学級①
「エルジン・シュキガル、無能者だ」
努めて素っ気なく、簡潔に必要な事だけを述べる。その自己紹介に対する反応は、大きく分けて3通り。
1つは、目立った反応を見せない者。ただ耳にした事をただの情報として処理し、現時点において自分とは無関係と結論を出した者たちだ。
向こうから関わって来なければ、基本的にこちらも同行するつもりは無いので、これは無視して良い。
2つ目は、剥き出しの感情を向けて来るもの。無能者に対する嫌悪や侮蔑といった負の感情を、隠そうともしない者たちだ。
こいつらは分かりやすく、また感情が剥き出しの時点で程度は知れている。全くの無警戒と言うわけにはいかないが、取り立てて警戒する必要も無い。
そして3つ目が、2つ目とは違った研ぎ澄まされた感情を向けて来る奴らだ。
面倒なのがこいつらで、やはり向けて来る感情を隠そうともしてないが、2番目の連中と違って向けて来る感情は必要なものだけで、取捨選択ができている者たちだ。
中には、注意深く探らねば1番目の連中に区分してしまいかねない奴もいる為、念入りに警戒する必要がある。
全部が全部そうとは言わないが、感情をコントロールできない奴はそこまで恐れる必要はない。感情の起伏はあって然るべきだが、それを己の手から離してはいけないのだ。
その点3番目の連中は、それが良くできている。
たかが自己紹介程度で、上っ面すら取り繕えない奴らとは違い、自分の感情をきちんとコントロールしている。コントロールした上で、そう言った感情を向けて来る。
言い換えれば、自分の事を客観的に見れているという事でもあり、それがどれほど重要な事かは言うまでもない。
おれもエルンストに散々言われた事であり、また時々失念してしまう、今後事を進める為には絶対に身に付けなければならない事でもあった。
そして、そう言った腹芸は貴族の専売特許であり、3番目に属する者全てが、やはり貴族だった。
『剥き出しの殺意が心地良いナ、そう思わねえカ?』
「…………」
『だんまりカ。まあここで受け答えなんかすれバ、オマエはただの危ない奴にしか見えないからナ、当たり前カ』
分かっているなら黙っていて欲しいが、癪に障る事に、こいつは全部分かってて話し掛けて来てるのだろう。
『さすがに100人も居ると玉石混交だガ、食指を動かされるのは30人くらいカ? このうちの何人を喰えるんだろうナ?』
おれからすれば、編入してから始めての顔合わせであり、他の奴らからすれば顔見知りも多くいる新たなクラスでの自己紹介は、1クラスに100人近くいる為、それなりの時間が掛かっていた。
他の連中からすれば、そこまで重要でもないこのやり取りも、おれからすれば重要度の高いイベントである。
同じクラスに属する奴らの顔と名前を覚え、リストに載っている奴や、リストから漏れていた注目しておくべき人物が居れば留意しておき、また大まかなクラス内の力関係も測っておく必要がある。
そして必要ならば、留意していた奴らと科目が重なるように教科を選択し、今後どんな形であれ接触する機会を自ら確保しておく。
どうせどの教科だろうが、適当に流していてもそれなりの結果は出せる。自分にとって都合の良いように、最大限利用させてもらうとしよう。
そんな時だった。
「シア=ラル・アルフォリアです。よろしくね〜♪」
「……はっ?」
一瞬、脳が思考を放棄する。
幸いにも、おれの驚嘆の声は小さく、誰にも聞こえなかったようだが、そんなのは何の慰めにもならない。
『ウハッ、アレッてオマエの従姉妹だロ? 凄ェ美味そうじゃねえカ』
従姉妹――そう、血統上は確かにそうなる。
姉とは色素からして違う翡翠色の髪と瞳を持っており、髪型やら体つきもまるで似ていない。いや、色素は得手としている属性が風だからなのだろうけど、纏っている雰囲気も年相応のもので、変に大人びていたりせず、快濶で活発そうな雰囲気だった。
唯一、目元だけは似ているようにも見えたが、その程度は誤差で片付けられる程度だ。
だが、他でもない本人がそう名乗っているのだから、そうなのだろう。
「何でだ……」
記憶が確かなら、アキリアとシアは年齢が3つ離れている。その為、アキリアが3回生に居る以上は、間違っていも2回生に居るはずが無かった。
まあ入学に当たって最低基準は合っても上限は無い為、学年ごとに年齢にばらつきがあるのは認めよう。でなければ、おれが2回生に入ることはできない。
だが、他でも無い実の姉が3回生として在籍しているのに、3つ離れている妹が何故、1つしか離れていない学年に在籍しているのか。
百歩譲って、1回生ならば分からなくもない。順当通りにいけば在籍していない可能性が高いが、万が一在籍している事も考えて、シロに頼んで新入生にシアの名前が無いかどうかを入念に調べさせたからだ。
しかし結果は、該当無し。杞憂だったかと思っていた。
『そりゃ既に在籍してたんだかラ、新入生に該当者がないのも当然だわナ』
とても耳の痛い言葉だった。
「クソ、それにしたって、5つあるクラスの中でピンポイントにバッティングしなくても……」
いや、おそらくはゾルバはこの事を知っていたのだろう。知っていた上で、捻じ込んだのだ。
こればっかりは、完全におれのミスだ。根拠の無い先入観を持っていた結果がこれなのだ。
「過ぎちまったものはしょうがない。ひとまず、改めてシロに、どうしてあいつが在籍しているのかを洗って貰って――」
「ユナ=ラル・アルフォリアです。さっきのシアちゃんとは従姉妹の関係です。よろしく」
エルンストは、1つだけ過ちを犯した。
どうして死ぬ前に、神を斬ってくれなかったんだ。