第一歩①
「1つ技を教えてやるよ」
そうエルンストがおれに言ったのは、いつの事だったか。
「技?」
「そうだ。必殺技って程じゃないが、奥の手として使う事ができる。決まれば、相手が格上だろうが優位に立てる逆転用の技だ」
「便利だね」
「ところが、そうでもない。先に教えておくが、これは初見の相手に最も通用する。だが2回目以降は極端に効果が落ちる上に、下手をすれば通用しない場合もある。しかも、喰らわずとも近くで見られていた場合にも同様の事が言える。だからこその奥の手だ」
「つまり、自分と相手以外いない戦いで、絶対に相手を仕留められる状況下で使えって事?」
「そこまでは言わねえがな、基本的にはそうだ。そこらへんは使い方次第でもあるんだが、テメェにそこまで求めるのは酷だろうしな」
暗に馬鹿にされているが、文句は言えない。事実エルンストにとっておれなどその程度なのだろうし、それでも文句を言えば、間違いなくぶん殴られるだろうからだ。
「ただ、1つだけ言うが、この技は盗まれる心配は殆ど無い。何故なら、俺たち無能者だからこそ使う事のできる技だからだ。無能力者や能力者が形だけなぞったところで、同様の効果なんて期待できねえ。同じ無能者なら、また話は別だろうがな」
だからそこまで注意する必要は無いと、エルンストは言った。無能者の数なんて、大陸中を探しても数百人程度しかいないからだ。
「で、肝心のその技の名前は?」
「名前? そんなものある訳ねえだろ」
「……え?」
「だから、名前なんてねえよ。俺のオリジナルだぞ?」
「いや、それぐらいは分かるよ」
この世のどこに、無能者に優位に働く、無能者の為の技を考案する物好きが居るというのだ。
「でもさ、名前が無いと困らない?」
「はぁ? 別に困ったりなんか……」
エルンストの言葉が途中で途切れる。とても、嫌な予感がした。
「はっはぁ、確かに困るよなぁ? 技を放つ時に技の名前を叫ばなきゃ、格好が付かないもんなぁ?」
「ちょっ、違っ――!?」
「皆まで言うな、ちゃんと分かってるさ。テメェも男だもんな、そういうのに憧れるよな」
物凄い勘違いをしたエルンストが、バシバシとおれの背中を張り手で叩く。物凄く痛い……じゃなくて!
「だからエルンスト、話を聞いて――」
「大丈夫だ。他でも無い弟子の頼みだ、師匠である俺がバッチリ叶えてやる。良い名前を考えとくぜ」
「話を聞けよこの野郎っ!」
ついカッとなって怒鳴ってしまった。
思い切り殴られた。
およそ半月ほど与えられる受講講義決めの期間だが、その期間は当然だが2回生だけのものではなく、他の学年にも平等に与えられる。
そしてそれは、言い換えれば自然な形で他学年と接触できる期間でもある。
一部の留意しておいた者となるべく講義が被るように、他の者が選択する講義を調べる間にも1回生や3回生の者の動向も逐一把握しておき、有事の際に少しでも役立つようにデータを集めていく。
シロに頼んでも良いのだが、シロの視点が1つしかない以上、どうしても全員はカバーしきれない。その為、基本的にはおれが動く必要があった。
ただ、不満は無い。
シロを信用していない訳ではなく、むしろ全面的に信頼しているが、やはり他人から聞いた事と自分で調べた事とでは安堵感が違う。
エルンストが生きていた頃もそういった下調べはよくやらされていたし、やるのは嫌いではなかった。
ただ、問題が無い訳でもない。
「あっ、ちょっとあんた――」
「またか……!」
向かい側から声が響き、こちらに向かって来る人影が1つ。
即座に踵を返し、早足で逃げる。背後で何か聞こえるがスルーする。
昔から敵ばかり多かったお陰で、尾行を巻くのはお手の物だ。すぐに追いかけて来る気配はなくなり、足を止める。
「ったく、何だってんだ一体……」
心当たりはないどころか、逆に多過ぎて分からない。
ただ1つだけ確かなのは、少なくとも今は構ってられる余裕はないという事だ。
「っと、こっちにはアキリアか……」
階下からは耳障りな歓声の類が聞こえてくる。
騒いでいるのは主に野次馬の連中で、毎日のようによく騒げるなと感心すら覚える。まさしく歩く見世物小屋と化している。
だが、個人的には居場所が分かりやすくて良い。無能者であるおれが下手に近付くと、碌な事にならない事は目に見えている。それを事前に回避できるのは良い事だ。
「間に合うか……?」
立て続けに思わぬ回り道をさせられ、少しばかり時間が押していた。
しかし、いざ到着してみるとそれは杞憂で、対象は事前調査通りの研究室を見学している最中だった。
それを確認してから、その研究室からやや離れた場所の曲がり角で待機し、タイミングを伺う。
程なくして扉が開かれ、中からぞろぞろと見学者たちが出て来る。それに合わせておれも何食わぬ顔で歩き出し、曲がり角を折れる。
「おっ、と……」
「うわっ、と……すいません」
危うくぶつかり掛け、あえて下手に出て謝罪をして足早に立ち去る。
背後では忌々しそうな舌打ちが聞こえて来るが、ぶつかった訳でも無い上に謝られた手前、わざわざ追って来る様子はなかった。
「本当、過去で身に付けた技能がどこで役に立つのかなんて分からないもんだよな」
スリ盗ったバッジを弄びながら呟く。
金細工のバッジをひっくり返すとそこには、グスタグ=ルド・レディウスと刻まれていた。