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災厄の寵児①




 朝起きて最初に感じたのは、裏首筋のチリチリと炙られているような不快感だった。


「……今日がそうか」


 首筋を撫でながら呟く。勿論、炙られているような感覚は幻のものであり、そんな事をしても消える訳でも無い。


 ベッドから降りて、顔を洗う。制服に着替えて簡単に朝食を摂って歯を磨き、クローゼットに手紙を放り込んでから登校する。

 既に先日の時点で正式な時間割は決まっており、各自が自分の選択した科目を受け持つ講師の研究所へと足を運んでいた。


 午前中の理論の講義を、首筋の不快感に耐えながら適当に流しつつ、昼休みを挟んで午後の講義を受ける。

 午後の講義は実戦演習であり、将来的には騎士団や傭兵など、軍事関係の方向に進む者が選択する講義である。

 1回生と2回生とが合同で受ける事になるこの講義は、限りなく実戦を想定した訓練を行う事を謳っており、ティステアの平均的な個人戦力を測るのにもちょうど良い。

 その選択したメンバーの中には、当然のようにユナやシアも居る。というよりも、この2人が居るからこそおれも選択したのだが。


「これより諸君らには、簡単なテストを受けて貰う!」


 演習場に、講師として招かれている教官の野太い声が響く。


「これから諸君らにはこの演習場を1周して貰う! その際に不正が行われないよう、各場所に置いてある符丁を集めて来るように! 

 昨年もこの科目を選択していた者は知っていると思うが、これは振るいだ! 早く周りきった者から順位を付けて行き、クラスを順位の高い者から順に複数に分ける! 当然今後の指導内容も関わってくるので、各自頑張って上位を目指すように!」


 学園には全部で3つの演習場があり、今おれが居るのはその中でも最も広い面積を誇る第3演習場である。

 王都に近いとはいえ外壁の外にあるこの演習場は、剥き出しの岩や木々の乱立するなだらかな山となっており、稀にだが魔獣も出現する。

 そんな場所を1周するには必然的に相応の労力を必要とし、結果的に保有する魔力が多い者が有利となる。

 要するに、実質的に貴族とそうでない者とに分ける為のテストなのだ。


「ルールとしては、他者に対する妨害以外は何でもありだ! 魔法を使うのも道具を使うのも、どんなルートを通ろうとも各自の自由である! ただし、ルール違反が確認された場合は即座に失格とし、追って罰則を通達するので注意する事だ!」


 教官の説明が終わり、各自がバラけだす。

 総人数は2学年併せて数百にも達する。これらが一斉にスタートすると、間違いなく揉みくちゃにされる為、集団の後方へと移動する。


「あっ、ちょっと――」

「始め!」


 一斉に走り出した前方集団のすぐ後ろに張り付くように、おれも走り始める。


「ちょっと、待ちなさい!」


 誰が待つか。何でよりにもよってこの科目で被ってんだか。

 舌打ちして唾を吐き出したい気分だ。

 迂闊に関わる事もできない相手に、理由も不明なまま付き纏われるというのは、想像以上に面倒でストレスの溜まる事だった。


「いっそ、巻き込まれてくれねえかな」


 何がいつ起きるかは分からないが、仮にこの演習中だとしたら何が起きるだろうか。


「……妥当なところだと落石、大当たりで地中に眠る何かの目覚めで、大穴が噴火と言ったところか」


 この山は確か死火山とされているが、だからと言って噴火が起こらないとは限らない。

 実際に過去に、魔界で死火山だと思われていた火山が噴火した事があった。

 だがまあ、そこまで都合の良い事態にはならないだろう。

 僅かでも可能性があるのならば十分に引き当てる事ができるが、そもそもあり得ない事は起こり得ないからだ。


「だから、待てって、言ってんでしょうが……」

「しつこいな……」


 これでも、割と飛ばしている方だ。

 登山はエルンストに訓練と称して散々重装備でやらされた。そのお陰で、この程度の山道など平地と変わらない。


 この演習でものを言うのは基礎体力だ。

 どれだけ魔力で速度を向上させようが、それを行使するのが自分の身である以上、体力が尽きればその速度を維持する事は不可能だ。

 その点おれは、とにかくエルンストに体力を付けさせられている為、平均してかなりのハイペースを維持したまま来れている。

 なるべく人通りの少ないルートを選んでいる為正確な事は分からないが、すでに相当数の他の生徒を追い抜いて上位に立っている自信がある。

 そのおれに、保有する魔力量もそこまで多くない筈のアルトニアスがついてこれているのは、少しばかり意外だった。


「あんた、無能者なのに、どうしてこんなに、速いのよ……」

「……無理してまでついて来なくて良いだろう」


 息も絶え絶えといった風体に、半ば呆れながら会話を成立させる。諦めたとも言う。


「あんたが、逃げるから、でしょうが……」

「そっちが追い掛けて来るからだろうが。この際だから聞くが、どうしてそうもおれに付き纏う?」

「決まってる、じゃない。あんたが、無能者だからよ……」


 どうせまともな答えは帰って来ないだろうという予想の通り、答えになっていない返答だった。

 喧嘩を売られていると受け取られても、文句を言えない。


「おい、アルトニアス。もう1つついでに――」

「トーニャよ」

「…………」


 無言でペースを上げる。

 トーニャという単語が、アルトニアスの愛称である事ぐらいは簡単に予想できる。

 理解できないのは、そう呼ぶ事をおれに対して強要して来る相手の意図だ。

 1番可能性としてありそうなのは、親しくなって口を割らせた上で、処理するといったところか。いずれにせよ、最初から無視しておくべきだったかと軽く後悔する。


 相変わらず首裏筋の不快感は続いており、それに何とも言えないもどかしさを抱えながら走り続けて、ようやく1つ目のチェックポイントに到着する。


「えっ、何で無能者がこんなところに」

「…………」


 大量の符丁が積まれた台の側に立っている人物が2人。

 ユナとシアだった。


「まさか、あたし達かなり遅れてんの?」

「いやぁ、そんな筈はないと思うけど……」


 どうやらペースを上げた事で、先頭近くに出てしまったらしい。

 だが、考えようによっては好都合だ。今後の事を考えると、この2人と同じクラスに振り分けられるように順位はなるべく近い方が良い。

 ならばこの後は、この2人と一定の距離を保って走るようにすれば確実だろう。


「ねえ、あんたさぁ……」


 符丁を手に取ろうと台に近づくと、嫌悪感剥き出しのユナが突っ掛かって来た。


「一体どんな汚い手を使ったの?」

「……はあ?」

「はあ、じゃなくてさぁ、どうして無能者のあんたが、あたし達に追いつけてんのかって聞いてんの!」

「別に、何もしてねえよ。基礎体力に無能者も何も関係ないだろ」


 想定できた問いなので、特にムキになる事もなく答えながら符丁を取る。


「はっ? なにその態度、無能者のくせに馬鹿にしてんの?」

「馬鹿にはしてねえよ。それで、用件はそれだけか? なら、おれは行かせてもらう」


 走り出そうと背後を振り向いた瞬間、鋭い殺気が空を切る音と一緒に放たれる。

 即座に反応して掲げた右腕に強烈な衝撃が襲い掛かり、一瞬感覚が麻痺する。

 右側頭部を狙ったハイキック。確実に頚骨を折る気で来ていた。


「ちょっとユナちゃん!」


 まだビリビリと痺れる腕を振りながら距離を取ると、それまで静観を保っていたシアが間に入ってきた。


「妨害行為は禁止じゃなかったか?」

「符丁を取るのは妨害してない」

「とんだ屁理屈だな」


 余裕の表情を浮かべながらも、内心はかなり焦っていた。

 おれがそうであるように、相手もまたおれの事を無能者として敵視している、そんな当たり前の事を失念していた。

 それに先程の蹴りの威力も、相当なものだ。

 ただ魔力だけで身体能力を底上げしているだけでなく、体術そのものを長い時間を掛けて磨いた者が放つ事のできる一撃と同等の重さと鋭さを兼ね備えていた。

 これに魔法と固有能力が加わった戦闘能力を推測し、最悪の場合そこにシアが加わったとすると、今の手持ちの札では対応しきれない可能性がかなり高い。


「駄目だよユナちゃん、落ち着いて!」


 ただ、この分だと幸運にも杞憂で済みそうだった。


「あんた、見ていて何かムカつくんだよね。おまけに無能者っていうところもあいつと一緒だし」


 後半は小声だったが、しっかりと聞こえていた。あいつというのは、間違いなくおれだろう。

 無能者の妹であるという立場が、ユナのアルフォリア家での扱いをどんなものにしたのか、正確なところは分からない。

 だが少なくとも、ユナの抱いているであろう嫌悪感と憎悪は正当なものだ。


「そんな事を言っちゃ失礼だって。ゴメンね、その……エルジン君、だっけ?」

「気にしてない。慣れてるからな」


 まだ、この2人をどうにかするのは時期尚早だ。勝手に巻き込まれる分には問題ないが、おれが直接関わるのはマズイ。だからこそ、できる限り波風が立たないように対応する必要がある。


「名前まで? でも、髪も瞳も色が違うし……」


 ユナが色々と呟いているが、確信には至っていないようだった。

 それもその筈で、無能者に色素の変化は本来はあり得ない。加えてエルジンという名前は、特に東部ではそこまで珍しいものではないからだ。

 おれの名前は、よくある過去の偉人の拝借だ。探せば国内でも数十人はヒットするだろう。

 それに、仮に確信されたとしても、それはそれで利用できる。


「やっと、追い、ついた……って、何この空気?」

「……チッ」


 もたついている間に、引き離したはずのアルトニアスが追いついて来た。

 しかし、息を切らしながらの登場に、2人の意識がそちらへと向く。その隙にこれ幸いと、一端この場を立ち去ろうとする。


「――熱っ!?」


 だがそれは、急激に強まった首筋の不快感に遮られる。

 よりにもよってこのタイミングで来た事を、果たして感謝するべきなのだろうか。


「地震!?」


 ぐらりと足元が揺れ始め、地響きが鳴り始める。

 揺れは徐々に大きくなり、立っている事も困難な程のものとなる。遠くでは地響きに混じって、轟音も聞こえてくる。

 単純な地震の規模としては、かなりでかい。


「地震と、それに伴う落石か。まあ、そこそこと言ったところだな」












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