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編入①




 エミティエスト家はティステア国内の魔法に関する一切の研究や産業を担っており、その一環で王都に存在する学園の管理も任されている一門である。

 現在の当主が学園の長を務めている他にも、現魔法大臣や国家重要研究施設の所長など、魔法に関蓮する要職の殆どはこのエミティエスト家に独占されていると言っても過言ではない。

 こと魔法に関しては、他の4家と比べても群を抜いて優れた能力を示すのが、エミティエスト家の大きな特徴なのだ。


 そしてそのエミティエスト家の現当主を務めるメネキア=ラル・エミティエストは、齢70を超えながらも未だに老いを知らず、エミティエスト家の歴代当主の中でも1位を争う程の実力を誇ると言う。

 その事は、まだ追放される前に噂レベルで、そして先日シロから受け取った資料で、それぞれ頭の中に入っていた知識だったが、こうして実際に顔を合わせてその意味がよく分かった。


 勝てない。


 朝早くに渡された制服に袖を通し、始業式だか入学式だかに出席する為に学園を訪れ、門の近くに居た若い男に編入生である事を伝えたところ、何故かそのままこの学長室まで連れて行かれた。

 そして茶を出されてしばらく待たされた後に、こうして顔を合わせる事となったのだが、その瞬間に勝てないと掛け値抜きで思わされた。


「君が、エルジン・シュキガル君だね?」

「……ああ」


 齢70越えの筈なのに、肌は乾いているどころが未だに潤いを保っており、40代と言っても十分通用する。

 肉体は魔法を扱う者にありがちな細身の体型ではなく、全身を隙なく鍛え上げられている事が、服の上からでも自己主張している筋肉から窺えた。

 そして何より、その内包する魔力。

 長年の経験の賜物か、一切垂れ流す事なくその内に留めてあったが、無能者であるおれだからこそ分かる。その内包する魔力の出鱈目さが。

 まるで巨大な瀑布を目の当たりにしているかのような、そんな錯覚すら覚えさせられる程圧倒的な量と荒々しさが、その肉体の中で両立していた。


 聞けば3年前に、老いを理由に当主の座を譲った相手が不慮の事故で亡くなり当主に返り咲いたらしいが、とんでもない。

 この眼前に座る男のどこが老いているのか、是非とも説明して欲しいものだ。


「確認するが、君は無能者であると」

「そうだ」


 良かったと、心の底から思う。

 一目で即座に今のままでは・・・・・・勝てないと理解できたからこそ、逆に変に緊張する事もなく、自然体で応対ができた。


 今のおれの内心は、おそらく死刑執行が決まった罪人のそれに近い。

 これで変に勝ち目が僅かでも存在するなどと思ってしまっていれば、相手に対して警戒を露わにしてしまい、逆に不信感を抱かせてしまっただろう。

 今のおれは、ただの無能者という役を演じなければならない。


「君はゾルバからの推薦で、うちの2回生として編入する。間違いないね?」

「ああ、間違いない」


 学園――正式名称は『ティステア学園』という何とも安直な名前だが、そのティステア学園は3年制の方式をとっている。

 とはいえ、入学する年齢に決まりはなく、また実力があれば飛び級も可能な為、学年と年齢との間に余り関係はない。

 もっとも貴族なんかはできる限り多くの人脈を築く為に飛び級をする事は稀らしいのだが、おれにそんな人脈など必要ない。必要なのは、どの学年に編入すれば1番動きやすいかだ。

 そして最も動きやすいのが2回生であると、おれもゾルバも結論を下した。


「さて、まずは事情も説明せずにいきなり連れて来た事を詫びよう。すまなかった。どうしても噂の編入生に会いたかったのでな」

「噂? 無能者である事か?」

「おや、自覚が無かったのかね?」


 反応から察するに、どうやら違ったらしい。

 てっきり、無能者が編入する事を聞いて直接顔を合わせて、どんな奴なのかを見定めるつもりなのかと思ったが。


「編入試験にて筆記で全科目満点を叩き出して、挙句闇属性魔法に対する非常に興味深い論文を提出してくれたじゃないか。君の提出してくれた論文は、私の親戚が所長を務める研究所でも大いに評価されていてね、研究の遅れていた闇属性魔法の分野に大きな弾みを付けてくれたそうだよ」

「ああ、なるほど……」


 おれからすれば、そんな事かと言ったところだ。

 筆記試験で満点を取ったのは、エルンストが授けてくれた知識を使えば簡単な事だったし、何より無能者で通っているおれは実技の試験が壊滅的な為、どうしてもそれ以外で点数を稼ぐ必要があった為だ。


 論文の方も同じ理由だ。

 筆記と推薦だけでは2回生として編入する為の点数には届かなかった為、どうしても編入する事に対して文句を言わせないレベルのものを書き上げる必要があった。

 そこで思いついたのが、魔族のみが使える闇属性魔法を題材としたものだ。


 魔族のみが使える闇属性に関する研究は、どこの国であっても遅々として進んでいない。何故なら魔族は個々の力が非常に強く、また死亡した場合は急速にその死体が風化していく為、研究の為に必要となる検体の確保が困難な為だ。

 しかも魔族は総じて帰属意識が高く、もし魔族を生け捕りにできたとしても、即座にその仲間を救出する為に大量の軍勢を引き連れて攻めて来てしまう。

 実際に過去に何度か、魔族の生け捕りに成功したは良いが領地ごと滅ぼされたという事があったらしい。


 だが、おれにはエルンストが居た。

 魔族の領域に乗り込んで行って、殺し合いの果てに力で屈服させるような力を持ったエルンストがだ。

 そのお陰で魔族に関して、他でもない魔族自身から色々と話を聞く事ができ、おそらくおれは大陸の人間の中で最も魔族について詳しい人間となる事ができた。


「私自身も君の論文を読ませて貰ったが、中々興味深い内容だった。久しぶりに自分に火が付く感覚を思い出せたよ」

「は、はぁ……」


 まくし立てて来るメネキアを見て、ふとおれは、与太話にもならないと切って捨てていた噂話を思い出した。

 曰く、エミティエスト家の宗家の者は、大概が変人であると。


「いずれ君とは、酒を飲み交わしながら話し合いたいものだな。学園での生活中に何か困った事があったら、是非私に言ってくれ。色々と便宜を図らせて貰うよ」


 曲がりなりにも教師が堂々と贔屓を宣言するなと言いたかったが、おれとしても好都合なのでありがたく礼を言っておく。

 そんなつもりは無かったが、望外の餞別が手に入った。









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