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頂上決戦⑥

 



「理屈を理解、した事が、仇と、なったか……」


 後悔する訳でもなく、ただ敗因の確認を目的とした言葉が、仰向けに倒れるリグネストの口から零れ出る。

 傷は深く、文字通り胴を両断する寸前まで斬られており、そして当然ながら心臓に埋まっていた竜玉も分割されており、機能を失っている。もはや無尽蔵の供給源は存在せず、死は確定している。

 にも関わらず意識があり、言葉を発せられるのは、元より持ち合わせている莫大な魔力によって辛うじて命が繫ぎ止められているが為だった。


「はっ、何を履き違えてやがるんだ?」


 だがエルンストは、リグネストの導き出した解を鼻で笑う。


「竜玉を使った時点で、テメェは人じゃなくなった。それ自体は問題ねえが、結果としてテメェは人としてじゃなく、怪物として俺と戦う事になった。

 理解の怠惰から来る呼称じゃなく、自らその存在になった事によって、今までの人として戦って来た経験を不意にする羽目になった。つまるところ、自分から土俵を降りたんだよ」

「……そうか」


 それが敗因だ、というエルンストの言葉に、リグネストは反駁する事なく笑う。何の感情も感じさせない、だが普段の嘘くさいそれとは違う静かな笑みだった。


「そもそも、の選択、そのものが、間違って、いたか……なら、良いだろう……悪く、ない」


 辛うじて命を繋いでいるとはいえ、全く動けない訳ではない。例え死ぬのが避けられぬのだとしても、最後の力を振り絞れば相打ちを狙って動く事は十分可能だった。

 しかし何故か、リグネストはそうしようとはしなかった。そんな事をするよりも、残る数十秒の時間を話すことに費やす事を選んだ。


「オレは、お前に、勝ちた、かった……」


 死を間際にして零れ出たのは、内側に生まれていた渇望。

 彼を知る者にとっては、また彼が理脱者となった理由を鑑みれば、天地が引っ繰り返ろうともあり得る筈の無い、言語化された自発的な衝動だった。


「お前に勝って、その座に、着いて、遥かなる頂から、見える、この世界を、眺めて、みたかった……」


 苦しい息を無理やり抑えつけ、言葉を紡ぐ邪魔をさせない。体の下に広がる血は体温と同じく暖かい筈だったが、まるで真冬の海に浸かっているかのように寒く、それが舌を凍えさせる。

 だが燃え尽きる寸前の命が盛大に燃え盛り、熱を送り込んで氷を溶かす。言葉を紡げと命令する。


「そう、すれば……何かが、分かったかも、しれなかった……」

「……アホだな、お前」


 文字通り命を懸けて紡がれた言葉を、エルンストはバッサリと切り捨てる。


「俺に勝てば最強の座に座れるだとか、本気で思ってたんなら、相当なアホだ。少なくとも他人に殺されたのにも関わらず、いずれその座に登り詰められると考えたりした挙句、最強だとか墓標に書かれる奴と同じくらいにな」


 自嘲と嘲笑が入り混じった言葉を浴びせる。


「【強欲王マモン】は仕留め損ねた上に、今じゃ【怠惰王ベルフェゴール】を取り込んで更に強くなってやがる。【嫉妬王レヴィアタン】は最初に戦って以来表に出て来ねえし、【色欲王アスモデウス】とはそもそも勝負が成立しない。空中都市に居たミカエルは、都市の民を巻き込むぐらいならば死ぬと、戦う意思も見せなかった。

 【赤眼党】の混血児ラヴィーネは姿を現さねえし、ゼンディルの魔導王は殺しても殺し切れなかった。先代の特選隊筆頭は決着の前に、勝手にケジメだ何だと訳の分からん事を喚き立てて手足を差し出して戦うのを止めやがった。この国の日和見主義の老害野郎に至っては、最初に少し戦っただけでさっさと逃げやがった」


 彼の中にある、それまで積み上げられ刻まれて来た戦歴レコードを紐解き、自身が認めた強者の名を上げて行く。 


「全員が俺とまともにやりあえるぐらいには強く、尚且つ今も生きている。ならばそいつらに勝たずして、最強なんざ名乗れる訳が無い」


 勿論機会があれば殺すが、とついでのように付け加える。


「そいつらと戦おうともしねえで、既に退場した筈の人間である俺に固執してる時点で、不合理でしかねえんだよ。最強を目指すってなら、まずそいつらを殺して、それでも納得行かねえってんなら俺を呼びもどしゃ良かった」

「1つ、お前も、履き違えている、な……」


 エルンストが言っている事が全て正しければ、リグネストはそうするべきだっただろう。エルンストが挙げた名前は彼も知っていたし、そのうちの何人かには実際に会った事さえある。

 だがそれでも、リグネストはそうしなかった。その理由は至極簡単だった。


「そいつらの、誰よりも、お前の方が強い……お前こそが、高峰の頂に、座して、いた。なら、ば……お前に挑むのは、当然の、事だろう……」


 感情論でも何でもなく、純然たる事実として、そいつらとエルンストが戦った場合に勝つのはエルンストだと断言できた。

 だからこそ、わざわざ彼は回りくどい事までして、この戦いを成立させて挑んだのだから。


「それも、敗北に、終わったが、な……だが、不思議と、悔しくは、無いな。未練はある、が……まるで悔しくは、ない……」


 言葉通り表情は穏やかなもので、悔恨も存在せず、ただ夜の浜辺のような静謐さだけが宿っていた。

 咳き込み、口から血を噴出する。だが血で赤く染まった唇は笑みを崩さない。確かに救いようがないと、声に出さずに紡がれる。浮かんでいた微笑みは納得の笑みだった。


「エルン、スト……」


 手を伸ばし、呼びかけた相手へと指先を伸ばす。魔力で繋ぎ止められていた命も、もはや限界だった。だがまだ挨拶が済んでいないと、踏み止まる。


「地獄で、先に、待っている、ぞ……」


 伸ばされた手が左右に振られ、力無く落ちた。笑みは凍りつき、瞳は光を失っていた。

 それが【レギオン】団長であり、【絶体強者】と呼ばれると共に大陸最強と称えられた傭兵の最期だった。


「そうかよ」


 別れの挨拶を受けたエルンストは、遺体に目をくれる事なく反転。呟き、背を向けて歩き始める。

 だがそれほど進む事はできず、崩れ落ちる。剣を突き立てて転倒は防ぐものの、膝をついて体重を全て預ける形となる。


「勝ちを、譲られた、か……」


 忌々しそうに、だがどこかおかしいと言わんばかりに吐き捨てる。


 最期の瞬間、限界だったのはエルンストも同じだった。両足で平然と立って見せていたのはただの子供染みた意地によりものであり、もし仮にあの時に、相打ちを選択していたら、最期まで諦めずにいたら、死んでいたのはエルンストだった。

 そうすればリグネストは、最強になれただろう。例えそれが命の尽きる数十秒の間だけだったとしても、エルンストを倒して最強の座に着く事ができた。


 そして今度は、エルンストに死の影がちらつき始めていた。

 リグネストによって体内に入り込んだ毒が全身を蝕み、また出血が体力を削り切っていた。解毒薬も最後の死神の一振りデスサイズによって破壊されているのは、他でもないエルンストが知っていた。

 例えそうなるとしても、それで勝てるのならば躊躇いはなく、そうした事に後悔も無かった。


「テメェが待ってるなら、地獄もさぞかし楽しい、だろうな……」


 体が横に折れ曲がり、杖代わりの剣に縋りつく事もできずに横転。途中で不自然に止まる。

 脇に差し込まれた手が腕を掴み、転倒を防いでいた。更にもう1つの手が死に掛けのエルンストに翳され、無数の術式を展開する。全身の傷が塞がり、真新しい皮膚が覆う。傷跡も残らない肉の下では血が作られて行き、全身を巡る。破壊された臓器は残骸が溶けるように肉体に吸収され、空白となった場所に新たに臓器が生成される。

 同時に治癒魔法の光とは別の、淡い暖かさを感じさせる光がエルンストを包む。体内に巡っていた、解毒薬の存在しない筈の毒が分解されて無害化。促進剤アッパーの副作用もまた、綺麗に浄化される。


「貴方にはまだ、やって貰わなきゃならない事がある」

「……死に損ねたか」


 情けや慈愛ではなく、単純な打算で治療を施したアキリアを見上げ、手を振り払い自分の足で立ち上がる。軽く腕を振って調子を把握。苦笑する。


「【願望成就】の能力は反則だな」

「反則でも何でも良いから、早くして欲しいかな」

「感傷にも浸らせないか。せっかちな奴だ」


 大剣を旋回させて肩に担ぐ。空いた手で懐を漁り、煙草を取り出して咥える。火をつけようとして、道具が無い事に気づく。

 無言で視線を横に立つアキリアに向ける。嘆息と共に術式が発動して、火が灯る。深く煙を吸い込み、満足そうに笑う。


「どうせオマケの人生だ。もののついでで、契約は果たしてやる」










「たかが命を交換できて、全体数が単体でないだけで、この世で最も完全な不死に近付いたなんて自惚れたりはしねえ」


 今にも崩れそうな廃材の上に器用に腰を掛けた状態で、どこか得意げに、アベルに言葉に返す。


「折角【増殖】で自分を複数にできるんだ。どっちも同じように強くなっても何も面白くもない。だからあっちの死んだオレはより戦闘に特化して、こっちのオレはより不死性に特化して能力を還元して習熟してる。そう簡単にはオレを殺し切る事はできねえよ」


 通常ならば忌避し、正気を保てるかさえも怪しい、感覚の共有を強制される自分が複数存在するという事態を平然として受け入れるばかりか、まるで遊戯に興じているかのような感覚でそれを嬉々として利用する。

 それは他人の目で見れば酷く悍ましく、嫌悪感を催す光景であり、アベルも顔を顰めているのを隠そうともしていなかった。


 だがそれを行うからこその【忌み数ナンバーズ】であり、そのうちの1人である【死なずのミズキア】だった。


「まあそれでもあの先代の死神には、微塵も立ち向かえる気はしなかったがな。あいつと戦うのは超怖すぎたから殺されて死んだフリして逃げようとしたが、それでも執拗に軽く数百回は殺してくれた。絶無の苦痛付きでな。

 オレが捕虜は虐殺派じゃなければマジで死んでたし、向こうが飽きて見逃してくれなければやっぱり死んでたし、それよりも先に精神を殺されそうだった」

「……お前が生きている事情については理解した。それで、何の用だ?」


 隠しようもない恐怖を露わに語るも、アベルの言葉を受けて即座にそれを引っ込め、ヒョイと肩を竦める。


「まあ、大方予想してるだろうが、今後どうすんだっていう話をしに来た。憶測で今回の事態を語られた時は半信半疑だったが、現実の物になった以上は、どうにかしなきゃなんねえ」

「それを理解しているなら、質問する必要性は皆無だという事も理解できているだろう。もう手遅れで、どうにもならねえところまで来ている」

「それが生憎、そうもいかねえんだよ」

「……どういう意味だ?」


 決して頭の回転は悪くなく、わざわざ自分の判断を仰ぐ事を必要する場面は非常に少ない部類に入るミズキアの、珍しく切羽詰ったような表情を見て、アベルも僅かに緊張を孕んで問い質す。


「……ハルの奴が、こっちに来てやがる」

「なっ――!?」


 そして返って来た答えは、アベルを動揺させるのには十分過ぎるものだった。


「それは本当か?」

「間違いねえよ。あっちのオレを殺した女と話していたのを、この目で見たからな。向こうもこっちが見ていたのに気付いてたと思うぜ。

 それでいて、お前は死に損なった瀕死の状態と来た。誰がどう見てもヤバイと分かる状況だってのは理解できてんだろ?」

「確かにな……」


 緊張感はそのままに、苦々しい物を飲み込んだ声音。ミズキアもまた似たようなもので、両者がそれだけハルキアという人物を警戒している事の証左でもあった。


「こっちに来てる奴らの大半が、あいつの能力と相性が激烈に悪い。その上で、万が一の事態に対応できるだけの実力を持った奴は……」

「お前とヴァイス、それにレフィアと【諧謔】という訳だ」


 アベルが挙げたのは、その全員が例外なく【忌み数ナンバーズ】に挙げられている面々。そういった者でなければ、ハルキアには対抗できないという、団の筆頭副団長としてであり、同時に歴戦の傭兵としての観点からの分析だった。


「ただしこのうち、レフィアはあまり信用がおけない。だからこそ、残るうちのお前がこっちに来たという事か」

「大体そんなところだ。あまり気は進まないが、拾って貰った多大な恩まで忘れるほど、人として腐ってるつもりはねえからな」

「他の奴らは?」

「ヴァイスは既に他の何人かと撤収の準備を進めてる。ついでにレフィアが勝手な事を仕出かさないよう、首輪付きでな。その辺りはさすがだ。ちゃんとその中に、ウェインの奴もいるからな。

 キュールの奴は西にも個体がいるから、無理に全て撤収する必要は無いって割り切ってる。ギレデアは……材料を採集して来るとか言い残して消息不明。それと珍しい事に、スィの奴は交戦中。シェヴァンとかいう奴を相手にな」

「スィがか? 確かに珍しいが、それ以上に不味いな」


 ミズキアの言葉が余程意外だったのか、微かに驚きを滲ませながら、それでも冷静に状況を分析する。


「そんなにシェヴァンって奴はヤバイか?」

「単純にスィの奴とじゃ、元々の力量に差がある上に、相性が悪い。勝ち目は皆無だろうな」


 アベルの戦力評は正確に近く、そしてそれが分からないほど、話題の渦中の人物は鈍い訳ではない。にも関わらず戦っている理由を推察し、忌々しそうに毒づく。その原因が死に掛けた自身にある事は容易に想像がつき、そうなるように下手を打ってしまった自分の無能さに対する怒りだった。

 その一方で、【レギオン】の副団長としての立場が冷静な状況の分析を更に推し進め、最適な判断を下させる。


「……スィは置いて行く」

「本気か?」

「それしかない。自力でどうにかできれば良いが、手を貸す余裕は無い。それとも、お前が行ってくれるのか?」

「そりゃ戦略としても下策だろ。ついでに個人的にも、もうウフクスス家とかいう連中には可能な限り関わり合いたくねえしな」


 下手に助け出そうと介入すれば、ミイラ取りがミイラとなる可能性さえある。そうでなくとも時間を掛け過ぎれば自分たちはおろか、身内の他の者たちまで追い込まれる危険がある。そんな危険を冒す事は、副団長の立場として容認は不可能だった。

 より多くの仲間を生存させる――そんな合理的判断の下で、命の恩人を切り捨てる。


「だから後は、お前らだけだ。特にお前に死なれるのは、恩義以上に不味いからな。最終的にどうなるにしろ、もし団長が死ねばオレたちは、身の振り方ってものを考える必要がある。その時に【レギオン】を纏められる奴が居るとしたら、お前ぐらいだ」


 【レギオン】は大陸最強の傭兵団として名が通っているが、それ故に敵も非常に多い。特にそれが個人的な怨恨で済めば問題ないが、中には国ぐるみの恨みさえ買ってる事も少なくない。

 個々の力は確かに突出しており、しかもそれが数十人単位も存在している集団は、敵に回しても百害あって一利なしでしかない。だが【レギオン】という集団が纏まっているのは、良くも悪くもリグネストという絶対的強者を頂点に戴いているからこそでもある。

 逆を言えば、リグネストを失ってしまえば、ただでさえあくの強い者の多い【レギオン】は遠くない先に瓦解するだろう。そうなってしまえば今まで買っていた恨みが一斉に押し寄せ、殺される事も十分にあり得る。


「ハルの奴がここに居る以上は、さっさと撤収して他の奴らと合流した方が良い。あいつも敵か味方か良く分からねえ奴だからな。まあもっとも……」


 視線をそれまで黙って会話に耳を傾けていた【諧謔】へ向ける。【諧謔】もミズキアが自分を見ているのを理解し、虚空に遊ばせていた視線を向け返す。


「ついさっきまで【諧謔】の方も、ハルに負けず劣らず信用がおけねえって思ってたがな」


 ミズキアの言葉に含まれている意味を察して、【諧謔】の幼い顔立ちに皺が寄る。


「盗み聞きか、悪趣味だな」

「それが素の口調か? 普段の芝居がかった口調と声音はどうした?」


 からかうような言葉。【諧謔】の表情に剣呑なものが混じり、義手が動く。変形し伸張した腕がミズキアの心臓を貫く。衝撃でミズキアの体が揺れるが、まるで痛痒を感じていないような表情で自分の胸を見下ろす。


「生憎こっちのオレは、この程度じゃ1回も死なねえんだよな」


 伸びた義手を掴み、胸から引き抜く。穴の断面が泡立ったかと思えば即座に塞がり、術式が覆って衣服も完全に元通りとなる。


「それと、何が琴線に触れたかは知らんが、不用心過ぎるな」


 瓦礫の上に立ち上がり、跳び下りる。魔力が全身を循環して行き、体内で術式と何らかの能力が準備される。その気になれば、いつでもそれらを【諧謔】に対して放てる体勢だった。


「直前までお前の事は信用してなかったって言ったろ? お前が牙を剥いてきた時の事を想定して、対策を立ててなかったとでも思ってるのか?」

「…………」


 義手を元通りの形状に戻した【諧謔】は無言。警戒の視線だけを返す。

 少し前の彼女ならば、どんな手段であろうが自身の装甲で防ぎ切る自信があったが、それを破られ瀕死に陥ったばかりだった。ミズキアにも同様の芸当が不可能とは、とても思えなかった。


「元々戦い方がガキっぽいとは思ってたが、それは装甲を破られた事が無い経験から来るものだと思ってたぜ。それがまさか、本当にガキだったとはな」

「……ミズキア」


 【諧謔】の態度を嘲笑するような態度を見咎め、アベルが口を挟む。さすがにアベルの顰蹙を買う事は本意では無い為、両手を上げて反省の意を示す。


「……オレの方は良いから、お前は勝手に下がっとけ」

「どういう意味だそりゃ?」


 アベルの自身が駆けつけた意図を全無視した発言に、思わず正気を疑う。アベル自身も先程までのミズキアの発言に少なくない賛意を寄せていた為に、その疑念は尚更強かった。

 だがアベルは自分の発言に間違いは無いと、大真面目な表情で次の言葉を連ねる。


「言葉通りの意味だ。オレはこのまま王都に残る」

「本気かよ。わざわざ自分の死ぬ可能性を、ついでに団が崩壊する可能性も高めるなんざ、正気の沙汰じゃねえぞ。不合理的過ぎる」

「それでもだ」


 寂寥感を帯びた声。視線はミズキアから外され、理脱者同士が激突する、至上の戦場へと差し向けられる。


「お前が自分の命の危険を無視してまでオレのところに来たように、オレにも命やその他の物を無視してでも、果たさなきゃなんねえ事があるというだけだ。理由としては、それで十分だろう」

「……そうか」


 相手の言葉を噛み締めるような沈黙の後に出て来たミズキアの言葉は、アベルと同様に寂寥感を帯びていた。


「そうだな、それだけで十分だ。それが全てだ」


 伏せられた顔が上げられると、どこか晴れやかさを感じさせる表情。直後に苦笑する。


「キュールの奴が言っていた、増殖体は全員が同一人物っての、実は嘘なんじゃねえのか? あっちのオレは理解できなかったぞ」


 自嘲するように言う。その表情も即座に引っ込め、手をアベルへ向ける。

 治癒魔法が多重展開。アベルの全身に作用して行き、傷を塞ぎ、血を増産する。消失した眼と腕、そして心臓を含む臓器を除く負傷は全て完治する。


「餞別代わりだ。生憎お前は抵抗力が高過ぎるからな、オレにはこれが限界だ。それ以上に治したいなら、後日専門医でも受診しろ」

「いや、十分過ぎる」


 最も重要な心臓の欠損こそ手付かずだが、仮初めとはいえ代わりの物が【諧謔】によって収まっている為に、彼女が側に居るという条件は必須だが大した違いはない。

 そして失血や疲労による倦怠感が無くなった事は非常に大きく、仮に襲撃されても、そこそこの抵抗はできるだろう。直前の状態と比較すれば、破格の報酬だった。


 どちらともなく、背を向け合う。アベルに追従している【諧謔】もそれに倣う。そしてそれぞれの方角へと歩み始める。


「じゃあな。できる事なら、生きて戻って来い」

「お前もな」

「できれば死んどけ」


 互いの無事を祈る言葉と、相手の死を願う【諧謔】の言葉が行き交う。それが自分たちにとっての別れの挨拶だった。











次話予告

大罪の王たちは語り合い、混罪者の影が迫り、道化が魔人と邂逅する……みたいな。


頂上決戦はこれで終了。次話からようやく主人公にスポットが戻ります。

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