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道化の遊戯⑧

 



「質問その1、好みの異性のタイプは何ですか?」

「おい、何の為の質問だ?」

「質問に答えてください。好みの異性のタイプは何ですか?」

「だから、その質問の意図は何なんだよ!」

「必要な事です。それ以上は言えません」

「アベル」

「まあ、お前には必要ないかもしれねえけど、一応念の為な」

「そういう訳です。好みの異性のタイプは何ですか?」

「…………」


 アベルはこう言っているが、少なくともミネアが、そういった真剣さを持って質問をしている訳ではない事ぐらい、簡単に分かる。

 何せ現在進行形で、こちらを見ながらニヤニヤと、実に嫌らしい笑みを浮かべている。

 せめて真面目な表情ぐらい、保っておけと言いたい。


「仮に必要な事だったとして、その質問の内容に、個人的主観が多分に混じっているように思えるんだが?」

「……まあ、そこらへんはオレには判断できないからな」


 この役立たずめ。


「仕方ないですね、質問を変えましょう」


 今のやり取りのどこら辺に仕方の無い要素があったのか、甚だ疑問だった。


「大きいのと小さいのでは、どちらが好みですか?」

「何なんだその2択は」

「ですから、どちらが好きですか?」

「……どっちかと言えば、でかい方か?」

「ですよね! 所詮世の中なんてそんなもんですよね! 夢も希望もあったもんじゃありませんよ!」


 急に絶叫する。情緒不安定者かこいつは。


「まあ、大は小を兼ねるからな」


 アベルは分かっている。

 確かに小回りが利いた方が良いという場面も無い訳ではないが、比較してみれば、でかい方が何かと潰しが利く。


「まあ、中にはうちの団長バカみたいな例外もあるがな」

「あれに限らず、理脱者は存在そのものが理不尽だから、比較対象にはしないようにしている」

「良い心がけではあるが、無駄な心がけでもあると教えておこう」


 言われるまでもない。

 上の世界を知れば、嫌でも比較対象として引き合いに出さなければならない時が多々ある。


「にしても、よくあんたも、あの【絶体強者】を馬鹿呼ばわりできるよな」

「腐れ縁だからな。あいつさえ居なければ、オレはこんな波乱万丈に満ち満ちた人生を送らずに済んだのにと、何回考えたか」


 以前も聞いた事があるが、アベルとリグネストは、それこそ同じ孤児院で育った程の古い仲らしい。

 そしてその事が、その後のアベルの人生を決定させてしまった契機でもあると。


「おーい、アーベールー。戻って来てやったぞー」

「おいアベル、ペアの相手マジで変えてくんね!? 何回か噛みつかれかけたんだけど!」


 間延びした特徴的な口調と、聞いてて不愉快になる声音の持ち主である、レフィアとカインが戻って来る。

 そのまま血を吸い尽くされて死ねば良かったのにと、心の底から思う。


「ここまでですか……焦らず、もっと軽めなのからいけば良かったですね。急いては事を仕損じるとは良く言ったものです」

「マジで何なんだこいつ……」

「お前の許嫁だろ? カインが言ってたぞ」

「そのデマ、あんたにまで広がってんのかよ!」

「いや、オレどころか【レギオン】内の粗方に広まって――」


 想定外の言葉を聞いたと言わんばかりの、困惑顔で述べられたアベルの言葉を最後まで聞き終えるのを待つ事無く、おれの怒りのゲージは限界点をあっさりと突破していた。


「死ねカイン! 今すぐに死ね! 死因は問わないからとにかく死ね!」

「かきゅーてき速やかに死ね、この人間のクズめ!」

「貴方が生きてる事を喜ぶ人よりも、死んで喜ぶ人の方が多い事に気付いてください!」

「イェンバル家の落ちこぼれヤローが!」

「貴方が居るせいで、いつまで経っても世界から戦争が失くならないんですよ!」


 何故かレフィアと、そして本当に何故か、ミネアまで罵倒に参戦していた。

 特にミネアは、カインが言い触らしたデマの出所であるため、罵倒する権利など全く持っていない。

 が、一緒に罵倒している分には清々しいので放っておく。むしろもっと言え。


「ボロクソだな! 俺が何かしたか!?」

「自分の胸に手を当てて考えてみたら如何ですか?」

「自覚無しかよ、サイテーだな。やっぱ死ねよ」

「今なら介錯の相手を選ばせてあげますよ。ついでに、遺言だって聞いてあげます」

「自殺でも良いぜ? 苦しみたくないなら、特別に能力を使ってやるよ。サービス満点だな!」


 カインがこっちに視線を飛ばして来る。解読してみるに、おれがどうにかして2人を止めろといったところか。

 別におれにそんな義理は欠片もないし、ついでに言えば半分以上自業自得なので、死ねとジェスチャーで返しておく。


 身から出た錆、刃の錆は刃より出でて刃を腐らす、仇も情けも我が身より出る。全部あいつが言った言葉で、今のあいつ自身にピッタリな言葉だろう。


「イェンバル家の落ちこぼれ……ですか。イェンバル家と言いますと、あのテクネットの?」

「そのイェンバル家だ。良く知ってるな」


 罵倒している最中に気付いたのか、レフィアが出した単語を挙げる。


「そりゃ知ってますよ。芸術国家と名高きテクネットの中でも、音楽面を代表する名家の1つですからね。これでも私はウフクススの嫡女ですし、それなりにそっちの分野は嗜んでます。

 それに、形ある美術品には興味はありませんが、イェンバル家の生み出した曲は個人的にも好きですよ」

「否定はしない」


 イェンバル家の生み出す曲は、どれも素晴らしいの一言に尽きる。

 何より、その曲を他でもないイェンバル家が演奏した時に覚える感覚は、感動という単語だけでは到底足りない。


「カインにそれを求めるのは間違いだがな」

「知ってますよ。最初から期待してません。その生まれは間違いなく、宝の持ち腐れですね」

「まあ、そっちの分野ではな……」


 別の分野で見れば、あながち宝の持ち腐れという訳でもないが。

 だが、わざわざフォローする必要も無いだろう。あいつの評価が下がろうが、おれには痛くも痒くもない。というか、個人的にはむしろ楽しい。


「くっちゃべってるところを悪いが、他の連中も戻って来た。さっさと残った連中の面接終えて、次の組み合わせを決めんぞ」

「……そうですね。ジンさん、もう良いですよ。次の方!」


 終始何の意味があったのか分からない面接とやらを一方的に打ち切られ、入れ替わりとなるように、名前も知らない少女がこちらへと歩いて来る。


「アベル、少しの間だけ残って良いか?」

「……構わないが、何のつもりだ?」

「ただの好奇心だ」


 何で私に聞かないんですかと騒ぐミネアは無視し、無言で椅子に座る少女を観察する。


 この箱庭に集められた中で、ある意味では最も異質な存在。

 その動作も身のこなしからも、何ら訓練を受けた形跡は見られない。それどころか、体を鍛えるといった行為さえまともに行っているとは思えない肉付きをしている。

 かと言って魔力が多い訳でもなく、周囲の面々と比較してしまえば、無能者そのものではないが、それに限りなく近い。

 後ろ暗い、血と暴力に塗れた世界からは最も程遠い世界を歩いている一般人そのものだ。


 にも関わらず、彼女はこの箱庭に招待をされている。

 理由は不明だが、この箱庭が領域干渉系の能力によるものである以上、絶対に何かしらの理由はある。

 その理由の一端でも、この面接とやらで判明すれば良いのだが。


「ではまず、名前を聞かせてください」

「……レイニア、です」


 やや緊張感の伴った声で答える。

 その答えが真実かどうかは知らないが、少なくともその名前は、おれには聞き覚えのないものだった。


「ではレイニアさん、次に年齢を教えて頂けますか?」

「13……です」

「家族構成は?」

「兄が1人、居ます……」

「そのお兄さんは何をしてますか?」

「戦ってます……スラムとかで、ならず者とかを相手に戦ったり、敵対国の人を相手に」


 話を聞く限り、あり得るのは志願した軍属兵と言ったところか。

 一般の治安部隊が戦場に駆り出される事は無いが、反対に、治安部隊だけでは手に負えない時などに、軍が人員を派遣する事はある。


「そのお兄さんは今どこに?」

「遠くに行ってます。詳しい場所までは……」


 そう言って少女は首を振る。

 特に遠征か演習、もしくは駐在勤務といったところか。いずれにしろ箝口令は敷かれないので、単に兄が話していないだけだろう。


「……分かりました。もう結構ですよ」

「早いな……」


 おれの時と比べてスムーズで、尚且つ質問の内容も簡潔でまともだった。

 さっきのおれへの面接は、一体なんだったんだと問い詰めたい。


「たっだいまー!」


 勢い良く扉が開かれて、シアと灰色の髪の少女、それとシロと【レギオン】団員の白髪の少年が戻って来る。


「特に異常は無かったよ!」

「以下同文ですね」

「そうですか。それは何よりです」


 口頭で結果を報告しているシアと白髪の少年を他所に、灰色の髪の少女の方へと、気は進まないが近付いていく。


「……少し良いか?」

「いいよ! ジン兄、何の用?」

「……わたくしに、ですか? どのような用でしょうか」


 シアはこの際無視しよう。話が進まない。


「あんたの兄について」


 既におれとテオルードという男が共に退室して、尚且つおれだけが戻って来たという結果は、この場の誰もが把握している。

 だが、実際に何が起こったのかは、まだ誰にも話していない。言い換えれば、誰も知らない状態にある。

 そんな中で、いつまでも誰にも告げずに放っておけば、近親者などは色々と邪推をして敵意を募らせかねない。

 それならば、まだ潜在的な敵対者で済んでいるうちに、無用な着火剤は払っておいた方が良い。でなければ、都合の悪いタイミングで最悪の形となって爆発しかねない。おれの場合は尚更だ。


「お兄様が、そんな事に……」


 要所を伏せ、簡潔に出来事だけを伝えると、少女は俯いて何かを噛み締めるかのように呟いた。


「あの……」

「何だ?」


 伝える事だけは伝えたので、さっさと立ち去ろうとしたところで、呼び止められる。


「お兄様は、兄は何か貴方に言っておりませんでしたか?」

「……いや、特には」

「そうですか……」


 真っ赤な嘘だが、おれにはテオルードから言われた事を実行する事は勿論、伝える義理さえも無い。

 探るような目付きで見られるが、悟られてはいないだろう。それなのにわざわざ伝えてしまえば、色々と面倒な事に繋がりかねない。


「ジン兄、ジン兄? おーい、無視なの?」

「発想を変えましょう。これは放置プレイだと思うんです。ついでに、自分は放置プレイをされる唯一の人物であり、即ち特別な人物だと」

「それは妙案だね。目からウロコだよ」


 無視だ無視。あいつらの関係については大いに勘繰りたいが、時期が違う。


「おい、この訳の分からん籤引きによって決められたペアによる探索に、一体何の意味があるんだ?」

「こっちが聞きたい」


 不満を隠そうともしないシロの愚痴に答える。


「ただ、ミネアだけじゃなくてアベルも噛んでる事だ。全くの無意味な行為という訳でも無いだろ」

「……随分と信頼をしているみたいだな。あいつは【レギオン】の副団長だぞ?」

「今更だろう。アベルがどこのどいつだろうと、どんな奴かは知っているし、世話になった事実が覆る訳でもない。それぐらい知っているだろう」

「……まあな」


 妙な間があったが、何が不満なのかまでは分からなかった。

 一応頭を捻ってみるが、答えは出ない。


「で、さっき話してた事のどこまでが真実だ?」

「……見てたんじゃなかったのか?」

「この訳の分からん探索の前に、キュールの奴が消え失せたとかで駆り出されてて居なかったろうが」

「ああ、そう言えばそんな事もあったらしいな」


 確かに視界を別のところに飛ばしている状態では、まともに動く事も間々ならないだろう。ならば見ていないのも納得できる。


「まあ、言うなれば全部が本当だ。ただ、黙っていた部分もあるだけでな」

「詐欺師の常套文句じゃねェか」

「お前の常套文句でもあるな」


 シロが目を剥いて見返して来る。まさか言い返されないと思わなかった訳がなかろうに。


「……置いといて、だ。実際には何があった?」


 誤魔化すように咳払いして続けるシロに疑惑の視線を送るが、どうせ無視されるので、さっさと切り替え、先程の出来事を簡潔にかつ、テオルードの妹に話したときよりも詳しく話す。


「【諧謔】か……」

「ああ。それで聞きたいんだが、あれからあいつについて、何か分かった事とかあるか?」

「ねェよ」


 にべも無い返答に、予想していた答えとは言え、少なからず落胆する。


「そこまで落ち込む事か? 会いたくない相手の事なんか、知らなくても問題ねェだろ」

「会いたくないからって、遭遇しねえとは限らないだろ。むしろ会いたくないからこそ知っとくべきだ。おれの場合は特にな」

「まっ、無能者だからな」


 おれとしては、おれ自身の特性の事を言ったつもりだったが、あながち間違いでもない為、訂正しないでおく。


「けどな、あいつを調べろなんて無茶振りだぜ。情報が転がってなきゃ、集めようがないからな。

 そもそも、あいつの名前を聞き始めたのがここ最近の事だ。おまえもそれぐらい知ってんだろ?」

「そりゃな……」


 シロの言う通り、賞金こそそれ以前から掛けられてはいたが、その名前が轟き始めたのはここ最近だ。


 傭兵としてその名前が知れ渡り始めたのは、エルンストの死後から少なくとも数ヶ月が経ってからだ。

 エルンストが生きていた頃は名前さえも聞かず、いつ頃から傭兵として活動していたのかも正確には分からない。

 いつ頃からか傭兵として活発に活動をし始め、それによって僅かではあるが本人についての情報がようやく出回り始めてる状況だ。傭兵として活動する以前の、ただの賞金首でしか無かった頃の情報など、当然望むべくもない。


 それどころか、本名は勿論、素顔さえも同じ【レギオン】の連中さえ知らないのだ。傭兵になる前に何をしてたのかも、どこで生まれたのかも。

 身内の連中でさえ知らないのだから、個人が早々知れる訳がない。当然の事と言えば当然の事だった。


「誰も知り得ない事を知ろうなんざ、土台不可能なんだよ。それこそ、あのマヌエリオル戦線が絶対に地獄になるって、事前に知り得るようなもんだ」

「次の組み合わせを決めますよ」


 どうやら話し込んでいる間に全員が帰って来たらしく、ミネアの言葉に急かされて籤を引かされ、訂正する機会を逃すが、やはりどうでも良い事なので、また訂正せずにしておく。


 籤引きの結果は、また居残り組だった。










「おい、明らかに組み合わせに悪意を感じるんだけど!? 絶対籤に何か仕組んでんだろ!」

「言い掛かりは辞めてください。そして可及的速やかに出て行って、そして死んでください」

「籤の作成には一応オレも関わってる。文句あるならオレに言え。でもって、なかったらさっさと行け」


 相変わらず何の為のものなのか分からない、何回目かの籤引きを経て組み合わせが決定したところで、カインが抗議の声を上げる。


「何が不満だって言うんですかぁ?」

「不満しかねえよ! テメェと組まなきゃいけねえって事も、この籤引きで1回を除いて、毎回探索組に当たってんのも!」

「貴方の籤運が無いのが悪いんでしょう。良いから、つべこべ言わずに出発してくださいよ」


 ミネアに手であっち行けと追いやられ、また背中を今回のペアの相手となったギレデアに押されて、カインが広間から退出する。

 既に出発した、ベスタと白髪の少年のペアと、レフィアとユナのペアを除いたメンバーが広間に残る形となった。


「まったく、ただでさえ余計な消耗は抑えなければいけないというのに、イチイチ問答させないで貰いたいですね……」


 そうぼやくミネアの横顔には、見てハッキリと分かるレベルでの疲労があった。

 いや、ミネアだけではない。

 ミネア以外にも、ディンツィオやレイニアという名前の少女など、保有する魔力の比較的少ない者たちには、目に見えた消耗が現れている。


 閉鎖的な環境のお陰で体内時計の感覚まで狂っているが、それでも既に丸1日、下手をすれば2日以上は経過している。

 この箱庭内での時間と外の世界の時間とが同期しているかどうかは分からないが、ともあれ、それだけの間を飲まず喰わずで過ごしていれば、どこかしらで不調が表に出て来るのは当然の事だ。


 そしておれもまた、その例外ではない。

 むしろ無能者である以上、その手の消耗に1番弱いのがおれだ。


 飢えと渇きには多少慣れてはいるが、あくまで慣れている――即ち誤魔化しているだけで、何日も耐えられるようなものではない。

 常人の何も無い状態での生存可能時間は平均で3日とされていて、既に戦闘と負傷によって消耗しているおれの場合、もう少し短い。

 最悪自分の体を傷つけ、血で喉を潤すにしても、結局は外部から取り込んでいるのではなく体内で循環させているだけである為、猶予が1日伸びる程度だろう。


「……で、そろそろこの一連の行為の意味を教えて欲しいんだが?」


 実際のところ、既に体に力が入り辛くなって来ている。数時間後にはこの症状はより顕著となり、有事の際に対する対応力を完全に失う事になる。

 そうなる前に、何とか現状を打破しなければならない。その一助となり得るのが、おそらくはミネアとカインのみが知り得ているのであろう情報だ。


 ミネアはともかく、カインがこんな状況下で無意味な事に興じるような性格でない事は把握している。

 ならばこの一連の行為にも、何かしらの意味がある筈だ。でなければ、大人しく従ってなどいない。


「……そろそろ頃合だろうし、良いだろ。ほぼ確実に絞り込めてるし、何よりこれ以上引き伸ばそうにも、こいつの限界が近い」

「そうですね。どの道、これかこの次で終わりでしょうし」


 それまでの煙に巻くような回答とは打って変わった、打てば響くような回答に、聞いておいて拍子抜けする。


「とりあえず、立ち話もなんですし座りましょう。ついでに他の方々も呼んで来ます。アベルさんはテーブルと椅子の移動をお願いします。ジンさんは先に休んでて下さい。貴方が1番消耗しているでしょうし」

「……一体何をするつもりだ?」

「決まってるじゃないですか」


 本人は真剣なのだろうが、要領を得ない会話からは、何をしていたのかはさっぱり読み取れず、何度目かの問いを放つ。

 その問いに対して、ミネアから本質的な回答を得る事はできなかった。代わりに得られたのは、歪んだ笑み。


「狩りの時間の始まりですよ」










 その時のユナの心情を一言で表すならば、不愉快だった。


 自分よりも小柄な、上半身に布を巻いて素顔を隠した人物と相対していたところまでは覚えている。

 相対していた理由も、その人物が自分の――認め難い事だが、血を分けた兄だった人物を庇っていたのが原因だとすんなり思い出せる。


 そこまでは思い出せるのだが、その直後から記憶が唐突に途切れていた。

 そして目を覚ました時には既に、見知らぬ場所に閉じ込められていた。


 曲がりなりにも相応の知識は蓄えている為、自分が閉じ込められている場所が、領域干渉系の能力によるものであるという事はすぐに分かった。

 同時に、共に閉じ込められている以上は、たとえ勢力が違おうともいがみ合いは控えるべきだと、理屈の上で理解していた。

 だからこそ、カインと名乗る男やミネアの言う事を表面上は素直に聞いていたし、またエルジンに対して、自分から食って掛かるのも控えていた。

 勿論、彼女の従姉であるアキリアからそうするようにと言明されていたというのも、多分にあるが。


 もっとも、例え理解していなかったとしても、積極的に食って掛かったりはしなかった可能性は高い。

 何せ、常にエルジンの傍には、文字通り化物のような力を持った存在が誰かしら付いていた。

 その正体を彼女は知る由も無かったが、エルジンのような例外を除けば、大よその保有する力ぐらいの推察はできた。

 その感覚に従えば、ベルゼブブにしろアスモデウスにしろ、自分では到底勝ち目の無い相手だった。そしてその勝ち目の無い相手が、エルジンと親しげな態度で会話しているところを見れば、大体の関係性についても推察できた為、自分自身に冷静さを保つように言い聞かせていた。

 でなければとっくに、自分の中のドス黒い感情に身を委ねて、エルジンを殺しに掛かっていた。

 そうするだけの理由が彼女にはあったし、それだけの事をされるだけの事を、例えそうするつもりがなくともエルジンは彼女に対して行っていた。


 そうした要素が積み重なっていたからこそ、彼女はこの箱庭内において、自分から騒ぎを起こす事も無く大人しくしていた。


 しかしだからと言ってそれは、馴れ合う事と同じではない。

 間違っても敵対勢力に属している相手と、親しげに不必要な会話を交わしたり、身の上話をしたりする事はない。

 にも関わらず、籤の結果によってペアになったレフィアは、先程からユナに対して様々な言葉を投げ掛けて来ていた。

 その大半は聞き流している為、その具体的な内容については殆ど理解していない。だが言葉の端々に散在する挑発的な口調が、余計にユナの神経を逆撫でしていた。


「そー言えばよー、お前、あいつの実妹なんだって?」

「――ッ!?」


 そしてその堪忍袋は、その言葉によって、限界まで一気に膨張する。


「おーおー、ようやく反応した」

「……だから何?」


 危うく切れそうになった緒を、返答前に深呼吸する事によって、ギリギリのところで緩ませる。


「いんや、ただ気になってよ。無能者の実兄を持った気分って、一体どんなもんなのかってな」

「……別に」


 あえてそっけない回答を返し、会話を打ち切って歩を再開させようとする。

 しかしその為に踏み出した一歩も、直後の言葉で、すぐに止める事になった。


「ほんとーかよ。無能者だって分かった瞬間にポイしたからってよー、それで終わりじゃなかったろ? 散々それを突っつかれて、しばかれてたろ?」

「……だから、その事に対して、別に何も感じてない」

「嘘つくなよ」


 藍色の瞳で背を向けたシアを眺めるレフィアが、言葉の弾丸を畳み掛ける。


「ほんとーに何も感じてねーなら、そーだって分かっても、憎悪剥き出しにして殺しに掛かったりしねーよ。しっかも笑える事に、お前返り討ちに遭ってやがんの。ダッセーな、あっひゃひゃひゃひゃ!」

「何でッ――!?」

「何で知ってるかって? さーな、何でだろーな? まー教えてやんねーけど。

 それよりよー、どんな気分なんだ? 兄が無能者だったせーで散々な目に遭って、鬱憤溜めて、怒りを燃え上がらせて、憎悪を募らせて、それらぶつける相手を見つけて、いざぶつけてみたら返り討ちに遭ってよ。

 散々内心で扱き下ろしてた相手にやられて、惨めに命さえも取られねーで、自分より強い父親まで倒されてよ。しかも自分でやった訳でもねーのに父親を倒した事にされてよ、それに甘んじてるって、憎い奴から施されるってどんな気分なんだ?」

「うるさいッ!」


 知らずのうちに、血が出るほどに強く握り締めていた手に赤い結晶を生み出し、言葉と共に投じる。

 勢い良く投じられた結晶の刃は、至近距離で放たれたのにも関わらず、レフィアの被っている外套の裾から飛び出した変幻自在の刃によって弾き落とされる。


「キレてやんの、ダッセー。触れられたくないとこ突かれてどーよーか?」

「黙って!」


 手に新たな結晶を生み出し、同時に心臓から腕に掛けて走る血管に圧力を掛ける。そんな事をする理由など、1つしかない。


「惨め過ぎんだろーが。憎くて、悔しくて、見下す事で何とか自己を守ってて、でも勝てねーで、それさえもひてーされて、しかも生き恥まで晒されてよー。あたしだったら、惨め過ぎて自分で命を絶つな」

「黙れって言ってる!」

「黙らなかったらどーすんだ?」


 ニヤニヤと、答えの分かり切った問いを発する。

 返って来るのは当然、想定通りの答え。未来を視るまでもない、想定通りの展開。


「殺す」

「あっひゃひゃひゃひゃひゃ! こりゃ傑作だ! 温室育ちの、戦場を知らねー負け犬根性の染み付いたクソガキが、このあたしを、【レギオン】の【忌み数ナンバーズ】に挙げられてるあたしを殺すってよ! ここ最近で1番のギャグだ!」


 レフィアが言葉通り、おかしな事を聞いたと言わんばかりに、盛大に腹を抱えて笑い続ける。

 ユナの表情が歪んでいくのにも構わず、ひとしきり笑い終えてからようやく落ち着きを取り戻し、紫色の瞳にユナの姿を収める。


「アベルの奴には見極めろとか言われてたけどよー、向こーから仕掛けてきたんなら、話は別だよなー。手加減する余地も、手心加える必要もねーよな。面倒な事をする必要もねーよな!」


 犬歯を、吸血鬼の特徴である鋭利な牙を剥き出しにして笑う。


「どうなってもあたしを恨むなよ。そっちから仕掛けてきたんだからよ。それか、今まで通り【死神】のガキに責任を転嫁して恨んでろ。生きてたらの話だけどな」











次回予告

遊戯者たちは箱庭と職人の偽りを剥がし、血と血の競演が饗宴と化する……みたいな。


もう少しで道化の遊戯も終わります。今月中に次の章の山場まで行けたらなと思ったり思わなかったり。

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