混罪②
「嫌ねぇ、そんなに大きな剣を使うだなんてぇ。無骨で品がなくて野蛮よぉ。お願いだからワタシに構わないで欲しいわぁ。ワタシはとぉっても疲れているものぉ、やらなきゃいけない事があるのよぉ」
一体どの口が言うのかと問い詰められても仕方の無い事を、間延びした口調で捲し立てる。
「だから邪魔すンなヨ、邪魔されるのは不愉快で腹が減るんだヨ!」
戦いに介入された事が余程腹に据えかねたのか、それともそちらの方が汲みやすい、あるいは逆に厄介だと認識したのか、標的を【諧謔】へと変更して跳び掛かる。
迎え打つ【諧謔】の刃と掌打が衝突。剣を握っていた【諧謔】からすれば、まるで空を切ったかのような呆気ない手応えの無さと共に、骨製の大剣が剣身の半ばから消失。
その結果に【諧謔】は面の下で微かに目を見開くも、掌打に使われた右手のひらにある口から何かを噛み砕き、呑み込む下品な音を聞き取り、納得したように首肯。反転して擦れ違ったエルジンと再び向かい合い、迫る左の掌打に対して剣を捨てて右腕を差し出し、能力を行使。
腕を覆う鎧が肥大し、白濁した幾本ものイバラに変化。エルジンの身体に絡み付き、身動きを封じる。
そのまま追撃を重ねる事も可能だったが、その代わりに漁夫の利を得ようと接近して来たルシファーとの間に入り、剣撃を装甲で受け止める。
ルシファーの斬撃は鋭く勢いのあるものではあったが、ただそれだけであり、【諧謔】の装甲を破るまでには行かずに表面に浅い跡を刻むだけに留まる。
「邪魔」
短くそれだけ告げると同時に、反対の腕の装甲が変化。腕と一体化した刃となってルシファーへと襲い掛かり、相手の剣と衝突。膂力にものを言わせて押し飛ばす。
さらに続けて、鎧の随所から獅子の従魔を生成。エルジンとの戦いにおいても行わなかった、10を超える数を一気に生み出して嗾け牽制とする。
その様子を訝しむかのように――少なくともそう見える動きを取りながら、虚ろな表情を【諧謔】へと向ける。
自らへと襲い掛かる従魔を剣でいなし、あるいは弾き飛ばしながらも【諧謔】からは視線は外されず、隙を窺って再度攻勢へ転じる。
ほぼ同時に拘束から脱したエルジンが【諧謔】へと強襲。拳が放たれ、回避した【諧謔】の面の一部を削り取る。半瞬遅れて放たれた斬撃を左の籠手で受け、止め切れずに切断されるという結果に目を見開く。
左腕は一時離脱する前に、エルジンによって根元から斬り飛ばされて失っている為、現在そこにあるのは関節部から五指まで正確に再現してはあるが、実態は【操骨】の能力で全てを骨によって再現したものでしかない。それ故に切断されても出血を伴う事は無かったが、想定外の結果に【諧謔】の動きが鈍る。
その一瞬の隙を逃さず、期せずしてエルジンとルシファーの双方が連携を取るように【諧謔】の退路を塞いで挟撃。斬撃が装甲の腹部を両断し、掌打が急所を守る胸部装甲を抉り取る。
「クソ共が……」
破壊されて宙を舞う装甲の残骸の陰で動く影。破壊された装甲の中にすっぽりと収まりそうな、二回りは小さな人影が手に持つのは、体躯が縮んだが故に相対的に身の丈に合わない大きさとなった大剣。
「調子に乗るな!」
見た目相応に重量がある筈の剣が一閃。対応する間さえ与えずにルシファーの胴体が薙がれ、牙を並べて迎え入れようとした【暴食】の口が喰らう隙も与えず、発生した口ごとエルジンの腕を斬り飛ばす。
両者がその結果を認識するまでの半瞬の間には、既に次の動作へと移行。反応する隙を与えずに引き戻された剣が一閃され、エルジンの右足が膝下から切断され、それによって体勢が崩れるよりも先に放たれた蹴りが腹部を捕らえて吹っ飛ばす。
その時になり、ようやく状況の認識を終えて【諧謔】の首へとルシファーの斬撃が迫る。
直前にエルジンに対する攻撃を終えたばかりの、見る者が見ていれば、それまでの【諧謔】の動きから、その斬撃を回避する事はまず不可能だと判じたであろう、完璧なタイミング。だが結果はそうはいかず、大剣がその刃を受け止め流す。
さらに能力が発動し、剣を握る腕を覆う装甲から獅子と竜の顎が生み出されてルシファーの肉体に喰らい付く。そこに【諧謔】の剣が翻され、牙によって固定されたルシファーへ。剣撃の勢いに乗って後方に流れたルシファーの胴体は、袈裟懸けに両断され、地面に落下する。
人であるならば、誰が見ても即死の一撃。心臓を含む胴体を分断されて生き残れる人間は居ない。
だが相手は、人の形を取りながらも人ならざる存在の者。人ならば即死する傷であろうとも、下半身を有する胴体の断面から、無数の繊維の束を伸ばして頭部を有する胴体の断面と結合し、引き寄せ合う事で接合する。
「……ハァ」
一筋縄では行かない相手だろうという事は、最初に見た時点で何となく察してはいたものの、想像以上に凄まじい再生力を目にした【諧謔】から陰鬱な溜め息が漏れる。
視線を移せば、ルシファーほど劇的でないにしろ、エルジンもまた失った筈の足を断面から再生させていた。その再生力は少し前に戦った時と比較しても、間違いなく上がっていた。
「どいつもこいつも、筋書きをどこまでも乱してくれる……!」
続けて内心に沸き上がるのは、思い通りに行かない現状に対する苛立ちと怒り。その感情に呼応するように、生み出された従魔たちが【諧謔】を守るかのように布陣し、空気の振動を伴わない唸り声を上げる。
「大人しく、踊っていろッ!」
溜め込まれた怒りを力に変換し、地を蹴りエルジンへ駛走。突進の勢いを乗せた上段からの振り下ろしと見せ掛けて、膝を腹に叩き込む。
「カァ……!?」
フェイントに引っ掛かりながらも、即座に体勢を立て直して視線を巡らせるも、視界に【諧謔】の姿を捕らえるよりも先に背後からの衝撃にエルジンの体が揺れる。
その間に主に追従する従魔たちもまた、エルジンへと強襲。牙をその体に突き立てようとしては、迎え入れるように新たに現れた【暴食】の口によって逆にその牙を喰らわれ、結果衝突して体勢を崩したところを、反転様の拳に巻き込まれて砕け散る。そのまま背後に立っていた【諧謔】へと叩き込まれようとして、【諧謔】の持つ剣が振るわれる。
それでも通常ならば、従魔たちがそうであったように、その刃もまた【暴食】の口に捉えられ、目的を果たせず逆に喰われて消える筈だった。だがその剣速は尋常ではなく、口が閉じられ喰らうよりも先に斬り裂き、腕を刎ね飛ばす。
「あア……ッ!?」
切断された手首を押さえ、苦痛を堪える、戦闘中に行うには愚かしいとしか言いようの無い行為。当然隙だらけとなる体へ、容赦なく【諧謔】の追撃の手が伸ばされ、割って入って来たルシファーによって阻まれる。
一見すれば、ルシファーがエルジンを助けたかのようにも見える構図。だが実態はそうではなく、単純に互いが互いに敵同士であるが故に好機を一緒に狙われ、片方が結果として助けられただけの事。
その為襲撃は予測可能であり、事実【諧謔】の動きに淀みは無く、その介入も予測していた、あるいは見えていたとでもいうように間に獅子を挟み入れ、その従魔に対応する僅かな隙に剣で相手の得物を弾いたかと思えば素早く引き戻し、相手が剣を戻すよりも先に二の太刀が叩き込まれて鮮血が舞う。
【諧謔】の動きは控えめに見ても、数段上の速度となっていた。単純な移動速度や切り返しの速さ、攻撃速度や相手の動きに対する反応速度など、素人目に見てもそれまでとは比較にならない。
相対していた側からすれば、それまでは手を抜いていたのではないかと驚愕、あるいは憤慨する程の緩急差だったが、種を明かしてみれば大した事ではない。そのカラクリは単純に装甲を軽量化した事によって、重りを外した為だった。
それまでの人生の中で傷を負った事は数える程しか無いという、驚異的な装甲の厚さは対人戦においては圧倒的な優位を約束し、同時にそれほどの装甲を纏いながらも、【諧謔】自身の実力は装甲を抜きに考えてもエルジンを上回っていた。
だがこの場において、相対する者はもはや人とは呼べぬ存在であり、エルジンは【暴食】の権能で喰らう事によって、そしてルシファーはその【傲慢】の権能で適応する事によって、それぞれが装甲を無意味のものとしている。
【諧謔】は自身の装甲が通用しない詳しい理由など、知る由も無い。そして知る必要も無い。重要なのは、この者たちを相手に自身の装甲は皮革と大差が無く、動きを妨げるという不利益の方が大きいという事実のみ。
ならばその重りを外した方が利益が大きいという、子供でも分かる判断を下しただけの事だった。ただそれだけの事だったが、それが齎すものは劇的だった。
「エルジン・シュキガル……」
本来ならば通用しない筈の物理攻撃を、喰らわれる前に喰らわせるという力押しながらも確実な対処法にて、打撃の連打を打ち込みながら、独白に近い言葉を投げ掛ける。
「お前は師の下に就いて、何を学んだ?」
一際強烈な打撃が体に埋まり、宙に浮かび掛けたところを白い荊が絡み付き、逃走を許さない。それでも即座に拘束は食い千切られて解かれるが、その僅かな間の隙を突いて、上段からの斬撃が叩き込まれる。
響いたのは刃が肉を裂き、骨を断つ湿った音ではなく、硬質の衝突音。刃が喰らい込む筈のエルジンの胸部には、鉄の皮膜が広がっており、それが刃の侵入を阻んでいた。
「師の下に就いて、何を知った?」
喰らうという瞬間的な対応では【諧謔】の速さには対応できないと判断し、代わりに常時皮膜を纏う事で、あたかも【諧謔】のように装甲を纏っているのに等しい状態となる事で、喰らう事では不可能となった【諧謔】の速度に適応していた。
「現実? 悲劇? 絶望? それとも欺瞞? あるいは全て?」
その結果に、面の下で【諧謔】は僅かに目を細めるも、ならば構わないと早々に割り切り、叩き付けた剣を支点に跳躍。再生した手による反撃を回避すると同時に、背後から強襲して来たルシファーの斬撃を躱す。
互いに目標を見失った双方の攻撃は、代わりを求めるように互いに合わさり、片方が一方的に蹂躙。振るわれた手の軌道上に存在していた、ルシファーの得物を含む物体が、【暴食】の口によって削り、舐め取られる。
剣を犠牲に無傷で切り抜けたルシファーの手から、半ばから削られ消失した件が霞となって消え去り、反対の手には瞬きする間に新たな寸分違わない剣が握られ、首筋を目掛けて振るわれる。
その斬撃を、剣身を直接掴む事で阻む。さらに【暴食】の口で噛み付き抑えようとするも留め切れず、口の両端を斬り裂かれる。だが代わりに空いた手が一閃され、腕全体を覆っていた皮膜が変形して形成された鋼の刃が、ルシファーの胴体を斬り付ける。
「結局世の中なんてそんなものだよ。何もかもが、絶妙な具合で噛み合っていない。悲劇も惨劇も絶望も、喜劇も災禍も善悪も、所詮は彩る要素の1つでしかない」
両者が一瞬だけ組み付き合い、周囲に対して無防備となった間隙に【諧謔】が舞い戻り、従魔を生み出し纏めて標的にする。
獅子や竜たちの牙は、本来ならば正規兵の防具であっても容易く穿ち、その下の人体を喰いちぎる。しかし如何なる理由か、エルジンの体を覆う鉄の皮膜を貫く事は叶わず、逆に突き立てた牙が砕ける有様だった。
だがそれでも、圧力によって動きを僅かな時だけ止める事には成功する。そしてエルジンと違い、防具らしきものを持たないルシファーの肉体には牙は容易く食い込み、そのまま顎と首の力によって強制的に引き剥がされる。
「正負を問わない、どれだけ現実離れした事象であろうとも、現実の枠組み内の事。どれだけ突き詰めても、起き得る事柄の1つ以上にはならない」
両者の間にできあがった空白地帯に降り立った【諧謔】が、ルシファーと剣を重ねると同時にエルジンへ蹴りを放ち、強制的に後退させる。
「そんなものに人が揺れ動かされるのは、自然法則でしかない。お前も他の奴らも、誰しもが、ただこの世界で踊る駒でしかない」
放った足を引き戻すと同時に重ねていた剣が互いに弾き合い、一瞬だけ早く返された【諧謔】の刃が、振り下ろされるルシファーの剣を受け止め、瞬時に脱力。僅かに相手の剣が流れた隙を突いて弾き飛ばし、生み出された隙間を潜り抜けて反転。相手が振り返り終えるよりも先に腕を斬り飛ばす。
切断面から噴出した血によって一瞬だけ張られた紗幕の向こう側で、エルジンが腕を薙ぎ払うのを目にする。間合いから大幅に離れた外側からの行動に対する意味について思案を巡らせるよりも先に、小さな衝撃に体が揺れ、意思に反して体の動きが僅かな間停止。視線をやれば、左肩に親指ほどの大きさの穴。
もっとも穴から出血は無く、能力を行使すれば即座に塞がる。だが正体不明の遠距離攻撃に、警戒心が喚起される。
注意深く動向を伺う【諧謔】の視線の先で、エルジンがさらに大きく腕を振り被る。咄嗟に視界が遮られるのにも構わず、前面の剣を掲げて盾とする。直後に先程よりも格段に強烈な衝撃が全身を襲い、剣に同じような穴が幾つも開き、貫通した物が装甲を貫きその下の体を穿つ。
何とか踏み止まって見れば、胸や腹に埋まる白濁した杭のような物体。その正体を確認するよりも先に、動き出したルシファーの対応に追われる。
「ッ!?」
瞬時に間合いを詰めたルシファーの斬撃が、嵐のように押し寄せる。その悉くを弾き、打ち落とす【諧謔】の内心は驚嘆。ルシファーの剣速は腕の切断前と比較して、明らかに上がっていた。
その事に驚くと共に疑念を湧き上がらせる間にも、さらに一段と剣速は加速。いや、剣速だけではなくルシファー自身の動きも、別人のように、あるいは今までは本気ではなかったとでも言うように、段違いのものとなっている。もはやその動きは、装甲の大部分をパージした【諧謔】とほぼ伯仲している。
傍から見ても異常なその加速の種は、今のルシファーに残っている唯一にして最大の権能によるもの。それまでのスペックでは【諧謔】という障害を突破するのも、また混罪者と化したエルジンを喰らうのも不可能と本能で判断した結果、それを可能とするスペックにまで体を適応、あるいは成長させた為だった。
だが【諧謔】にそんな事は分かる筈もなく、ただ現状がそうであると飲み下し、未だ再生の終わっていない相手の左腕側を取ろうと右に動き、そうはさせないとルシファーも動き、苛烈さを増す【諧謔】の剣撃を片腕だけで打ち払う。
そしてその拮抗した両者の打ち合いを見逃す道理も無く、エルジンがルシファーへと突進。人ならざる者ではあれど、現状は人の形を取っており、また残る腕を【諧謔】の拮抗した斬り合いに割いている為に対応し切れず、鉤爪が左の脇腹の肉をごっそりと抉り取り、咀嚼する。
「奪う、奪って、奪い尽くして、奪われて。おれから奪うの誰ぇ? ボク? キミ? それともワタシぃ? 誰でも良いからオレに喰わせろヨォッ!!」
牙を剥き出しに迫るエルジンの手を剣が受け止める。同時に生成された従魔たちが牙を剥こうとして、エルジンの腹部が裂け、発生した巨大な【暴食】の口に捕らえられ、無慈悲に咀嚼され呑み込まれる。
今持つ自分の得物も、そのままではすぐに同様の末路を辿ると理解した【諧謔】が相手を引き剥がそうとして、突如として体を襲った激痛に身を強張らせて、面の下で吐血。その隙を逃さずに腕が振り抜かれ、穴の開いていた大剣を腕ごと持って行く。
左腕とは違い生身であった右腕の断面から鮮血が溢れ出し、直後に組成が変化した骨に覆われて止まる。腕を失った事と痛みによってバランスを崩しならがも、剣と腕を犠牲にエルジンの懐から脱した【諧謔】が、退路の先から襲い掛かって来た、抉られた脇腹を修復し終えたルシファーの斬撃をその身に受け、右肩から袈裟懸けに斬られる。
新たな苦痛を歯を食い縛って殺し、従魔を連続生成。生み出す側から撃滅される代わりに時間を稼ぎ、エルジンとルシファーという断頭台から逃れる。
さらに従魔を生み出して牽制として送り込み、さらに距離を取る。そして未だに新たな痛みを生み出している箇所に埋まっていた、白濁した杭のような物を指で掴んで力ずくで引き抜き確認する。
「牙、か……」
鋭利な先端を持つ、緩く婉曲した牙こそが、エルジンが投擲し【諧謔】の体を貫いたものの正体だった。
ただし、猛獣のものかと疑いたくなるような大きさに加えて、その牙の外周にも小さな【暴食】の口が幾つも存在し、飢えと怨嗟の声を上げている事が通常の牙と違い、エルジンの手にある口から吐き出されたそれは【諧謔】の体内に埋まった後に、その周辺の肉を削り散らかす事で傷を広げ常に新たな痛みを与えて来ていた。
能力を行使して体内に入り込んだ牙を排出。併せて切断された腕を再現し、また胴体の傷を塞ぎ内臓が零れ落ちるのを防ぐ。
さらに新たな武器を再生成。畳み掛けて来たルシファーに雷速の刺突を放ち、同様に相手が放って来た切っ先と激突。得物の先端同士を噛み合わせる。
そのまま力比べをするような愚は犯さず、獅子を生み出しルシファーに喰らい付かせ、剣を引き戻して一閃。痛烈な一撃を見舞いながら周回させ、背後から強襲して来たエルジンへ。
皮膚を覆う鈍色の被膜故に肉を断つ事は叶わないが、代わりにその場に相手を押し留める事に成功する。
「1つ……いや、2つ、お前と戦って分かった事がある。エルジン・シュキガル、お前に対して何故か沸いて出て来る、この出所の分からないもやもやとしたものだ。これが……」
背部を覆う鎧の構造が変じ、骨組みの翼が顕現。束ねられ、鞭のように薙ぎ払われる。狙われたルシファーはその場に停止して剣で正面から受け止めるも、直後に構造が最変異し、内側から爆ぜて無数の楔を伴った投網となって絡み付き、肉を貫いて縫い止める。
エルジンを押し留めていた剣から片手を離して更に能力を行使。同時に懇親の力で剣を跳ね上げ、無理矢理距離を離し、瞬間的に生成した円錐状の穂先を持った突撃槍を放つ。
「羨望と、そして……同属嫌悪というやつだな!」
「ギャァアッ!!?」
俄仕込みの両手武器だったが、主力としてではなく、相手の不意を打つのには十分。【暴食】の口を生み出す隙さえも与えず、一点突破を狙った一撃は狙い通りに皮膜を突破し、心臓を破壊し貫通する。
さらに念を入れて能力を発動。体内で穂先を膨張させ、腕が簡単に入る程の大きさの風穴を開ける。
相手を魔族として考えるのならば、理由は違えど急所は人体と同様の心臓だ。前回は心臓を切断したのみで、切断面を埋めれば元通りに再生させられる余地を意図せず与えており、それ故の今回の、心臓そのものを破壊する選択。
それは短時間の間に【諧謔】が導き出し、その中でも最も可能性が高いと踏んだもの。そしてそれは、間違いなく正しい対処法と言えた。
相手が魔族であるのならば、の話だったが。
「クゥレェイィン……!」
視線の先で傷口が蠢動し、円口顎へと変異。肉壁に沿って生えた牙が蠢き、銜え込んだ槍を齧り取って行く。
「愚図愚図愚痴愚痴――」
発生した円口が消え失せ、体から抜け出ていた先端部が落下し、それをエルジンが手に拾ったところで、見るも醜悪な光景に目を奪われていた【諧謔】が我に変える。
「やかましいんだよッ!!」
咄嗟に後退するも、ナイフのように突き出された穂先が鎧の胸部装甲の辺りに叩き込まれ、その下にあるであろう心臓へとお返しのように突き刺さる。
苦痛と動揺からか能力が揺らぎ、ルシファーも拘束を突破して加勢。背後からの一撃を辛うじて跳躍して回避するも、後を追って来たエルジンに空中で腕を掴まれる。
「耳元で喚き立てるな、耳鳴りが止まらない。忌まわしいぞ。おいクレイン、おれが何をした、この成り損ないめ。訳の分からない事を羅列するな、耳鳴りがする。理解できるように話せよ、歪んでるんだからよぉ。違う、揺れているのかぁッ!? どっちでもいい、耳奥がキンキンする。鈴を止めろ、耳障りだ。オレに喰わせロッ! ボクに構うな! クレイン、邪魔するなぁッ!」
「クレインは死んだ。お前が殺した」
魔力が汲み上げられ、全身から溢れ出す。能力が次々と発動され、胸部からの出血は瞬く間に停止。
木々が圧力に耐え切れずに圧し折れて行く音が次々と響き渡り、輪郭が急膨張。骨組だけで表された竜の巨体が完成し、落下。前足でエルジンを頭上から押し潰す。
「こっちを見ろ。お前の目の前に立っているのは【諧謔】だ。お前たちが付けた名前だろう? それなりに気に入っているぞ」
竜の胸郭の中で押さえ付けられているエルジンを見下ろし、面の下で笑みを象りながら告げる。
どれだけの大きさがあろうとも、肉の無い隙間だらけの骨組では質量はたかが知れている。だが【諧謔】が魔力にものを言わせて圧力を増している為に、その物理的な拘束から逃れられず、エルジンはうつ伏せに倒れたままうわ言のように返答する。
「【諧謔】? クレイン? どっちが歪んでいて居るのはどっち。そっちは彼岸であっちが此岸。死んだ奴が動くな、止まれ。喋るな、黙れ。生きるな、死ね!」
殺意を込めた宣告と共に背中が裂け、巨大な口が権限。牙の間から桃色の肉塊の舌が飛び出し、竜の足に絡み付いたかと思うと、強烈な力で構内へと引き摺り込み、磨り潰して呑み込んで行く。
「どっちでも良いから、両方とも引き摺り落として、捻じ伏せて、這い蹲らせて、犯して、喰って、殺してやるよォッ!!」
「そうしたいならそうしてみろ。目を逸らすな、戦ってる相手を見据えて見ろ!」
次回予告
次話更新次第更新。一応混罪は次話で終わるつもりです(予定)。
滑り込みセーフで年内最後の投稿。今年もありがとうございました。来年もまたよろしくお願いします。
前回5000字くらいとか言ってたのは忘れてください。一回さえも達成できませんでした。




