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第一歩②




『弟は預かった。返して欲しくば指定の場所に1人で来い。

 尚、この事を他者に伝えた時点で弟の命は無いと思え』


 そんな手紙が届いたのは、夜に寮の自室で寛いでいる時だった。

 椅子の背もたれに体重を預け、書物を読んでいる時に、いきなり頭上からこの手紙が降って来たのだ。

 弟のバッジとセットで。


「クソッ、一体どこの誰が……!」


 何度見てもバッジは本物で、手紙の文面も変わらない。


「いや、落ち着け。悪質なイタズラか、そうでなくともハッタリの可能性だってある」


 本当に捕まっているのを見た訳ではない。バッジだって、たまたま落ちていたのを拾われただけかもしれない。

 そう自分に言い聞かせて1回生の寮を訪れるが、弟の姿は無かった。


「あいつなら、まだ帰ってきてませんけど……」


 弟と相部屋になっている奴がそう答える。


「何かあったんですか?」

「ああ、実は……」


 と、そこで思い至る。

 詳しい手段は不明だが、手紙の差し出し主は部屋で寛いでいたオレに直接、手紙を送って来ていた。戸締まりも完璧にしてあった、密室の部屋へだ。

 そしてそんな事ができるならば、今も何らかの手段で監視している可能性が高い。


「……いや、何でもない。ちょっと野暮用があっただけだ」


 いよいよ弟が捕らえられたという事は確定的となり、舌打ちしたい気持ちを抑えて立ち去る。

 守衛の者たちに所用で外に出る事を伝え、学園の外に出て手紙に書かれていた場所へ向かう。


「何でよりにもよって、弟を……!」


 これが立場が逆ならば、問題は無かった。

 弟は手紙に書かれた事など無視して周囲の協力を仰ぎ、オレを切り捨てて犯人を捕らえて始末すれば済む。

 だが、オレがその手段を取る訳にはいかないのだ。

 弟が生き延びられねば、自分が生き残ったところで意味がないのだ。


「ここか……」


 手紙で指定された場所は、学園からそれなりに離れた、人の気配がしない寂れた地区に存在する空き地だった。

 周りには通り道やバランスなどが一切考えられてない、不衛生で無駄に大きな建物が並ぶ中、そこだけがポッカリと、不自然なまでに空いていた。


 その空き地に足を踏み入れた途端、鼻が異臭を捕らえた。

 元々その区域に足を踏み入れた時点で、独特の鼻をつく臭いはしていたが、空き地に漂っていたのはそれらとは性質の違うものだった。

 一部の大人が好んで吸う、煙草と呼ばれる物の臭いだった。


 目を凝らせば、闇の中をボンヤリと紫煙が漂っているのが見えた。それも一定の方向からではなく、四方八方からだ。

 一瞬囲まれているのかとも思ったが、すぐにそうでない事に気付く。


「空気が籠っているのか……」


 辺りに無秩序に乱立している建物のせいで空気の逃げ道が限定され、紫煙が外に抜け切らずにこの空き地内を彷徨っているのだ。


「望み通り1人で来てやったぞ! 姿を見せろ!」


 汚れた空気が肺に入り込むのを我慢して、声を上げる。

 閉鎖された環境にオレが発した声は良く反響し、オレ自信がうるさいと感じるくらいだったが、これで間違いなくオレが来た事は相手に伝わった筈だ。


「ッづぅ!?」


 空を切る音が聞こえ、咄嗟に身を捻ったオレの左手の甲に熱が走り、生暖かい液体が溢れる感覚が伝わってくる。

 おそらくはナイフを投げて来たのだろう。予想していた事とはいえ、相手は確実にオレを殺しに来ていた。


「お見事」


 パチパチと気のない拍手が響き、ナイフの飛んで来た方角から声が聞こえてくる。


「お前は……!?」


 最初は音のみだったが、徐々に闇の中から輪郭が現れ始め、程なくして全身が露わになる。

 灰色の色素の抜けた髪に、何故か右側だけ紅い色の瞳。その瞳の収まる眼窩の下には傷跡があり、またその顔は人を喰ったような腹立たしい薄ら笑いを浮かべていた。


「エルジン・シュキガル……」


 今年になってゾルバからの留学生として編入して来た、無能者の姿がそこにはあった。


「おや、おれの事をご存知で?」

「当たり前だろう」


 長年の仇敵であるゾルバから送られてきた人物であるというだけでも注意する理由は十分だが、こいつはそれに加えて、忌まわしき無能者でもある。

 ゾルバ推薦の留学生と言う立場が無ければ、とうの昔に闇討ちなりなんなりで死んでいるであろう奴で、知らない方がおかしい。特にオレみたいに、5大公爵家に連なる者は。


「……弟は、グスタグはどこだ!?」

「ご心配なく。今頃は寮の自室に戻っている頃だと思いますよ?」

「そうか……」


 こいつの言葉が真実である保障は無い。いや、むしろ高確率で偽りだろう。

 無能者が、ましてやこんな汚い真似をするような奴が、そんな正直に行動する訳がない。

 何にせよ、こいつをここで痛めつけて真実を聞き出せば良い事だ。


「因みに聞くが、まさか無能者のお前が、5大公爵家に連なるこのオレをどうにかできると、本気で思っているのか?」


 さっきの不意打ちに失敗した時点で、こいつはもう詰んでいる。


「……そうじゃないんだよなぁ」

「なに?」


 ところが、返ってきたのはオレの問いに対する返答ではなく、まるで期待外れのような声だった。


「本当に気付かない? だとしたらおれにとって好都合で予想通りの結果だけど、でも予定通りではないな」

「どういう事だ?」


 いきなり人を小馬鹿にしたような態度を取る無能者に対して、静かに怒りが湧いてくる。


「自分で考えたら?」

「そうか、なら……」


 馬鹿が、今まで呑気に話していた隙に、こっちはとっくに準備が終わっている。

 嬲り殺しになんかはしない。一瞬で片を付け、聞き出すことを全部聞きだした後はすぐにトドメを刺してやる。


「くたばれ! 【水射】!」


 魔力を動かし、極限まで圧縮した水を一直線に、無能者目掛けて射出した。










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