得物である身の丈以上はありそうな大剣を担いで言うのは、右眼の下にピアスをした黒髪黒目の男。 

 口に煙草を燻らせて、軽薄そうな笑みを浮かべたその男は一見隙だらけで、でも私はちっとも動く事ができなかった。


 その男にはまるで隙がなくて、そして何より、全く魔力が感じられなかった。

 私が感じ取れていないという可能性もあったけど、それ以上に、理屈じゃない勘によって確信した。

 その男は無能者だと。

 無能者の筈の男が、御者を務めていた者のまだ血の滴る生首を、大剣を担いだ手とは反対の手で、一定の間隔で上に放っては受け止めるという事を繰り返していた。


 曲がりなりにも5大公爵家の者が乗る馬車の御者を務める者だ。貴族の血筋ではないとはいえ、有事の際にも対応できるように相応に腕の立つ者を雇っている。

 その御者を、その男はおそらくは1撃で仕留めた。

 無能者であろう男が、だ。


 一瞬脳裏に懐かしい顔が思い浮かぶ。だがすぐに隅に追いやる。

 眼前の男とはまず年齢が合わない。


「殺る気に満ちてるな。平和ボケしている世代にしちゃ、随分と珍しい」

「……用件は何?」


 相対してすぐに理解できた。

 相手には魔力が備わっていない。それでも今の私よりも、ずっと強い。

 せめてこんな動き辛いドレスなんかじゃなく、動きやすい服装だったならばと考えて、即座にそんな考えを振り払う。

 常在戦場。戦いにおいて、たらればは無いのだから。


「そう身構えんなよ。ただちょっと聞きたい事があるだけだ」

「……何?」

「名前を教えろ。いや、家名だけで良い」

「……アルフォリア」


 男が弄んでいた生首を、ポーンと背後に放り投げる。


「チッ、ハズレか」


 すっくと立ち上がり、担いでいた大剣を下ろす。

 そのまま切っ先と、ナイフよりも鋭く研ぎ澄まされた殺気を向け、見定めるように私の眼を覗き込む。

 どれくらいそうしていたのか、数秒程度だったかもしれないし、数分にも及んだかもしれない。ただその、殺気と大剣を2重に突き付けて生殺与奪権を握る男を前に、私は時間感覚すらまともに働かせる余裕がなかった。


「……やめだ」


 そして急にそっぽを向いて、空虚な溜め息と共にそう吐き捨てた。


「テメェはめんどくさそうだ。ここでやるだけ損だな」


 言いたい放題言って馬車から飛び降りて、踵を返す。

 同時にそれまでずっと私に向けていた、殺気も雲散霧消する。


 吹き曝しとなった馬車に、すとんとへたり込む。

 全身の緊張を追い出すように息を吐き出し、激しい動悸を鎮める。

 命拾いしたのだと、素直にそう思えた。

 そしてそれが、見逃されたという訳でもなく、単純に向こうが私に対して興味を抱いてなかった――最初から相手にされていなかった為だと無理矢理に理解させられた。

 格が違うと、はっきりと思い知らされた。


 最初から、立っているステージが違った。

 それは無能者と能力者という安易な差異ではなく、もっと根本的なもの。

 赤子と獅子、子猫と竜、人間とそうでないものが相対していたかのようだった。

 自分がしがない人間だとするならば、あの男は神か魔神。いや、そんな象徴のようなものですらもなくて、もっと不吉な…………

 …………

 ……











「ハァ、ハァ……お、お姉様……お姉様の苦しそうな寝顔……」

「……何やってるの?」


 自分でも底冷えするような声が出たと思う。

 だって、眼が覚めたら眼前に、顔を紅潮させて涎を垂らしながら気持ち悪い事をうわ言のように呟いている顔見知りの姿があったら、誰だってそうするか悲鳴を上げるかの2択だと思う。


「シィッ、静かにして下さいまし。お姉様が起きてしまうではないですか。折角滅多に見れない、お姉様の苦しそうな寝顔を堪能してますのに」

「君ね、魔法で攻撃されても文句を言えないよ?」


 両脇を掴んで、足で押し上げながら横手に投げる。


「あっ、おはようございますですわ、お姉様」

「何で何事もなかったかのように振る舞えるんだろうね。不思議でならないよ」

「ところで随分と寝苦しそうでしたが、嫌な夢でも見たのですか?」

「……うん、そうだね」


 夢の内容は、もう3年も前の出来事だった。

 どうして今さらそんな夢を見たのか、そんなのは簡単に推測できた。


「沢山、死んだもんね……」


 あの後に沢山の人が死んで、その遺族たちがこぞって私に詰め寄って頭を下げて来た。

 どうか死んだ者たちを生き返らせてくださいって。

 昨日のグスタグ君みたいに。


「もし昨日の事を気に病んでいらっしゃるのでしたら、お姉様が気にする事ではありませんわ。お姉様のその力は、無闇に使って良いものではありませんから。1人生き返らせれば、また1人、また1人と相手しなければなりません。例外を設ける事は、例え身内であっても――」

「黙って」


 それ以上は不愉快だから、聞きたくないよ。


「あれは身内の問題であって、君が口を出す事じゃない。本来ならあの時に発言した事だって、責められても仕方のない事なんだよ?」

「は、はい……申し訳ありませんでした」


 いかにも正論のように言う。本当はそんな理由で黙って欲しかった訳じゃないのに。

 3年前の時だって、似たような事や神を対比に出して色々と言ってやる事はなかったけど、その口にした事だって心にも思ってない事だった。


 ただ単純に、私じゃ死んだ人を生き返らせる事ができないだけなのに。

 何でも叶えられると対外的に謳っているから、だからこそ無闇に振るってはならないと厳命されていると、周囲には嘯いて。


 死んだ猫や犬を生き返らせる事はできても、死んだ人は生き返らせる事はできない。いや、極端に保有する魔力の少ない人ならば、あるいは可能だ。だけどそんな事を周囲に知られれば、間違いなく反発が起こる。

 貴族は無理なのに、貴族よりも劣る平民以下の者は可能など、特権階級を地としている彼らには絶対に認められないだろう。


 いっそ全てを余す事なくブチまけられれば、どれほど楽な事だろう。

 でも現実には無理だ。その神聖視された権威を勝手に乱す事は許されないと、その言葉に逆らう事すらできない。

 3年前と何も変わらない。縁談が相手が死んだ事で無くなっても、結局私の立場が変わる事はなかった。

 未だに鳥籠に囚われたまんま。


「はぁ……」


 ねえ、ジン君。君はいま、何をしているのかな。

 もし私と君の立場が逆なら、君はあのままでいるよりも幸せな日々を送れていたのかな。

 きっと君は、こんな事を聞いたら怒るだろうね。

もしかしたら、指を突き付けて声高らかに非難するかもしれない。

あるいは、怒りに身を任せて殴ってくるかもしれない。


 でも、仮にそうなっても構わない。不謹慎なのは百も承知だし、自分勝手なのも自覚している。その上で、もう1つだけ言わせて欲しい。


 君の事が、少しだけ羨ましいよ。











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