道化の遊戯⑩
扉が開かれ、黒一色に満たされていた室内に、光の色が混じる。
だがそれも一瞬の事で、すぐに扉は閉ざされ、再び室内は黒一色に戻り、部屋全体が静寂の産湯となる。
暗所を好むものでさえ忌避するような闇の中で、扉を開けて室内に入り込んだ人物は、その闇をものともせずに動き出す。
静かな物音が断続的に続いた後に、甲高い物音が1つ上がるのと同時に、闇を橙色の光が打ち払う。
燭台に灯された、頼り気なく揺れる火の光が室内を照らし、室内に侵入し火を灯した人物を、まだ二次性徴の途上にあるであろう少女を浮かび上がらせる。
常人ならば微笑ましさを覚えるであろう、まだ幼さの残るその顔立ちに表れているのは、微かな警戒心と高揚心。
それらが表に出ているのは、まだ少女が未熟であるが故に隠し切れないが為。
実際には、その何十倍もの同じ念が、彼女の内側には宿っていた。
灯火による原始的な明かりしか照らすものの無い、薄暗い部屋の中で、椅子を引き擦れる音が鳴り、少女が腰掛ける。
続いて、質の良い滑らかな机の上へと、それまで片手に抱え携えていた、庶民には中々手に入れられない良質な紙の束を置く。
「エルンスト・シュキガル……」
興奮を無理矢理に抑え込んだようなか細い声で、少女は一番上の文字を追う。
【エルンスト・シュキガル及びその周辺情報の調査報告】と、製本されていれば表紙となるであろうその紙には、確かに書かれていた。
「…………」
口内に湧き上がって来る唾液を嚥下し、震える手でもって、少女は紙を捲る。
そこからは文字が所狭しに並び、膨大な量の情報を紡ぎあげていた。
ハンディアル戦線にて、第6山岳突撃大隊壊滅。
第6次アイザード防衛戦にて、同侵攻戦に参加していたゾルバの将校37名殺害並びに、第63突化進撃大隊及び第506騎兵中隊、第74飛竜空襲団壊滅。
第3次南キスケア紛争にて、2個騎士団の壊滅及び後続部隊の半壊。
第1次魔帝戦争にて、ゼンディルの最精鋭特殊部隊である紫水隊の1個中隊に第9陸戦巨兵大隊、第101陸戦機兵中隊壊滅。
皇帝戦争における、ゾルバの特戦隊上位序列者21名を含む57名の殺害及び、2個連隊半相当の兵士殺害。また皇国側の2大将軍の殺害及び、ジジス砦における虐殺。
「凄まじい限りですね……」
どれもこれも、エルンスト個人で成し遂げられたとされるものばかりだ。
勿論実際には、周囲にも居た味方軍の兵士や傭兵たちもいたのだろうが、そうと言われるだけの働きをしたのもまた事実である。
そして何より、ここに載っているのは彼の挙げた戦果のほんの一部に過ぎない。
また対人戦だけに限らずに言えば、まだまだ紙に書かれている情報には続きがあった。
古代竜であり、大陸史上最も多くの人の命を奪った事から、邪竜と恐れられた【魂喰らいのルガンディール】の討伐。
少なくとも1800年以上生きている事が確認されていた竜である【森淵のオードル】の討伐。
長年眠っていたのを不運にも掘り当てて目覚めさせてしまい、その際に掘り当てた国を滅ぼした巨神ゴコリコの討伐。
殺害した遺体の一部を切り取り、縫い合わせて等身大の人形を作るという、まるで人間の快楽殺人者のような凶行を繰り返しながらも、およそ20年に渡り追っ手を返り討ちにし続けて来た、魔族【造形の魔人ベヘド】の討滅。
高度に統率された配下の軍勢を率い、国家並みの規模と軍事力を揃えて人類に牙を剥いた、古代種ヘレゲンの殲滅。
4大種――所によっては5大種とも呼ばれる、誰もが恐れ背を向ける強大な存在を相手に戦いを挑み、全て勝利を収めている。
まさしく戦う為だけに生まれたかのような男であり、普通ならば報告書を纏めた者の正気を疑う程の戦果だ。
そして全てが真実であると知ったならば、諸手を挙げて勇者か英雄と賞賛しそうな程のものだ。
「ですが、現実にはそうはなっていない……」
化物、化物、化物。
怪物、怪物、怪物。
報告書に載っている単語の中で、最も多いのがその2つ。
それに続いて、最凶、最悪、魔王、生きとし生ける者たちの悪夢、動く災厄、世界の敵、人類史上最悪の狂人、神に対する反逆者といった、おおよそ正反対と言える評価が並ぶ。
それが余りにも大き過ぎる力の持ち主は恐れられるといった、出る杭は打たれるという理由でないのは明らかだ。
そんな理由であるのならば、どんな形であれ、人々は絶対に関わろうとはしない。
間違っても傭兵として雇ったり、ましてや刺客を差し向けたりなどしない。
理由はたった1つだけ。
エルンスト・シュキガルという男が、魔力を一切持たない無能者であるからだ。
力を持たない、人類の中で最下層に位置する筈の存在。
そんな存在がこれほどまでの力を持つというのは、余人にとっては非常に恐ろしい事だった。
もし、彼のような無能者が他にも現れれば。
もし、彼が他の無能者を育て始めれば。
彼らが恐れる最たる理由がそれであり、ねずみ算式に強大な無能者が現れていけば、世の中は混乱に陥りかねない。
そしてその危惧は、現実のものになり始めている。
「無能者……」
少女は忌み嫌う訳でもなく、むしろ噛み締めるように、その言葉を口にして頁を捲る。
そこに書かれていたのは、およそ10年ほど前から男の側で姿が確認され始めた、弟子と言える者について。
名前は、エルジン・シュキガル。
「エルジン……」
大して珍しい名前ではない。それこそ大陸中を探せば、何千、何万と同名の人物は見付かるだろう。
加えて姓を見れば、単純にエルンストの子供であると見るのが妥当だ。両者の年齢を鑑みても、何ら不自然ではない。
だが、
「やはり……」
僅か1枚に収まる内容の情報を、穴が空くほど睨んで読み込み、少女は震え始める。
「やはりそうだ。あの時の、あの人は……!」
震えは頂点に達し、それを抑え込む為に少女の体には力が込められ、手に持った紙が握り締められる。
それでも尚も止まらない震えを纏ったまま、少女は笑い始める。
閉ざされた世界の中で、人を嘲笑うかのようなその哄笑は、いつまでも響き続けていた。
「単純に治してただけじゃないのか? ギレデアなら簡単だろう」
「それはない」
おれの反論はアベルが即座に否定する。
「ただ切断されたとか、そういう理由で失ったんだったら、あいつなら簡単にできるだろう。だが今回指を失ったのは、魔眼系の能力によって砂に変えられたからだそうだ。
既にその術者は死んでるらしいがな、いくらギレデアであっても、他人の干渉力、それも魔眼系統の能力者の残滓がこびり付いている状態じゃ再生させるのに半日は掛かる」
時間的な矛盾という明確な反証を挙げられれば、こちらとしても黙るしかない。
「なーるほど。ここの術者はつまり、事前にルールを提示しなくても大き過ぎる優位性を確保できて、その上箱庭型の舞台内に記憶準拠の存在を自由に生み出せて、おまけに他人に成り代わる事までできるって訳だ」
「それ、本気で思ってます?」
「な訳ない」
軽い調子で、半眼になって睨み付けるミネアに対してディンツィオが肩を竦めてみせる。
「つまるところ、この舞台の言う鬼とやらは複数居た。単純な事だな」
「ええ、分かってしまえば実に単純でくだらない種でした。少し考えれば分かる事です」
「だが、この場の誰もがその単純でくだらない事に至らなかった訳だ」
勿論、そうなった理由はあった。
「1番の理由は、やはり私たちが前提を履き違えてたからでしょうね。事前に提示されていた偽ルールには、鬼と呼ばれる存在は単数形で示されていた。
術者に優位を確約すれど、提示されるルールに偽りは許されない。既にそうと明示されていれば、それが絶対のものだという事は絶対に覆らない」
その言葉を全員が頷いて首肯する。
仮にこれが、領域干渉系の能力に対して碌な知識も持ち合わせていない者たちが、全員でなくとも半分も居れば、高確率で露見していただろう。
だがこの場に集まった者たちは、全員ないし殆どが、領域干渉系の能力に対して専門的でないにしろ、十分な知識を持っていた。それ故に、正解の選択肢を早々に脳内から排除していた。
相手の愚かさに賭けるのは愚物だが、利口さに賭けるのはそれ以上の無能であると言う。
では、この舞台の術者は果たして無能だったのだろうか。
答えは否だ。
全部読んだ上での事だった。全部読み切った上で実行され、それにおれたちは見事に嵌められたのだ。
「さらにそれに拍車を掛けたのが、ジンさんが齎した情報です」
「おれが?」
名指しで挙げられ、どの情報かと考える。答えはすぐに出た。
「この箱庭の舞台内において、記憶準拠の実体を持った何か――ここでは仮に亡霊とでもしておきましょうか。その亡霊が出て来て襲撃されたという情報は、この舞台の実態の1つを解き明かしてくれると共に、箱庭型の舞台内に記憶準拠という、全く性質の違う存在が現れるという大きな矛盾を作り上げ、私たちを大いに混乱させてくれました」
もっとも、この舞台が箱庭型であるという事は、シロの協力があって初めて発覚した事だ。
それまでこの場の誰もが、この舞台を記憶準拠のものだと疑っていなかった。
そこに来て、通常の手段ならざる方法で相反する情報が得られれば、誰だって後者にも一定の信憑性を抱くだろう。
「結論から言いますと、ジンさんが亡霊と遭遇し、これに勝利して生還したのは意図的なものです。おそらくは、この舞台内でどのような事が起きるのかという情報を我々に得させる為に仕組んだ事でしょう。
こう言っては何ですが、あの時ジンさんが襲撃を受けながらそれを撃退できた事は、冷静に考えれば不自然な事です。何故なら既にミズキアさんという方や、キュールさんという方たちが、相手の姿さえ見る事すら許されずに敗れているんです。
それなのにジンさんが情報を持ち帰れたというのは、あまりにも出来過ぎている」
穿った見方をすれば、おれを相対的に貶めるような発言だったが、それを咎めなり不愉快に思う気は欠片たりとも無かった。
事実、おれはミズキアと比べれば弱い。個としてのキュールと比べれば当然勝てるが、その差は圧倒的ではない。
なのにおれだけが無事だったのは、不自然に思って然るべきなのだ。
「ジンさんが持ち帰った情報により、この舞台内において、本来死んでいる筈の方が敵として立ち塞がるという事が分かった。
ならばこうも考えられた。あの何度死んでも現れるカルネイラさんもまた、その事象によって生み出されたものであると」
カルネイラを最初に見た時、最初に考えるのは、カルネイラもまた術者側の人間としてこの舞台に参加しているのではないかという事だ。
それを発展させて考えれば、この舞台における複数の鬼の存在に簡単に気付きかねない。
だが、それを目の前であからさまに何度も死なせ、何度も再登場させればどうか。
その記憶が冷めないうちに、この舞台内で起こる事象について知ったならばどうだろうか。
勿論、危うい綱渡りだ。
そう言える可能性があるだけで、決してそれ単体では脆く弱い可能性に過ぎない。
しかし積み重ねられて混ぜられれば、それも色濃いものとなる。
気付こうとすれば気付けた事だ。特におれは、そうでない事を事前知識として知っていた。
だが利己的な理由でそれを共有しなかった。それを後悔しているかと言えば否で、そうしなかったのはおれにとって正しいと今でも断言できる。
一方で、おれにとっては正しくなくとも、大衆的にはそうするべきだったというのも理解できる。そうしていれば、現場は少なくともマシなものになっていたのは想像に難くない。
そして結果として、その場の誰1人として気付けずに、手のひらの上で踊らされていた。
「ですが、そうと分かった上で考えれば、術者側の人間が最低でも3人、私たちの中に紛れているという結論に至る事ができます」
この舞台を作り出した術者本人で1人。
他人の姿に成り変われる、おそらくは変異系統の能力者で2人。
そして他人の記憶を覗き、その中にある人物を実体化させて動かす能力の持ち主で3人。
「だから常に3つのペアで探索に向かわせてた訳か。でもって、このタイミングでその話を始めたのも――」
「ええ。もう誰が本物で、誰が偽物なのかも大体検討がついてます」
「なら、俺っちたちはここで結果を出るのを待てば良い訳ね。面倒が無くて結構結構」
想定通りの解を得たディンツィオが姿勢を途端に崩す。
周囲にそうそうたる面々が並び、かなり緊密な空気の充満する中で、あっさりと自分のペースを取り戻して表に出せるのは、ある意味大物なのかもしれない。
「いえ、残念ながら結果を待つ前に、私たちにはやらなければならない事があります」
「……何を?」
その行動はまだ早いと暗に咎められ、それを理解して尚、ディンツィオのだらけた態度は改善しなかった。本当に何なんだお前は。
「まあ有体に言いますと、この中に1人、紛れてるんですよね」
何が、とは言わなかった。言われるまでもなかった。
術者側の人間の1人が、この中の誰かしらに成りすましている……そういう意味合いの宣告である事は、その場の誰でも容易く理解できた。
「何故わざわざそんな真似を?」
「だから言ったろうが。まだ完全には絞り込み切れてねえんだよ」
「なので、確実にそうだと分かる方を1人だけ残し、その方以外の疑わしい方たちを外に放逐している間に排除してしまおうかと……そういう事ですね」
アベルが何故か苦り切った表情で言い放ち、それにミネアが補足した理由は、言われてみれば納得の行くものだった。
「先程も述べましたが、これらは術者が1人で全てをこなしている訳ではありません。各々が役割を分担し、それらを共有するからこそ成立しています。
しかし、あくまで当人以外から齎されたものには直接的に関わっていない以上、どこかしらでボロが出る。
成りすますに当たって、当然その成りすます相手の記憶については、該当する能力の持ち主によって伝えられているでしょう。ですが、完全に把握するのは不可能であるという事は相手も理解している筈です。そして理解しているのならば、限りなくバレる可能性を減らす為の策を講じて然るべきです」
例えばと、ミネアが続けて具体例を挙げてみせる。
「ヴァイスさんの件のように、発言が墓穴を掘るというのは最たる例でしょう。そんな事をしでかさない為に、話さない、話せないというのは堅実な対応策と言える」
わざわざミネアがそんな例を挙げた意図は、全員に容易く伝わる。そして視線が一点へと集中する。
話せない……いや、アベル曰く喋る事は可能らしいが、それを頑なに拒否している人物。
そしてそんな態度を取っておきながら、何かしら否定的な対応を取られていない人物。
「その方は違いますよ、絶対に」
そんなおれたちを嘲笑うかのように、誘導した張本人が否定する。
「姿形を似せられても、記憶を読み取れても、筆跡までは完全に再現する事は不可能です。
その人は筆談が常なようですから、普段の筆跡を知る方に見て頂ければすぐに分かるでしょう。何でしたら、今この場で確認して頂いても構いません」
『アベルのバーカ、アホ。ハゲ散らかして死に腐らせ』
サラサラと簡潔に書いて提示する。勿論その文字も、普段の筆跡を知る人物であるアベルには見えない。
溜め息をついてアベルがそのノートを取り上げ、書かれた文に目を通す。
「誰が何だとコルァ!」
「話の腰を折るのは辞めたまえ」
ノートを投げ捨てて掴み掛かろうとし、背後から反対側に座っていたアスモデウスに羽交い締めにされる。
それを見て、ようやく席順の意図を理解する。
アスモデウスにしろシィと呼ばれた女にしろ、アベルとミネアは左右を確実に本人であると断言できる人物で固めていた訳だ。
一方で違和感を感じる。だが何に対してかと問われれば答えられない、漠然とした勘のようなものであり、反論するには値しないものであった為無視しておく。
「先程の例を挙げたのは、該当する方が、現在外に出ているからです」
ミネアは傍らの騒動などないかのように、言葉を続ける。
「……反論しないんですね」
「してどうする」
ミネアが指しているのが、ベスタである事は明白だ。
確かに、ベスタが何者かに成り代わられていたとして、そのまま成りすますのは簡単だろう。何せベスタは滅多に喋らない。
ただ黙っているだけで、違和感を抱かれずに紛れ込む事ができる。
客観的にその事実を認識できるからこそ、ミネアの言っている事に信憑性があると分かる。
ならば、反論するだけ不毛なだけだ。
「ベスタさんに成りすましているのは、おそらくは記憶に関する能力者ではないでしょう。記憶を読めるのならば、失言を犯す可能性は劇的に低くなる。その枠をわざわざ喋る必要性のない方で潰すのは愚行でしかない。
となれば、残るのは領域干渉系の能力の持ち主と、変異系統の能力の持ち主という事になりますが……」
「領域干渉系の能力者、だろうね」
その場の全員の意見を代弁するように、アキリアが断言する。
3つの系統の能力の中で最も重要度が高いものは、論じるまでもなく領域干渉系の能力者だ。キチンとリスク管理ができている者ならば、必然的にその重要な能力の持ち主を、最も安全な配役にする。
即ち話す必要も、文字を書く必要性も無い、ベスタと入れ替えるのが妥当な選択だ。
そしてミネアの推測がここまで正しいと仮定すれば、この中に残っているという件の能力者は、変異系統の能力者という事になる。
ミネアが気付けている以上は、どこかしらでそいつはボロを出したという事なのだろうから。
「そこで、傭兵をやっている方々に1つお尋ねしたいのですが」
と、左右のカインやシィという女ではなく、ピンポイントにおれを見ながらミネアが続ける。
「貴方がたの業界において、護衛依頼を受けていた際に、明確な危険の可能性がありながらその護衛対象を放り出して離れる事は、一般的な事なのですか?」
何となくミネアの言いたい事を察しながらも、おれ個人の価値観に基づいた意見を述べる。
「……人や場合による、としか言えないな」
護衛対象を意図的に死なせれば、それこそ当の傭兵の信用に関わって来る。だが一方で、護衛対象を守りきれなくとも傭兵が生き残る事も、決して珍しい事ではない。
その場合は護衛依頼の失敗として見なされこそすれど、それが意図的でない限りは、その傭兵の信用がガタ落ちする事はまず無い。それは傭兵をある程度やっていれば、自ずと知る事だ。
そしてその事を正確に理解している傭兵は、自分の中で線引きをしている。
護衛対象が生きている間に、依頼を放棄して逃亡すれば、やはりその傭兵の信用は地に堕ちるだろう。だがそれも、流布する者が居なければバレる事は無い。
強かな傭兵ならば、例え護衛対象が生きている状態であっても、依頼の達成が困難かつ依頼主や護衛対象が死ぬ確率が高い状況に陥れば、ほぼ間違いなく護衛対象を切り捨てる。
中には確実性を期する為に、自ら護衛対象や依頼主を殺す傭兵とている。仮に襲撃者が雇われの者ならば、報酬を食いっぱぐれる為にバラす事も無い故に、そうする傭兵も少なく無い。おれもその部類に入る。
自分と護衛対象の命、両者を天秤に掛ければ、余程の事が無い限りは前者に傾く事はガキにも分かる。
死を身近に置いている傭兵たちは、その当たり前の事実に対して、正直に向き合っているだけに過ぎない。
「では、条件を付け加えましょう」
今度は傭兵を営んでいる者たちではなく、明確におれに対して投げ掛ける。
「その対象がシロさんとベスタさん当人同士に限った場合に、そういった行為は、双方共に何の文句も無しに受け入れられる程に当たり前の事なんですか?」
「……要するに、アタシの事を疑っていると?」
「有体に言えばそうなりますね」
馬鹿馬鹿しいと鼻で笑うシロの言葉を、あっさりと肯定する。
「まっ、疑うのは自由だ。それもただ気に入らないからとかじゃなく、弱いながらも明確な根拠もある。そう思うのも分からなくはない」
だが無いと、肯定した上で否定する。
「アタシだって、時と場合ぐらいは弁える。さすがにいがみ合ってる場合じゃねェこの状況下で、自分の都合を第一に行動したりはしねェよ」
「……かもしれませんね。実際にはそうではないかもしれませんが、どちらにしろ、私の言っている事は言い掛かりに近い」
あっさりと、ミネアは肯定する。
ただしその言葉に、現時点では、と無言で付け加えているであろう事は疑う余地も無い。
「アタシがそうだって言えるだけの根拠を持ち合わせてるってか?」
それを読み取ったように、憮然と鼻を鳴らす。
「……なるほどな」
得心が行き、誰にも聞こえないように言葉を口内で転がす。
ミネアの言葉の真偽がどうであれ、当事者に否定以外の選択肢は無い。それぐらいの事はミネアも理解していて当然だ。
個々に呼び出している時に問い詰める事もできたのにも関わらず、わざわざ他者が集まっている中で、そんな話題を持ち出しているという事は、突き詰めればそうするだけのものをミネアは、あるいはアベルは持ち得ているという事だ。
そしてそれがどういう事かと言えば――
「茶番だな」
薄ら笑いが零れないようにと、顔の筋肉を総動員させて表情を保つ。一体どの程度成功しているかは、自分ではまるで分からない。
ふと、アベルと視線が交錯する。途端に、アベルの表情が揺らぎ、呆れを含んだものとなる。それは果たしてその表情の変化に気付けた者がこの場に何人居るのかという程の、微かなもの。心外だ。立場が逆ならば、そっちも迷わずそうするだろうに。
テーブルの下で、上体を微動だにさせずに、右手だけを動かす。なるほど、確かに治療しておいて正解だった。
その手に確かな感触が伝わると共に、それを思い切り握り、反対側へと振り抜く。
「大体……」
シロの言葉が途切れる。途中で思考に没頭していた為、話がどういう具合に転んでいったのか分からなかったが、特に興味も無い。
重要なのは、おれの振るった剣によって、シロの右腕が切断されたという結果だけだ。
「なっ、テんメェ、何しやがる!」
「うるせえよ」
疑念が確信へと昇華し、先程よりもさらに剣速を速めた全力の斬撃を浴びせる。
今度は来ると分かったのか、咄嗟に後退して距離を取り、そして風切り音と共に足が切断されて体勢を崩す。
その隙を逃さずに刃を叩き込み、呆気なくシロは――シロの姿をした誰かは脳天から上体を分割されて転がる。
「あ、貴方、一体何を――!?」
周囲からすれば、唐突極まりない事態に声を荒げて立ち上がったオリアナが、途中で言葉を切り硬直する。
「嬢ちゃん、そこから先は、良く考えて行動する事だ」
静かな、だが威圧感をハッキリと感じる声音。
少しでも気を抜けば、即座に餌食になる――そんな根拠のない恐怖と、足場が突如として消え失せたかのような頼りない浮遊感を同時に抱かせる、凶暴さと獰猛さが有り合わさった殺気が、アベルを中心に無作為に放たれていた。
その殺気に当てられて、オリアナを含むその場の殆どの人間が動けずに居た。
無理もない。おれとて、その殺気を過去に感じた事が無ければ、同じ反応を示していただろうから。
強者の放つ殺気が、対象にありもしない幻の感覚を抱かせる事は良くある事ではあるが、アベルのそれは、似て非なるものだと誰もが直感的に分かる。
ただ強大なだけの殺気ならば、アベル以外でも放てるだろう。
だがアベルの放つ殺気は、ただ強大なだけではなく、異質だ。
それこそ、人間が放っているとは到底思えない――いや、人間が放って良い代物ではない。どちらかと言えば、獣のそれに近い。
例え、エルンストやリグネストのような理脱者であっても、人間である以上はそんな殺気を振り撒く事はできない。
アベルだからこそ可能な、限定的ながらも、人の身でありながら人の身を超越した芸当だった。
「何を考えて、どう行動するかは、そりゃ個々人の自由だ。誰にもそれを決める権利は無い。
だけどな、それに対して各々がどう感じて、どう動くのかも、また個々人の自由だ。断言するが……お前を殺すのに2秒も要らない」
「…………」
室内に、吹く筈の無い風が一瞬だけ吹き荒れ、即座に凪に戻る。
声に混じっているのは、間違えようの無い苛立ち。その時のアベルは、何故か分からないが、何かに対して明確な怒りを抱いていた。
その怒りと、何より殺気に当てられ室内の全員が黙す中で、アベルの視線がおれへと向けられる。
「お前が手を下す必要性は、どこにも無かったろうが」
物憂げな言葉に、アベルの言いたい事を察する。
手っ取り早い話が、偽者といえど、おれがシロの姿を取っていた奴を殺したのが気に食わないという訳だ。
相変わらず、傭兵の割に変なところで人間臭い。
「おれの方が早かったろ?」
「どっちが早かろうが、誤差の範囲内だったろうが」
薄々分かっていた事だが、途中に介入して来たのはアベルだった。
「なら、どっちでも結果は変わらなかったし、結果はこうなった。それで良いだろ? それに、疑われた段階で詰みだ」
傭兵ならば、いや、そういう世界に生きている者ならば、誰でも同じ判断を下すだろうと断言できる。
疑わしきは罰する――疑わしい者が居て、そいつが自身でないのならば、余程の事がない限りは切り捨てて殺すのが正解だ。
それが当たりならば御の字、よしんばハズレだったとしても、疑惑の対象を1つ減らす事ができる。
誰しも自分の身は可愛いのは当然の事で、おれがそうなった時にそうする事は、あいつにも話していたし、知っていた筈だ。
それなのに、理解できなかった時点で確定だ。殺すのは呼吸をするのと同じぐらい、当たり前の事だ。
傭兵ならばして当然の、合理的な判断だ。
「お前程――お前ら師弟程徹底しているのも珍しいがな」
「生憎、そうしなきゃ生き延びて来られなかったもんでね」
話を打ち切り、互いに死体の方へと向かう。
「……姿形だけじゃなく、性別や声質、衣類まで偽るか」
改めて見てみれば、既に能力が解除されたのか、底の転がっていたのは、シロとは似ても似つかない男の死体だった。
パッと見た限りで目を引くような特徴は無いが、唯一、額に根元まで埋まっている、人間にとっては異物であるはずの釘の頭だけが異彩を放っていた。
「噂に聞く【完全変態】の能力か? この男がそうだったのか、それとも別の奴がそれで、そいつが今しがた死んだのか、どっちかは知らねえがな」
「どっちでも良いだろ。それよりも――」
それ以上の興味を無くし、視線を、先程から何とも言えない表情をしているミネアへと戻す。
先程抱いた違和感の正体に、ようやく思い至る。むしろ遅過ぎたぐらいだ。
「……何と言いますか、ミステリーのセオリーを完全無視して人海戦術を取られたような、居直り強盗に命の尊さについて説教されたような、そんなやるせなさを感じますよ」
訳の分からない独白の後に、手を打ち鳴らす。
「まあ、そんな感じで解散です。後は、外の出た方々が最後の仕上げを終えてくださるのを待ちましょうか」
締まりの無い宣告と共に、席に着いていた者たちがバラけだす。
唯一、オリアナだけは納得がいかないという表情でこちらを――アベルを睨んでいたが、何も言わずに他の者に追従する。
その流れに逆らってミネアの元へ向かい、問答無用で胸倉を掴み持ち上げる。
「ちょっ、ジンさん、いきなり何を――」
「黙れ」
余計な言葉を紡ごうとした口を、そのまま壁に押し付ける事で噤ませる。
「お前の狙いは理解した。残る――お前の読みでは2人だったか、それがあの3つの組のいずれかにそれぞれ混じっていて、それを炙り出し、もう片方の者が片付ける。そうだな?」
「ええ、理解してくださるとは、さすがですね。やはり貴方は素晴らしいです。そんな貴方に与えられる苦痛ならば、存外悪くは――」
「黙れと言った筈だ。余計な口は叩くな」
首筋にベルを突き付ける。壁に挟まれているとはいえ、宙吊り状態でそんな事をされれば、必然、自重によって圧迫された剣との接着面の皮膚が破けて血が流れる。
だが、重傷と呼ぶには程遠い。放っておけばすぐに傷も塞がるような、些細なものだ。
もっとも、返答の如何次第では、その傷は首全体に及ぶ事になる。
「なるほど、多少の穴に目を瞑れば、理に適った手法だ。穴といっても、こんな状況じゃそもそも取れる手法自体が少ないしな」
だが、と続ける。
「あの中に1人、あるいは1組、その理に適わない組み合わせがある。ユナと、レフィアのペアが」
カインとギレデアならば、どちらかが偽者であったとしても、双方共に十ニ分に対処できる。
ベスタと白髪の少年ならば、後者については不明だが、どちらかが偽者であったとしても、少なくともベスタは十二分に対応できるだろう。そしてアベルがそうした以上、白髪の少年であってもそれは可能なのだろう。
だがユナとレフィアだけに限れば、確信を持ってそれが成り立たないと断言できる。
「ユナがそうであった場合ならばともかく、逆だった場合、レフィア程の奴を押さえ込める奴に対処できるだけの能力を、ユナの奴は持っていない」
レフィアの事を、ミネアが詳しく知っていた可能性は低いだろう。だがユナについて、詳しく知らないというのはあり得ない。
それを踏まえた上で、その可能性が僅かでもあるのにも関わらず、両者を組ませたのは余りにも不自然だ。
他の組には成り立っていた相互関係が、その組だけ成り立っていない。
おれですら気付ける単純な点に、こいつや、ましてやアベルが気付かない筈が無い。
そしてアベルならば、絶対にそれを実行しないだろう。にも関わらずされているという事実から導き出される解答は、1つだけだ。
「お前、あの2人がどっちも本物だって、分かってて組ませたな?」
「落ち着け……これ散々言われたな。あいつらの言いたい事が少し理解できたわ」
アベルが割って入り、素手で剣に触れ、ミネアから引き離す。
「アベル……!」
「オレは、絶対にこれがベストだと言われて信用した――もとい、散々説き伏せられた。レフィアのアホは人間性――と言って良いのかともかく、実力だけは信用できるからな。それに、一応確かめるようには言い含めてある。
でもって、もう片方についてはこっちは何も知らない上に、そいつだけは間違いなく偽者だと断言された。そう言われれば、こっちは疑う材料も無い。そればっかりは追求されても困る」
歯噛みする。
アベルの言っている事は正しい。ティステアに縁もゆかりも無いアベルに、ユナについて詳しく知っていろと言う方が無茶振りなのだ。
その事について分かっている以上、おれにアベルを責める気は無い。
だが、それを知れば尚更、ミネアに対する疑念は膨れ上がる。
その疑念を上乗せしてミネアを睨むと、やがてミネアは、薄気味の悪い笑みを浮かべて答える。
「ええ、あの2人は間違いなくどちらも本物でしょうね。それを分かった上で組ませました」
迷い無く首を刎ねようとして、硬質の音を立てて剣が遮られる。
「だから落ち着けっての。ああ、クソっ! このクソガキ、こうなる事を見越してやがったな!? 約束した以上は守るけどな!」
おれの斬撃を素手で防いだアベルが、忌々しそうに吐き捨てる。
「さすがですね。もう片方の名前だけの副団長とは大違いです。感謝しますよ」
「頼むから黙ってくんない!? 約束を破りたくなって来る!」
剣とアベルの手とが、しばらく拮抗した後に、こちらから剣を引く。
少なくともアベルが守ると約束したのならば、その時点でアベルを突破し、ミネアを殺すのは不可能に近い。
「一体どういうつもりだ?」
「前にも言いましたが、私は貴方にとって不利益となるような事はしませんよ」
「答えになってないぞ」
はぐらかすように答えるミネアの逃げ道を塞ぎ、さらに問い詰める。
そのまましばらく沈黙が続いたが、やがてミネアの方が先に視線を逸らし、溜め息混じりのバツの悪そうな言葉を紡ぐ。
「有体に言えば、ちょっとお灸を据えてやろうと、そう思っただけですよ」
アベルの顔が引きつり、続けて苦々しいものに変わる。おれの顔もそんなものだろう。
「ええ、実に子供染みた、癇癪みたいなものです。ただ腹が立っていたのも事実で、尚且つ好機だったと判断したので、実行しました。ついでに言えば、放置していても貴方にとって害悪になっていたであろう可能性が高い。ならば摘み取っておけば、貴方にとっても益となる。そう思いました」
「……最悪だ」
思わず呻く。
「何が最悪なのでしょうか? 失礼ですが、ユナさんが死んだところで、貴方は何も感慨を抱かないと思いますが?」
「…………」
ミネアの言った事は正しい。ユナが死んだところで、おれには何の関係も無ければ、心も痛まない。
むしろ将来性を見越せば、喜ばしいとすら言える。
だが、それでも事態は最悪だ。
ミネアの行った事自体に、おれにとっては何も問題は無い。それは事実だ。
しかし行った事はともかく、それに携わらせた人選は最悪極まりない。言い換えれば、間が悪すぎた。
「お前は、レフィアを、あの腐れ吸血姫の事を知らない……」
これが仮に、本当にユナが偽者であったならば問題は無かった。
レフィアでなく、別の誰かであれば問題は無く、むしろ歓迎できる事態だった。
問題なのは、レフィアを、あの【忌み数】に数え上げられているような【凶星】を関わらせてしまった事だ。
「先に言っとく。落ち着けよ。事情はこれっぽっちも知らないが、それでもこればっかりは仕方が無い」
「分かってる……」
仕方が無い。そう、まさにその通りだ。
分かる筈がない。理解できるはずが無い。
今まで関わった事が無く、伝聞だけでしか知らないのだから、それ以上責めようが無い。客観的に見て、ミネアに何ら非はない。何も悪くない。
あえて言うならば、運が悪かった。おれにとっては慣れっこの事だ。
「どうすんだよ? ぶっちゃけオレは、同情はするが、本音を言えばこれ以上関わりたくないんだが?」
「だろうよ……」
それが正常な反応だ。
【忌み数】と関わり、本当の意味でその本質を理解した者ならば、口を揃えてそう言うだろう。
当事者であるおれからすれば、ふざけんなと、八つ当たりでもしたくなるが。
「こうなった以上は、もうどうしようもない。せめて少しでもマシな結末になるように、祈るだけだ」
「無駄だろ。何もかもが、絶妙な具合でなるようにならないのが世の中だからな」
諦念混じりの呟きも、アベルの耳に痛い言葉に打ち消された。
「いてーな、オイ。何すんだってんだよ」
「…………」
頭部が分割されたレフィアから興味を無くし、踵を返したユナの背後から掛かる声。
不思議と驚きは無く、だが不満を抱きながら振り向けば、底には直前までと変わらないレフィアの死体。
それに首を傾げるのも一瞬で、次の瞬間には、生理的嫌悪を催すような音と共に、レフィアの頭部の断面から赤い粘糸が伸び、転がった分割された頭部と接合を始める。
「あひゃひゃひゃひゃ、痛かったなー。まーさすがに10通りじゃ、こんなもんか」
頭部の接合を終えたレフィアが立ち上がり、顔を上げる。そこにあったのは、片方の眼窩が空洞な事以外は元通りとなった、嘲笑うような表情。
続けて視線をユナから逸らして床上に落とし、ユナの【流血刃】によって分割された細に零れ落ちた眼球を見つけ、何気なく拾い上げたかと思うと、おもむろに口の中に放り込む。
嚥下され、喉が飴玉程度の大きさのものを落としていくのが目に見えた後に、視線がユナへと戻される。
そこでユナが見たのは、空洞だったはずの眼窩に、紫色の瞳を持った眼球が収まっている光景だった。
「けどよー、殺し方がダメだ。ダメダメだ。吸血鬼を殺すには、白木の杭ってそーばが決まってんだろ?」
「……吸血鬼?」
レフィアの発言を反芻するが、ユナの持つ知識の中では、そういう存在が居るというだけで、それ以上の事は知らなかった。
だが、それで構わないと早々に割り切る。
「そう、なら、細切れにして殺すだけ」
「あっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! 出た、出たよありがちな短絡的思考が! 馬ッ鹿じゃねーの? そんなんで吸血鬼を殺せる訳がねーだろーが!」
笑い転げるレフィアの発言を、やはりユナは脳内で切り捨てる。
そっくりそのまま信用するつもりは毛頭無かったし、仮に言葉通りだったとしても、ならば別の手を試せば良いだけの事だと割り切った判断だった。
「でさでさ、さっきの続きだけどよー」
全身に力を溜め、いつでも動ける体勢に変化したところで、レフィアから話し掛けて来る。
その立ち姿は完全に世間話のそれであり、直前までの戦闘態勢など欠片たりとも感じさせない、むしろ違和感すら覚えるほどの変わり身だった。
「お前さー、ガキの頃はおにーおにーって、あいつの事を慕って引っ付いてたんだな。それが今じゃ、殺してやるーってんだから、傑作だよな!」
「黙れ!」
高圧の血流の刃を飛ばすも、レフィアはそれを屈むだけで回避し、続く血の結晶の投槍も尾が翻り全てを叩き落す。
「それがたった数日の出来事だけ、随分な変わり身ようだよな。慕ってただけ、好きだっただけ、その反動で憎さ倍増ってやつか? だとしても、えらく薄情だよなー。もっと理解してやろうとか、庇ってやろうとか、そんなの考えなかった訳? ほら、人間って話し合えば誰とでも理解し合えるんだろ? 神父がそんな事を言ってたぜ?」
「何も知らないで――」
「知ってるぜー? さっき言ったろ、あいつのせいで散々な目に遭ったってよー。その上で負けたのが惨め過ぎるってよー。お前が必死に目を逸らしている事も、ちゃーんと理解してやってんぜ?」
また笑う。馬鹿にするように――いや、実際に馬鹿にしながら笑う。
「で、ほら、どーした? 殺すんじゃなかったのか? かかって来いよ、早く殺して見せろよ」
「言われるまでも――!?」
再び血流を放とうと振り被った瞬間、眼前にレフィアの姿を確認し、僅かに動揺する。
その隙を逃さずに伸ばされた手が、ユナの首を掴み、投げ飛ばす。
「げほッ……!?」
幸いにして骨や内蔵を傷めることは無かったが、それでも壁に想像以上の勢いで叩きつけられ、絶息し咳き込む。
それを楽しそうに、追撃も掛けずに余裕を見せながらニタニタと笑いながら眺めるレフィアが、嗜虐的に舌なめずりして口を開く。
「まーやられてばっかしも楽しくねーし、次はこっちからも行くぜ? 次は20通りからだ。でもって、10ずつ徐々に増やしていくから、せーぜー楽しませてくれよな。100まで持ったら……褒めてはやるよ」
次回予告
吸血姫は血を交え、音の魔人は鈴と硬貨の協奏曲を奏で、そして死神は血塗られた魔族の歴史を囀る……みたいな。
道化の遊戯は後2、3話で終わります。多分。