表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/191

シロ




 目を引くような特産品もなければ、名前すら無い、小さな小さな農村。

 人口は100にも届かず、毎日のように糧を得る為に働き、税を納め、貴族と魔獣の影に怯える日々を過ごすその村に、1人の少女が生まれた。


 黒い髪と瞳を持って生まれたその少女は、貧しいながらも温かみのある家庭の中ですくすくと育ち、あっという間に5つの誕生日を迎えた。

 そして誕生日を迎えたその日に、父親の手によって魔力を呼び起こされ、父親と家をバラバラに吹き飛ばしてしまった。


 たまたま外に出ていて無事だった母親が見たのは、倒壊した藁ぶきの家と、その家の下敷きとなった我が子の姿。


 少女にとって幸運だったのは、母親は元は傭兵をやっていた余所者だったという事だ。

 閉鎖的な村社会でならば、間違いなく気味悪がられて迫害されていたであろう少女は、母親が事態を正確に把握してくれたお陰で難を逃れる事ができた。

 少女の身に宿る膨大な魔力は、いずれ村の役に立つと母親が周囲を説き伏せてくれたお陰で。


 そして少女はその日から、小さな農村では到底考えられないような高度な教育を受ける事となった。

 読み書きは勿論、魔力の扱い方まで母親が手取り足取り教えていき、いつしか幼少の身でありながら、村で1番の識者となっていた。


 そんな少女が、魔力を呼び起こされてから何年かが経ったある日、村人たちの前で村長に質問をした。

 何故、税を必要以上に取るのかと。

 村長の家にある帳簿の数字と、村長が村人たちから徴収している税の量が合わないと、声高らかに追及した。

 その村長は、課されている税よりも多くの税を村人たちから徴収し、差額を自分の懐に納めていたのだ。


 結果村長は捕らえられて私刑に処され、村の暮らしは少しだけ楽になった。

 そして少女は、村の英雄となった。

 その後も、村の中で窃盗が起これば犯人をピタリと言い当て、村の近くに危険な魔獣が居れば誰よりも早く感付き、周囲に注意を促した。

 少女の言う事に間違いはなく、村人たちは益々少女を持て囃した。

 いくら知識を持っていると言えども、まだ幼い少女がそれに舞い上がってしまうのは仕方が無いことなのかもしれなかった。


 やがて村人たちは、何でも言い当てる少女の事を気味悪がるようになっていった。

 少女が10になる頃に、少女の母親が流行り病に罹り命を落とした事も大きかった。

 それまで言葉巧みに村人たちを説き伏せていた母親が居なくなった事は、村人たちの手のひら返しにさらに拍車を掛けた。


 さらに不運な事に、村を不作が襲った。

 専門的な知識の無い村人たちは、自分たちを襲う不幸の明確な理由を求めた。そして少女に目を付けた。

 村人たちは、少女を村を訪れた奴隷商に無理矢理売り払った。

 膨大な魔力を持つ少女は高値が付き、村人たちは得たお金でその年の不作を凌いだ。


 売られた少女はしばらくの間を奴隷商の下で過ごし、やがて適当な国に軍専用の性奴隷として買い取られた。

 何人もの同じ境遇の奴隷たちが命を落とすような環境下で、皮肉にもその身に膨大な魔力を宿す事が少女を生き永らえさせた。


 そうして何年か経った頃、少女に1つの転機が訪れた。

 それまで連戦連勝を誇っていた彼女の主である軍は、大敗を喫して殆どが殺された。

 そして敗者の帰結として、持ち物は全て勝者たちに戦利品として奪われた。当然、軍の持ち物となっている彼女もだ。


「エルンスト。こいつ、凄い量の魔力を持ってるよ」


 勝者である男たちが、自分たちが受け取る戦利品の品定めの為に代わる代わる少女を覗き込んでくる中、その少年だけは性質の違う眼で見ていた。


「そうだな。元貴族か?」


 次に現れたのは、右眼の下にピアスをつけた黒髪の男。馬鹿でかい大剣を肩に担ぎ、火の付いた煙草を口に咥えていた。

 どちらも共通して血をべっとりと被っており、そしてその血は全て返り血だった。


「多分だけど違うと思う。臭いが違うし」

「確かにかなり臭うな」

「いや、そうじゃなくてさ」

「あん? ならどういう事だってんだ?」

「だから、その……そんな感じだよ」

「ハッキリ言えや!」


 男に少年が殴られ、物凄い音と共に少年が集められた貨幣の中に突っ込む。

 いきなりそんな光景を見せ付けられた少女は、ただ戸惑うばかりだった。


 そんな少女の事などお構いなしに、男は彼女の髪を掴み、無理矢理上を向かせる。


「……ふん、つまらない眼だ。まるで誰かを思い出すな」

「気に入ったの? 見た限り隷紋は刻まれてるけど魔力は感じられないから、今はフリーの状態みたいだけど」

「んな事はテメェに言われるまでもねえよ。それに、気に入る要素がどこにもねえ」


 その言葉を聞いて始めて、彼女は自分の魔力を自由に使える事に気付いた。

 主の資格を持った者が死に、忌々しい隷紋が効力を失ったのだ。

 だがそれが分かったところで、何もする気が起きなかった。逃げる事はおろか、自死する事すら億劫に感じられた。


「オイ! 俺は今回の戦利品としてこのガキを貰う! 文句はねえな!?」

「ああ、死神の旦那は今回の最大の功労者だ。好きなのを持っていけば良い」

「なら決まりだな」


 首根っこを掴まれ、引き摺られながら何処かに連れて行かれる。その後には、少年が鼻から流れる血を押さえながら続いた。


「おいガキ、テメェは能力者か?」

「…………」


 馬車に乗せられ、戦場から遠く離れた場所で降ろされてからされた男の質問――いや尋問に、少女は静かに頷く。


「どんな能力だ?」

「……遠く、遠くを、見れる。どんな場所でも、見て聞く事が、できる」


 その答えを聞いた男は、盛大に舌打ちする。


「あんだよ、使えねえな、クソが。戦闘系なら自由を勝利報酬にジンと戦わせようかと思ったのによ」

「とんでもない事考えるね。下手しなくても高確率で死ぬじゃん、おれ」

「グダグダ抜かしてんじゃねえよ。テメェに拒否権はねえんだ」


 新たに煙草を咥えて、一気に灰に変えた男が、盛大に溜め息を吐く。


「失敗したなぁ、クソが。他の連中が能力者と知って色目を出すのを避ける事なんて気にせずに、事前に確認しとくべきだった。大した骨折り損だ!」


 苛ついたように吐き捨てる男に顔を掴まれて固定され、左眼のすぐ下にいきなり焼きごてを押し付けられる。


「ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 熱と痛みに絶叫する少女に構わず、まるで眼の周りをなぞるように、男は手に持つ焼きごてをゆっくりと1周させて、少女を放り出した。


「これで隷紋も消えた、好きに生きろ。もとい早々に失せろ!」


 苛立ちを隠そうともせず、荒々しい足取りで男が立ち去る。その後ろ姿からは、少女に対する興味が完全に失せている事が簡単に分かった。


「運が良かったね、エルンストに殺されなかった事も含めて。エルンストはもう君に興味は無いだろうし、言ったとおり好きに生きると良いと思うよ」

「生き方が、分からない……」


 自分よりも明らかに年下の筈の少年に、何故か少女はそう吐露していた。


「そうは言われてもね、おれも他人にどうこう言える程、生き方を知ってる訳じゃない。相談する相手を間違えてる」

「なら、どうすれば良い? 誰に相談すれば良い? 親は死んだし、村には売られた。相談する相手も居ない」

「…………」


 はぁ、と複雑そうな溜め息を吐いて、少年は金貨の入った袋を少女に握らせた。


「なら、折角能力持っているんだし、情報屋の真似事でもすれば? もしなれたら、個人的に人脈ができるしね。エルンスト、随分前に癇癪起こして情報屋を皆殺しにしちゃって、それ以来他の同業者も誰も相手してくれないんだよね。この業界って、信用第一だし」


 少年がぶつくさと愚痴る。その言葉からは、男に対する不満がありありと感じられた。


「まあそれでもどうにかなっちゃうのがエルンストの凄いところなんだけど、こっちが被る迷惑も少しは考えて欲しいね。おれに同じ芸当はまだ無理だってのに……」


 言いたいだけ言って満足したのか、少年は男の後を追う為に踵を返す。


「んじゃ、もし大成できたら、その際は能力でおれたちの事を探してよ。お金はその時に返してくれれば良い。そんじゃね」


 それが、少女の後の人生の原点。

 後に情報屋として誰よりも恐れられ、誰よりも頼りにされ、そして誰よりも風変わりに見られた女のルーツである。















評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ