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学級③




「アルトニアス=レデ・セリトリド、セリトリド子爵家の現当主だな」


 あくる日寮に戻ると、クローゼットの扉の奥がバーに繋がっていた。

 確かにイチイチ外に出る手間も省ける合理的な方法だが、誰かに見付かったらどうするつもりだと言いたくなる。

 たまたま寮の部屋はおれが1人で使っているが、本来ならば相部屋なのだ。


「当主?」

「ああ。厳密に言えば代理だが、セリトリド家の血を引く奴は、今はこいつしか居なくなってる。3年前に一族郎党、不慮の事故死と病死が重なって全員死んでいる」

「不運な事だな」

「本当にな。そしてあわや断絶の危機かと思われたが、1年前にイゼルフォン家がひょっこり妾の子を見付けてな」

「実際の真偽は?」


 家を絶やさぬ為に偽りの血族を立てるという事は、貴族社会ではあり得る事だ。


「その手の能力者が固有能力を使って確認したから、間違いないらしい。もっとも、本人はそれまで平民の子供として生きてきた訳だから、全くの寝耳に水だろうがな」


 シロから資料を受け取る。そこにはアルトニアスの仔細なプロフィールが書かれていた。

 本名はアルトニアスだけで、平民とは名ばかりの、姓すら持てない下級貧民出身者。

 母親は娼婦で、その娼婦の職も妊娠が発覚した時点でクビになり、以降は日雇いの仕事で日銭を稼いで餓えを凌ぐ日々が続いていた。

 その後アルトニアスを産むも、その3年後に病没。以降アルトニアスは神殿経営の孤児院で育っていった。


2属性持ちダブルか……」


 半分とはいえ貴族の血を引いていた事が魔力を呼び起こす時に良い方に働き、恵まれた才を本人に齎した。

 平民では滅多に見ない2属性の保持者である事がプラスに働き、本人の意向もあって神殿騎士の入隊試験をパスし、見習いとして10年ほど過ごしていたとある。


「んで、そこをイゼルフォン家が目を付けて調べた結果、セリトリド家の遺児である事が発覚。引き取られて学園に入学したと」

「学園で貴族の立場に相応しい知識と立ち振る舞いを学べっていう事なんだろ。本来なら爵位を手に入れられたとしても準爵止まりだったところを、子爵家当主に大抜擢だ。それぐらいの苦労はしろって言ったところか」

「言うほど良いもんでも無いんだがな、爵位なんざ……」


 くだらない誇りと因習に縛られた、生まれついての奴隷の一族だ。本当の奴隷と大差がない。


「それで、やたらとおれに接触してくる理由は分かったか?」

「資料に書いてある以上の事は分かってねェよ。それこそ本人に聞いた方が早いんじゃねェか?」

「それで正しい答えが手に入るわけねえだろ」


 ここ数日ほど、このアルトニアスという名前の少女に、おれはやたらと付き纏われていた。

 ちょっと話そうだの、一緒に研究室を回ろうだの、1つ1つは大した事のない用だが、それも積み重なるとこっちの行動に支障が出兼ねない。その為シロに頼んで、何の目的で付き纏って来るのか調べて貰ったのだが……


「収穫なしか」

「まあ、単純にオーヴィレヌ家の意向っつー線が濃いと思うがな。何せ分家とはいえ、あのオーヴィレヌ家だ」


 5大公爵家に名前を連ねるオーヴィレヌ家の主な役割は、裏方の仕事だ。

 要人の誘拐から邪魔者の抹殺、破壊活動など、とにかく手段も内外も問わずに実行するその手腕は国内でも忌み嫌われており、特に法を遵守するウフクスス家とは折り合いが悪い。


「と言っても、貴族社会に足を突っ込んでまだ1年弱だろう。あり得ないとは言わないが、考え辛くないか?」

「蛙の子は蛙とも言うだろ。前当主の男は、分家の者でありながら苛烈な男として知られていたしな」


 シロが新たな資料を渡して来る。


「ティステアは大国のくせに、内海を除けば海に面している場所がない。お陰で塩を得る手段が限られている訳だが、例外を除いて他国から塩を輸入した事はない」

「他国に生命線を自ら握らせるのは馬鹿のやる事だし、何より国内で良質な岩塩が採掘できるからな。国内の需要は十分賄える」


 北東のゼフテル地方は、その岩塩を国内で最も産出する地として有名だ。


「ところが数年前、そのゼフテルでストライキが起こった。現地の村民が塩を安く買い叩かれ、報酬が重労働に見合わないってな。別に武力蜂起した訳でもねえから、ウフクスス家も動かない。そこで動いたのがオーヴィレヌ家、その分家であるセリトリド家がな」


 資料には当時の事件の経緯と、その後の凄惨な結末が書かれていた。


「村民は一晩で捕らえられ、2人1組に分けられた上で監禁された。水も飯も抜きで、出たけばもう1人を食えという条件付きでな」

「カニバリズムか。悪趣味な事だ」


 結果として村民は半数以下になり、今ではさらに安い賃金で奴隷のごとく働かされているとの事だ。

 どれほど待遇に不満があろうと、当時の恐怖が骨身に刻まれている為に逆らえないのだろう。


「そんな事をやる奴の血を引いてんだ。貴族としてどうだかは知らねえが、オーヴィレヌ家の者としての素質は十分継いでんだろ」

「確かに警戒には値するだろうが、結局は推測止まりなんだよな」

「それを言うなよ」


 せめてオーヴィレヌ家の意向であるという、決定的証拠とまではいかずとも、推測を補強してくれる根拠ぐらいは欲しい。

 でなければ、こちらとしても具体的な対応を決める事ができない。


「結局、保留か……」

「あんまし行動に支障が出るようなら、何らかの手を打つ必要があるだろ」

「いや、少なくとも当面は問題ないんだよ」


 次に取る方針は既に決まっているし、その下準備も、邪魔が入りながらも順調に進んでいる。

 後は僅かばかりの手札の獲得を待って、決行するだけだ。


「明日か明後日には動くよ。その時は――」

「ああ、手伝ってやるよ」


 今さら確認する意味などないが、それでも互いの意思を確認し合う。

 おれにとってもそうであるように、シロにとってもまた、エルンストは決して小さな存在ではないのだ。


 その復讐の為の狼煙を、最初の1つを、近日中に上げよう。










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