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不死者と番人④

 



 昔から――それこそ出奔する前から違和感は抱いていた。

 名状し難い、しかし無視するのには大き過ぎるその違和感の正体について、最初は理解する事ができなかった。

 だが出奔してしばらくして、嫌が応にも気付かされる。つまるところ、自分の能力が合っていないと。


 能力者として生を受けている時点で恵まれていると言っても過言ではないのに何を言っているのかと思われかねないが、それでも事実なのだから仕方が無い。

 槍の才能があるのに、剣を渡されて振らされているかのような、そんな違和感。

 決して嫌だとか、苦手だとか、そういう訳ではない。ただ自分の性に徹底的なまでに合っていない、ただそれだけの事だった。

 自分には能力があっても、その能力を扱う才能が無い、そういう結論に行き着いた。


 ならばどうするか。彼は考え、やがて無いのならば作れば良いという結論に行き着いた。

 自分の固有能力――【無刃】を自由自在に使いこなせる才能を持った人格を。

 材料は元々揃っていた。必要なのは下地と、成長させる為の補助の2つの要素。


 自分を――自身の能力を満足に扱えない自分を意図的に、それでいて意図的だと自分が気付かないように自分自身を根本的に騙しながら卑下し、またそれに並行して自身のその在り方が重石となるようにサイクルを調整する。そしてその重石が一層自身の卑下に繋がり、その卑下が更なる重石へと繋がるという負の連鎖を確立させる事で、自身を精神的に徹底的に追い詰める。

 そうして下地ができれば、あとはそれを確立させて成長を促せば良い。それは仲間の――同じ【レギオン】の仲間である能力者の力を借りる事であっさりとクリアした。

 もっとも、そもそもの最初の下地作りの段階からして、決して少なくない力を借りてはいたのだが。


 そうやって完成した人格は、まさしく理想どおりのものだった。

 彼自身の何千倍も、何万倍も上手く能力を使いこなす。彼自身が同時に顕現させられる刃は10と数本が限界だが、その人格は数万から数十万もの刃を同時に顕現させられるばかりか、元の人格と比べても圧倒的な有効射程を誇る。

 そして何より恐ろしいのが、その圧倒的なまでの干渉力だった。

 無能者を除いて誰にでも存在する魔力抵抗力を、その人格は無理やり押し退け打ち破る。そうしてがら空きとなった体に、顕現させた刃を幾重にも交錯させて重ね合わせる。

 結果として間に出現した刃によって結合を斬り離された体構造は、それこそ爪の先程の大きさにも満たない血霧へと姿を変える事になる。

 さらにはその能力を扱うにおいて邪魔な、自身の生来の温厚な性格とは正反対の残虐さまでをも内包する。

 それは視界に入るもの全てを、敵味方はおろか生物無生物すら問わずに徹底的に斬り刻む殺戮者キリングマシーンそのものだった。


 まあ負の副産物として、時折人格が入れ替わり見境無く斬り刻む発作のような症状が現れたのは本人にとっても完全に想定外ではあったが、その程度のデメリットを覆して有り余るほどのメリットを手に入れる事に成功していた。

 それこそ、彼自身がいつしか【忌み数ナンバーズ】の1人として数え挙げられる程に。


「散れ! 全員が互いに一定以上の間隔を取るんだ!」

「さすがはフェルギアだ。よく理解してる」


 また1人仲間が血霧に変えられたところで、早くも立ち直ったフェルギアの指示の下でウフクスス家の者たちが動き出す。

 いくら数万の刃を同時に顕現させられるとは言えど、たかがその程度の数の刃で、自分の能力の及ぶ範囲を満遍なくカバーする事など不可能だ。

 フェルギアはヴァイスの能力の及ぶ正確な範囲など知りもしないが、そうする事が結果的に人的被害を最小限に抑えると読んでいた。


「そして、誰かが犠牲となる隙に残った連中での一斉射で勝負を付ける……と見せかけて、本命はこっちだ」


 フェルギアの読みに反して、ヴァイスは自分を包囲する者たちの誰に対しても能力を行使したりはせず、直後の上空より降り注ぐ蛇行する轟雷に対して右腕を振り上げ能力を発動。

 元の人格が四方に散らすのが限界だったそれを、耳を劈く炸裂音と共に完全に消滅させる。


「そして上と来たら下だったな」


 槍斧を携えて距離を詰め寄って来るレハールに向け、ヴァイスは左腕を一閃。腕の延長線上に長大な不可視の刃が乗せられて空を斬る。

 対するレハールも、ヴァイスの腕の軌跡と風切り音から刃の軌道を予測し、その先に自身の得物を掲げる事で楯とする。そうして双方が交錯。


「オレの【無刃】は存在しない刃を生み出す……」


 想定されていた衝突音は哭かず、変わりに飛沫が地面に飛び散る微かな音がレハールの耳にだけ届く。


「存在しない刃を防ぐ事は不可能だ」


 道中に存在していた槍斧には掠り傷の1つすら付けず、その槍斧を支えていた左腕の前腕が半ばからズレ落ち、脾臓と胃袋を挟んで脊椎が心臓ごと断ち斬られ、右肺を巻き込んで反対側へと斬り抜かれて右の上腕が切断。

 胴体の上部から分割されたレハールの体が慣性のままにズレて落下する光景を、舌なめずりしそうな顔で見ていたヴァイスが眉を潜める。

 その直前にレハールの全身を淡い光が包み込み、時を巻き戻したかのように元通りとなる。それでも一瞬だけとは言え胴体を断たれたダメージはあったのかレハールは体勢を崩すも、即座に持ち直して疾駆。


「ベストラの仕業か。記憶に残っている以上の治癒力だ。当然だが、魔法とは比較にもならない」


 視線を素早く巡らせたヴァイスが、その奇怪な現象を引き起こした張本人であるベストラの姿を捉える。

 そして腕を振るう直前に、両者の間に巨大な氷壁が顕現。即座に腕の軌道を修正して根元付近から両断し、氷塊が一瞬だけ宙を舞った後に轟音と振動を上げて落下。その先にあったのは、ベストラを抱えて伏せるのではなく跳躍して躱したブフェルの姿。

 そこに距離を詰め切ったレハールの上段からの強烈な一撃が見舞われるが、ヴァイスは一瞥すらせずに片手に1枚だけ顕現させた刃だけで完全に受け切る。


「セオリー通りに行けば、回復役から潰すのが定石だったか」


 ベストラと彼女を抱えるブフェルへと手を差し向け、再度能力を行使。2人の立つ場所を含む周辺一体に刃が縦横無尽に走り回り、そのうちの何枚かが2人を捉えて幾つにも分割する。


「……氷の鏡面か。芸が細かいな」


 確かに刃が2人を捉えたのにも関わらず血が吹き出ないのを不審に思ったのも一瞬の事で、視線を反転させて、反対方向へと急速に遠ざかって行く2人の姿を捉える。

 さらなる追撃に移行しようとしたヴァイスへと、何度目かの矢が飛来する事でそれを妨害。粉塵へと変えたところで、ヴァイスが不快そうに表情を歪めて飛来して来た方角を見据える。


「雷撃と弓弩の2人……いや、それプラス気流と真空を操る奴で3人……あそこか」


 驚異的なレベルにまで強化された彼の視力は、それまでずっと遠方からの攻撃に徹し、それでいて要所において小さくない妨害を行って来ていた者たちの姿を捉える。

 対する3人も自分たちの姿を捉えられた事を、信じられない気持ちを露にしながらも正確に把握して受け止め、迷わずその場を後にして撤退を始める。


「捨てて置くには、お前たちは不愉快過ぎる。消えろ!」


 ブフェルとベストラへと向けていた手を動かし、遠ざかって行く3名へと差し向ける。そして半瞬の空白を置いた後に、遥か遠方に居た筈の3人が一瞬にして血霧に変えられる。


「そんな、馬鹿な! 何百メートル離れていたと思っている!」

「そう驚く事じゃない」


 一番近くでその光景を見せ付けられたレハールの叫びに、ヴァイスは笑って言い放つ。


「うちの団長の言葉じゃないが、この程度は児戯だ」


 次の瞬間にはレハールもまた、血霧へと変えられる。

 発生した血霧は僅かに上空へと上ろうとしては重力に負けて、すぐ傍に居たヴァイスへと降り注ぐ。それをヴァイスは避けたりせずに嬉々として浴び、頬に付着したものを舌で舐め取り表情を喜悦に歪ませる。


「それと、あまりそっちには行かないほうが良い」


 然して興味も無さそうに、降り注ぐ血を浴びながら遠ざかるブフェルへと、聞こえる筈もない声量で囁き掛ける。


「そこから先は、特級の危険地帯だぞ?」


 その囁きが風に流されるのと同時に、常にヴァイスを視界に収めて警戒を露にしていたブフェルは唐突に目を見開き、乱暴にベストラを投げ捨てる。

 地面に投げ出されながらも器用に身を起こしたベストラの耳に最初に届いたのは、腹に響くような重厚な音。そして地に着いた足が振動を伝え、最後に振り返った事によって視界に入って来たのは擂鉢状に穿たれた地面と、その底に直前までブフェルだったものの残骸が引っ掛かった景色。


「戦場で余所見をするな、マヌケが!」

「させるか!」


 状況を呑み込むのに数瞬の時を要したベストラへと、容赦なく刃が振るおうとするヴァイスへと多種多様な魔法が殺到する。

 その全てをその場から動く事無く、一瞥しただけで掻き消したヴァイスの口元には変わらぬ笑み。


「言ったよな、存在しない刃を防ぐ事は不可能だって」


 ヴァイスはそちらを一切見ずに、背後に声だけを投げ掛ける。

 そこにはいつの間にかフェルギアが立っていた。多少の差異こそあるものの、ゼインと似通った造詣の顔立ちが作るのは呆然とした表情。空ろな眼球が回転し、瞳が自分の喉元へと向けられる。


「手段が武器だろうが【透過】だろうが同じ事だ。オレがそうと認識したもののみを確実に斬り刻む、それがオレの【無刃】だ。さっき透過できたのは、の使い方が下手だっただけだ」


 そこには薄っすらとした赤い線。そこから大量の血液が零れ始める。

 瞳はその動きを最後に微動だにせず、光は急速に薄れていき完全に消失する。あまりにも呆気無さ過ぎる死だった。


「最初から狙いはこれだ。お前たちにとっての生命線であるベストラを潰そうとすれば、お前たちは自分の命すら犠牲にしてでもそれを防ごうとする。そんな奴を殺すのには手間が掛かりすぎて、それ以前に回復役以上に潰すべきなのが頭だ。自分にオレの能力は通用しないという先入観が僅かでもあって、同じくらいの隙がオレにあれば、ノコノコと射程に踏み込んでくれる。あとは刻むだけの簡単な作業だ」


 胴体から分離した頭部にさらに刃を大量に落として、念入りに微塵斬りにしたヴァイスが周囲の生き残りのウフクスス家の面々を睥睨する。


「頭さえ潰しちまえば、お前たちなんざ烏合の衆だろ?」


 ウフクスス家において師団長という概念はあっても、副師団長という概念は無い。師団長直下の師団員は、全員が同じ地位にあるという規定がある。

 にも関わらず、その場の面々をフェルギアが率いていたのは、フェルギアが彼らの長であるゼインの血縁者であるからに他ならない。実力さえあれば身分など関係無いのがウフクスス家だが、それでも師団長の補佐を行う者は往々にして必要となり、ゼインの場合はそれが自分にとって身近な存在であるフェルギアであったというだけの事だった。

 そして逆を言えば、その場に居る者の中でフェルギアが死んだ以上、他の者たちを統率できる立場にある者は居ない。それでも誰かしらが他の者を纏め上げようとすれば、残る者たちもそれに忠実に従い目的を達しようとするだろう。それがウフクスス家だ。

 しかし立場にある者が居ないという以上に、統率する能力を持つ者がいないのが現実だ。誰がやるにしても、どうしてもそれは即席にしかならず、フェルギアが統率していた時と比べれば全体能力の低下は著しくなる。

 そしてその程度の連携では、ヴァイスを討つ事は絶対に叶わない。


「オレにとって警戒するべき戦術は、フェルギアが自分の保身を第一に考えて、お前たちを使い捨てながらオレを追い詰めに来る事だった。だがフェルギアがウフクスス家のくだらない使命に縛られている以上、それは絶対にあり得ない。最初から詰んでいたんだよ」


 目的を達するためならば、自分の命すら天秤に掛ける。それはウフクスス家の者の大半に共通した、狂信的とも言える思考であり、またそれを理性的に受け入れるのがウフクスス家の者の何よりも勝る強さの理由だったが、今回に限れば、その思考を持っていたが故の結果だった。


 元々は自分が所属していた集団であるが故にそれを理解していたヴァイスは、それを前提に戦術を組み立て上げ、終始自分を優位に立たせ続けていた。

 未だ決着は着いていないが、実質的に結末は決まったようなものだった。


「でもって、茶番も終わりだ」


 ヴァイスが自分の両手を胸の前へ運び、右手を上に、左手を下にして何かを挟み込むように構える。その両手の間には目に映る事こそないが、不可視の刃が何千何万と集まり束ね上げられていた。

 そうして完成したのは、大量の刃の集合体である巨大な剣。目には映らない、しかし古代遺跡にあるような柱のような太さと長さを兼ね備えたその切っ先を、ヴァイスは頭上へと持ち上げ天へと向ける。


崩末霧剣ほうまつむげん


 振り下ろされるのは、幼体とはいえ古代竜の結界すら力任せに打ち破り外殻を穿ち肉を削る、個人によって成される技の極致たる竜殺しの一撃。

 それが人に向けて放たれる光景はただ圧巻としか言いようが無く、視界の先まで破壊の波濤は駆け抜け、その終わりを視界に捉える事は叶わないほど。

 それほどの、見方を変えれば偉業とも言えるものを成し遂げたヴァイスの眼には訝しげな色。それだけの技にも関わらず、1人も仕留められていないという不自然すぎる結果に対する疑念だった。


「……そうそう、存在しない刃では視線を遮る事はできないんだったな」


 自分の左手の薬指と小指が、根元付近から砂と変わり消失しているのを眼にして理解する。

 痛みを感じない為に今まで気付く事はできなかったが、それでも刃の支えが僅かに減った事によって軌道が逸れ、結果的にウフクスス家の者たちは1人も死なずに済んでいた。


「片眼を潰してやったのに、まだやるかよ? 実力差は教えてやったろ、兄上?」

「黙れ……!」


 最後の揶揄の色を多分に含んだ呼称に対して、心底忌々しそうに吐き捨てるのは、ウフクスス家第6師団の師団長であり、同時にミネアの父親でもあるテュード=ラル・ウフクスス。

 閉じられた右眼から滂沱のように流れる血と、何よりヴァイスの言葉が戦いの結末を物語っていたが、それでもテュードの戦意はいささかも衰えていなかった。


「戦場を知らない、狩り切る事が前提の安全な狩りしか経験がないくせに、どうしてそう戦意満々なんだかな。不合理極まりない。それでもさっきはの意を汲んで片眼だけで勘弁してやったが……それも最後だ。オレはそんなに甘くない」


 指の欠損した左手を掲げる。


「指の対価を支払ってもらうぞ」










「あーもう、マジで死ぬかと思った! つか、2度くらいやばかった。踏み外したら死んでたっての、マジで!」

「何故貴様がここに居る」


 ミズキアが完全に死んだという事の確認が取れて緊張の糸が切れたのか、盛大に愚痴を吐き始めるテオルードへと、ゼインが非難がましい視線と共に、そもそもの根本的な疑問を投げ掛ける。


「貴様は保身の為に、この王都を脱するのではなかったのか?」

「ああ、それな……そんな事を考えていた時もあったな……」


 途端に表情を陰鬱なものへと変え、前を見ながらも前を見ていない視線のまま、訥々と吐き出し始める。


「提案した瞬間に妹から強烈なビンタ喰らって、合流した許婚に同じところにもう一発ビンタ喰らって、罵声と共に妹にケツを蹴り上げられて、尚も2人を見捨てて自分だけ脱出するような気概はオレには無くてな」

「…………」


 言われて見てみれば、確かにテオルードの右頬は赤くあっており、また左頬と比べても表面積が腫れ上がった事により僅かに増大していた。

 それを聞いて見て理解したゼインは、掛ける言葉も見付からず、ただ気の毒そうに眼を背ける。


「そうなったら、全力で模索するしかないだろ? あいつらに危険が及ばない、尚且つオレが生き残れる道をよ」

「……そうか。礼を言おう」


 神妙な表情で礼を述べ、また頭を下げて来たゼインに、今度はテオルードが焦る。

 結局のところ行き着いたのは自分の保身であるという自覚があるというのもあるが、それ以上に、ウフクスス家とオーヴィレヌ家という決して相容れぬ関係下にある相手に対して、しかもよりにもよってウフクスス家の者が誠意の篭った謝意を述べて頭を下げるという事態に、どう対応して良いか分からなかった為だ。


「おい、おいおい、良いのかよ? オレはオーヴィレヌだぞ?」

「それに何の問題がある」


 仮に部下が聞いたならば、あるいはテオルードに対して殺意すら剥き出しにしかねない言葉を紡ぐ。


「口では威勢の良い事を言っていたが、その実、俺が勝てるかどうかは半々以下だった。こうした結果に落ち着いたのは、お前の助成があったからこそだ。それに対して礼も述べない方が恥知らずだ」

「……こっちとしては、結局オレは保身の為に動いたんだから、そう言われても困るんだがな」

「それでもだ。過程はどうであれ、結果的に助けられたのに変わりは無い」


 人称が貴様から敵意の感じられない、むしろ親しみすら覚えるお前へと変化している事に、テオルードはさらなる衝撃に打たれる。

 おそらくは彼が今までに経験した中でもトップを争うレベルの誠意ある対応に、本人もまたこそばゆく感じ頬を掻く。


「まあ、それならそれでも――」


 そんな弛緩した、あるいは安穏とした空気に晒されていたが故だろうか、咄嗟の反応が一瞬だけ遅れてしまう。


「ウフクスス!」

「ッ!?」


 類稀な勘を持ち、未来視以上に確実で信用のおけるそれであっても、未来視と同様にそもそも知ろうとしないものを知る事はできない。

 自分の危険に直結するものならば話はまた別だが、それだけに限って言えばあまり関係が無く、それ故に見落としていた。

 その結果が直前の、鳴る事を未然に防げた筈の警報だった。


 それでも、ゼインは持ち前の反射神経でもってそれを躱す。未だに増強薬の効果が切れていない事も、それに一役買っていた。

 直前で捻じ曲げられた流れが行き着いた結末は、彼らに最も近付いていた人物の犠牲。

 地面を穿つ轟音と振動によって、ブフェルが押し潰されて即死する。


「残、念……外した、か。だが、次善の、結果だ……」


 瓦礫が崩れる音。最初から見ていたテオルードに遅れてゼインが見れば、そこには砕けた岩盤と土砂を押し退けて、死んだ筈のミズキアが薄ら笑いを浮かべながら身を起こしていた。


「馬鹿、な……!」


 今度こそ本物の驚愕をゼインは覚える。

 それは確かにミズキアだった。右腕と左足をそれぞれ半ばから消失し、また胸腔から左の脇腹に掛けて乱雑に抉り取られた傷があり、それを含む左半身に重度の火傷を負っていたが、それでも見間違えたりはしなかった。

 残る右の膝を地面に付けて、左腕で瓦礫を押し退けているのは、紛れも無くミズキアだった。


 では、そこからやや放れた場所に起立する柱に磔刑となっているミズキアの死体は、果たして一体何なのか。


「キュール、の【増殖】は、不完全だ……自身の、膨大な数は、確かに根絶は困難かも、知れないが……絶対に不可能という、訳でもない。

 同様に、オレの【還元】も、不完全だ……ストックさえあれば、蘇生可能、だが……殺され続けれ、ば……いつかは、枯渇する時が、来る……」


 ごぽりと、大量の血塊が吐き出される。

 その負傷の度合いは致命傷と言って差し支えなく、放っておけば数十秒で死に至る。にも関わらず、ミズキアは語るのを止めなかった。


「だが、その両方を掛け合わせれば、完全とは、言えないが……それに限りなく、近い不死性を、得られる。オレが【死なず】と、呼ばれているのは……絶対にあり得ない筈の、完全な不死に、この世で最も近付いたからだ……!」


 自分に圧し掛かっていた瓦礫の全てを、完全に押し退け終えたミズキアが、死をまるで感じさせない凶暴な笑みを浮かべて術式を構築。そして発動。


「【癒快聖泉ゆかいせいせん】……!」


 水属性の超高等治癒魔法が発動。ミズキアの頭上に清らかな水のみで構成された、緩やかに循環する円盤が出現。外周から構成する水が糸となって解けてはミズキアの全身の各所へと向かい、急速な治療を始める。

 白濁した左眼は元通りとなり、消失した右腕と左足は断面から骨が伸びて肉がそれに続いて形を作り上げ、抉れた胴体は泡立って肉が盛り上がる事で復元されていく。

 数秒後には完全な健康体となったミズキアが、荒廃した地に素足を下ろす。その左足も、そして全身も魔力が覆って行き衣類を生み出す。


「これで【針葉真珠の銀輪】は弾切れ。しかもキュールの【増殖】が引き継ぐのは肉体の状態と魔力のみで、奪って来た能力は含まれない。当然命もな。が、水の適性が手に入ったのは行幸だ。お陰で自殺せずに済んだ。そこにさらに手に入った地と、オレ自身の適性。1つの命のストックと魔力を掛け合わせれば……」


 左の手首に巻かれていた、真珠の嵌った銀輪を外して投げ捨てる。

 そして自身を検分する為に伏せられていた表情が持ち上げられ、爛々と輝く相貌がゼインを射抜く。


「お前を、お前たちを殺せるぞォッ!!」


 歩く大災厄たる不死の能力者が、復活の雄叫びを上げた。











次回予告

生き残りを賭けた不死者と使命達成を賭けた番人たちの争いは、両者の全てを投げ打つ最後の勝負へと縺れ込む。

そして兄弟の争いが終焉へと向かう中、遂に最凶にして最悪の数字を冠する男が到来する……みたいな。


長くなったので分割。というかミズキアが尺を取り過ぎて、もうね……。


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