編入③
ウフクスス家は、他の4家と比べてもかなり異質な構成をしている。
当主を筆頭にそのすぐ下に20の師団が存在し、それぞれに1人ずつ師団長が、さらにその下に50人の師団員が就いている。
宗家分家や性別は関係なく、実力があれば誰でも師団に属し師団長に上り詰める事が可能で、師団に属さない末端の構成員も含めると総人数は数千から万にも達する、国内最大の私設兵団である。
その兵力を持って国内の法の一切を司っており、もしティステア内で法を犯し発覚しようものならば、まず生き残る事はできない。
ミネアはそのウフクスス家の師団長の娘であり、立場はかなり高い。
おまけに彼女を除いても、学園内にウフクスス家に連なる者は10人以上居るらしく、迂闊に手を出せば手痛いしっぺ返しを喰らう羽目になるであろう事は想像に難くない。
「敵対する際は慎重にいく必要があるな……」
必要とあらばウフクスス家と敵対する事も厭わないが、何の考えもなしに敵対したりはしない。
勇気と無謀を履き違えた奴は長生きしない事を、よく理解しているつもりだ。
「いや、考えようによっては好都合か。場合によっては利用できるな」
ウフクスス家が法の番人と呼ばれているのは伊達ではない。
例え相手が貴族であっても、ウフクスス家は常に中立の立場であると謳っている。
まあ実際どうなのかは不明だが、重要なのは少なくとも表向きはそう謳っている事であり、実情がどうであるかは然程関係がない。
「あと目ぼしいのは……新入生だけでも大分居るな。うわっ、神殿関係者まで居るのか」
神国を謳っている為か、国内の神殿の権力というのはかなり強い。
王家に守護家という絶大な戦力が付いている為に影に隠れがちだが、多数の信者に5大公爵家とは無関係の貴族勢力も一部噛んでいる為、戦力的にも相当なものを抱えている。
幸いなのは、王家を脅かす程の戦力を抱えていない事と、政治面に対して発言権を持たず、また最高権力者である現教皇が政治に対して然程興味を持っていないという事だ。
「一応頭の隅に置いとくか」
関わるつもりはないが、用心するに越した事はない。
西側にずっと居た為忘れがちだったが、おれは連中にとって神の怨敵なのだ。関わっても良い結果にはならないだろう。
「……っと、始まるな」
メネキアが壇上に上がるのを確認して、資料をしまう。後で変に突っ込まれても困る。
『静粛に』
エコーの掛かったその声は、風属性の【拡声】の魔法の効果だったか。講堂内全体に大音量で響き渡り、あれほど騒がしかった新入生たちの声がピタリと消える。
おれのように魔力探知能力に優れずとも、本能的に分かるのだろう。メネキアが自分たちよりも遥か高みに存在する上位者であると。
『まずはこの学園に無事入学できた事を祝おう。入学おめでとう』
メネキアが、そして壁に凭れるように立っていた教員たちが拍手を送る。おれも何となくそれに習い、手を叩いておく。
『しかし、だ。ここはティステア学園、実力こそがものを言う世界だ。入学できた事に浮かれて怠けるようでは、瞬く間に淘汰されるだろう。いまここに居る君たちのうち、果たして何人が来年の今日までに残っている事やら……』
メネキアのその言葉に、新入生の中の平民出身者たちがどよめきを起こす。
おそらく今のメネキアの言葉がどういう意味かを正確に理解している奴は、あの中には殆ど居ないだろう。
『……個人的には非常に興味深い事ではあるが、今はその話をするのはやめよう。君たちの喜びに水を差すのは忍びないのでな。そんな事よりも、まずは――』
閉じられていた出入り口が、音もなく開き始める。一部の新入生はその事に気付き、後ろを振り向いていた。
『君たちの先達となる者たちを紹介しよう』
在学生たちが扉を潜り、規則正しい行進で入場してくる。
最初に入って来たのは2回生だ。8人1列に並び、途中で左右に別れ、最初から決められていた自分の席へと順々に向かっていく。
「なるほど、性格が悪いな」
何故新入生だけが最初に入場していたのか疑問だったが、合点がいった。
2回生の人数は、上から見ているとはっきり分かるぐらいに少ない。大体1回生の半分に届くか届かないかと言ったところだ。
これが3回生になるとさらに人数は減る。そいつらが初めから入場して待機していれば、新入生である自分たちよりも人数が少ない事を不審に思う奴も出てくるだろう。
やがて2回生の行進が終わり、掛け声もなく新入生に向かって一礼すると、そのまま座らずに中央を向く。
そのタイミングを見計らったように、再び新たな集団が扉を潜って現れる。
人数はさらに減り、200人も居ないように見えた。これが卒業までにさらに減る為、無事に卒業できる確率は2割を切る計算になる。
「先頭は……アキリア、か……」
同じように8人1列で並ぶ集団の先頭を務める8人のうち、中央右手を歩く影を見付ける。
一目で分かった。あれがアキリアだと。
「……久しいね。10年振りだよ、アキリア」