イゼルフォン家
「失礼する」
ベルの音が響き、複数人の足音が店内に広がる。その数から推察するに、訪れたのは3人。
「昨日に引き続き、ご足労な事でして。今度はどんな用で?」
「君に1つ依頼を持ち込みに来た。とある無能者について調べて欲しい」
おそらくはおれの事だ。
例えおれが無能者であっても、ゾルバから送られて来た以上は警戒を怠れない――と、普通のやつなら考える。
「おいおい、何でアタシがおまえらの依頼を受けなきゃいけねェんだ? 先日おまえらがアタシに向けて言った事を忘れた訳じゃねェだろ?」
上手い切り返し方だ。先日何があったかは知らないが、筋は通っている。
「帰んな。生憎うちは信用を第一にしている。おまえらは信用に値しない」
「こちらとしても、手荒な真似はしたく無いのだが?」
足音が2つ、左右に動き始める。ちょうどその2人とシロとで、2等辺三角形を描くように。
「……本気かよ? アタシを敵に回すって事がどういう事なのか、理解してんのか?」
「理解しているとも。その上で尋ねよう。死人に口無しという言葉を知っているかね?」
店内の空気が張り詰めるのが分かった。シロ自身はどうだかは分からないが、少なくとも2人は臨戦体勢に入っている。
「おい……」
その張り詰めた空気を割ったのは、ひび割れて掠れたベスタの声だった。
「オマエら、余り図に乗るな。忘れるな、ここはワタシの領域だ……死にたいか?」
ギシッと床が軋む。ベスタの圧力に気圧され、後ずさってしまった結果だ。
「溺死、墜落死、圧死、窒息死、焼死、凍死。どれでも、好きな死に方を、選べ……!」
ベスタの言葉はハッタリなんかじゃない。
仮にこの場にいる3人が全員能力者であったとしても、ベスタには十分にそれを実行できる力がある。
そして3人もその事を知っているのだろう。シロの事を知っていれば、必然的にベスタの事もセットで知る事になるからだ。
「……いえ、遠慮しておきましょう」
唯一動きの無かった声の主が、そう答える。
「確かに無礼が過ぎました。本日はこれにて立ち去らせていただきます」
「本日はって聞こえたのは聞き間違いか? 2度と来んな」
最後のシロの言葉には返答せず、3人が店から出て行く。
おれを含めて3人だけとなった事を確認して、カウンターの影から這い出て、元の席に座る。
「何だったんだか」
「探りを入れて来たのさ」
シロの言葉からして、あのやり取りは意図的にしていたものでは無いと分かり、冷や汗を掻く。
「探りだぁ?」
「そう。おれとお前との……そしてお前とゾルバとの関係をね。
もしあの時、別の理由で断った場合、その理由次第では連中はすぐに確信してたろうな。おれとお前と、それにゾルバとが繋がってる事をね」
信用を第一にするシロは、余程の事が無い限り顧客の情報は売り渡さない。
逆を言えば、売り渡さない事が分かれば、即ちそいつはシロの顧客であるという裏付けにもなる。
「そもそも、たかが無能者1人を相手に、わざわざ胡散臭い裏の情報屋を使うか? それもティステア国内の情報の一切を司る、あのイゼルフォン家がだ」
「胡散臭くて悪かったな」
「物の例えだ。でもって、仮にお前があの依頼を請け負ったとしても、連中にとっては好都合だった。渡された情報から、おれたちの関係を推測するぐらいの事は簡単にやってのけるからな」
貴族を敵に回すという事は、そういう事だ。
金に権力、そして広いコネクションと強力な軍事力を抱える貴族を敵に回すのは、利口者がする事では無い。
「成る程な。なら、さっきのアタシの回答は正解だった訳だ」
「十全とは言わないがな。だが、疑っていたとしても疑念の範疇を越えないのは間違いない」
まあ、いずれ気付く可能性は高いが。
少なくとも、おれとゾルバとが繋がってるのはとうの昔に知っている筈だ。そこから辿って行けば、気付かれるのは間違いない。
「んで、さっきの話の続きは?」
「……は?」
「だから、続きだよ。【願望成就】の対策があるんだろ? 続きを聞かせろよ。アタシもベスタも気になってんだからよ」
「ベスタが?」
視界の端に、ガタリと身を震わせる小柄な人影が1つ。
表情は伺えないが、酒の入ったグラスを口元に運ぶその仕草は随分とワザとらしかった。
「へえ、成る程、そういう事ね……」
イマイチ人物像の伺えない奴だったが、意外な面を知る事ができた。
これはこれで面白い。
「ま、いいか」
普段世話になっているし、話す事自体は吝かでは無い。普段の礼を兼ねて話しても構わないだろう。
感想欄に主人公は自業自得ではないかという意見がいくつかありましたが、主人公のやろうとしている事の理由は、自業自得とはちょっと違います。
詳しい事はネタバレになってしまいますので書けませんが、それまで待っていただけると幸いです。