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大罪王と道化と魔人

 



 頂上決戦の真っ只中まで、少し時は遡る。


 まだ・・被害を受けておらず、避難勧告が出された事により人の気配が消え失せた区画。無人であるが故に人影は目立つ。それが周囲と比較しても高い建物の屋上にある、貯水槽の上に腰掛けているとなれば尚更だった。


 血や炎を彷彿させる、あるいはそれらよりも更に鮮烈さを抱かせる赤い髪はショートカット。背丈は高い割に肩幅は狭く、華奢と形容して間違いない筈だが、不思議と見る者にひ弱さを感じさせない。

 手足は長く、それでいて体に対して違和感を与えない理想的な比率。肌は新雪のような白さと宝石のような艶やかさを併せ持っている。

 その全身の造詣はさながら美術品のようで、人体としてある種の完成された美しさを誇りながらも、官能さを一切抱かせない。まるでそれを狙って造ったかのような、奇妙な程の完成度だった。


「馬鹿と煙は高いところが好きという人間の言葉があるらしい」


 吹きつける穏やかな風に髪を遊ばせている最中に、背後から揶揄するような言葉が投げ掛けられる。


「だが貴様は煙には見えん。となれば、馬鹿の方なのか」


 聞き覚えのある声だったが故に相手が誰か分かり、確認する為に背後を見るという動作さえも無駄で億劫なだけだと割り切り、口だけを動かす。


「馬鹿なのかは知らないけど、少なくとも高いところは、黄昏れるのにはちょうど良い場所さ」

「黄昏れるような状況に陥っている時点で、馬鹿だと言っているようなものだろう」


 曲がりなりにも大罪王であり、強大な力を誇るアスモデウスに対して一切の容赦のない、怖いもの知らずな言葉。その態度にではないが、言葉に不快感を抱いて眉を顰めるアスモデウスは、視線だけを左に向けて近付いて来た相手を睨む。


 細身の体を少しばかり時代遅れを感じさせるデザインの礼服に包み、腰まで伸びた質の良い金髪は櫛が通され、オイルで丁寧に手入れをした上で背後で一纏めにされている。

 背筋の伸ばされた姿勢は剥き出しの槍のように鋭利で、端正な顔立ちと引き込まれるような青い瞳も合わさり、その姿はさながら貴公子のようだった。


「随分と懐かしい姿だ。普段の怠惰はどこにやったんだい、マモン」

「たまには戻らないと錆びる、ただそれだけの事だ。怠惰の有り様は強奪の結果であり、本来ならばこっちが正常だからな」


 膝が僅かに曲がり、反動で跳躍。腰を下ろすアスモデウスの隣に降り立つ。


「……あの小僧に貴様の事を教えなかったのは、間違った判断ではなかったと、図らずも証明された訳だ。もっとも、俺が教えずともあのガキが教えていたみたいだがな。完全に予想外だ」

「そうかい? 彼らは師弟なんだ。教えても何も不思議じゃないだろう」


 実力に圧倒的な開きのある相手が、その気になれば即座に自分を殺せる間合いに入り込んだ事にさえ興味を抱かないのか、視線を前方に戻し、ただ他にする事もないからと物憂げな口調で会話に応じる。


「……あのガキは、あまり頭の回転は良い方ではない。闘争に関する事は別だが、それ以外についてはむしろ悪い方だろう」


 大罪王として見れば取るに足らないエルジンを小僧呼ばわりするのは問題ないだろう。

 だがその師であり、大罪王さえも屠り得るエルンストさえもガキ呼ばわりした挙句、頭の具合を馬鹿にできるのは、世界広しといえども今ではマモンくらいなものだった。


「だがあのガキは頭の回転が悪い一方で、物事の本質は気持ち悪いぐらいに正確に捉える。だからこそ最終的に死ぬ事になったのは皮肉だが、それはともあれ、あのガキならば貴様と小僧が接触すればこうなりかねない事ぐらい、予測できた筈だ」

「買い被り過ぎな気がするけどね……」


 そもそも今の状況は、エルンストの死に端を発しているのだ。いくら人外染みた実力を持っていても、自分の死を予測し、且つ死後にこうなり得る事を予見するなど絶対に不可能だろう。


「今回のこれは、所詮はあり得たであろう結果の1つでしかない」


 言葉に含まれた意図を正確に読み取ったマモンは、その上で一切表情を動かさずに続ける。


「結局のところ、貴様自身の本質が変わらぬ以上、どう転んでも似たような結果になっていた。そして人間と違い、存在そのものが司る罪科に縛られている我らは、そう簡単に本質が変わる事は無い。つまり不可避の結末だったという事だ」


 【色欲】を司る大罪王であるアスモデウスの本質。それはかつてベルゼブブも言った事であったが、結局のところ全ては彼女の扱う権能が物語っている。


 他者同士の間に存在する関係を自在に弄り、親愛から殺し合いまで自由に導ける権能。

 全てに対して平等に効果を発揮するのではなく、真価を発揮できるのは自分に対してのみの、自分本位の権能。

 そして何者にも干渉されなくなると同時に、何者にも干渉できなくなる、自分以外のあらゆるものとの関わりの一切を拒む権能。

 そのどれにせよ、共通するのは他人と本質的に絶対に相容れる事はないという点。自分さえ良ければそれで構わないという、根底にある存在の在り方から来るものである以上、それが当然の事なのだ。


「まるで、未来を見れるかのような言動だね」

「まさに正しく見たからな。全てを知れる訳ではないが、それでも人間の持つ能力は便利だ」


 忌々しくとも、マモンの語る見解が的外れなものではないと理解できるからこそ、直接的な反論はせずに皮肉を言うに留まる。しかしその皮肉も通じず、逆に自慢すらされる。


 マモンが人間から強奪して来た数々の能力のうち、未来視やそれに近しい能力は、確実とまでは行かずともかなりの精度での未来予知を可能にする。

 そもそも本人が知ろうとしない事柄は予知できず、それ故にエルンストの死や、レヴィアタンによるその裏での策動などは実際に起きるまで知る事はできなかった。

 だがその一方で、アスモデウスがエルジンと関わった場合の結末は幾つも知り、またその結末がエルンストの死後も変わらなかった事から、それらが引き起こらないように両者を引き合わせるような事は頑なにしようとしなかった。


 もっともその選択も、あくまでエルンストがアスモデウスの事を教えていないだろうという前提の下での行為であった為に、最初から無意味でしかなかったが。


「なるほどね。確かに全てを知れる訳じゃなさそうだ」


 反論も皮肉も許さない強敵に、せめての意趣返しとばかりに人差し指を掲げる。


「キミの認識には誤りが1つ。彼との出会いに、エルンスト君の関わりは一切存在しない」

「……正確な時期は知らんが、あのガキが単独で、貴様と出会ったと? それこそあり得ないな。少なくともガキが生きてた時に、小僧が魔界の奥に足を踏み入れた事は無い。ましてや単独でそこまで深く潜るなど不可能だ」


 人外魔境な魔界といえど、人間界に近い南部はあくまで比較的だが、他よりもマシな環境が整っている。それは魔界の支配者である大罪王たちの大半が、南部寄りに居を構えていた為だ。

 当人たちにそのような意図は無かったが、住んでいる以上は快適な環境を求めるのは当然の事であり、決して少なくない手入れがされている為、程度の差ではあるが魔界の南部は魔界の中ではまだ安全な場なのだ。


 そして魔界のさらに北に広がる地には、南部よりも更に劣悪な環境と凶悪な魔獣や魔族が待ち構えている。例えエルンストであっても、エルジンという足手纏いを抱えた状態では足を踏み入れようとはしない。ましてやエルジン程度では、半日生きられれば幸運で、ほぼ確実にその日のうちに惨たらしい死を遂げると断言できる。

 そしてアスモデウスの本来の居はそんな地に存在し、滅多に外に出る事はない。それはひとえに彼女の神族嫌いから来るものであり、マモンの記憶の中にある限りでは、数少ない南の地に来た時にエルジンやエルンストが魔界に足を踏み入れていた事実は無い。


「あり得るさ。ボクが彼と出会ったのは魔界じゃなく、人界での事だったからね」

「人界で、だと? 貴様が人界に足を運んだ事があると?」

「不本意ながらね」


 懐かしさと寂寥感を帯びた声音の言葉を、そこで切る。それ以上は語るつもりがないという意思表示であり、その意図を感情と共に正確に読み取ったマモンは、追求の言葉を飲み込む。

 代わりにわざとらしい、揶揄する言葉を選ぶ。


「まるで未練が断ち切れてないぞ。人間に対して何の感慨も抱かない筈じゃなかったのか?」

「黙りなよ……!」


 首を振って顔をマモンへ向け、それまで何も宿っていなかった瞳に明確な負の感情を込めて睨む。視線には魔力さえ宿り、視線の先の相手が一般人ならば睨むだけで殺せる程だった。


「ヒト臭いな。拒絶され、憎悪すら向けられても尚も割り切れず、ずるずると引き摺ったまま。まるで人間そのものだ。人間に対して何も抱かず、ただ神族に対する厭悪だけで生きていた貴様はどこに行った?」

「黙れと言っているんだ!」


 残る魔力を掻き集め、反撃される事さえも考えずに権能を行使。相手の存在をゼロにしようとする。

 自分に対して同様の事を行っても、ただ世界から認識されなくなるだけだが、自分以外にそれを行えば文字通り存在が無くなる。つまりはこの世から何の痕跡も残さずに消え去り、2度と戻る事は無い。彼女の権能を用いた、数少ない攻撃手段の中でも最大最強の技。


 だがマモンはただ立っているだけで、その権能を受けても一切の変化がない。それは何かをした訳ではなく、余りにも力の差が開き過ぎているが故の結果だ。

 ベルゼブブでさえ受ければただでは済まないというそれも、マモンにとっては脅威になり得ない。現大罪王最強と、大罪王最下位の間にはそれ程の実力差が存在していた。


「この程度の言葉にそこまでムキになれるのならば、さっさと割り切って動けばいいものを。貴様ならばやり方などいくらでもあるだろうが」

「……大きなお世話だ」


 自分の凶行に対して一切動くつもりがない事に、頭が冷えて僅かな安堵を抱く。一方で声音や表情からは空虚さが舞い戻って行き、それ以外の色が急速に抜けて行く。


「オレがここに来たのは、あくまで警告の為だ」

「警告だって? キミがボクに?」


 想定していなかった言葉に、空想上の生物が実在すると告げられたかのような反応を返す。

 少なくともアスモデウスにとってのマモンとは、現在はベルフェゴール以上の【怠惰】の極みに至り、ベルフェゴールを取り込む以前は完全自分本位の【強欲】の権化であり、いずれにせよアスモデウスとは別の意味で、他者との関わりを一切省みない存在だった。その認識は間違いではない。


 しかしアスモデウスは知らない事だが、そういった面がある一方で、大罪王の中では最も本質を捉える能力があるのもまた事実だった。

 かつて大罪王同士の対立があった時に、己の欲望に基づいて立場を決めたベルゼブブを除き、結果的にとはいえ唯一正解の立場に立ち、ベルフェゴールを破った事からもそれが伺える。


「あのカマ野郎と意見が被るのは不愉快極まりないが、ただでさえ空位が目立つ大罪王に、これ以上の空位を作るのは極めて不味いからな。神族共との均衡が崩れかねん」

「殊勝な言葉だ。そんな事を言うぐらいなら、普段からもっとちゃんとして欲しいものだけれどもね」

「何故オレがそんな必要の無い、面倒な事をしなければならん」

「…………」


 【強欲】に戻っている筈が、完全に戻り切れておらず【怠惰】が垣間見れる発言に、アスモデウスは言葉も無かった。

 だが直後に、マモンの言葉に含まれる意味に気付く。


「このボクが死にかねない可能性があるって聞こえるよ」

「そう言っている」

「本気かい? キミ相手に不意打ちならばまだしも、そうと分かっているボクを殺せる相手が存在するとでも?」

「オレがベルフェゴールから奪ったのは、何も力だけでは無い。奴の溜め込んだその叡智も、そして奴の研究結果もまた同様だ」


 魔族に学者という肩書きは存在しないが、仮にその肩書きが存在するとして、当て嵌められる魔族は多くない。その少ない魔族の中でも、殆どが程度の低いものに分類できるだろう。

 だがベルフェゴールは、根幹にある目的意識が自分の司る大罪に繋がったものであるといえど、学者という観点で言えば魔界の中でも最高峰且つ断トツだった。

 その研究対象は同族は勿論の事、同格の大罪王にまで及んでおり、マモンやアスモデウスも例外ではなかった。


「奴は他の大罪王と戦う可能性も考え、その対策も立てていた。それも並のものではない。実力で勝っていたのは事実だが、それでもかつてオレが勝てたのは奇跡に近いと言えるほどにな。

 その研究成果に基づいて言うならば、今この時この場に限って、貴様を殺し得る存在が1つだけある。そしてその存在は、貴様にとって無視し得ない存在でもある」

「どういう意味だい?」

「すぐに分かる」


 謎めいた言葉を最後に、マモンが魔力を練り上げる。アスモデウスは反射的に身構えるが、すぐに脱力。マモンが手を掲げた先に黒い靄の集合体が出現する。

 それは【座標接合】という空間系に属する能力によって生み出された、術者の任意の場所に繋がる道だった。


 もう用は無いと、道に繋がる先の地に移動。姿が消え去り、道も痕跡を残さず消え去る。

 その場に残されたアスモデウスは、最後のやり取りの意味について考える。いや、考えようとした。


 仕組まれていたかのようなタイミングで、付近の建物が爆発。飛び散った瓦礫がアスモデウス目掛けて飛来し、権能によって体を素通りする。

 だが破壊はそれだけに留まらず、彼女の元へ移動するように近づいて来る。すぐに彼女の腰掛けていた建物も倒壊し、否応なしに動く羽目になったアスモデウスが地面に降り立ち、反転。下手人を視界に納める。


「目、眼、芽、、メェ。邪魔、痒い、痛い、いらない。ユナぁ、誰を探してるのぉ? あいつは殺して墓の下に埋めたからぁ、もう居ないよぉ?」

「……大層な皮肉だね」


 全身を乾いた血と粉塵で汚しながらも、傷は一切負っていない、明らかに正気とは言い難い状態にあるエルジンの姿。

 剥き出しの上半身には、ちょうど心臓のある胸の辺りに、まるで毒蛇のように黒い文様が浮かび上がり絡み付いている。その紋様は更に右腕全体と、首を伝って右目の周辺や眼球にまで及んでおり、周辺の空気に不吉さを毒のようにばら撒いていた。


「闘争の為の逃走は高尚でぇ、逃走の為の闘争は嘲笑に値ぃ。望ましいのは闘士としての闘死。逃士としての凍死は死に能わず。狂戦士の最期は戦いに狂って戦死。だから悪魔はぁ……」


 正気が消え失せた瞳が、アスモデウスを見据える。顔を含む全身に【暴食】の口が生み出されては開閉し、歓喜の感情を表すかのように歯を打ち鳴らしては、綺麗さっぱり消えて無くなる。

 紡がれるのは支離滅裂な言葉だが、最後の言葉だけは明瞭で、その意図が明らかだった。


「叩きのめして綺麗な顔を潰して、眼を抉って奪い取って、四肢を潰して這い蹲らせて、腹に手を突っ込んで犯して、内臓掻き回して屈服させて、首を捻じ切って眠らせて、焼いて喰ってあげなきゃねぇ!」







 



「楽しいねぇ。中々どうして悪くないじゃないか。エルンスト君の時もそうだけど、こういうのは他では味わえないね」


 壁に投影された映像を眺め、カルネイラが独白する。右手には無骨な釘。それを手の中で弄びながら、反対の手で顎に手を当てる。


「さて、どうしたものかなぁ。彼がこのまま破滅するよりも、助かる方が個人的にも舞台の結末としても好ましいのは事実だ。更には今後のアキリア嬢の計画も考慮すれば、そうなった方が確実に良いのは考えるまでもないね。ただし……」


 視線は映像の中のエルジンから、赤髪の悪魔アスモデウスへと向けられる。瞬間、カルネイラの表情に浮かぶ分かりやすい嫌悪の感情。

 パキリという、軽い音が鳴る。カルネイラの手で弄ばれていた無骨な釘が、彼自身の手によって圧し折られた為に鳴った音だった。


「目障りだなぁ。人でない存在が、人の世界に自分たちの理を持ち込んで来るなよ……ッ!」


 圧し折られた釘が尚も、手の中で凄まじい握力によって握り締められる。荒々しい断面が手のひらの皮膚を破り、血を滲ませる。

 だがそれも僅かな間の事で、すぐに表情を元の状況を楽しむ鑑賞者のそれに戻し、微笑を浮かべる。


「まあ、腐っても大罪王の一角だ。僕如きが介入したところでどうにかする事は不可能に近い。ならなるようになるだけで、僕はそれを見守るだけさ」


 使い物にならなくなった釘を放り捨て、視線を宙空に。やがて何かを決断したかのように頷き、椅子から立ち上がる事はなく、言葉だけで指示を出す。


「イース君、ウェスリア君。君たちはロエク君と共に手筈通りにお願いするよ。僕の手勢を好きに使ってくれて構わない。何が何でも彼を捕らえてくれ」

「はい!」


 言葉を受けたイースが返事をして反転。背後に居るロエクと呼ばれた同胞を見る。


 そこにあったのは大きな血溜まり。ちょうど1人分の血を全て使えば形成できそうな海の中央には、一切の損傷はおろか、広がる血の汚れさえも無い人体骨格。

 成人男性のそれと思われる剥き出しの骨格は傍らには、まるで脱ぎ捨てたと言わんばかりに肉が、その隣には胸腔から腹腔に掛けて収まっていた筈の臓器が、その更に隣にはそれらを包んでいた生皮が、山となって積み上げてあった。


「……え?」


 まるで予想外の光景を見たと言わんばかりのイースの反応に、骨格の右手が持ち上がる。厳密には、その骨格の背後に立つ人物が後ろから腕を掴み、挨拶するかのように左右に振って見せていた。


「やあ、ロエク君だよぉ……てなぁ! あはははははははははははは!」


 自分自身のふざけた言動がツボに入ったのか、高らかに哄笑を上げる。

 素顔から上半身にまで及ぶ、革製の帯布。錆び付いた髪に瞳は群青色。肌は白黒入り混じったモノクロトーン。

 【レギオン】第4団員にして、大陸最高賞金首でもある【腑別の魔人】ハルキア=サビャーヤ・ランタレスが、狩人の目付きで獲物たちを見下していた。


「これはまた、予想だにしない来客だ。一体どういった用だい?」

「何の用? そうだな……女の子と話してたら惚れちまって、その子の願いを叶える為に、障害になりそうな奴を排除しに来たってのはどうよ!」

「なるほどね。確かに愛は偉大だから、納得できない理由ではないねぇ」

「そうだろそうだろ? そんでもって、そんなふざけた理由で楽しみを邪魔されるなんてのは……大層屈辱的だよな!」


 いつの間に侵入したのかは分からなかったが、それでも眼前の酸鼻な光景に動揺したのは一瞬だけ。主君が会話で時間を稼いでいる間に陣形を整え、イースとウェスリアを除く5人のカルネイラの部下たちが、一斉にハルキアへと掛かる。

 しかしハルキアは悠々と両腕を、派手な動作で振り上げる。直後に先頭に立っていた2人の半身の骨以外の部位が、ごっそりと吹き飛ぶ。まるで骨格だけを残して溶かしたかのような惨状に、自分の身に起きた事さえも理解できず、前のめりになって倒れる。


「【無空】」


 その屍を越えて接近した、ウフクスス家のジャケットを羽織った男が術式を展開。ハルキアを包む真空空間を生成する。

 ハルキアは即座に呼吸を止めて後退する事で対応。そこに一手早く展開されていた高速魔法が発動し、四方から発生した光の槍がハルキアの体を貫き、地面に縫い止める。自らわなに飛び込む形となったハルキアが目を見開き、動きを止める。その致命的な隙を突いて、残る男が距離を詰め剣を振り下ろす。


「君たち結構やるじゃん。ぼくちゃん思わず冷や汗を掻いちゃったよ」


 小ばかにした口調で、奇襲に失敗した相手の耳元へ囁き掛ける。男の剣はハルキアに届く手前で、見えない壁に遮られているかのように停止していた。

 その結果に、男は全身に魔力を循環させて更に押し込もうとする。だが水準を上回る魔力循環に加えて、脳の抑制が外されている男の膂力が乗せられているのにも関わらず、刃は1ミリたりとも進まない。


「でもお前らマヌケ過ぎ。お前ら如きが、それも屋内戦で俺をどうにかできる訳ねえだろ」


 宣告と共に男の頭部の肉が消失し、頭蓋骨が剥き出しとなる。その内部に収まっている筈の脳はハルキアの手元に収まり、お手玉のように放り投げられては受け止められていた。

 男の体が崩れ落ちるのと同時に脳は握り潰され、汚れた手が自分を貫く光槍に伸び、素手で掴む。そのまま手が握り締められ、拘束は術式ごと粉砕。自由を得る。


「戦場じゃマヌケから死んでいく。それが普遍の理なんだよねえ。だからそれに従って、マヌケのお前らも死んでちょうだいな」


 仲間が無残に殺されても、残る2人は尚も動こうとする。それは驚くべき事だった。

 ハルキアに相対した大抵の者ならば、仲間をこうも無残に殺される光景を見せつけられ、また自分もそうなる可能性が十分にあるという現実を目の当たりにして、一も二もなく逃げ出す。それは決して恥じるような事ではなく、極めて正常な反応だ。

 しかし男たちは継戦を選択した。それは紛れもなく称えられるべき選択であったが、残念な事に、結果が伴う事はなかった。



 嫌な音が室内に響き、続けて耳を覆いたくなるような生々しい音が続く。ハルキアが片手で頭を掴んで捻転し、首を捩じ切った音だった。


「即席ボールのできあがり。貧しい子供に無償でプレゼントしてやるかね、俺ってば超優しいからな」


 唖然とした表情を浮かべた頭部でお手玉をしながら、深い慈愛の感情を湛えて見せる。演技によるものではあるが、両手の物さえなければ、騙されてしまいそうな程の迫真の演技だった。


 その表情もすぐに引っ込め、頭部を投擲される。

 実力で言えば自分たちと同等か、それ以上の仲間たちが一方的に蹂躙されるという光景に凍りついていたイースとウェスリアへ、投じられた物体は凄まじい勢いで飛ぶ。直撃すれば死んでもおかしくない速度だった。

 だがそれも、直前で頭部の軌道が逸れた事で免れる。攻撃に失敗したハルキアが浮かべるのは悔しさではなく、興味の色。


「能力……それも物理的なもので防いだって感じじゃないな。どっちかっていうと、投げた物の方が勝手に逸れたって感じだ。理数系か?」

「…………」


 分析の言葉に返すのは無言。だが表情からは動揺を隠し切れない。

 たった一度見ただけで核心を突いて来るハルキアは、まだ大した歳月を生きた訳ではない2人にとって、不気味でしかなかった。


「カルネイラ様、お逃げください!」


 それでも鋼の忠誠心が、恐怖心を上塗りして一歩を踏み出させる。例え死んだとしても、時間を稼いでみせるという決死の覚悟が現れていた。

 年齢を鑑みれば、称賛に値する決断と覚悟だ。だがハルキアは茶番を見たと言わんばかりの嘲笑。


「実に勇敢な事ですねぇ、感動したよ。そういう健気な想いには応えたくなっちゃうよね。ついでにいいもの見せて貰った礼に、出血大サービスで2人纏めて殺してあげちゃおう。皆で死ねば怖くないだろうからな!」

「それは困るね」

「カルネイラ様!?」


 イースとウェスリアを押し退けて、護衛対象であるカルネイラ自身が前に出るという事態に、2人が悲鳴を上げる。その2人を他所に、カルネイラが指を鳴らす。それが合図だったように、兄妹が反転。意志に反して背後の壁を破壊し、室内から脱出する。


「おうおう、自分を犠牲に部下たちを逃がすか。随分とお優しいこったな」

「別に優しいつもりも、自分が犠牲になるつもりもないんだけどねえ」

「ははっ、お前が俺を倒すからってか? 舐められたもんだな」


 カルネイラの言葉に喜悦の表情を浮かべる。強気の態度を捻じ伏せ、相手を屈服させる事を楽しむ者が浮かべる、絶対的上位者の笑みだった。

 その笑みに応えるように、カルネイラも口の端を釣り上げる。


「勘違いして欲しくないな。単にここで僕を殺したところで、僕自身・・・は死なないってだけの事さ。いくら最高の舞台といっても、映像越しの観戦の為に自分自身を危険に晒す訳がないじゃないか」

「……不死性持ちか」

「まあ、似たようなものさ」


 カルネイラが浮かべていた笑みは、相手を嵌めた事を確信する会心のもの。そして双子の兄妹が逃げる為の時間を稼ぐ為に、種明かしを自ら行う。


「いずれにしろ、僕が死なないのに彼らが命を懸けるのは無意味でしかないからね。ならば逃がして、僕が足止めに回るのが合理的判断ってやつさ」

「そうかい」


 ハルキアの顔から表情が消える。姿勢が低くなり、魔力が練り上げられて循環されて行く。既にカルネイラは彼の間合いに入っており、いつでも殺しに掛かれる体勢だった。


「なら優しい優しい俺としては、その願いを叶えてやんなきゃなあ。ついでに、不死性持ちの奴は俺の天敵であるあのクソ野郎を連想させられるからな。特別に苦しめて殺してやる」

「そう。ならできる限り抵抗して、時間ぐらいは稼がせて貰うよ」











次回予告

混罪者が大罪王と踊る傍らで、魔人が道化を殺して語り、遠謀の筋道を付きつける……みたいな。


あと少しで王都襲撃編が終わる云々言ってたけど下手したら20話以上掛かる可能性が出て来てヤバイ。というか既に全体の半分近くが費やされてる時点で手遅れ感が半端じゃないみたいな。はい。

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