道化の遊戯③
「お前は、誰だ?」
「へえ、道を遮るだけの羽虫なんざ、イチイチ覚える価値も無いってかぁ!」
髭に覆われた口元が歪み、ドロドロに煮詰まったかのような瞳が沸騰する。
その顔には見覚えがあった。記憶にハッキリと残っていた。
だからこそ、あり得ない。
「ヴァフルか?」
「何だ、覚えてんじゃねえか! そいつは嬉しいなぁ!」
他人の空似で、尚且つ自分が覚えていないという可能性も、先程の問いに対する答えで完全に潰える。眼前の男は、ヴァフル本人で間違いない。
忘れる訳が無い。
クラフテル王国の元軍人であり、特殊部隊の小隊長を務めていた男。
そしてあのクレインの、元直属の部下だった男。
「お前は……死んだ筈だ」
おれが半年以上前、おれがティステアに来る前に、間違いなくこの手で殺した。
こいつだけではない。周囲を取り囲むこいつの部下も、確実に皆殺しにした。
「何を寝ぼけた事を、言ってんだ!?」
「ッ!?」
ハルバートが押し込まれ、それ以上堪え切れずに横に弾き跳躍。断頭台から逃れるが、代わりに包囲網の中心に踏み入れる。
ヴァフルの返答は、こっちの正気を疑うもの。とても嘘をついているようには見えない。
そうすると、こいつは覚えていないという事になる。もしくは知らないという事になる。
となれば、この舞台を作り出している術者が生み出した幻影か、それとも実体ある何かか。
どちらかの判別など付かないが、どうでも良い。そんな些事は後でシロに聞けば済む。
この場で大事なのは、1つだけだ。
「ようやくだ、ようやく見付けたぜ。この1年間、必死にテメェの足取りを追い掛けた甲斐があるってもんだ!」
取り囲む人数は、ヴァフル本人を含めて21名。その全員が歴戦の軍人であり、高い練度と連携を誇る。その全員が、おれに対する殺意を共有している。
油断をすれば、簡単に殺される。油断をしなくとも、一筋縄ではいかない。
「ようやくテメェをこの手で殺せる!」
「そうか。だが……」
周りを囲んでいるのは、全てがおれの敵だ。その事実さえあれば良い。
「お前らじゃおれを殺せねえ!」
重心をその場に置いたまま前傾姿勢となり、突進すると見せかけて後方へ投じる。
意表を突かれた敵の兜の隙間から、剣の切っ先が入り込み貫通。遅れて隣の仲間が殺された事を認識した左右の男たちが、距離を詰めるおれに対応しようと体勢を移行させていくが遅い。
右手側の男に突進の勢いを乗せた蹴りを叩き込んで吹き飛ばし、反対の男の突き出して来たハルバートの柄を脇で挟み込み、空いている手で頭部を貫通した剣を引き抜くと同時にハルバートごと持ち主を振り回し、背後からの刺突の盾とする。
「ぎゃッ!?」
「なッ!?」
「しまっ――」
穂先が鎧を貫通して急所を破壊し、盾とされた男が絶命する。
立て直す間を与えずに、意図せず味方を殺してしまった事に動揺する男たちに詰め寄る。慌てて対応しようとするも、死体に刺さって固定されたハルバートがそれを阻害する。
その隙を逃さずに剣で胴を両断する。
「包囲を崩すな! 当初の作戦通り、多重の壁を作って追い込め!」
遅れて反応し、さらに複数名が無用心に飛び込んで来そうなところで、右手からヴァフルがハルバートを振り被って強襲して来る。
それをいなし、返す剣で甲冑の隙間を狙おうとするが、旋回して間に入り込むハルバートの柄がそれを阻み、さらに反転して押し返して来る。
長物を振るっているとは思えないほどの、卓越した武器捌き。ヴァフルの技量は部下の連中のそれを大きく上回っており、中々剣を叩き込む事ができず、打ち合いを重ねていく。その間に長の号令によって、一時は動揺していた集団も整然さを取り戻し、半円状におれを囲んでいく。
「あれから1年以上経ったが、今でも目を瞑れば鮮明に思い出させられる。テメェがあの時あの人を、クレインさんを殺した時の光景がな!」
甲冑の上から蹴りを叩き込んでヴァフルを突き放すも、間髪入れずに左右から男たちが迫る。
振るわれるハルバートの下を掻い潜り、包囲網から離れようと後退。追撃の刺突を弾き、反撃しようとして、右眼に映っていた不可視の風の刃を回避する為に断念する。
一瞬だけ発生した空白を塗り潰すように、多方向から敵が迫る。傍にあったテーブルを蹴り飛ばして楯とするも、唸り声と共に振るわれたハルバートの斧の刃が、木製のテーブルを木っ端微塵に粉砕。破片がおれに襲い掛かり、目を貫きそうな物こそ手で受け止めるも、残りは全身を叩き、皮膚を掠めて傷を付ける。
その木片の散弾に追従する形で、3人の男が迫って来る。
先頭の男の斬撃を回避し、2人目のカバーが入るよりも先に首を薙ぐ。続く2人に向けて首無しの死体を押し付けて後退し、壁に背が付く。その状態で追い込まれると完全に詰むため、壁沿いに右手側へ抜け出る。
すかさず進行方向を塞いで来ようとする相手に向けて、左手に握っていた木片を投擲。それを相手が手で弾いた瞬間を突いて斬撃を浴びせるも、別方向から眼前を横切って壁に突き立ったハルバートが、そうはさせまいと阻害。
そのまま壁を削りながら迫るハルバートの下を滑り込んで掻い潜り、三角跳びの要領で壁を蹴って包囲網を抜け出すも、すぐに2枚目の包囲網が立ち塞がる。
「あの時は我が目を疑った。あのクレインさんが誰かに、それもよりにもよって、テメェみたいな無能者なんかに殺されるなんて事はあり得ねえってな!」
再びのヴァフルの攻撃を剣で受け、勢いを殺し切れずに吹き飛ばされる。その軌道上で待ち構えていた男に、大分刃毀れした剣を投じ、手甲の隙間を縫って突き刺さる。
たまらずその男が武器を手放したところに衝突。床に互いに落ちるも、あらかじめそれを予期していたおれの方が次の行動に移るのが早く、馬乗りになって首を折ってトドメを刺し、新たに剣を奪い取る。
「それからテメェを殺す事だけを考えて生きてきた! オレたちみてえな、肥溜めにたむろすゴロツキでしかなかったオレたちを拾い育ててくれた、大恩あるあの人を殺しやがったテメェをな!」
ヴァフルの追撃から辛うじて逃れるも、ヴァフルの部下たちは突破を許さない。
自分たちの体と武器で退路を巧みに塞ぎ、挟撃して来る。屋外ならばまだしも、いくら広いとは言え天井のある屋内で、それも包囲網を敷かれた状態で回避し続けるのには限界があり、仕方なく斬撃を剣で受け止め踏ん張る。
作られた隙を逃さずに振るわれようとするハルバートに対して、剣から片手を放し、柄の支点に手刀を叩き込み押さえる事で、ハルバートの動きを封じる。
「がッ――!?」
瞬間、ハルバートが紫電を放ち、触れていたおれの腕を伝って全身に電流が走る。歯を食い縛って受け止めていた刃の軌道をズラして床に突き立たせるも、それ以上の反撃ができずに膝を落とす。
すかさず迫るハルバートに対して、床を蹴って這うように持ち手へと距離を詰め、腕を持ち上げて眼窩へ親指を突き込む。
「ぎゃああああああああああッ!?」
激痛に身を捩じらせて悲鳴を上げる相手を、眼窩に突っ込んだ親指を引っ掛けたまま振り回し、背後から迫る敵へと投げつける。
咄嗟に受け止めたところに刺突を放ち、片眼を失った男の頭上を通り過ぎて受け止めた男の喉を貫き、引き抜いたところで受け止められた男の口腔にも剣を叩き込んでおく。
アゼトナの【雷帝】の能力による電流ならばまだしも、ただの魔法によって生み出された電流ならば、着ている絶縁性の服がその殆どを散らしてくれる。残った威力など、来ると分かっていればいくらでも耐えられる。
「テメェを殺せるなら、国の庇護なんざ欠片たりともいらねえ! 地位も名誉も富も一切いらねえ! 命だって惜しかねえ!」
ヴァフルのハルバートの柄とおれの剣とが噛み合い、拮抗。拳を握り腹部に叩き込むも、分厚い甲冑に覆われたヴァフルは、全身を揺らせど僅かたりとも圧力を弱めない。
ならばと鎧に覆われていない顔面を狙うも、それは分かりやすく、あっさりと手で受け止められる。
「代わりに、どんな手を使ってでもテメェを殺してやる!」
「襲撃の動機は同じか。ならば、おれの記憶準拠の何かなのか。答えは正確に得る事はできないだろうが、材料としては申し分ない」
その頑健な体を足場として蹴り飛ばし、距離を強制的に離す。互いに体勢を整えて進むのは同時。何度目かの互いの武器の交錯を果たす。
「もう1度殺してやるよ!」
元々不利な鍔迫り合いを挑む愚を犯さずに、回り込んで別の方向から斬撃を叩き込む。
もっとも、相手もそれを黙って許すほど愚かでもなく、こちらの攻撃をいなしながら逆に回り込んで来ようと、目まぐるしく立ち位置を変える。
それでも個々の力量で見た場合、おれの方が圧倒的に上回る。数合程度で終わらないのはヴァフルの技量が卓越している証でもあるが、そのまま泥沼の打ち合いになれば、武器の性能を差し引いてもおれが勝つ。
そしてそれを許さないのが、周囲に散らばるヴァフルの部下たちだった。
離れた場所から放たれた爆裂魔法が、ヴァフルの脇腹に炸裂。
通常ならばそれで挽き肉となって終わるところを、ヴァフルが、そしてその部下たちが纏う甲冑に付与されている対魔の術式が防ぐ。爆裂の大部分が減殺され、残った威力ではヴァフルの鎧を穿つ事は叶わない。
代わりにその余波がおれに襲い掛かり、右の顔面を含む半身に裂傷を刻む。さらに続く風刃の嵐は、さすがに爆風の衝撃波とは違い、喰らえばただでは済まない為後方跳躍して逃れる。
だがその背後にも、立て続けに風刃と鉄杭と飛礫が叩き込まれて道を塞ぐ。
さらに左方向からも敵が迫り、意図的に残されていたと分かっていても止む無く右側へと逃れる。
立ち塞がった男に斬撃を浴びせ、初撃を受け止められるも、次撃で片腕を奪い、追い討ちに首を刎ねる。その部下が文字通り命を賭けて稼いだ時間を使ったヴァフルが、ハルバートを地面に叩き付ける。
その瞬間、刃に紡がれていた術式が展開し、一際強い爆裂魔法が発動。室内を強烈な振動が襲い、踏ん張りきれずにたたらを踏み、放たれた衝撃波が全身を叩いて吹き飛ばされ、壁に叩き付けられる。
爆心地から離れていたおれでさえそれだけの被害を受けたのにも関わらず、爆心地により近かったヴァフルとその部下たちは、装備に物を言わせて殆ど被害を受けていない。
さすがに踏ん張り切る事はできなかったが、おれが壁際まで吹っ飛んだ隙を逃さず、一斉に包囲網を縮めてくる。
「なんッ――!?」
揺れる視界を噛み締めて身を起こすと同時に、最寄の敵が遠心力を乗せてハルバートを投擲。
手が痺れるのを承知で剣で叩き落とすも、武器を手放した分身軽となった敵がタックルをかまし、受け止め切れずに後方へと吹き飛ばされる。
「この――!」
上下に回転して揉み合いとなる中、右手に握ったままの剣の切っ先を、鎧の隙間から脇腹へと突き刺す。
だが要所は鎧に覆われている為に、隙間を縫って突き刺したところで、それは致命傷足り得ない。その為剣を突き刺したまま捻り上げ、相手の体内を掻き回してさらなる痛みを与える。
だが、拘束は解かれるどころか、さらに強まる。
「我らの痛みを、苦しみを、憎悪を、思い、知れッ!」
「ほざけ!」
血を吐きながら吼える相手の眼窩に、剣から手を放して指を突き入れて両方を同時に潰す。
それでも拘束を緩めないその執念に内心で驚嘆しながらも、腕に力を込めて横に引き、肉と骨を抉り取って投げ捨てる。
さすがに僅かに拘束が緩んだところに、左腕を引き抜いて腕を両手で掴み、捻り上げて関節を破壊し完全に拘束から脱する。
立ち上がり転がる男の顔面に足を踏み下ろし、完全に頭部を粉砕するも既に遅く、背後に部屋の隅を置いた状態で、前方を一部の隙間もなく完全に包囲される。
「押し潰せ!」
ヴァフルの号令に、男たちが一斉に押し寄せる。
先頭の男を蹴り飛ばし、また首の骨を刈り取り、その背後の男たちも纏めて巻き込むも、すぐに破綻し詰め寄られる。
それでも左右より振り下ろされるハルバートに対して、無手の両手で柄を掴み、脳の抑制の外れた膂力で持って押し留めるも、突進の勢いまでは殺し切れずに押し込まれて部屋の隅に叩き付けられる。
「死ね、死神ぃ!」
おれを壁際まで押し込んだ2人の男の胴体が、それぞれ縦に肩から叩き割られて分断する。
仲間が命と覚悟を掛けて、僅かな抵抗もできぬように身動きを封じ、その背後から仲間ごとおれを叩き斬り殺す、命さえも惜しくないという言葉を体現する、事前に取り決められていた必殺の策。
その策が結実し、2本のハルバートが刃を血肉で汚して壁に突き立つ。
その繰り手の命を、股下から1枚目の包囲網を脱したおれが、新たに得た双剣でもって刈り取る。
片足を失って体勢を崩したところに、返す剣が首を刎ねる。胴体から離別した首が宙を舞ったところでようやく異常に気付くが、その異常が何なのかを把握するよりも先に立ち上がったおれが、左右の剣を振るい次々と男たちの命を刈り取っていく。
何人目かの首を刎ねたところで、ようやく相手も事態を把握するも、既に半数以上を失い包囲網を破られた連中におれを殺す術などある筈も無い。
辛うじて実行できた反撃も、その全てをいなされ、体を斬り裂かれて命を落とす。
「テメェ!」
そして最後に残ったヴァフルが、おれの双剣を受け止め、武器越しに髭面を怒りに歪ませて覗かせる。
「一体、どうして、どうやってオレたちの包囲網を!」
「同じ手は通用しない」
過去に喰らった時は、今回みたいな屋内ではなく屋外であったために背後に退路はあったが、それでもその凄絶な戦法には命を落としかけた。
だが既に経験していて、それが来ると分かっていれば対処は容易い。
常に頭の中に対処法を確立させた状態で戦況を運び、あとはその時が来た時に即応するだけだ。そして相手にとっては絶対に決まったと思えるような状況に事が運べば、必ず気の緩みが起きる。
そして実際にはおれがそれを回避している事は、命を捨てた仲間が盾となって視界を塞いでいる為に、瞬時には把握できない。それが一層の遅れを呼び、そのあからさま過ぎる隙を、おれは悠々と突けば良い。
「お前が用心深くて助かった」
あの状況ならば、わざわざ必殺の策を使わずとも、おれを殺し切れた可能性は非常に高かった。
だがヴァフルは、そしてその部下たちは、その僅かな逆転の可能性さえも嫌って策を実行に移した。全ては確実に仇討ちを決める為の執念深さ故だったが、それが返って自分たちの首を絞める結果となった。
もっとも、おれがそうなるように誘導したというのも十分にあったが。
策を実行するに当たって、最低でも複数人が同時に詰め寄る必要がある。単身でおれを押さえ込んだとしても、その背後から何をしようとしているかは、その状況次第では容易に視認できる。
だからこそ、同時に複数人と組み合うような事は極力避け、やむなくそうなったとしても策を実行させない――するまでも無いと誤認させ、最後の最後までお互いにとっての切り札を温存させておいた。
「何より、お前たちは上手く連携していたつもりかもしれないが、おれからすれば、お前らの連携など稚拙に過ぎた。もう少し連携が上手ければ、さすがにおれも危なかった」
ヴァフルたちの連携が、そして練度が、決して低かった訳ではない。
だがおれは、ヴァフルたちと初めに戦った後にティステアに来て、ウフクスス仕込みの連携を目の当たりにし、そして実際に体験している。
小から中規模の集団戦において、大陸最高峰の練度を誇るウフクススのそれと比べると、ヴァフルたちはおれの行動への即応能力も、そして個々の状況判断能力も数段劣っていた。
「クソったれが!」
自分たちが自分たちの首を絞めたという結果を聞かされ、そして理解できたが故の罵声を吐き出す。
その表情は憤怒と憎悪で斑色に染まり、尚且つ詰みの状況であるという事実に悔しさが加わり、言い表せないものと変貌していた。
その表情のまま、ヴァフルから身を離して距離を取る。
両手に握ったハルバートを背後に置き、斧刃を地面に突き立てて半身となる。
それは防御の事も、そして外れた時の事も一切考えていない、乾坤一擲の一撃に賭けた体勢。
「……ハハッ!」
それに応じるように、おれも両手の剣を構える。
そして合図も無く、互いに同時に床を蹴って突貫すると同時に、左手に握っていた剣を投じる。
自らに迫る剣を、目を見開いて見つめるも、ヴァフルは装甲の厚さに任せて弾き飛ばす。だが続くおれが投じた、仲間の半分に分割された死体はそのまま受ける訳にもいかず、構えていたハルバートを振り抜く事で弾き飛ばす。
そこにおれの剣が叩き込まれ、右腕が肘の辺りから切断されて宙を舞う。
さらに支えを失って床に落ちるハルバートを左手で拾い上げ、手元で旋回させて穂先を突き込む。
その分厚い装甲を剣で貫く事はできなかったが、ハルバートの穂先は鎧の金属を突き破り、その内側の肉体を穿ち、心臓を貫く。
尚も止まらない勢いは、ヴァフルの体を持ち上げて後方へと押しやり、部屋の壁に叩き付けたところでようやく止まる。
「所詮軍属だな。普通に考えて乗るメリットが無いのに、そっちの自己満足におれが付き合う義理なんざ、欠片もねえだろうが」
「この、可愛げの、ねえガキ、が……」
磔刑にされたヴァフルが、手を伸ばしておれを掴もうとし、届かず自らを貫くハルバートの柄を握る。
その瞳からは涙が滂沱の如く溢れ出し、まるでその涙が命であるかのように、瞳からは急速に光が失われていく。
「ちく、しょうが……部下を、全員失ったのにも関わらず、仇も討てねえとは、あの世で、クレインさんに、合わせる顔が、ねえ……」
髭面を涙で濡らしながら、口元で笑みを形作り、泣き笑いの表情を浮かべて呟く。
「だがな、死神ぃ……!」
そして顔が上がり、一時的に瞳の奥の光が強まる。
「オレを見ろ! オレのこの様を見ろ! これがテメェの末路だ! これが戦いの中に身を浸した愚か者の末路だ! これが復讐なんて無意味な自己満足に身を落とした愚か者の末路だ!
どこのどいつで、どんな生き方をしている奴だろうが、いずれ最後には惨めに殺され野垂れ死ぬんだよ!」
ゴポリと、血塊を吐き出す。心臓を貫かれている以上、ヴァフルはもう助からない。
今の叫びも、そして瞳で強まった光も、死の間際の最後っ屁でしかないのは誰の目にも明らかだった。
「これで終わりだと思うな! 今回はオレらだけだったが、利害の一致は、痛みと苦しみは、怒りと憎悪は、些細な垣根なんざ簡単に越える! オレらの死は無意味じゃねえ! いずれテメェの前に、オレと同じ目的を持った奴が現れる! 国も、人種も、身分も関係なく、テメェを殺すという目的を共通させたいろんな奴らが、テメェを殺しに来る!
忘れんじゃねえぞ! テメェを恨んでいる奴なんざ、大陸中に吐いて棄てるほど居るんだ! いずれテメェは、その復讐鬼に殺されるんだよ! オレはその時が来るのを、先に地獄で楽しみに待っているぜ!」
「…………」
無音の哄笑を上げ始めたヴァフルから、ハルバートを引き抜き、剣を捨てて両手で持ち振り上げる。
支えを失ったヴァフルが膝から崩れ落ち、だが最後の意地なのか倒れる事も無く、哄笑をやめてそれを眺め、泣き笑いの表情のまま俯く。
「すまない、すみません、クレインさん。オレは、オレたちは……」
ハルバートを振り下ろし、兜ごと頭部を粉砕。頭蓋骨の破片と脳漿と、ぐちゃぐちゃに崩れた脳髄が割れた頭から零れ落ちて床を汚す。
「…………」
不死身でもない、2度殺した男の死体を眺める。頭の中には、ただの負け犬の遠吠えである筈の今際の言葉が木霊していた。
この世で理不尽な死を迎えるものなど、山のように居る。
例えば病死であったり、例えば天災に巻き込まれた事による死であったり、例えば不慮の事故に遭った事による死であったり、あるいは誰かに殺された事による死であったり。
それに遭った当人たちもそうだが、それと同じかそれ以上に、その近しい者たちはやり切れない思いに襲われる。
そしてそのうち、何者の意図も絡まない、病や天災、不幸からの事故で失った者は、一生そのやり切れない思いを抱えたまま生きなければならない。どこかで自分なりに折り合いをつけるその日まで、それに苛まれながら生きなければならない。
一方で、誰かに近しい者を殺された者の大半もまた、同じように生きる。明確な思いのぶつけどころを知りながらも、泣き寝入りし、折り合いをつける者も居る。
それを負け犬と呼ぶかどうかは、人それぞれだ。だが、一方でそれから逃げなかった一部の者が、復讐という行動に身を移す。
ヴァフルの言う、無意味な行動に身を費やす、修羅の化身となる。
復讐は果たして、無意味なのだろうか。
俗説で語られるように、復讐は復讐しか呼ばないものであり、何も生み出さないものなのだろうか。
ならば、拳を収めて泣き寝入りする事が、負け犬と呼ばれ謗られる事こそが正しい行動なのだろうか。
「……くだらない」
自分が笑っているのに気が付いた。あまりのくだらなさに、意図せずとも笑っていた。
全く持って、くだらない問いだった。
復讐が無意味であるか、そうでないかなど、おれに分かる筈が無い。未だ途上にあるおれではなく、やり遂げた者が結論を出して自己完結するものだ。
そして今のおれにとって、それは目的だ。生きる動機と言えなくも無い。
ならばそれで良い。仮に無意味であろうとも、おれにとっては意味がある事だ。
例え無意味であっても、正しくなかろうとも、何も生み出さないものであろうとも、新たな復讐を呼ぶものであったとしても。
おれは最初から何も変わらない。考えるまでも無い事を、イチイチ考える事自体がくだらない。
他人の言葉や情に訴えかけるような説得で折れ、揺らぐような程度の低い想いであるならば、最初から動いたりしないのだから。
「だがな、ヴァフル」
1つだけ言える事がある。
「お前の死は無意味でしかなかった」
目的を達成できなければ、それまで何を成し遂げたかなど、何の意味も無い。
勝者だけが語り、価値を決める権利を持つ。そして目的を達せられなかった者は勝者ではなく、敗者だ。敗者の健闘が見事だったと、良く頑張ったと言えるのは、本人ではなく周りの者だ。
どれだけの過程を積み重ね、どれだけの実績を生み出そうとも、半ばで倒れれば全てが無為となる。
世の中は結果でしかなく、その結果は達成できたかそうでなかったかの2択でしかなく、その2択は0か1かでしかないのだ。
「笑え……」
そうだ、笑え。嘲笑え。
相手の無意味な死を、その無様さを笑え。
どんな時でも笑え。命を奪う事を、相手を蹂躙する事を、痛みを感じる事を、腕をもがれる事を、足を奪われる事を、光を失う事を、腹を捌かれる事を、はらわたを引き摺り出される事を、骨を砕かれる事を、強者を捻じ伏せる事を、敵を屈服させる事を。
憎い連中の命を奪い、相手が無様に泣き叫ぶその事を嘲笑ってろ。
「せいぜいあの世で、自分のやった事の無意味さを、悔やみ泣き叫んでろ」
あの世なんてものがあるかどうかは知らないが、もしあるのならば、そうしているが良い。
それを糧に、おれは前に進む。
次回予告
道化の蒔く種は発芽を待ち望み、そして芽吹かずに土壌を移ろって行く……みたいな。
皆さん滅離威苦死魅魔棲。ほんとクリスマスは地獄だぜ!
取り合えず駅のホームで人目を憚らずいちゃついているカップルは爆発すべし。そっちは降車側ホームだって駅員さん注意してんだろうが。