魔人と道化
「次から次へと、しつけえな」
ハルキアが3人目のカルネイラを殺し、4人目のカルネイラが現れた事で、若干うんざりした声を出す。
「それは光栄だね。あの【腑別の魔人】を手こずらせられているって事なんだから」
「過大な評価を頂き至極恐悦ってな。ふざけんな!」
おどけてみせた後に、急接近。蹴りで薙ぎ払う。カルネイラが腕を掲げて防御。余りの威力に骨が折れて腕から突き出るが、床を踏み割る程の力で踏ん張り受け切る。顔には苦痛の色。
直後に顔から表情が消えて無となる。痛覚を遮断して硬直を解いたカルネイラの反撃の拳が、ハルキアの拳と衝突。人体を素手で引き裂けるハルキアの膂力と一瞬拮抗するが、体が耐え切れずに拳が砕け、肘から折れた骨が血と共に噴出。
両手を失い隙だらけとなったカルネイラへ、トドメの一撃。拳が頭蓋を粉砕し、中身が床に零れる。あっさりと勝利を得るも、ハルキアの表情に油断は無い。
「復活する訳じゃなく、次の個体が現れるっていう事は、キュール形式の不死性か? だがキュールの能力の場合はただ増えるだけで不死に直結してる訳じゃない分、個々の戦闘力も維持されている」
今まで殺した4体の死体を見下ろす目には、ふざけた色が皆無。代わりに歴戦の傭兵としての、冷静な分析と判断力が現れていた。
「が、大陸に名高い守護家の一角の長でありながら、少しじゃ済まないほどに弱過ぎる。不死の維持の為に余力を持って行かれているのだと仮定すれば、種は不死性に直結する能力か?」
「さあね。情報は力さ。自分から明かすマヌケは居ない」
「その通りだな。だがミズキアみたく、殺し続ければいずれ魔力が尽きて死ぬだろ」
もはや現れる事が分かり切っていた5人目のカルネイラに向かい直る。だが言葉とは裏腹に、今度は戦闘体勢を取らない。
仮に相手が襲撃を不意打ちを仕掛けたとしても、十分以上に対応できる事が分かっているが故の余裕の態度であり、同時に興味を持ったが故の対応だった。
「ただ、そうまでして時間を稼ぎたいってんだ。優しさ全開で、その思惑にあえて乗ってやるよ。その代わり、礼代わりにこっちの問いに答えて貰おうかねえ」
「打算ありきの提案に優しさがあるかどうかは置いといて、質問の内容次第かな、それは」
1人のカルネイラでは、足止めできる時間は精々が数秒から十数秒。まだイースとウェスリアの兄妹が遠くまで逃げ切れたとは言い難く、相手の提案に好都合と乗っかる。
「俺ってさ、今の集団に属する前は、金貸しとかやってたんだよね。暴力が物を言う類の」
しかし返って来たのは問いではなく、唐突な自分語り。時間が稼げる分には好都合だが、その意図が分からず、道化師の顔に困惑が浮かぶ。
「だから傭兵の割に、帳簿とか金の流れにはそこそこ詳しい。んで、こないだ偶然にも奇妙な金の動きを知った。
何をするにしても、大抵の事には金の動きが、経済が絡む。軍隊を動かすにしても、武器の調達や物資の運搬、その他必要に応じた準備ってものが必要になるが、根底にあるのは金だ。そいつがなけりゃ何も始まらない」
カルネイラの困惑を他所に、ハルキアの表情は至って大真面目だった。意図的に織り交ぜている、相手の神経を逆撫でするようなふざけた言動もなく、淡々と見解を吐き出す。
「この国の中心から、決して多くはないが、個人でどうにかできる額じゃない金が動いている。国の西側、ゾルバの国境付近を最終地点にしてな。巧妙に偽装されてるが、気付ける奴は気付ける」
ハルキアはそう嘯くが、実際のところ、気付ける者などそう多くはない。まず注意を払う者の母数が少なく、その中でも気付ける者は更に少ない。精々が片手の指で足りるくらいで、それほど巧妙に隠蔽された動きだった。
その隠蔽を見破れたのは、ひとえにハルキアの突出した優秀さの証だったが、それを誇る訳でもなく、表情には疑念を滲ませて行く。
「ここで疑問なのが、国内の――ティステアという大陸最大の規模を誇る超大国の一切の情報を司る集団が、つまりはお前らイゼルフォン家とやらがそれに気付かないなんて事があり得るのかって事だ」
「結論を先回りすると、それに僕の身内の誰かが関わっているって事かい?」
「いいや。それどころかむしろ、お前が当事者の1人だ。違うか?」
「仮にそれが本当だったとして、何の為にそれを僕がするのかな?」
暗に認めているに近い言葉。カルネイラの笑みは深く、直前までの戦闘など無かったかのように、状況を楽しんでいた。
「さすがにそこまでは分からねえが、推測はできる。そもそも俺がそんな事を調べようって気になったのは、今回の騒動が余りにも奇妙で、同時に一部の奴らにとって都合の良さ過ぎるからだ。そんな偶然が起きるなど俺は信じない。
今回のこの騒動で、秩序を司るウフクスス家の大部分が王都に集中する。そうすれば、他の場所に目は行き届き辛くなる。反目する連中からすれば、この上ない好機だろうよ」
「つまり、武装蜂起が狙いって言いたい訳だね。悪くない答えだけど、それこそ僕がそれを起こさせる理由が無いね。何せ僕はウフクスス家や、アルフォリア家の力を良く知っている。そんなものが成功するなんて万に一つも無いって誰よりも分かっている」
「それが分かってるからこそだろうか。蜂起する事と成功する事は別問題だ。この目で見てみて改めて理解したが、この国の戦力ははっきり言って異常だ」
ハルキアの顔には、強敵を認め称える、感嘆の色さえあった。それでいて不遜さはそのままに、不敵さは微塵も消えていない。
「ゾルバと同数の兵を動員できると一般に言われちゃいるが、軍事力が同等であるとはならない。全体の100万の軍隊のうち、3割から4割は中央に集約されてなく、有事の際にはそれが足を引っ張るだろう。
つまり実質60から70万程度の兵しか運用できないという事になるが、それでも軍事力においてこの国はゾルバの倍は上だ」
数は力の1つではあるが、質もまた力の1つである。
個々の兵の力量は、とりわけ守護家の血筋を何らかの形で引いている者は、他の兵の何倍、何十倍もの力を誇る。そしてそういう者は全てが、中央に集約されている兵力の中に含まれている。
「それが分からない程のマヌケが、高度な情報の隠蔽なんざできる訳がねえ。つまりそれを理解した上でやっている奴は、騒ぎを引き起こしたいが成功はして欲しくない、そんな奇妙な目的の元で動いている。この時点で動機は大よそまともなものじゃねえと推測できる。
前提となる、高度な情報の隠蔽と多額の金を動かせる地位と能力を持った奴に、この動機を加えれば自然と候補は絞れる。というか、ティステアの構造まで考慮すればお前しか居ねえだろ」
「……鋭いねえ。普通は中々気付けないし、気付けてもそこまで考えつく事は無いよ」
手が打ち鳴らされ、感心したように賞賛の言葉が投げかけられる。その対象となっているハルキアの表情は醒めたもの。
「でも、変人扱いは酷いなぁ」
「……今の反応で分かった。お前が当事者であるのは間違いないが、主導している訳じゃねえ。別に大本の計画を立てて主導している奴がいる。お前はそれを利用……いや、どちらかと言えば便乗しているってところか」
拍手の音が鳴り止み、カルネイラの笑みが消え失せる。表情にそれまでのおちゃらけた色は皆無で、完全な無表情になっている。
「なら、主導しているのは誰だ? そんな奇妙な目的の下で御大層な計画を立てられる一方で、資金を持たない。そしてお前みたいな奴が便乗しようとする価値を秘めた立場を持つ、そんな奴だろう」
如何なる反応も見逃さないと言わんばかりの鋭い視線。口元には笑み。立場は完全に逆転していた。
「例えば、アキリア=ラル・アルフォリア……とかな」
「……大したものだよ、本当に。いや、馬鹿にしている訳じゃなくてさ。普通は気付かないと思うんだよね」
「その想定が既に馬鹿にしてんだろうが。俺じゃなくても気付ける奴は気付ける。何せ分かり易過ぎる推測材料が側に転がってんだからな」
エルンストとの再戦を望むリグネストが、エルンストの死後にその渇望を満たす為に、その方法を模索したのは考えるまでもない。だからこそ、本来来るはずのなかったティステアに足を運んだのだから。
だが疑問を覚えるべきなのは、ティステアに足を運ぶのに――アキリアに会うのに、どうして3年もの歳月を要したのかという事。
【願望成就】の能力は彼の渇望を満たすのに最適と言って良い能力だ。本来ならば真っ先に足を運ぶべき対象であり、3年も時間を置く必要などない。
ハルキアはすぐにそれに気付いた。他者よりも遥かに突出した多方面への才を持つリグネストが、3年間もアキリアの下に辿り着けなかった理由がある事に。そして3年後に彼女の下に辿り着けた理由がある事に。
「酷く単純な事だ。お前が……イゼルフォン家が【願望成就】の能力者についての情報を統制している。それもかなり高度にだ。
そしてこの時になって、それを意図的に流した。だからお前は何が起こるかを把握し、それを楽しむ事ができた訳だ」
「……面白い推測だね。筋も一部だけど通ってる。けど、何の為に?」
「ンな事、俺が知るかよ。お前の動機やら目的やらなんざを考えるのは俺の仕事でもねえ。語りたきゃ、勝手に自分で語ってろ。聞く気は欠片たりともねえけどな。
重要なのは何が目的であれ、お前がそんな事をしてたっていう事実のみだ」
その言葉を最後に、カルネイラは口さえも噤む。紡ごうにも紡ぐ言葉が見つからないという風に歯を食い縛って軋ませ、表情を苛立ちと屈辱で歪ませる。
対照的にハルキアの顔には、そのカルネイラの感情が堪らなく愉快だと言わんばかりの嘲弄の笑み。追い詰めた相手に更に追い打ちを掛けるように、ゆっくりと歩を進めて距離を詰める。
既に知る必要のあるものは全て知り終えた以上、ハルキアにそれ以上言葉を紡ぐ必要は無く、戦闘を再開しようと右手を掲げる。指先には魔力が集まり、カルネイラへ向けて、能力を行使しようとする。
その動作は、カルネイラが一転して浮かべた、してやったりという顔を見て止まる。
「全部君の言う通りだね。重要なのは事実で、理由は後回しでも構わない。それじゃ結論が出たところで、お喋りもこれで終わり。荷物纏めて帰ろうか」
気色が悪いぐらいの豹変ぶりに呆気に取られた表情を作り、続けて納得と呆れが混じり合ったものに作り変える。
「そりゃつまらん幕切れだな。そこまであの仲好し小好しの2人が大事か?」
「彼らは特別さ。そこに転がってる彼らも中々だったけど、完全に自我に影響が及んでいなかった訳じゃない。戦術的にも最善だろう?」
「お前みたいな人種が戦術語るなよ。怖気が走る」
「それは失礼」
ハルキアに対して肩を竦め、一礼してみせる道化師に苛立ちを覚えるも、それを押さえ込み直前の自我に影響という言葉を捉え、相手の能力について考察しようとして止める。
わざわざそんな事をしなくとも、ハルキアにとって眼前のカルネイラという敵は取るに足らない存在異常にはなり得ず、殺す事に然したる労力を必要としない。ならばするだけ無駄な事でしかない。
その結論は殺しても新たな個体が現れるという連続的な不死性を加味しても、変わる事はない。少なくとも今の彼にとって、カルネイラを殺すことは必要条件ではないのだから。
「謝罪代わりに情報を1つ。僕の能力は【寄期介壊】さ」
「……わざわざ公言するメリットが無いのにも関わらず、それを鵜呑みにするアホがどこにいる。第一そいつは中々見ない能力だが、それでもミズキアが以前所持していた。その上で言うが、こんな芸当はその能力には不可能だ」
「ところが嘘じゃないんだよね、これが。ただ単に、今まで僕以上に使いこなせた保持者がこれまでに居なかっただけの事であってね。
理由については……1つはお礼代わりでもあるってところかな。観賞代と置き換えても良いよ。君の登場は全くの想定外だけど、考えてみれば今後取るだろう行動に予測もつく。まさに望外の餞別さ」
発言の矛盾を指摘したハルキアは、カルネイラの語る理由を聞いて尚も一切信用していない。
だがその態度も、直後に続く理由を聞いて僅かに揺れ動く。
「もう1つの理由としては、知っておいて欲しいからさ。僕が持っている能力が、そういうものだっていう事をね。意味はないのかもしれないけど」
誰に対してとは明言されていないその言葉は、ハルキアではなく、その背後を見て発せられていた。それが意味する事を正確に理解したハルキアが、鼻を鳴らして掲げていた右手を下ろす。
「そうかよ」
下ろされた手が握り締められると同時に、カルネイラの首から上の部位が中心部へ向けて一気に圧縮。押し潰れるも、中身を外部に一切零すことなく停止。ハルキアの右腕の動きに従って首から移動し、床に転がる。
そのまま少しの間待つも、新たなカルネイラは現れず、静寂が戻る。イースとウェスリアの兄妹を逃がす時間稼ぎがカルネイラの目的であり、それを達した以上は時間を稼ぐ為に戦う必要も無く、当然の結果といえた。
「だ、そうだ」
「そう。ご苦労様」
反転して言い放つと、応じる声が響き、ハルキアの視線の先の空間が揺らぐ。風属性魔法【迷彩化】の術式により、大気の光の屈折率を変えて身を隠していたアキリアが姿を現し、ハルキアへと腕を振る。
光を反射して輝く投擲物を長い指先が絡め取り、拳の中に収める。手を開いて中身を確認したハルキアの、自嘲とも嘲笑とも判別のつかない笑み。
「まさか俺様が、たかが金貨1枚でパシられる日が来るとはな。ここ最近で1番のジョークだ」
魔人の手の中には、かつて大陸を統一した当時よりティステア国内で使われ、そしてそれを除けば大陸最大の経済力を誇るゼンディルでしか発行されていない大陸共通金貨が、1枚だけ握られていた。
銅貨数枚の端金で殺人の依頼が発生するような世の中ではあるが、それでもハルキアほどの傭兵を雇うのには金貨1枚ではまるで足りない。それを双方共に理解した上で依頼をし、また引き受けた事実に対する笑みだった。
「事前に報酬を提示したのはそっちで、最終的に承諾したのもそっち。今さら文句を言うのはルール違反だって記憶してるけど?」
「そりゃ、その時点での全財産がこれだけだったからって話だろうが。まさかこれしか持ってないとは思わねえ」
「それは申し訳ないね。まさかこんな出会いがあるとは思ってもなかったし、ましてや依頼を承諾してくれるなんても思わなかったからさ。次からは多めに現金を持ち歩くようにするよ」
皮肉を交えた会話に相応しい、相応の警戒を互いに向け合い、距離を測り合う。
例え依頼し、またそれを受けた間柄であろうとも、互いに肩書きを考慮すれば敵対が正しい関係であり、そしてこのんで仲良くしようと考えるような相手でもなかった。
「まっ、そっちからすりゃ意外かもしれねえけどよ、俺からすりゃ受けて当然でもあるだなこれが。ほら、さっき聞いてたろ? 愛は偉大だって言葉。まさにその通りだ」
だが警戒するに値し、そして向こうが自分をどう認識しているのかも理解した上で、ハルキアは相手の神経を逆撫でするような口調で語る事を止めようともしない。
「物語とかで良くあるだろ? 絶体絶命のピンチに、愛する人の涙でパワーアップ! 奇跡の大逆転が起きて勝てました、ちゃんちゃん。これ、相手の立場に立ってみるとマジで訳が分かんねえよな?」
「現実的に考えれば、そんな事はどう考えてもあり得ないから、ってところ?」
「まあ、そんな感じだ」
「で、どう考えてもあり得ないからこそ、そういうものに憧れるって言いたいの? だから私に加担したって?」
「そりゃ早とちりってやつだなぁ」
勘違いを嘲る一方で、相手の外面と内面を分別して観察するかのように目を細める。
「俺が言いたいのは、そういうのは歪だっていう事だ。歪んでるのさ、俺好みにな」
「私がその、君の言う歪んでいるものに分類できるって? 不愉快極まりないね」
「事実を指摘されているからだろ?」
ハルキアの指摘に、アキリアの目に剣呑なものが宿る。
「まあ、何もそれが悪いって言いたい訳じゃねえ。そういう人種は確かに存在して、時代次第じゃそれが大正義だ」
射殺すように視線を飛ばすアキリアと、その視線を泰然とした態度で受け止め、見返すハルキア。先に視線を逸らしたのは後者だった。
「全てが平等な世の中を目指して他の奴らの上に胡座を掻く奴。祖国の為と嘯いて他者を踏み躙る輩。人道主義を謳って虐殺するアホに、信仰を掲げて教義を貶めるマヌケ。どいつもこいつも踊り踊らされ続ける、救い難い連中だ」
語るハルキアの胸中には緊張。相手を見下し、挑発し、嘲笑する一方で、そのくだらない事が命懸けの所業である事を理解していた。
「そいつらにとっては、崇高なる神の教えも、高貴なる大義名分も変わらない。虐殺に略奪、強姦の理由以上にはなり得ない。性質の悪い事に、そういう奴らが大衆の殆どを占めている」
ハルキアは強い。それは間違いない。それこそ、大陸中を探しても彼を上回る実力者は数えるほどしかいないというぐらいに。
大陸中から蛇蝎のごとく嫌われる一方で、数多の国家や賞金稼ぎの追撃を20年以上に渡って退け続け、同時に傑物怪物集団である【レギオン】内においてさえ、最古参且つ最上位の戦力の座を保持し続けて来たのは伊達ではない。
だがそれも所詮は人間の範疇内、理の内側での話でしかない。
【レギオン】に属するハルキアでさえ、理から外れた領域に立つるアキリアには及ばない。
「その枠組みから外れて、僅かばかり存在する連中も、そういった奴らを軽蔑している。お前も例外じゃねえ。この国やその民衆共を、お前は心の底から侮蔑している。
終始互いに理解し合えるはずもなく、かと言って迎合さえも許されず、結局は自ら踊る事を選ぶ。自分から選択している分、一層歪んでやがる」
諦観の色を含んだ息が吐き出され、何もない天井を見上げる。上げられた群青色の瞳には苦さ。
「クソが世の中に溢れていても、無意味に世界は巡り続ける。他の歪なクソ共の中でも、愛を理由に動いているだけマシな部類だろうよ。所詮は偽善だがな」
「それの、偽善の何が悪いって言うの?」
「だからさっきも言ったろ? それが悪いとは言わねえってよ。第一、俺は偽善を否定しない。むしろ好んでいると言って良い。少なくとも、語るだけで力を持たず、動かないクソったれな善性よりも遥かにマシだ」
陰鬱さを払うように首が振られる。戻った表情からは、それまでの空気が完全に取っ払われていた。
「だが結局てめえは少数派で、やろうとしている事は世間の価値観に照らし合わせりゃ悪だ。だからこそ歪んでいるとも言えるが、俺と違ってそれを周りは許容してくれない。道は険しくて、進んだところで成就する保証もねえ。途中で失敗するかもしれねえが、それでも立ち止まったりするなよ」
叱咤激励するようでいて、口調は相手の神経を逆撫でするようなものに戻り、アキリアが鼻白む。その反応を確認しながらハルキアが後退し、戦闘によって破壊された壁の淵に立つ。
「んでもって、手が届くところまで来たところで俺が全部ぶっ壊すってのも、また一興――」
最後まで紡ぐことを許さず、極大の閃光が放たれる。ハルキアが能力を発動する余裕も与えさせずに飲み込み、屋外まで突き抜ける。
「だから諦めず頑張れよ、俺は応援してるぜ? 何事も大事なのは過程って言うしな。あははははははははははっ!」
閃光の放射が終わると同時に上って来る声と、それに続く笑い声。徐々に遠ざかって行くそれに、アキリアの顔が嫌悪に歪む。
だがそれ以上の追撃は行わず、反転。ついでのように倒壊した建物を願って修復し立ち去る。
「捨て台詞吐いて逃走とか、まんまやられ役の雑魚の行動だな、俺」
追い撃ちが無い事を把握したハルキアが足を止めて振り返ると、ちょうど建物が一瞬にして元通りとなる光景が広がっていた。
過程すらも省略したその出鱈目な光景に、うんざりしたような表情を浮かべる。
「反則過ぎんだろオイ。その気になればいつでも俺程度は殺せますってか? 事実なだけに屈辱的だな」
忌々しそうな言葉とは裏腹に、瞳には思慮深い色。脳内では垣間見たアキリアの力の一端を分析し、冷徹な計算を行っていた。
「仮にやりあった場合、10回中10回殺されるのは間違いない。が、100回やれば勝機ぐらいは見えてくるだろうよ。つまり死ぬ気で頑張って、適切に手札を切ればあのアマにも、理脱者にも勝ち目ぐらいはあるって事だ」
天文学的確率に、だが皆無ではない絶望的な数字を算出し終え、不敵に笑い、先程まで巨大な戦闘が行われていた方角を見据える。
「なら十分だ」
次回予告
大罪王と混罪者の戦いに死神が乱入し、その内側で青年は己の鏡像と対面する……みたいな。