第一歩③
【水射】は射程距離も長く、また貫通力にも優れ、例え相手が全身を甲冑で包んでいても1発で仕留められる威力を持っている。
何より最大の利点はその速度で、雷撃並みの速さを誇り、大抵の相手なら何をされたのかすら理解させずに体を穿ち仕留める事ができる。
しかもオレは、その【水射】を同時に4つまで発射でき、加えて連射の間隔も他の術者と比べても早いという自負がある。
仮に同程度の魔力を保有する奴が相手でも、この【水射】の同時展開と速射によって競り勝てる――それがオレの中にあった確固たる自信だった。
その筈だってのに……
「何で、当たらねえんだよ!」
単発でも、4発同時でも、1発ずつ僅かにタイミングをズラしても、あいつはあっさりと回避しやがる。
まるで最初から発射される場所とタイミングが分かってるかのように、オレの放った【水射】はあいつが移動した後の地面や空間を穿つだけ。擦りもしていない。
ふざけんな、相手は無能者だぞ? 魔力すら備わっていない雑魚相手に、5大公爵家に連なるオレがこうも翻弄されていいのか?
断じて否だ。
「……いや、落ち着け」
あいつは、最初の不意打ちが失敗したのにも関わらず、逃げようともしなかった。それはおそらく、こうして戦う事をあらかじめ想定していたからこその事だろう。
事実、この場所だって最初から正面から戦う事を想定していたかのように、あいつにとって優位な環境だ。
オレに限らず全ての水属性の魔法を扱う者は、そしてそれ以外の属性の魔法を扱う者も、魔力で無から有を生み出すよりも自然界に存在する物を利用した方が当然ながら魔力の消耗も抑えられるし、より大規模な事を実現できる。
だが今この場に、明確な水源は存在しない。
必然的に、魔法を使うには魔力を使って水を生み出す必要がある訳だ。
そんな環境下に誘い込んだのもまた、勝算を高める為の策の一環だろう。
そして最も可能性が高いであろう、相手が取り得る本質的な策は――
「狙いは魔力切れか……」
そう考えれば、さっきから回避に徹している理由にも合点がいく。
腹立たしい事だが、あれだけ鮮やかに回避できるのならば、オレの攻撃の合間を縫って反撃する事は十分可能なはずだ。にも関わらずそれをしないという事は、オレに魔力を消耗させる事が狙いだと考えるのが妥当だろう。
「舐めやがって……」
なるほど、確かに並みの相手ならば有効な手段だろう。
例え無能力者や能力者であっても、魔力が枯渇すれば無能者と同じだ。そうなれば生来の無能者である相手のほうに天秤が傾くのは道理だ。
だがオレは並みの相手じゃない。
分家とはいえ5大公爵家に連なり、保有する魔力も桁が違う。
そんなオレを相手に魔力切れを狙うなど、コップで大河の水を汲み出そうと試みるようなものだ。
つまりは、無駄な事なのだ。根競べをする以前に、土俵がそもそも違う。どうあがこうがオレよりも相手の方が体力切れになるのが先だ。
しかし、わざわざそれに付き合う理由はない。
「オレの事を侮り過ぎなんだよ!」
確かに同時に展開できる【水射】の数は4発が限界だ。だがそれは、あくまで【水射】の場合だ。
同時に展開できる魔法は1種類のみ、それが魔法戦における常識だ。しかしそれは法則ではなく、単純な技術的問題だ。
5大公爵家に連なる者となれば、2種類以上の魔法を同時に展開する事などできて当たり前だ。
【水射】の撃ち方を変える。当てる事を第一にではなく、回避される事を前提に誘い込む事を第一に。
目論見はあっさりと成功し、狙い通り誘導する事に成功。相手が跳躍して【水射】を回避し着地した瞬間、仕掛けておいた魔法が発動する。
「【激流水牢】!」
直径にして3メートル程の水球が生み出され、相手を飲み込む。
この魔法は見た目も音もとても穏やかだが、実際の効果は極めて強力で、水球の内部はいくつもの激しい流れが縦横無尽に渦巻いており、捕らえた対象目掛けて一斉に襲い掛かりバラバラに引き千切る。
オレが使える魔法の中で、対人戦においては最強の魔法だ。1度飲まれれば、逃れる術はない。
「激流に揉まれて……」
死ねと続けようとしたところで、目の前で起こった光景が理解できず言葉が途切れる。
最初に水球が縦に真っ二つに割れ、大量の水が地面に落ちてけたたましい音を上げる。
流れ落ちた水が大きな水溜まりを形成し、その中心で無能者が、いつの間にか馬鹿でかい大剣を手に握りながら水を跳ね上げていた。
「魔力の動きは剥き出しで、虚実の使い分けもされていない。罠の設置も隠そうともしていない。おまけに誘導の仕方もあからさま過ぎる。その上何をしてくるかと思えば、この程度か。無駄が多過ぎる」
オレはいま、間違いなく馬鹿にされている。それも無能者にだ。だが、腹が立つ事は無かった。
相手が何をしたのかが、理解できたからだ。
「斬った、というのか? オレの最大の魔法を?」
「何を驚いている? そう驚くほどの事じゃないだろう。それとも見た事が無いのか?」
ある訳がないだろう、その言葉を呑み込む。
認めたく無かったからだ。相手の言葉を鵜呑みにすれば即ち、同様の芸当を可能とする者が他にも居るという事なのだから。
そんなオレに、相手はあっさりと言い放った。実につまらなさそうに。
「こんなもの、ただの児戯だろう」