道化の遊戯⑦
「…………」
喉の奥からこみ上げてくるものがあり、堪えるという行動さえもままならずに、口唇の端から零れ落ちて喉と胸を汚す。
それを最初は、内臓が損傷した事による喀血だと思ったが、目に入った吐瀉物は血にしては赤みが薄かった。
多量の血を薄める何かが混じっているのは見ても明らかで、剣が貫いた箇所も合わせて考えると、それが胃液である事は容易に想像がついた。
【諧謔】が伸長させた刃はおれの腹部を貫通し、その下にあった胃と肝臓を完全に破壊していた。
だが死んでは居なかった。
【諧謔】が手心を加えた訳では無い。確実に【諧謔】の刃の切っ先は、おれの心臓を捉えていた。
その刃が伸長した瞬間に、側面に高速で飛来した何かが衝突し、刃の軌道を僅かにずらしてた。その僅かなズレが、おれの命を瀬戸際で引き止めていた。
「これは一体、どういう事なのかな?」
「……!」
痛みと負傷によって声を発する事はできなかったが、もしそれが無ければ、おれは驚愕の声を高らかに上げていた筈だ。
何せそこに現れた、寸前のところで【諧謔】の刃の軌道をずらした人物の正体が、よりにもよってアキリアだったからだ。
「月の光が翳る事は無く、沈むその時まで背を追い掛ける。沈みし後も、再び登り背を追いつづける。どちらかが潰えるまで、照らされずに居るのは不可能。間に入ろうとも、それは同じ事」
「……そう、そっちにも事情がある訳だね」
芝居の掛かった、理解のできない発言だったが、まるでアキリアは内容を理解したように答える。
「でも、私には関係ないね。そっちがそのつもりなら、こっちも退かない」
「ならばこれ以上語る言葉は無し!」
剣が引き抜かれ、床に崩れ落ちる。
痛みに呻きながら顔を上げた時には、既に【諧謔】の生み出した獅子の亡者たちが、無音の咆哮と共に一斉にアキリアに襲い掛かっていた。
と思った直後には、獅子の全てが破壊されて破片が散っていた。
「はぁ!?」
あまりにも異常な光景に、痛みも忘れて素っ頓狂な声を漏らす。
辛うじて見えたのは、右眼だけに映る素早い何かがアキリアの体から飛び出し、襲い掛かる獅子を端から順に貫き、またアキリアの体へと戻った過程のみ。
その獅子を貫いた何かの正体は分からず、外見さえもまともに見えはしなかった。
直前と直後に魔力が僅かに動いたため、何かの魔法なのだろうという推測は立つが、それにしたって【諧謔】の魔力抵抗力の塊を突破できている時点で十分異常だった。
しかし【諧謔】もその程度では動揺を見せず、元の大きさに戻した剣を掲げて疾駆。一瞬でアキリアを間合いに捉え、剣を振り抜こうとして、直前で反転したアキリアの足が脇腹に入る。
威力はあるが、隙もその分大きな後ろ回し蹴り。だがそれは【諧謔】の攻撃に対して、完璧なカウンターーのタイミングで決まり、その蹴りを受けて【諧謔】の姿がぶれ、猛烈な勢いで吹き飛ぶ。
すぐ傍の壁に衝突し、それをベニヤ板のように突き破り、さらに何度かの衝突音と破壊音を壁の向こう側から響かせて止まる。
「…………」
正直に言って、言葉も出なかった。
床を見てみれば壁の瓦礫に混じり、白い形の不揃いな破片が無数に散らばっている。それが【諧謔】の纏っていた鎧の破片であるのは、考えるまでもなく明らかだ。
鎧の性質を考えれば、砕いたのは単純な蹴りの威力によるものだと分かる。分かるからこそ、唖然とするしかなかった。
驚異的な硬度と耐久力を兼ね備え、さらには通常の鎧よりも遥かに分厚い為、傷を付けるのはともかく、破壊するのには相応の破壊力が必要となる。少なくとも脳の抑制の外れた人間が、全力で振り回した剣の衝撃を遥かに上回る破壊力が。
それを生身で実現させるなど、冗談の過ぎる膂力だった。
「前も思ったガ、マジモンの怪物だナ」
「……おい」
いつの間にか無断でベルが人化して眼前に立っていた。
その事を咎めるが、当のベルは肩を竦めて嗜虐的な笑みを浮かべる。
「イチイチ目くじらを立てるナ。それニ、万が一の事が起きた場合、オマエだけじゃ対応できねぇだロ?」
鬼の首を取ったかのような発言。言っている事は正しいが、これは少なくともおれの目の届く範囲内で、許可の無い人化をするなという契約違反だ。
それこそ今更な話と言えば、それまでではあるのだが、それでも今は遠慮して貰いたいのが本音だった。
「大丈夫?」
「それ以上近付くナ、用件があるならその場で発言しロ」
おれの事を完全に無視して、勝手に発言をする。
こういう事があるから咎めたのだが、どうやらおれの意図は伝わっていなかったらしい。
「治療をしたいんだけど……」
「治療にかこつけて、コイツにトドメを刺さない保証はねぇだロ」
言外に必要ないという事を伝える。
おれとしてもベルの言う通り、信用し切れない為、回答そのものに異論も不満もありはしなかったが。
重傷ではあるが、放置していても1時間は持つ。その間に戻り、ギレデアに頭を下げれば事足りる。
「それ、よりも……【諧謔】は?」
視線を倒壊した壁の向こう側へと向ける。
その先からは一切の物音も無く、さらには右眼にも一切魔力が映らなかった。
「死んだんじゃねぇのカ?」
「あいつが、あの程度で死ぬか」
そんなに弱かったら、そもそも激流の渦巻く川に崖から落とした時に死んでいて、おれは苦労していない。
「この舞台で生み出された、術者側の駒だったんじゃないのかな? それで分が悪くなったから、意図的に消したとか」
アキリアの言葉が最も可能性が高かった。
少なくともヴァフルは死んでも魔力は目に映っていたし、感じ取れていた。仮に術者が生み出した何かだとしても、死んだだけならば魔力が見えなければおかしい。ならば術者側が意図的に消したと見るのが自然だ。
「なら、良い……」
いや、良くは無いのだが。
あれが偽者なのだとすれば、当然その元となった記憶の持ち主はおれだ。
おれの中にある、【諧謔】の戦闘能力を再現できる記憶となれば、1つしかない。即ち、マヌエリオル戦線でクレイン戦の直後に戦った時の記憶だ。
あの時のおれは当然弱っていたが、一方で【諧謔】自身も相当に消耗していた。
その時の【諧謔】を相手に、この様だ。現在の本当の【諧謔】と相対した時の事など、考えたくも無い。
だが、少なくともしばらくの間は【諧謔】と顔を合わせずに済むのならば、そんな事は些細な事だろう。
それにそれ以上に、懸念すべき事項がある。
「……行こっか」
あの【諧謔】が術者側の生み出した偽者だったとして、同じ術者側の人間であるカルネイラを殺す事にどんな意味があったのか。
そしてその殺されたカルネイラが、直前におれに言っていた事。
エルンストが本当は死ぬべきではなかったという事と、死ぬに値する別の要因があった事。
その要因を意図的に生み出した者が居るという事。
「その前に、治療して良いかな?」
「…………」
「オイ、ジン。聞いてんのカ?」
「…………」
同時に、テオルードの言葉も掘り起こされる。
近いうちに、おれが探し物をする必要性が出て来るという事。
その探し物は、自力だけでは達成できないという事。
その探し物を達成するのには他力が必要不可欠で、その為の力は身近に転がっているという事。
どれもこれもが、気持ち悪いぐらいに符合する。
それこそ、2人は最初からグルであったと言った方が説明が付くぐらいに。
だが違うだろう。
2人の口上の目的には差異がありすぎ、またそうであった場合、カルネイラがテオルードを封じる意味が無いし、利益も無い。
ならば2人の話に共通性が見受けられるのは、ただの偶然なのか。
そんな訳が無い。
「それじゃあ治療も終わったし、今度こそ戻ろうか」
「……オイ、ジン。とっとと戻んゾ」
本当に、エルンストはあの時本来死ぬ筈ではなかったのか。
本当に、エルンストの死には別の大きな要因が絡んでいるのか。
本当に、エルンストの死の要因には誰かが関わっているのか。
そして、果たしてそれら全てが本当であったとして、おれはその時どうすれば良いのか、どうするべきなのか。
その時得た答えがおれの意にそぐわないものだった時、おれはどう動くのか。
まるで分からない。分かりたくもない。
同時に、誰かに分かって欲しくも無い。誰にも理解して欲しくない。
そう思うおれ自身の理由さえも、おれには分からなかった。
「ジンさん、ご無事でしたか!」
広間に入るなり、こちらの姿を確認したミネアが脱兎の如き勢いで突進してくる。
反射的に、飛び込んで来た際にすぐに受け止め投げ飛ばせるように構えるが、予想に反し、ミネアは数歩の距離を間において停止する。
「……何だ?」
その行動自体は咎めるような事でもない。むしろ余計な労力を費やさずに済む分、褒めても問題の無い行為だった。間違っても褒める事も無ければ、その必要性も感じないが。
だが、唐突に止まったかと思えば、こちらの顔を覗き込むようにジロジロと眺めて来れば話は別だ。
しかも心なしか、その視線は人に対して向けるものでも、ましてや崇拝やら敬意、好意といった類のものを抱いている相手に対して向けるものでは無く、実験動物に対して向けるもののそれに近いように感じた。
実際にそう見ているのかどうかは知らないし、確認のしようもないが、こっちがそう見られていると感じさせられるだけで果てしなく不愉快だった。
「……いえ、ご無事なようで何よりです。何も無かったという訳でもなさそうですが」
ミネアの視線がおれから僅かに逸れ、微かに顔が顰められる。
おれとしても努めて気にしないようにしているのだが、やはり組み合わせとしては不自然過ぎるのも確かだった。
「戻って来たか」
微妙な空気となり、居た堪れなくなって来たところで、救世主の如くアベルが近付いて来る。
感謝の意も込めて片手を上げて応じると、何故かアベルもまた、こちらを検分するかのような視線を向けて来る。
「……誰と、いや、何と戦った?」
「……は?」
続けて出て来た、わざわざ言い直された言葉の意味を理解するのには、数秒掛かった。
「かなり上手く処置されてるが、全身に治癒魔法を施した形跡がある。それに無意識に腹部を庇ってるぞ。
治癒魔法を掛けたのにも関わらず無意識に庇うという事は、相当なでかさの傷で、場所からして重傷から致命傷だ。
お前並みの実力を持った奴に、それだけの負傷を与えられるような奴は只者じゃねえし、下手したら人間じゃない可能性だってあんだろうが」
疑問に対する丁寧な説明をされ、こちらの疑問を正確に推察し、おれでは言われても分からない痕跡と仕草から正確に出来事を推察したその洞察力に、内心で舌を巻く。
特に負傷のくだりについては、専門の治癒士であっても分からないだろう。それを門外でありながら推察できるというのは、驚嘆するより他に無い。
「【諧謔】と戦って、死にかけた」
「なん――!?」
「勿論、本物じゃない。この空間内に生み出されるナニカ、偽者だった」
驚愕を露わにするアベルを安心させるように、すぐさま付け加える。
「本当に偽者だったのか? 何を持ってそれを判断した?」
「……壁を突き破って吹っ飛ばしたら、戻って来なかった。ついでに、魔力の反応も完全に消え失せていた。疑うに足る要素なんてあったか?」
アベルの反応は、予想に反して焦りの見えるもの。
そこまで焦る理由が思い当たらない為、問い質してみて、返答に頬が引きつるのが自分で分かった。
「ある。あいつも……【諧謔】もこっちに来てんだよ。ここには来てないから、てっきり自分の能力で防いだもんだと思ってたがな」
「……いや、あれは間違いなく偽者だった……筈だ。あいつが魔力の隠蔽に長けていなければ」
「そこまではな。身内間であっても手の内を隠すのは、傭兵じゃ珍しい事でもないだろう」
アベルの言う事はもっともだが、それでもあれは偽者だったと思いたい。
来ている事は覆しようが無いにしても、同じ舞台内に閉じ込められているだなんて、考えたくも無い。
「お前はどう思うんだ?」
「私が言っても、彼もそっちも意に介さないでしょ。信用が足りないし」
「分を良く弁えてますね、そういうところは好感が持てます。それは置いときまして、その【諧謔】さんは、間違いなく偽者ですよ」
この中では状況から最も程遠いであろう立ち位置のミネアから、何故かそんな言葉が飛び出て来る。
「根拠は?」
「根拠と言いますか……目の前で術式を掻き消してましたからね、あの人」
「目の前で? 相対でもしてたか?」
「いえ、雇ってました」
アベルの問いに対する、あっけらかんとしたミネアの回答を耳にした瞬間、迷わずナイフを引き抜いて繰り出し、途中で手首を掴まれて制止される。
咄嗟の行動で加減ができていないのか、その握力に骨が軋み不穏な痛みが走る。
痛みを堪えてその手の先を辿って見てみれば、制止したのはアキリアだった。
「どういうつもり? 事情は分からないけど、やろうとした事は、あまり正常とは言えないよ」
非難の視線で睨むが、冷静に返される。正論である為、それ以上に返せる言葉は無い。
視線を移せば、アベルは呆れ顔。
「【諧謔】は【レギオン】に属してはいるが、同時に【忌み数】の1人に数え上げられるような異常者で、おれの知る限りにおいて、最高で最悪の人でなしだ」
「ハッキリ言うな、お前」
「事実だろう」
「否定はできないがな」
アベルもしないではなく、できないと答えているあたり、おれの言葉が真っ当なものだと証明できる。
「物語の中で起こるような出来事を実現させる為だけに、革命を主導したり、内乱を誘発させたり、個人の悪意や殺意を突いて増大させるようなクソ野郎で、分かっているだけでも、傭兵の仕事とは関係ないところ数百人、間接的には数十万からの人間を殺している」
適当な国の、政府に対して反意を持っている連中同士を引き合わせて武器を提供したり、地位のある者を殺してその罪を敵対者に擦り付けて報復させたりと、その時に限れば然程大きな事でなくとも、最終的には反乱や内乱、紛争にまで発展した事例は数多くある。
そしてそれ以上に、復讐が動機の一家惨殺や大量殺人、冤罪や困窮による一家心中、他にも背景のある悲劇的な事例の数々を引き起こしている。
何よりも恐ろしいのは、本人に悪意など無いという事だ。
本人にとって人が死ぬのは副産物でしかなく、人を殺したり悲劇や惨劇を生み出したりするのも、そうする事が目的ではなく、舞台を成立させるのに必要な機械的な行為でしかない。
だが邪悪だ。
悪意が無いからこそ、邪気が無い無邪気でいるからこそ、それでいて常人どころか悪人でさえ眼を背けるような行為を平然と行うその様は邪悪としか言いようがない。
異常度で言えば、方向性こそ違うが【忌み数】中ではミズキアに遅れをとるだろう。だが邪悪さで言えば、ミズキアどころか【忌み数】の中でも断トツでトップに立つ。
あいつの見る世界には他者など存在せず、あるのは舞台の役者となる者と、脚本となる材料、そして観客となる者だけだ。どこでどんな事が起ころうとも、あいつからすれば物語の中での出来事でしかなく、それを読んでもそうであるように、そもそも悪意も罪悪感も持つ事ができない。
名前も家名も不明で、そもそも存在するのかさえも分からず、本人曰く舞台を整える事で非現実的な悲劇や惨劇の数々を生み出す事から、いつしか【諧謔】という名前が定着した、まさしく最凶最悪の人間なのだ。
「詳しい金額までは忘れたが、大陸中から、共通金貨換算で合計50万以上の賞金が掛けられている。ティステアとゾルバからも、マヌエリオル戦線で双方の部隊の叛乱を引き起こしたとして賞金が掛けられていた筈だ。
正直に言って、その時点で撤回されていたミズキアはともかく、何で賞金が有効なまま【レギオン】に属しているのかが理解できないような奴だ」
「勧誘したのはカインだ。何より、うちの団長が良いと言っている以上、オレにはどうにもできん」
でなければ入団させていないと、溜め息混じりに言われる。アベルからしても、その存在には苦労しているらしい。
恐ろしい事に、その賞金の総額は歴代の公式上の記録において7位であり、あの現在では撤回されているミズキアに次ぐ金額である。
現在でも有効になっている金額で比較すれば2位であり、エルンストが生きていた頃はエルンストに続いて2位で、死んだ直後は一時的にではあるがトップに君臨していた。
「そんな奴を、現在進行形でティステアに襲撃を仕掛けている敵対勢力の人間だと分かっていて雇った奴は、つまるところ敵だ。だから殺す」
「誤解ですよ。私は貴方に対して不利益となるような事をするつもりはありません」
「本人はそうは思っていなくとも、結果としてあいつ自身の手駒になっているという事例はいくつもある。いずれ自覚無しに、周囲に災厄を振り撒く事になる」
「それは絶対にあり得ないですよ。どちらかと言えば、手駒にしているのは私の方なので」
まだ状況を理解できていないかのような言葉に、苛立ちと殺意が募り、それを乗せて睨む。
だがミネアは、それを真っ向から受け止めて笑った。
「それと貴方や他の方々の認識には、誤りがあります。あの人はただ、知りたがっているだけですよ。まあその結果がその所業に繋がるのですから、邪悪という点では一緒かもしれませんが」
「知りたがっている、だと?」
「ええ、そうです。そして私は、私の言う事を聞く代わりに、その知りたがっている事を教える。そういう契約です。よってあの人が、私や貴方にとって不利益となるような行為をする事はありません」
自信満々に告げるミネアには、そう言う以上は、確固たる自信があるのだろう。
だがおれには、それを信用する根拠も無い。
「まあ、お前にもそうするだけの価値と理由があるんだろうし、凄く理解できて共感できるんだが、現状では少なくとも保留にしといてくれ。オレからも頼む」
おれがミネアをどうするか判断に迷っていると、アベルが頭を下げて来る。
「お前の言っている事は徹頭徹尾正しい。オレも身内に対して言いたくはないが、あいつは死んだ方が世の中の為になると思ってる。が、こいつはあいつじゃねえし、何より現状は内輪揉めしていられる余裕も無い上に、こいつはその現状を打開するのに役に立つ。オレに免じてここは抑えてくれ」
「とても見所がある、素敵な対応ですね。この半分でもジンさんが優しさを向けてくれたなら、新しい境地に達せそうですよ」
「万が一でも向けるつもりはないし、今の言葉でそれは尚更になった」
ついでに言えばアベルの発言は純粋な合理的な発言であり、優しさは皆無だ。
よって半分だろうが倍であろうが、どう転んだところでおれの優しさは0のままだ。
しかしアベルの言っている事も正しいので、ナイフを手放し、それ以上襲ったりしない事を了承する。
「ごめん、痛かったよね。今治すから」
「必要ない」
治療を手を振って拒否する。その際に右手を振った為、手首に鋭い痛みが走る。馬鹿かおれは。
「いえ、受けてください。最悪、後ほど戦う必要が出て来るかもしれないので。貴方右利きでしょう?」
「戦うって、どういう事だ?」
「右利きでしょう?」
「おい、答えになってな――」
「右利きなんだろ?」
「……右利きだけどよ」
アベルにまで、果てしなくどうでも良い事を力強く追求され、肯定する。
すると我が意を得たりとばかりに2人とも頷き、指差してくる。
「という訳で、治療してください」
「という訳で、治療しろ」
「合点承知」
あれよあれよという間に、右腕を治療されて痛みが引く。訳が分からない。
一体おれが右利きだから何だというのか。
一体どうして、この2人はこんなにもテンションがおかしな方向に高くなっているのか。
まるで訳が分からない。
「さて、治療も終えましたところで……やりましょうか」
「……何を?」
ミネアが手を拍手のように打ち合わせて宣言する。
聞きたくはないが、一応聞いてみると、不敵でムカつく笑みを浮かべられる。
「くじ引きですよ。くじを引いて、2人1組を作ってもらえます。ペアを組めなかった方は、面談をします」
本当に何を言っているのか、訳が分からなかった。
誰か、こいつが何を言っているのかを翻訳して欲しい。
次回予告
天秤の魔人と白髪鬼と吸血姫は、各々が携えたものの真偽を審議し身を投じ、別所では竜の化身と死神と狂愛の少女とが、それぞれの答えへと行き着く……みたいな。