選別の儀①
10年以上も前の話だ。その時のおれは、まだアルフォリアの姓を名乗っていた。
エルジン=ラル・アルフォリア――それがおれの当時の名前だった。
5大公爵家の1つであるアルフォリア公爵家の宗家嫡男であり、成功する将来を約束された――いや、されていた。
例外を除いてこの世界では誰もが魔力を持つが、それを表に出すには誰かが外部から呼び起こす必要がある。
ところが、5大公爵家だけに限らず貴族に連なる者の魔力量は桁が違う為、下手に呼び起こそうものならば周囲に無差別に破壊を齎すだけでは飽き足らず、呼び起こされた本人も無事では済まない事になる。その為、貴族の者は5年に1度だけ訪れる赤月と呼ばれる月が浮かぶ日だけに使用できる特殊な魔道具を用いてその身に眠る魔力を呼び起こす。
その魔道具は名前を【選別の水晶】と言い、赤月が浮かんでいる時に触れた者の魔力を本人にも周囲にも一切の被害なく呼び起こす事ができるだけでなく、呼び起こした際にその者が持つ固有能力の解析や、属性の適性判別まで行ってくれる。
その為、貴族に連なる者はその日が訪れるまで自分が能力者なのか、どの属性に適性があるのか知らないのが普通の事である。
だが、おれは違った。
その前の赤月の日は幼すぎた為に見送られ、次の赤月が昇る日まで1年程の時があった時に、たまたまおれは自分が能力者であり、どんな固有能力なのかを理解する機会があった。
家の者には内緒で、夜中にこっそりと抜け出して外を歩き回っていた時の事だ。おれは偶然にも、重傷を負った女の子と遭遇した。
顔立ちも整っており、またズタボロだったとはいえ身に付けていた物はかなり質の良い物で、今思い返せばどこか良いところのお嬢様で、御家騒動に巻き込まれてた事ぐらいは想像がついたのだが、当時のおれはそんな事に思い当たる事はなく、どうしたらいいか分からずにただ右往左往するばかりだった。
そして何を考えたのか、気が付いたら祈っていた。
どうかこの女の子の怪我が治り、綺麗になりますように、と。
そして、その願いは叶った。
女の子の傷はおろか、ズタボロの衣類まで元通りになり、その女の子は助かったのだ。
その時におれは気付いた。これがおれの能力なのだと。
言うなれば【願望成就】。願った事が現実のものとなる、そんな出鱈目な力。
だが能力の効果は本物だった。
その後に家に帰りたいという女の子の願いも、おれが代わりに願う事で叶った。
さらにその後に、野良猫や野良犬の怪我だって願えば治ったし、死んでいても願う事で生き返らせる事ができた。
まさしく固有能力に相応しい出鱈目さだった。
そしてその出鱈目さが理解できたからこそ、おれは固有能力の事を誰にも話す事はなく、自分の胸の中だけに留めていた。
そのままあっという間に1年が経過し、赤月が昇り、いよいよ明日に選別の日を控えた時の事だった。
真夜中にふと泣き声が聞こえて目を覚まし、その声がする方に行った。
そこで泣いていたのは、おれの従姉妹で2つ上のアキリアだった。
おれの父親の兄、つまりはおれの伯父に当たるアルフォリア公爵家の当主であるシャヘルの娘である彼女とは、年齢が近い事もあっておれの妹や彼女の妹と共に、毎日のように遊んでいた。
その中で最年長であるアキリアは、おれたちに対しても姉のように振る舞い、大人びた態度が印象的な子で、泣いているところなど見た事が無かった。
そしてその時の光景は、その印象を裏切るものだった。
「どうしたの?」
おれが声を掛けると、アキリアは泣き腫らした顔を上げて何かを背後に隠した。
「何で泣いてるの?」
おれがもう1回声を掛けると、アキリアは泣きながら背後に隠した物をおれに差し出した。
それは赤月の夜にのみ使う事のできる魔道具である【選別の水晶】だった。
「ジン君、私ね……無能者だったの……」
無能者――それは固有能力を持たぬ者を指す名称では無い。
固有能力を持たぬ者は無能力者と呼ばれる。それに対して無能者とは、固有能力はおろか一切の魔力を持たない者の事を指す。
この世界に生まれた者ならば誰もが持つ魔力は、弱者である人間を憐れんで神が与えた贈り物であると言う。
そして無能者は、その人間なら誰もが持つ筈の贈り物を持たぬ者として徹底的に差別・迫害される。とりわけ、ティステアは神国であるが故に特にその傾向が顕著だ。
そのティステアの栄えある公爵家の者でありながら、無能者として生まれる。それがどれほどマズイ事かは、なまじ貴族として高い教育を受けているが故によく理解できた。
「私、明日まで我慢できなくて、こっそりとやればバレないって思って、確かめただけなのに……」
赤月は5年に1度しか昇らないが、浮かんでいるのは1日だけではなく、数日に渡って浮かび続ける。
その為、赤月が昇るのを確認されたその日は準備だけに留まり、その翌日の晩に選別は行われる。その準備が終わった後に、アキリアは選別の時を待ちきれずにこっそりと【選別の水晶】を持ち出して使用してみたらしい。
「ジン君、私これから、どうしたら良いの……?」
「大丈夫だよ」
泣きながら年下のおれに抱きついて来たアキリアの頭を撫でながら、おれは慰めるように言った。
「アキ姉は心配しなくて良い。おれが何とかするから」
そしておれは願った。
どうか彼女に、おれの持つ力をあげてください、と。