編入④
先頭を歩いているアキリアの姿は、当たり前だが10年以上見ないうちに激変していた。
昔は短く切らていた黒髪は、瞳ともに赤みの掛かった鮮やかな色に変化し、長く伸ばされ後ろで一纏めに束ねられている。
身長も周りと頭1つ分抜ける程に伸び、昔の態度ばかりで活発な雰囲気は完全に消え失せ、静かで動作雰囲気共に大人びたものを感じさせられた。
ハッキリ言えば、良い意味で記憶に残る姿と比べてもまるで似てなかった。
それでも分かる。あれがアキリアだと、根拠はないが確信していた。
「はっ、ははっ、あははははははっ……!」
つい堪えきれずに笑い声が零れてしまった。
だが、幸運にもそれを階下の者たちが耳にする事はなかった。その直前で、主に1回生からを中心に上がったどよめきに掻き消されたからだ。
「あれが、アルフォリア家の次期当主……」
「既に当代最強の呼び名も高い、麒麟児……」
「噂に違わない美しさだ……」
「見世物小屋かよ」
主にどよめいているのは、1回生の中でも貴族に当たる連中だが、品位の欠片もないな。
「……ははっ、随分と美人になったなぁ、おい。それに、やっぱ改めて見るととんでもないな」
内包する魔力は、ただただ静かだった。
メネキアを瀑布に例えたが、それと比べればアキリアは大海だ。波は静かで、荒々しさすら感じない。それでいて、測る為の物差しすら存在しない程膨大な量の魔力。
メネキアが霞む程の圧倒的量を、メネキアすら足下にも及ばぬ程完璧に制御し、押さえ込んでいる。
おれですら、一瞬無能者かと錯覚した。
「元が無能者だからな、魔力探知もお手の物という訳だ」
魔力を明確に感じ取れていれば、コントロールもその分上手くいくのも当然の道理だ。
無能者とそうでない者の良いとこ取りをした、言わばハイブリッドだ。
「得手とする属性は――火属性と、あともう1つくらいか。それが何だかは分からないが」
髪も瞳も色が変わっているという事は、あの忌まわしい選別の儀以降に得手とする属性ができたという事だ。
だが火の単属性なら、髪の色は赤くなる筈だ。それでも橙なら分からなくもないが、あんな桃色に近い色なんかにはならない。
「……まあ、考えても答えは出なさそうだし、今は良いか」
そうでなくとも、保有する魔力量だけで十分過ぎる脅威だ。それが改めて分かっただけでも大きな収穫だ。
おれがやろうとしている事を続ければ、途中でおれがくたばらない限り、いずれアキリアとは激突する可能性が高い。その時に備えて、どんな小さな情報でも無碍にはできない。
「……ッ!?」
咄嗟に付近の物陰に隠れる。心臓が一瞬のうちに心拍数を急上昇させて呼吸が荒くなるが、それすらも表に出す事を憚られ口を手で抑えてしまう。
「いま、見られた、か?」
ほんの一瞬。
物陰に咄嗟に隠れる直前の、刹那の間の光景が網膜に蘇る。
アキリアが微かに頭を動かして、こちらに視線を向けようとしていたように思える。
「……何をしてんだ、おれは」
本当にこっちを見ようとしていた確証もなければ、そもそも見られても問題などある筈がないのに。
『ダッセェ、ビビってやがんのナ』
「……起きてたのか」
『こんだけ美味そうな匂いが蔓延してたら嫌でも眼が覚めるだロ』
壊れたオモチャのような不愉快な声が頭に響き渡る。
『さっきの若作りもメチャクチャ美味そうだったけどヨ、あっちはもっとすげぇナ。いつ喰うんダ?』
「若作りって、まあ言い得て妙だが……そんな事よりも、あれ、喰え切れるか?」
『無理だナ、ありゃ規格外ってやつダ。喰う分には問題ないだろうガ、間違いなく胸焼け起こしちまうだろうヨ』
「……そうかよ」
早速切り札の1つが機能しなくなった訳だ。
だが想定していた事でもある。不都合ではあるが、最悪と言う程ではない。
『オイ、喰わねえのカ? これじゃ生殺しもいいところだゼ』
「おれに死ねと?」
『こちとら腹が減ってんだヨ』
「少しは我慢を覚えろ。そうやって堪え性がないから【暴食】に堕ちたんだろうが」
いまあの集団に突っ込んだところで、嬲り殺しにされてお終いだ。
「近日中に喰わせてやるから、それまで大人しくしていろ。お前は黙って力だけ寄越せば良いんだよ」
おれの言葉に納得したのか、それっきり頭の中から声は消える。やっと静かになった。
隠しておいた資料を取り出す。物陰に隠れたままなので、少なくとも見られる心配はない為、安心してアキリアについて纏められたページを開く。
だがそこに書かれている事は少ない。ただ全属性持ちであり【願望成就】の固有能力を持っているという、ティステアの貴族ならば誰もが知っている事だけだ。
それ以上は調べられなかったらしい。覗こうにも、どうやっても覗けなかったとある。顔も人物像も分かっている筈のアキリアをだ。
ただ、噂話レベルではあるが、過去に幾度となく魔族からの襲撃を受け、そのことごとくを返り討ちにしているとの事。
「……本当に、とんでもないな」
あいつと同じ表現を使うのは癪に障るが、確かに規格外としか言いようがない。
だけど、それでも――
「最強じゃあ、ない」
そうだ、最強なのはエルンストだ。
それだけは絶対に、死んでも譲れなかった。
驚いた事に日間6位という大変名誉な結果を頂きました。
それもこれも、全ては作者の拙い文章を読んでくださっている皆様のお陰です。
今後とも頑張っていきますので、どうかよろしくお願いしますm(._.)m