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不死者と番人③

 



「お前は……!」

「そうそうたる面々だね。中には懐かしい顔もある」


 自分に一斉に向けられて来る視線の主をぐるりと見渡し、柔和な笑みと共にそう評する。


「それでミズキア、見たところかなり追い詰められているようだけど」

「指を咥えて黙って見てろ。これから逆転するところだったんだからよ」

「そうかい? まあそう言うのならそういう事にしても構わないのだけど……」


 遠方から飛んで来た2本の矢が、ヴァイスの能力の有効射程距離に入り込んだ瞬間に木っ端微塵になり、残骸が地面に落ちる。


「どうやら向こうは、私を見逃してくれそうにないみたいだ。指を咥えて静観しろというのには、従えそうにない」

「ハッ、こいつらは強いぞ?」

「良く知っているさ」

今のお前のまま・・・・・・・で大丈夫なのかよ?」

「さて、厳しいかもねえ。出奔する前よりもずっと強くなったという自覚はあるのだけれども」

「フェルギア!」

「任された!」


 ゼインは新しく現れたヴァイスには目もくれず、真っ直ぐミズキアへと突貫する。

 それを見て、ミズキアもまた嬉しそうに笑い迎え撃とうとする。


「こうもあからさまにスルーされると、不思議と物寂しさを感じるね」


 その結論に対してヴァイスは手のひらを眼前に掲げ、手首を捻る。


無刃むじん

「させるか!」


 レハールが槍斧を振るい、両者の中間地点で衝撃音と突風。その衝突地点を這うようにして抜け出た男に対してヴァイスは再度右腕を振るい、同時に男も手に握る幅広の剣身を持った大剣を構える。

 そして肉を裂く瑞々しい音と共に、破壊が撒き散らされ色を無くした景色に新鮮な赤が加えられる。

 振るった右腕ではなく、反対側の左腕に刃を宿していたヴァイスは、自分が与えた結果を眼にした直後に怪訝な表情を浮かべる。


「即死しなければ問題ない」


 前のめりに倒れかけた男に、淡い光が飛来して包み込み、あっという間に出血を止める。

 そして多少勢いを殺されながらも前進を続けた男が、上段からの斬撃を叩き込む。


「やあグクウォン、久しいね。父君は元気かな?」

「貴様が殺しただろう!」


 不可視の刃と大剣とが衝突して火花を散らす最中、刃越しの会話が交わされ、グクウォンの刃が翻される。

 強烈な一太刀は後退したヴァイスを捉え切れずに空を切り、地面に衝突して岩盤を砕く。そして砕かれた地面の下より噴出する赤。超々高温の粘性を伴った液体の波状攻撃が後退するヴァイスの後を追う。

 その背後からブフェルが一抱えはある氷柱を立て続けに投擲。溶岩と氷柱の2種類の攻撃に挟まれそうになったヴァイスが右手側に抜けたところに、遠方より再度の矢が飛来。到達する前に撃ち落とそうとした矢は、弓弩にはあり得ない不自然な弧を描いて脇を抉るように強襲。間一髪で身を捻り脇腹を掠める。

 その矢の軌道の原因に行き着いたヴァイスが、続けて自分が陥りかけている戦術の一部に気付き、腕で口元と鼻を覆い退避。彼の視線の先にあるのは、溶岩の熱によって溶解し気化した氷柱の残骸。


「さすがはオーウェン様、そうそう上手くは行きませんか。ですが……」


 マナスが賞賛を送り、そして薄く笑う。

 辛うじて包囲攻撃を回避したヴァイスが見たのは、まるで大蛇が泳いでいるかのように蛇行しながら天より降り注ぐ、古代竜のそれと比べれば見劣りするものの、十分過ぎるほどに強烈な雷撃。


「真空放電か!」


 降り注いでくる雷撃に不可視の刃を放ち、一刀のもとに両断して左右へと散らす。その事に安堵の息を吐ける暇を与えられる訳もなく、足首を掴まれる。


「上と来たら下だ。基本だろう?」


 地面の下からフェルギアの声が響き、右手だけが地面から出てヴァイスの足首を掴んでいた。


「そうだったね」


 一瞥し刃を今度は下へと向けて、その下に潜んでいるであろうフェルギアごと地面を斬り刻む。


「【伽藍浄獄炎】!」


 そこに上空へと身を躍らせたシャゴベが、片手に莫大な炎を宿し、ヴァイスへと投じる。

 天壌の業火は真っ直ぐヴァイスへと襲い掛かり、それに対処しようとヴァイスが上を見上げた瞬間、直前まで雷撃の通り道となっていた空間に空気が舞い戻り、その勢いを爆発的に増大させる。

 目を見開いたヴァイスは、それでも能力を発動させて刃を飛ばす。その間断なく放たれる刃に炎は刻まれ大半が掻き消えるが、それでも消し止め切れない炎がヴァイスを呑み込み身を焦がす。


「上と来たら下だと言っただろう」

「ッ……!?」


 耐火性の高い装備に身を包んでいたが故に致命傷を避けたヴァイスが、それでも軽くはない火傷を負って呻いたところに、足首にナイフが突き立てられる。

 先ほどとは違い、上半身まで地面より姿を現したフェルギアは、手始めにそうして片足の踏ん張りを利かせなくさせたところに反対側の足を掴み自分の体ごと捻り上げる。

 その場に留まり切れずに転倒したヴァイスが、追撃を防ごうと転がりながらも刃を生み出し旋回。とっさに飛び退いたシャゴベの右腕と、距離を詰めていた末端の構成員の胴体を分離。直後に、頭上から影が覆い被さる。


「そして下から来れば、次は上だ」


 上空に顕現したのは、特大の氷塊。もはや塊というよりは柱と言った方が近い、超巨大質量が落下。地面の上に転がっていたヴァイスごと地面に衝突し、一気に頂点まで亀裂が走る。

 咄嗟に両断する事で直撃を避けたヴァイスが、それでも氷塊の放つ尋常ではない冷気に凍傷を負いながら身を起こしたところに、シャゴベの放った複数の炎槍が殺到。

 刻んで掻き散らす暇も惜しんで、傍の氷塊を盾に飛び乗ったところで矢が飛来。それを斬り落としたところで、足場が爆砕。足場を無くしたヴァイスに詰め寄るレハールとグクウォンの斬撃を、両手にそれぞれ生み出した刃で受けるのと同時に2人の全身を斬り裂くが、血が吹き出る片っ端から淡い光が包み込んでは元通りとなる。


「さすがだね。大陸中を回ったけれども、やっぱり小から中規模における団体行動の練度で、ウフクスス家に勝る集団は無いよ」

「分かっていながら敵対するとは、愚かな事だ」

「否定はしないよ」


 両腕に力を込めて得物を弾き返し、さらに後退。そこにレハールの遠隔攻撃が炸裂して動きが止まり、グクウォンが追いつく。

 上段からの剣撃を不可視の刃が受け止めた瞬間、グクウォンの持つ大剣が崩壊。それが自分の能力によるものではないと瞬時に察したヴァイスは、直後に崩壊した剣の破片の隙間から、湯気を上げる飛沫が溢れ出て来るのを目視。


「ぐぅ……!」


 瞬時に腕を翳して、目や鼻腔、口腔といった粘膜を保護した刹那、その飛沫に触れた腕に焼け付く痛みが走り呻く。


「エブロイの酸か……ッ!?」


 堪らず後退したところで踵に何かが引っ掛かり、仰向けに転倒。視界に崩壊した筈の大剣が巻き戻るようにしてグクウォンの手元に元通りとなるのが見え、咄嗟に刃を縦横無尽に走らせる。

 敵の殺傷を求めない牽制は功を奏し、一時的にグクウォンの動きを止め、その隙に背中を地面につけるのと同時に両手で地面を押して身を跳ね上げる。一回転して地面に降りた彼が次に目にしたのは、自分が刻んだ地面の亀裂より溢れ出る、橙色の溶岩。

 さらなる後退を余儀なくされたところに、天より蛇行しながら襲い掛かる雷撃。それが途中で斬り裂かれて四方へと散る中で、流れた雷撃を受けないように這うように移動するグクウォンが迫る。


「ふむ、分かっていた事だけれども、やっぱりでは駄目みたいだね」


 さらにグクウォンだけでなく、遠方からは矢が、左右からは炎槍と氷槍が迫る中でヴァイスは動かない。両腕はだらりと下げたままで、迫り来る脅威に対処しようとする予備動作すら見受けられなかった。


「なら、バトンタッチだ」


 そして彼を中心に、周辺の全ての物が斬り刻まれる。

 矢や炎槍や氷槍は砂粒にも満たない粒子の集合体へと変えられて風に飛ばされ、また必殺の意思を瞳に込めて疾駆していたグクウォンも、肉も骨も残さずに血霧へと変化する。

 それどころか、形無き空気すらも同じように粒子へと変えられた――そんな錯覚すら抱かされるかのような空気の嘶きが周囲に響き渡る。


 異変の中心地に立っていたヴァイスは、変わらず全身を弛緩させたままだった。

 彼が能力を発動させる際に用いる両腕は勿論の事、重心の位置も滅茶苦茶で、どう考えてもどんな行動であれ瞬時に実行に移す事は不可能な体勢だった。

 にも関わらず、その場の全員がそれを行ったのが彼であると確信する。


「次はオレ・・の番だな」










「雲行きが怪しくなって来たな」


 本人にそのつもりは無けれども、結果としてヴァイスがゼイン以外の者たちを一手に引き受けた事によって余裕の生まれたミズキアが、高度に組み立てられた連携を駆使してヴァイスを追い込んで行くウフクスス家の者たちを眺める。


「まさかとは思うが、あいつらヴァイスの奴を、この国を出た当時と同程度から多少強くなった程度と思っていないか? だとしたら憐れだな。断言するが全員が死ぬ」


 ミズキアが視線を戻す。その表情に浮かんでいたのはウフクスス家の者たちに対する同情と、それに伴う哀愁だった。


「オレでもあいつとは、諧謔と並んで敵対したくは無い」


 団長よりはマシだがなと、ついでのように付け加える。


「何の問題も無い」


 自分の部下たちと、かつての同志とが交戦を始めたのを他所に、ゼインはミズキアを見据えたまま動かない。

 そうするのは眼前の敵から目を離せば死に繋がるという緊迫に溢れた理由ともう一つ、自分の部下たちに対して信を置いているという2つの理由から来る行動だった。


「即刻貴様を倒し、合流すれば良いだけの事」

「できんのかよ?」

「できる、できないの問題ではない」


 足元で何かが割れる音が響き渡るのと同時に、ゼインが動き出す。


「貴様が、貴様らが秩序を乱す存在である以上、どのような手を使ってでもやるのだ!」

「ッ!?」


 ミズキアとの距離を半分まで詰めたところで、さらに一段階加速。驚愕しながら身を反らしたミズキアの胸部に爪跡を刻み、さらに追撃。

 先程と比べても明らかに段違いの速さを前に、ミズキアも必死に応戦するも防戦一方に追い詰められる。それでも能力の宿った両手から繰り出される拳撃や手刀をいなすが、撃ち漏らしが徐々に発生しては身体に出血を伴わない傷が刻まれていく。


「貴様だけに限った話ではない。貴様も、あの大逆人も、この無用な騒動を引き起こしている貴様の同類も全てだ!」

「テメェ、一体何を……!」


 元々が互角に近かった速さにおいて完全に上回られ、確実に追い詰められていっているという事実に、それまでゼインが全力で戦っていなかったのかという疑惑が過ぎる。

 しかし直後に、先ほどまでゼインが立っていた場所に落下していた物が目に入り、その疑惑を打ち消す。


増強薬ドラッグか!」


 そこにあったのは、落下によって割れたのであろう小瓶と、先端に薄っすらと血の付着した注射器。

 それぞれの中には微量ではあるが緑の掛かった液体が残っており、それらと現状を元に推測してミズキアが導き出した結論が、一時的に魔力の量を薬によって強制的に引き上げたというものだった。

 増大した魔力を全て循環に回し、無理やり肉体への魔力の浸透率を本来の数値よりもさらに上げる事によって、身体能力を跳ね上げたのだ。


「正気かよ、寿命を縮める程度で済んだら御の字だぞ」


 ウーレリーフを用いる増強薬は大陸中に出回っている薬物の中では比較的安定した効果が得られる代物だが、当然効果が切れた際の副作用も存在する。

 その副作用は個々人によって様々だが、場合によっては急性の発作に襲われて命を落とす事も十分にあり得るし、そうでなくとも高確率で保有魔力上限の大幅な減少などが伴う。


「貴様をここで討てるのならば安い!」

「ハハッ、随分と高く買われているみたいだな!」


 強気に笑ってみせるも、一方でその笑みは強がりだと言われても反論のできないものだった。

 ゼインの発言を解するのならば、普通は一刻も速く決着をつける為に短期決戦覚悟で戦法を組み立てて来ると大抵の者は思うだろう。現在の戦況を鑑みれば、そうするのも当然と言えなくもない。

 だがそれはミズキアにとっては望むべき展開であり、同時にゼインに取っては悪手だ。そしてそれをゼインも理解しており、ミズキアにとっては一番取られたくない戦い方――即ち泥沼の消耗戦へと持ち込まれていた。


 この2つは似ているようでいて、まるで違う。特に今のように、ミズキアの持つストック数が限りなく少なくなっていて、尚且つ身体能力で相手に優位に立たれている状態では。

 短期決戦とは、自分が相手よりスペックにおいて圧倒的に勝っている場合か、それか決定的な切り札を保持している状態であって初めて成立する。しかしいくらドーピングを行ったと言えども、ゼインの身体能力とミズキアの身体能力にそこまでの差は無い。

 一方で消耗戦を展開されると、確実にミズキアが追い詰められる程度の差は存在している。そしてそれは、容易な方法では覆すのは不可能だ。


「クソッ……!」


 両者の攻防は傍から見てもゼインの方へと天秤が傾いている。それをミズキアは理解しながらも、体勢を立て直す為の後退すら許してくれない。そして仮に後退したとしても、その後が続かない。

 ジリ貧となる現状を理解しながらも、決定的な打開策が思い浮かばない事実に毒づくミズキアの表情は強張っていた。


「……ハハッ!」


 その強張った表情が唐突に解れたのは、ゼインの虎爪が喉元を掠め、頚動脈が露出する寸前の傷が刻まれた時だった。


「ナイスだキュール・・・・!」


 僅かに重心を沈めたミズキアが、さらに半歩全身。繰り出された手刀の前に自ら顔面を差し出すような奇行の直後に湿った音が響く。


「いつかとは、立場が、逆だな……」

「なッ……!?」


 当然手刀が途中で止まるはずも無く、左手の人差し指と中指がミズキアの眼窩に突き込まれ、そこに収まっていた眼球が潰される。

 同時に【改変】が発動し、最初から眼球は存在していなかったというように情報が書き換えられる。それによって眼窩の中には、潰れた眼球も無く、ただ暗い空洞が存在するのみとなる。


 その片眼を犠牲にして得たのは、一瞬の空白。その空白をミズキアの掌底が埋めて、ゼインを突き放し強制的に距離を取る。

 重心を崩されてぐらつくも、即座に元の体勢を取り戻して追撃を仕掛けようとしたゼインは、直後に眼前に広がった光景に驚き足を止めてしまう。


「知ってたか? オレの能力が還元するのは、能力や命や魔力以外にも、魔法の適性も含まれるって事を」

「何だ、それは……!」


 ミズキアが行っていたのは、それぞれの手に展開させた膨大な術式を1つに纏める事だった。


「テメェと同じティステアの守護家とやらに属している奴が編み出した代物だそうだ。名前は……」


 完成したそれが放たれる。


「【暴刃旋風】だったか!」


 発生した無数の刃片によって武装した巨大な竜巻が、地面を抉りながら高速でゼインに迫る。

 迫り来るそれを、ゼインは驚きを抱きながらも検分。旋風と無数の刃片の集合体である以上、自分の能力で対処は不可能と判断し、歯噛みしながら後退して遠ざかる。


「さすがは貴族様だよな。こんな実用性と効率を度外視した魔法を作り上げるなんてよ。普通は思いつかないし、思いついても実行しないし、できない」


 破壊の暴風を射線上から排除し、地属性の弾丸を生み出して射出するも、その全てが空間を遮断する事によって防がれる。

 やはり接近するしかないかと認識し直すも、暴風が邪魔をして容易に距離を詰める事は叶わない。加えてミズキアもその場に立っている訳ではなく、絶えず移動している為に、一層その難易度に拍車を掛ける。

 そうしているうちにミズキアが笑みを浮かべながら、同一の術式を構築し始めるのが眼に入る。


「もう一発だ!」


 2つ目の掘削機が追加され、いよいよ接近する事が不可能に近くなる。


「どうした? 即刻オレを倒すんじゃなかったのか? 早くしねえと、薬の効果が切れるぞ?」

「見え透いた挑発だ」


 常人ならば焦りを露にするような状況下にあっても、ゼインの平静さは崩れない。そうしてしまう事が、より一層状況の悪化を招くという事を理解しているが故に。

 打開策を見付け出そうと、掘削機を回避しながらも状況を把握し常に最新の情報を取得する。


「持続時間は極めて長い……が、無限ではないな」


 最初に放たれた掘削機の勢いが徐々に弱まっているのを見て、その時を待ち構える。

 そうしてとうとう効果が切れ、魔法によって生み出された掘削機が雲散霧消した瞬間を突いて突進する。


「無駄だって……のッ!?」


 効果が切れるのと同時に、すかさず掘削機をゼイン目掛けて追加した直後、ゼインの足元の地面が大きく隆起し天へと伸びていく。

 掘削機以上の高さを持ったその塔はゼインを押し上げ、そしてすぐに掘削機が衝突し紙細工のように呑み込まれて塵となる。しかしその前にゼインは塔の淵を蹴り、掘削機を越えてミズキアへと強襲。


 咄嗟に取り出した角柱を楯として危ういところで手刀を回避するも、続く膝に顎を打ち抜かれて空を仰ぐ。

 揺れる視界を堪えて地面を転がって跳ね上がり、切断された角柱を握り込み突き出す。突き出された角柱を、ゼインは回避しない。反転した掘削機が迫る中で一瞬すら惜しく、左手を間に入れてあえて貫かせ、それを握るミズキアごと動きを止める。そして半瞬の隙を作り出して、右の貫き手をミズキアの心臓に叩き込む。


「何ッ!?」

「そういや、これに貫かれたのは初めてだよな。なら分からないのも当然か」


 即死せず、また能力による情報の書き換えが始まらない事に驚愕しているところに、ミズキアが一度は消した笑みを再び浮かべる。


「こいつに貫かれている限り、能力の発動は封じられるんだよ」

「くッ――」


 自分が失策を犯した事を理解したゼインが、手に刺さった角柱をミズキアの手からもぎ取って抜く。

 それを妨害しない代わりに復活を完了したミズキアは、地面から跳ね上がって笑みを深め、新たな術式の構築を開始。


「そう言えば、あの魔法を作った奴は、こんな魔法も生み出していたらしい」


 笑みに違和感を抱いて動くよりも先に視界に白い光が入り込み、咄嗟に両手を防御の為に掲げ、そして左腕が切断されるという結果に見舞われる。


「こっちは【熱風円転刃】というらしい。さっきの魔法は速さが足りないが、こっちは十分だな」


 情報を書き換えるには質量が大き過ぎ、また素手を近付けるには輻射熱が邪魔で、全てを書き切るには円盤の速度が異常過ぎた。

 破壊を齎す掘削機に、高熱を伴う高速の円盤。ゼインの能力はミズキアにとって驚異的だったが、そのミズキアが使用し始めたその魔法は、ゼインにとって驚異的だった。


「厄介な奥の手を隠し持っていたか……!」

「勘違いするな。こいつらは奥の手でも何でもない。使えるようになったのは、ついさっきの事だ」


 ゼインが切断されて宙を舞う腕を掴んで断面の情報を書き換えて接合しながら放った言葉を、彼には理解しきれない言葉でミズキアは煙に巻く。

 その意味を追求する間もなく、背後から戻って来た掘削機が襲い掛かる。即座に退避しようとして、ミズキアの新たな角柱が振るわれて髪の毛を数本巻き込み空を切る。

 反転し即座に土壁を出現させ、尚且つ触れてそれを土から鋼鉄へと情報を書き換えるも掘削機の勢いは止まらず、鋼鉄ですら僅かな時間を稼ぐのみ。

 そうして危ういところで命を拾い上げるも、代わりに折角詰めた距離を失う事となる。同じ手が2度と通用しない事は、考えるまでも無い。


「難点は斬れ味が鋭過ぎるのと、速度に伴う破壊力がデカ過ぎて掘削機の魔法も寸断しちまう事だが……」


 ミズキアが地を蹴って宙へと上がり、そして着地する。

 簒奪した能力である【空間支配】を使って空間を固め、足場とした結果だった。


「中々良いアイデアを見せて貰った。高いところからなら、射線を遮るものは存在しねえもんなァ!」


 構築されるのは、再度の円盤の術式。その魔法はこと速度に限って言えば、オリジナルのそれよりもさらに上を行く。

 そんな事はゼインは勿論ミズキア自身も知らない事だが、2発目を放たれれば致命的であるという事を、双方共に立場は違えど認識していた。だからこそゼインは多少強引でも距離を詰め始め、それをミズキアは無駄だと嘲笑いながら最短で術式を完成させる。


「終わりだ」

「お前がな」


 背後に気配を感じた時には、既に胸に熱を感じていた。

 直前どころか、刺されるまでその事にミズキアはおろか、彼の背後が見える筈のゼインすら気付けていなかった事に驚嘆しながら振り返り、そして眼を見開く。


「テメェ……オーヴィレヌ家の!」

「テオルードだ。覚えておけ!」


 放たれた裏拳を回避したのは、ゼインと同様にヴァイスに斬り刻まれて地面に倒れ伏した、先ほどまで自分が戦っていた相手の1人であるテオルードだった。

 河岸で裏拳を回避したテオルードは素早くナイフを引き抜き、執拗に背後に回り込み、今度は背中に突き刺して動かし脊椎を断ち斬る。


「ガァ……!?」

「痛いか? わざわざ本家の方にまで戻って拝借して来た、お前みたいな不死を殺す為に作られたナイフだ。消費するストックは普通よりも多いだろう?」


 苦鳴を発してミズキアが落下。地面に倒れ、命を交換して復活したミズキアが反転。仰向けとなった状態で上体を起こし、首に下げていたアミュレットを掴む。


「爆ぜろ!」

「ちぃッ――!」


 固められた空間を蹴って追撃を掛けようとしていたテオルードが、舌打ちと共に退避。直後にアミュレットが爆発。装着していたミズキアを巻き込み土煙を舞い上がらせる。


「クソ、がァ……ッ!?」


 爆煙を掻き分けて復活したミズキアに、情報をいち早く整理し状況を把握したゼインが接近。取り出された角柱を回避し手刀を腹部に埋め込む。

 即死には到らなかったミズキアが、角柱を旋回させて牽制としてゼインを突き放したところで振動に襲われて動きを停止。視線を巡らせた先にある右の太股に、つい先ほど自分を貫いたナイフが突き刺さっているのを見て眼に怒りを浮かべる。


「テメェら――!」

「終わりだと言っただろうが」


 それによって作り出された隙は一瞬の事。だがテオルードは、作り出す隙はその一瞬だけで十分だと、勘を元に判断し実行した。

 自分自身はあくまで牽制、引き立て役であると割り切る。本命はそれまでずっと戦っていた、生まれを見れば仇敵に等しい人物。


「俺の勘が正しければだ、お前、もうストックは無いだろう?」


 追い討ちを仕掛けたゼインにナイフの刺さった足を切断され、バランスを崩す。そのまま転倒するかと思った矢先に、背中に現れた土壁がそれをさせまいとミズキアを支える。

 それがゼインの仕業であると気付いた時にはもう遅く、そこに容赦なく、ゼインが手に取った手放された角柱を突き出されて腹部を貫く。


「貴様には似合いの墓標だ」


 能力による情報の書き換えが無い為に口から大量の血塊を零すミズキアが、それでも手を伸ばして反撃しようとし、腕をゼインによって切断される。

 さらに復活しようとも、絶対に逃さないとでも言うように角柱を一層深く刺され、ミズキアの全身が痙攣。完全に土壁に縫い付けられる。


「貴様には1つだけ聞く事がある」


 左手で角柱を握り押し込みながらも、一方でいつでもトドメを刺せるように右手で貫き手を作りながら、ゼインが問い詰める。


「今回の騒動に、貴様らのどれほどが参加している」

「言う訳、無いだろうが……ッ!」


 自分が望んだものと異なる解答に、ゼインは容赦無く貫き手を心臓に突き込む。

 通常ならばその時点で書き換えが始まり、血を零さずに死に至る筈が、それに反して大量に出血と喀血をしながらもミズキアは死なない。


「情報の書き換え方を変えれば、即死させずに生かし続ける事も可能だ」


 それがゼインの仕業であると理解したミズキアは、すぐにそうして来た理由についても察する。


「喋らねば、苦しみがいつまでも続くだけだ」

「クハッ、ハハッ……」


 ゼインの宣告に対して、ミズキアは唐突に笑い始める。


「教えて、やろうか……?」


 その反応に眉を顰めるも、続くミズキアの言葉に微かに目を見開く。

 口を割らせるにはもう少し骨が折れるだろうと予測していたゼインにとっては、その反応は予想外のものだった為に。


「勘違い、するな。痛みに屈した、訳じゃねえ……テメェに、教えてやる為だ。テメェの全員を倒すって発言が、いかに現実が、見えてなかったのかって、事をな……!」


 そこでもう1度喀血するも、すぐに堪えて不敵な笑みを浮かべる。

 この状況においてはただの強がりでしかない筈なのに、見る者の背筋に寒気を覚えさせられるような笑みだった。


「16人だ。いや、既にフランネルは死んでるから、15人か?」


 そして告げられる。


「今ここに来ているのは、オレを含めて残りが15人。テメェじゃ無理だ。絶対にな……!」

「……だからどうした」


 ミズキアの発言を意に介さず、ゼインは静かに能力を発動。情報の書き換え方を元に戻し、ミズキアの最後の命を奪い取る。


「ハッ、このマヌケが……」


 瞳に僅かな光が宿る間に、文字通り最後の力を振り絞り、ゼインへと吐き捨てる。

 直後に、その僅かな光さえも完全に消え去って力が抜け、腹部に刺さった角柱を支えに立った状態で状態が折り曲がる。

 念の為に脈が無い事も確認して、ゼインは踵を返す。


「これで残りは14人だ」











次回予告

帝は暴帝へと至る軌跡を夢想し、骨肉の争いへの終結へと歩みを始める。そして闇に生きる者が嘯いた時に、立ち去った筈の災厄が再来する……みたいな。


ミズキア強くし過ぎたが先週の間の悩みでした。

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