学級②
10年振りに見る妹は、一目で妹であると気付く事はできなかった。
燃えると言うよりは燻っていると言う方が似合う、落ち着いた赤い髪に瞳。何故か耳には金輪のピアスをしている。グレたか。
体の線は細く、制服がややダボついて見える。得手とする属性は火で、おそらくは魔法か能力に頼った典型的な後衛スタイルなのだろう。
「【血液支配】ね……」
ユナの固有能力を思い出し、ふと、その髪や瞳の色は属性ではなく能力を表しているのではないかという考えを持つ。
勿論馬鹿げた考えで、実際には色素と能力との因果関係は無いのだが。
それはさておき、一目で妹であると気付く事ができなかったと分かったのは、小さな事とはいえ収穫だった。
おれにとっては重要ではないが、それでも血の繋がりというものを軽視したりはしない。
所謂シンパシーというものは、決して馬鹿にして良いものではない。実際に過去には、何年も会っていない兄弟姉妹が出会い頭に何かを感じ取り、血の繋がりがある事が発覚したという事例だってある。血統というものには、未だに解明できてない事が確かにあるのだ。
ただ、この分ならば心配する必要はなさそうだった。
1番血の濃いユナですら、おれは名乗るまで気付かなかった。ならばそのまた逆も同様だろう。
加えて、無能者である筈のおれは、本来ならば色素に変化は無い。仮に無能者である事と名前からおれに結び付いたとしても、容姿の点でその仮説は否定される。
「――え、ねえってば」
「ん?」
思考に没頭していた為か、声を掛けられていた事にすぐに気付けなかった。
「何ボーっとしてんのよ。もう皆出て行ったわよ」
「……ああ」
自己紹介が終わって、ほんの少しの間だけ思考していたつもりだったが、思いのほか没頭していたようだった。
「まいったね……」
この後の予定としては、各科目担当講師の研究室を回りながら、およそ半月掛けて自分が受ける講義を選択するという事になっている。
2回生にもなれば、1回生の時に受けていた講義を今年も引き続き受ける事が多いため、あらかじめ半分は決まっているようなものだが、それでも残りの半分を、今後自分が必要になってくるであろう技能を身に付ける為によく吟味した上で選ぶ、非常に重要な期間になってくる。
おれとしても、留意していた人物と重なるように講義を選択する必要がある為、目的は違えどその期間を無駄にすることはできない。その筈だったが、さっそく出遅れてしまった。
親戚2人と同じクラスになるという立て続けの想定外の事態に、思っている以上に精神的疲労が溜まっていたようだった。
「今日は適当に流すかな。今から行っても、合流できそうにないし。最悪、シロにでも頼んでそっちの方も調べて貰うか……」
「ちょっと、あんた」
腰を上げて教室から出て行こうとした矢先に、呼び止められる。
振り返ると、そこには先ほどおれに声を掛けてきた女子生徒が、腕組みをして偉そうに睥睨していた。
「何だよ?」
「あんたさ、無能者なんでしょ?」
その言葉を聞いて、おれは初めてそいつの姿を視界にきちんと納めた。
金髪碧眼という、ティステアでは特に珍しくも無い色素。仮にそれが属性を表しているのならば、得てとする属性は雷と水、もしくはそのどちらか。
身長は150の半ば程で、パッと見では細身に見えなくも無いが、よく観察してみれば随所に筋肉が付いており、決して貧弱という訳ではない。
魔力は一般人と比べれば多いが、貴族と比べれば少ない。運用法次第では実戦でも十分に使えるが、完全に頼りっきりにはできないと言ったところ。
おそらくは騎士ないし傭兵志望で入学した平民出身者と当たりをつける。
「初対面の相手を、名乗りもしないでいきなりあんた呼ばわりとは、随分と礼儀がなっていないな」
脳裏にエルンストと初めて会った時の事を思い出す。おれも人の事は余り言えない。
「……そうね、確かに今のは私が悪かったわね」
が、そんな事を微塵も知らない相手は、意外な事にすぐにバツの悪そうな表情を浮かべ、頭を下げて来た。
「アルトニアス=レデ・セリトリドよ。と言っても、さっき一応名乗ったはずだけどね」
「セリトリド……?」
ぶっちゃけて言うと、少女の顔も名前も覚えが無かった。
魔力量も大した事が無く、またリストにも名前が挙がっていなかった為、無意識のうちにどうでも良い者として処理していたのだ。
だが、改めて聞いたその姓は、何事も無かったかのようにスルーするには難しいものだった。
「確か、オーヴィレヌ家の……」
「ええ、そうよ」
5大公爵家の1つであり、おそらくは守護家の中で、敵味方を問わず最も忌み嫌われている家。
セリトリド子爵家は、そのオーヴィレヌ家の分家に位置する家系だった。