不死者と番人①
「あったあった、首を刎ねられた死体だ。アスヴィズの方だな」
「こっちにはルヴァクの死体だ。これで2人の死が確定だ」
まだ乾き切っていない血溜まりの中に転がっている首の無い死体と、やや離れた場所の死角となる瓦礫の陰に転がっている金髪翠眼の男の死体の傍に、それぞれ1人ずつ男が立って見下ろしていた。
明らかに穏やかではない状況を目の当たりにしている割に、僅かな動揺すら皆無に平静さを保って見ている2人は共通して、死体が見に着けている胸にエンブレムのあるジャケットを羽織っていた。
「シェヴァンの奴が連れて来たんだろうが、その当の本人が見当たらないな」
「個人的には、死んでくれていたら万々歳なんだがな」
「残念だが、そうである可能性は限りなく薄い。俺たち2人掛かりでも、おそらくあいつには勝てない」
その言葉に、もう1人の男は忌々しそうな表情を浮かべるも、それ以上口は開かない。その辺りからも、相方の言っている事が真実であると男が認めているという事が分かった。
「しっかしよ、確かこいつらが戦ってたのって、未来視の能力者の筈だろ? ならあっちの首なし死体はともかく、こっちのルヴァクの方は誰がやったんだ?」
アスヴィズの首無し死体から、ルヴァクの死体の元に移動した男が疑問の声を上げる。
ルヴァクの死体に外傷は皆無で、加えて表情も取り立てて苦しんでいた様子も無く、場所が場所でなければ穏やかに見えなくも無い状態だった。
「毒ガスの類でも無ければ、幻覚系の魔法に嵌められた形跡も無い。とすれば何かしらの能力なんだろうが、未来視にこんなん無理だろう」
「考えるまでも無く、ルヴァクもアスヴィズも、どっちもレフィアという奴が殺ったんだろう」
「……何言ってんだお前?」
男が自分の結論を間髪入れずに覆す結論を述べた相方に、疑惑の目を向ける。
それに対して、やや疲れたように溜め息を零して窘めるように答える。
「いけ好かなくとも、イゼルフォン家の報告書には目を通しておくべきだ。少なくとも奴らの情報収集能力という点に関しては、間違いなく信用できる」
「へーへー。で、その報告書に目を通していない俺に分かるように説明を頼む」
「……レフィアという奴は、周囲からは【凶星】と呼ばれているそうだ。そう呼ばれているのは、手口が殆ど不明だという事が大きく起因しているらしい」
「だから、未来視なんだろ?」
「……レフィアという奴が現れた戦場では、こういった死体が常に一定数出現するらしい」
要求して来ながら半分は聞き流している相方の言葉に、瞳に一瞬不穏な色を宿しながらも抑え込んで続ける。
「目撃証言は多数存在しているが、内容はどいつもこいつも口を揃えて、近付いて行ったと思ったら周囲の連中が死んでいったという事ばかりだ。当人がやった事といえば、ただ歩いていただけ。にも関わらず、多数の死者を生み出している」
「じゃあ未来視じゃないって事か?」
「いや、未来が見えている事は間違いが無いらしい」
「何じゃそりゃ?」
「言っただろう、手口が不明だと。魔道具かと思われた事もあるが、そんな強力な魔道具が存在するなどまずあり得ない。加えて、これまでに何度も検死解剖が行われたが、体内にも特に異常は見受けられなかったそうだ。
だからこそ、周囲の連中は【凶星】と呼んでいるんだそうだ。近付かれたら死ぬ、不吉の象徴としてな」
「呼び始めた奴はセンスが無いな」
男はそう吐き捨てる。
「そういう事実が存在してるのは確かなんだろうが、絶対に何かしらの種がある筈だ。どっかでイカサマしてんだろ」
「それには同感だがな、逆に聞くが、どんな能力がある? 未来が視えて、同時に大多数の人間を同時に一瞬で外傷も無しに殺せるような能力が」
「俺に聞くなよ」
「……そうだな、その通りだ」
懐から折り畳まれたリネンを取り出し、開いて死体の上に被せる。
続いて首の無くなったアスヴィズの死体もその隣に移動させ、同じようにリネンを被せると、目を閉じて黙祷する。
「わざわざ弔う必要があったか?」
「折り合いが悪かったのは事実だが、秩序を守るという目的自体は同じだったからな」
茶化すように言った男も、相方のその複雑な心境が垣間見れる言葉にそれ以上の言葉を慎む。
「……いくぞ。ついでの目的は果たせたが、本来の目的は果たせていない」
「つってもな、ここまで動いて手掛かりの1つも掴めてないんだ。これ以上は何も分からねえと思うぞ?」
「その手掛かりの1つも掴めないという事自体がおかしい。師団の1つが何の痕跡も残さず消失するなど、異常に過ぎる」
「そうは言うがな、この騒ぎだ。元凶に潰されたんじゃないのか?」
「仮にそうだったとしても、何の痕跡も残さず戦闘を終えるなんて事が可能か? 戦闘痕は、死体はどうする?」
「だから――」
「確かに、それらを可能とする能力などいくらでもあるだろう。だが、曲がりなりにも師団員の者たちだ。それを相手に完封を可能にするというのは考え辛い」
それは身内故の身内贔屓な見解では無く、身内だからこその客観的な見解だった。
「それに、テュードさんの姿が見えないのも気になる。少なくとも部下たちと行動を共にしていた訳ではないのは事実だ」
「それが一層、師団の行方の謎に拍車を掛けているんだがな」
「待機場から師団の者たち移動したのは確認できてる。が、テュードさんから命令を受けた訳でも無いのに全員が揃って移動して、行方を晦ますというのが解せないのも事実だ」
男が眉を顰めて思考を巡らせる相方の肩を叩き、雰囲気を変えるように明るい声で言う。
「まっ、大方テュードさんの方はあれだろ、可愛い愛娘と一緒にどこかにお出かけとか、そんな感じだろ。今までも何度もあったんだしよ」
「ミネア嬢か……」
しかし男の意図とは裏腹に、相方の表情は晴れなかった。
「あれは、言うほど可愛らしい子でもないのだがな」
「お前、テュードさんにぶち殺されんぞ? 今時珍しいくらいの良い子じゃねえか」
「案外そうでもない。テュードさんは親馬鹿故に気付いていないようだが、あれほど恐ろしい子を俺は知らない」
表層はおろか、その下の中層を剥いでも分からず、さらにその下の深層を覗いてようやく垣間見れる程度という程に巧妙に猫被って隠された本質を、彼は頭の中に思い浮かべる。
その時に感じ取ったのは決して勘違いではないと、胸を張って言える。
しかしながら、さりとて彼には男を説得できる自信は無かった。
自分でさえ偶然目にしなければ微塵も疑えやしなかったであろう程、少女の演技は完璧だったからだ。
「まさか、な……」
「どうかしたか?」
「いや、何でもない。行くぞ」
「……了解」
一瞬頭の中に思い浮かんで来たおぞましい考えを振り払うように、笑って首を振る。
いくらなんでも、それは杞憂だと自分に言い聞かせた。
先に動き出したのはゼインの方。左腕を失い残った右腕を手刀の形に、瞬時に距離を詰めて貫き手として放つ。
そのままいけば顔面を貫かれるミズキアも、当然ながら黙って喰らうほど呑気ではない。
腰から取り出された、黒く長い角柱棒は指先に触れた瞬間に滑らかな断面を見せて切断される。
直後に多少縮まった角柱が、ミズキアの手元で器用に回転し、反対側が顎を打ち抜こうと迫る。
それが虚しく空を切ったかと思えば、反対の手が掴んだナイフが投擲されてゼインの頬を掠める。
「穿て!」
ナイフを投げて空いた手首に装着している装飾具のうち、真珠の嵌め込まれている精緻な銀輪の呪言を唱え、暴風の刃を天より降らせて地を穿つ。
飛び散った瓦礫の、手頃な大きさの物をゼインの足が捉え、ミズキアの顔へ牽制として放たれる。
それをミズキアが手で弾き退ける隙に軸足を交換。素人には決して放てないような鋭いミドルが、掲げられたミズキアの腕と衝突。
「カインの言っていた通り、随分と足癖が悪いな」
掬い上げられた虎爪を仰け反って回避するのと同時に、半分の長さとなった角柱を投擲。
それがゼインの顎を掠め、薄皮と表層の肉を抉り取って後方に流れていく代わりに、ゼインの虎爪が掠めたミズキアの胸部に2本の溝が刻まれる。
その結果を互いの目が確認し、視線が交錯した直後に、どちらともが同時に蹴りを放ち相殺。
かと思えば直後に、あまりにも唐突に背後に移動していたミズキアの蹴りが、腕が消失してがら空きとなっていた左脇に炸裂する。
とっさに身を捻った事により直撃を避けたゼインが、それでも完全に回避しきれずに顔を苦痛に歪める。そこにミズキアが、まるで誘うかのように手を差し向けて口を開く。
「空間切だッ!?」
言葉は最後まで紡がれず、能力は不発に終わる。
ミズキアの言葉を途中で遮ったのは、ゼインの左腕。半ばから切断されているそれを動かしてミズキアの顎を打ち抜き、強制的に閉口させていた。
舌を噛み切り、口の端から血を流すミズキアのその姿は、ゼインにとっては十分に突く事のできる隙を露にした状態だったが、追撃を行うよりも先に能力を駆使して物理的に遠ざかり距離を取られる事で、それは断念させられる。
「そう上手くはいかねえか」
不意を打ったつもりではあったが、それで決められるほど相手は甘くなく、逆に自分が不意を突かれるという結果にミズキアが苦笑混じりに呟く。
「厄介に過ぎるな」
そんなミズキアを、ゼインはそう評する。
元より相手の力量は交戦経験があったが故に分かっていた事だが、やはりミズキアは強かった。
ミズキアについてある程度知っている者は、ミズキアの強さは何なのかと問われた時、殆どの者が真っ先にその終わりなき不死性であると答えるだろう。それは決して間違っていない。
自己の連続性――即ち自分が自分であるという事を引き換えに手にした、常軌を逸したその不死性は大陸全土が討伐を諦めるほどに手に負えない。
しかしながら、ただそれだけで長年生き残れるほど、傭兵の世界というものは甘くは無い。
基礎身体能力は魔力持ちにしては珍しいほどに高く、それを魔力量に物を言わせて余人を寄せ付けぬほどに高めている。
そしてその身体能力を持て余す事無く運用して実現させられる、幾多の戦場を渡り抜く事で培われて来た、敵を仕留める為のあらゆる技術。
探せば簡単に見付かるほどに転がっている数多の情報のうち、できる限り無駄なものを排除して必要なもののみを選択し、それを元に先を読み取る洞察力。
さすがにリグネストやアキリアといった、次元そのものが違う存在と比べるのは酷ではあるものの、それらを抜きに評せば最高峰に位置している。
それらがあるからこそ、その終わりなき不死性が存分に活かされるのだ。
考えてみれば当たり前のそれらの事に、普通の者は気付けない。
理由は単純で、ミズキアはその不死性が知れ渡る要因となる程に頻繁に死ぬ為だ。
本人の慢心や、相対した者との実力差や相性、自分すら巻き込むリスクの高い手札や数の暴力など様々な理由はあるが、そうなる最も大きな理由はミズキアがそういう戦法を取っているが故だ。
自分のその不死性を理解し、相打ちが勝ちであるという認識の上で戦うからだ。
普通の者ならば避ける攻撃をミズキアは避けず、1度死ぬ代わりに相手を仕留める。
それは実力で勝っている者が相手であっても同じ事で、仮に死なずに倒せる相手であったとしても、そうすれば短時間で決着が着くのならばミズキアはそうする。
そんなミズキアが、ここに来てその戦法を変えて来ていた。
死んでも構わないから相手を仕留めるという戦法から、自分は死なずに相手を仕留めるという、ある意味傭兵の中では当然の戦法を選択していた。
ミズキアが普段からそういう戦い方をしているなど知る由も無いが、それでもそれまでの戦い方とは違うという事を認識した上で、ゼインは厄介だと評してた。
「魔族に等しき相手だ」
「褒めてんのか貶してんのか、微妙な評価だな!」
新たに取り出された角柱の突きをゼインの足が跳ね上げ、返礼の貫き手を2本目の角柱が迎撃。
唐竹を割るように分割された角柱が宙を舞う最中に、さらに新たな角柱が取り出されて振り下ろされる。
それが地面に窪みを作るのと同時の手刀を、4本目の角柱が手元で盾を作るように旋回されて横手から軌道を逸らし、反対の手が最初の弾かれた角柱を逆手に掴み、突き刺すように振り下ろす。
自分の放った攻撃の結果はおろか、過程すら見るつもりは無いかのようにミズキアは次々と手の角柱を取り替え、時にゼインの右手をいなしながら畳み掛ける。
その最中に、黒い角柱の影に隠れるようにして光が一瞬だけ煌く。
「――ッ!?」
ナイフが飛来し、無事な目のすぐ傍を掠めていった事に冷や汗を覚えながらも、同時に角柱の影から放たれるナイフを事前に光が反射した事で察知できた事に違和感を抱く。
「今のを躱すか!」
「舐めるな!」
危ういところで、艶消しの処理が施されたワイヤーによって翻されたナイフの奇襲を回避し、手刀でワイヤーを切断。慣性のままに滞空するナイフを裏拳で叩き、ミズキアの肩に叩き込む。
「痛え……が、自死するほどでもねえ!」
ナイフを引き抜き、明後日の方向へと放り投げる。
「やっぱ一筋縄じゃいかねえな」
「こっちの台詞だ」
両者の実力を客観的に比較するならば、膂力は概ね互角で、速さもミズキアが【超感覚】の能力を失った以上はほぼ互角だった。
だが、ミズキアは常に一撃必殺の力を秘めたゼインの手に注意を払わねばならないのに対して、ゼインは左腕を既に失っている為に本来の実力と比べれば圧倒的に劣っている。
能力の相性で言えばゼインが圧倒的優位に立つが故に、前回までの交戦では何度も殺す事に成功していた。しかしそれも、当てなければ意味が無い。
相手の取る戦法が1つ違うだけでこうも簡単に両者は拮抗し、ともすれば、前回までの立場を逆転させかねない程となっている。
「が、勝つのはオレだ!」
再度姿を消したミズキアが、ゼインの頭上より強襲。延髄を目掛けた強烈な蹴りが屈んだゼインの頬を引っ張り、肉を斬り裂く。
体外に飛び出た血潮が地面に落ちるよりも先に、ミズキアが地面に足をつけて反転。遠心力を載せた鉄槌を、ゼインの拳をいなすと同時に肩口に叩き込み骨を軋ませる。
変わりにミズキアの腹部には、ゼインの爪先が埋まり、アバラが軋んで強制的に距離が離される。
その相打ちとも取れる結果にミズキアが笑みを浮かべた事に気付いた刹那、頭上より半分に切断された角柱が落下。危ういところで頭部に突き刺さりかけたそれを回避した隙を逃さずに、ミズキアが距離を詰める。
「ガハッ……!」
胸部をゼインが咄嗟に突き出した貫き手で貫かれ、その下の心臓を潰されて口から盛大に血塊を吐き出しながらも、ミズキアは余裕の笑みを崩さない。
「この場面は、相打ちを選択するのが、最善だ!」
心臓を貫かれながらも、能力による改変が行われるより前に、さらにミズキアが前進。ゼインが後退するよりも先に右足を踏み付けて固定。血塗れの笑みのままナイフを逆手に握り振り抜く。
両者の影が交錯。体が衝撃で揺れ、ミズキアが苦痛の表情で数歩後退。
「そいつは一体、どんな手品だ」
胸の穴を修復させながら、ミズキアが疑問の篭もった声を差し向ける。
意図せず彼が後退する要員を作り出したのは、ベルゼブブに喰われて失われた筈のゼインの左腕による拳だった。
「俺の能力を忘れたか? 俺の能力は【改変】。物質の構造を書き換える」
「……なるほど」
ミズキアは初回の交戦時の映像を思い浮かべる。
「体構造を別の物質に書き換えられる事が可能ならば、そのまた逆も可能という事か」
「そういう事だ。あくまで物質の構造を書き換えるだけであるが故に、通常の負傷を治すことはできず欠損した部位だけに留まる上に、書き換える元となる欠損した部位の模型を正確に作り出す必要があるが、複雑な機能を持つ眼球と臓器以外の体構造ならばその場で元通りとする事ができる」
元通りとなった腕を振るい、具合を確かめるように手を開閉する。
そして満足そうに微笑を浮かべた直後、踏み込み拳を放つ。
それを頬を掠めさせながらもいなした刹那、元通りとなった左腕による掌底が放たれ、危ういところで両腕を駆使して左右から腕を挟みこんで流し、抑え込む事で左腕を封じる。
そのまま左右から圧迫して骨を圧し折ろうとするも、その前に翻った右の手刀が胴体へ。間一髪で右ひざと肘で、今度は上下から挟み込む事で防御。
結果として左右の腕を封じる事に成功するも、ミズキア自身もまた不安定な体勢で行動の殆どを封じられる事となる。
「やってくれるな。戦う前に元通りにしなかったのは、不意を打つ為か?」
「まさかこのタイミングで手札を切らされるとは思わなかった」
どちらからともなく笑い合い、そんな筈はないのに、まるで示し合わせたかのように首を振り被り、互いの額を叩き付け合う。
「ぐッ……!」
「がッ……!」
額が裂けて血が迸り、衝撃で互いの視界が一瞬だけ暗転して全身の力が緩まり、互いに一歩だけ距離を取る。
かと思えば、その場に置いたままの足を軸足に後退させた足を蹴り出し、衝突。
相打ちに終わった事に対して感慨を抱くまでもなく、さらに両者は引かずに拳と蹴りの応酬を続ける。
基本的にはいなすか回避されて終わるが、何発かは体を掠め、あるいは入り込む。
しかしその決定率の比率は両者を比較した時に、ゼインの方が優位に立つ。
かつてはカインとの2人掛かりであっても拮抗し、隻腕の状態でも互角だったのに加えて、両腕が顕在となれば優位に立つのはある意味当然の事でもある。
「接近戦ではそっちが上か。だが……!」
【超感覚】という能力を抜きにすれば、ゼインは接近戦闘においては自分すらも上回る強敵であると認める賞賛の声を上げながらも、尚も勝利を求めようとする貪欲な笑み。
「空間断裂!」
大きく後退して距離を取るゼインの周囲に無数の断裂が生じ、その場にあったあらゆる物を無差別に斬り刻む。
「それなら接近戦をしなければ良いだけの話だ!」
開いた距離を再び詰めようとするゼインに、取り出されたチャクラムが急激なカーブを描きながら左右より強襲。
1度は伏せて回避するも、チャクラムはある程度進んだところで急旋回し、再びゼインへと襲い掛かる。
舌打ちをしながらそれらを手刀で切断し、同時に書き換える事でそれ以上の追撃を阻む。しかしその間にも、ミズキアは新たに手を打つ。
「空間圧搾!」
地面ごと押し潰そうとする不可視の力場に、ゼインはさらに思惑に反して距離を離される。
例え構成を無条件で書き換えられる能力であっても、さすがに実体のないものに対しては無意味。地面に生じた擂鉢状のクレーターを恨めしげに睨み、ゼインが片手を上げる。
「穿て」
そこに再び、ミズキアの手首の魔道具による牙が襲い掛かり、粉塵が充満する。
まだ自分のものにして間もない為に、【空間支配】の能力は連続して使う際に少々のラグがある。その隙を突いて距離を詰められる事を避ける為の、当てる事は2の次の牽制攻撃だった。
そして再び【空間支配】の能力が使用できるようになり、ミズキアが演算を始める。
粉塵によって遮られた空間内に居るであろうゼインを捉える為に、その周辺全てを範囲に収めようとしたところで、粉塵に青い燐光が混じるのを眼にする。
構わず能力を発動させようとしたミズキアの視界が衝撃で揺れ、遅れて一杯に広がる赤。
右の脇腹に、研磨されて鋭利な先端を持った拳大ほどの石塊が埋まっている事を確認するのと同時に、右胸に2つ目が飛来して埋まり、骨を砕いて肺を破裂させる。
「ぐあッ――!」
痛みで思考が乱され能力を発動できず、呻き声を上げてふらついたところに、粉塵を切り裂いて3発目が飛来。
さすがに3度は喰らうまいと躱したところに、足元の地面が隆起して背後より腹部を貫き貫通する。
「接近戦をしなければ問題ない? そんな訳が無いだろう」
粉塵が晴れて姿を現したゼインが、手のひらをミズキアに向けたまま宣告する。
「ウフクスス家は集団行動を旨としている。そして集団行動において重要になって来る連携を組み立てるのに、個々人によって有無や違いのある能力を前提とするのは間違いだ。
それ故に、近接戦闘の技術は当然として、それと同じくらいに魔法の技術も求められる。師団員ならばそれは尚更の話で、師団長はさらにそれ以上を求められる」
手のひらに青い燐光と共に術式が構築され、石塊が顕現。高速で射出される。
発動の瞬間が見えていたが為にミズキアはそれを容易く弾くが、直後に眼を見開く。
ゼインは空いているもう片方の手を振るい、同じ術式を何重にも展開。保有する魔力に物を言わせて虚空より無数の砲弾を生成し、一斉に射出。
咄嗟に両腕で頭部を守ったミズキアの腕に、胸に、腹に、足に、全身に砲弾が着弾し肉と血が跳ねる。自死する暇すら与えぬ、質量による波状攻撃だった。
「俺が能力を用いた接近戦だけだとでも思ったか? そんな訳が無い。繰り上がりでそうなったならばまだしも、接近戦も魔法による中距離、遠距離戦も全てこなせてこその、ウフクスス家の師団長だ」
着弾の度にミズキアの体が揺れて強制的に後退させ、背後より貫く岩槍による傷口をより押し広げる。
既に石塊の砲弾と岩槍により、ミズキアは何度も死んでいる。しかし生き返って体内に埋まった石弾を輩出する傍から石弾が新たに埋まり、そして地面に繋がっている岩槍は排出する事も許されない。
ゼインの能力による書き換えが無い為に、1度の死によって消費される命のストックは1つのみ。だがそれでも、立て続けに積み重なればその数は馬鹿にならない。
「やる、なぁ……!」
次から体外へと零れては蘇生し、新たに生成されては体外に零れるというのを繰り返す血によって生み出された大海に、ミズキアの足が踏み下ろされる。
全身に魔力を行き渡らせ、着弾の度に衝撃を堪えてその場に踏み止まっては一歩を踏み出し、確実に前に進んで行く。
間断なく襲い掛かる石弾によって能力を行使し、瞬間移動による離脱ができないが為の、それでもまずは背後より自分を貫く岩槍から抜け出そうという無理やりの泥臭い歩みだった。しかしそれ故に、明確な対処法は存在せず、ゼインはさらに段数を増やすだけに留まる。
そしてついに、体から岩槍を抜き取ったミズキアが横に大きく跳躍。その間も石弾に滅多打ちにされるも、その場に留まっていた時と比べればいくらか圧力も弱まり、その隙に能力を行使して転移。
「考えれば、腕の原材料は、地属性魔法で生み出していたな……ッ!?」
ようやく波状攻撃の範囲より抜け出したミズキアが、荒い息と共に腕を持ち上げた瞬間に、また意図せずに体を揺らす。
「その通りだ。そして地属性の魔法は、こうした芸当も可能にする」
体内に埋まっていた石弾に混じっていた不純物が結晶となり、体内で急膨張。ミズキアの体を内側から、鋭利な刃が斬り刻む。
「地属性の魔法は地面の、あるいは媒介物となる物質の下で魔力が働くため、お前の能力でも還元する事はできないだろう?」
「くっ、そ……!」
さらに数度死んだミズキアが、ようやく体内の石弾全てを排出し終えて呻く。
そこに彼を囲うように地面が隆起し、直方体の密閉空間が完成。一拍置いて、内部で怒号が響いて来る。
程なくして、牢が内部より爆発。飛来する瓦礫から頭部を庇うゼインが、全身を朱に染めたミズキアが凄惨に笑い、衣類を新たに構築している場面を目撃する。
「本当にやるな、オイ! 団長と【死神】という規格外を除けば、オレをここまで追い詰めたのはテメェが初めてだ!」
「然して嬉しくもない賞賛だ」
敵の賞賛に価値など無いと切り捨て、再び無数の石弾を生成。
「空間遮断!」
ミズキアがシャヘルより奪った能力を発動。
そして打ち出される石弾のうち、ミズキアに命中し得る石弾のみが、不可視の壁に命中して粉々に砕け散る。
単純に防壁を生み出す訳ではなく、空間そのものを遮断する事による防御法は、どれほどの巨大質量であっても通常手段で打ち破る事は不可能の絶対的防御法だった。
「同じ手を喰らうかよ! 来ると分かっていれば、防ぐのは簡単だ!」
「これ以上は削れぬか」
ミズキアの言葉の通りだと理解したか、あっさりと術式を解除。
「だが、遠距離戦も無意味だと認識させられたのならば上々」
腰を落とし、彼の本分である接近戦へと再び持ち込む為の突進の体勢。
「ゼぇイぃぃぃぃンッ!」
「ミズキアぁぁぁぁッ!」
互いが互いの名を、不倶戴天の敵のように叫びながら突貫。
衝突の瞬間は引き分けに終わり、すぐに連打戦へと移行。手刀が胸を斬り裂き、拳がアバラを粉砕。貫き手が肉を抉り、蹴りが骨を砕く。
その防御など考えない肉弾戦に、両者はあっという間に血塗れとなる。
どちらからともなく離れた瞬間に、天を劈く雷鳴と閃光が両者の間に放たれて両者の視界が一瞬だけ眩む。
即座に回復した視界に移るのは、濛々と上がる粉塵。それを裂いて、ミズキアの腕に左手側より飛来して来た矢が突き刺さる。
同時に空気の流れの変化により、粉塵が掻き回される。その正体を見極めるよりも先に反転して離脱しようとするミズキアを追って、2つの影が疾駆。
「穿て!」
背後に向けて魔道具を発動させ、地鳴りと共に新たに粉塵を追加。一瞬だけ影が足を止めたのを確認した瞬間に、前方に動く影を目撃。
舌打ちをしながらも、ミズキアは角柱を取り出す。正体不明の相手に対して少しでも距離を取れるようにと選択したその武器を、影に向けて勢い良く振り抜くも、影は意外な身軽さを発揮して跳ねて棒を回避。さらに新手が、棒の下を掻い潜って来て接近。
振り下ろす軌道に変えた棒も、その影は捉えられない。変わりに地面に叩き付けられた棒を支点に、ミズキアは棒高跳びをしてその場から大きく退避。空中で大よその場所を目掛けて角柱を投擲し、着地して移動を再開しようとして転倒。
起き上がった直後に右足に走った痛みにぐらつき、視線を向けてそこにナイフが刺さっているのを確認。それを引き抜くよりも前に、全方位より謎の襲撃者たちが失踪して来る。
「なんっ!?」
想定を遥かに超えた数に対して、驚きの声すら上げられずに前身に刃が突き立てられる。
左右の脇腹より剣が突き立ち反対の肩より抜け出て、複数の槍が腹部と胸部を貫く。巨大な槍斧が左足を膝より切断し、遅れて左腕も刎ね飛ばされる。
苦痛を堪えて抵抗しようとするも、さらに背後より剣とナイフが突き立てられて新たな苦痛に身を捩じらせる。そんなミズキアに対して一切の配慮もせず、全身に突き立てられた武器が持ち上げられて、ミズキアの体も持ち上げられる。
粉塵が晴れて良好となった視界に移るのは、武器を握った人の群れ。
数にして十数人に登るその者たちからは統率された意思が感じられ、うち数人は胸にエンブレムが縫い付けられたジャケットを羽織っていた。
「秩序を乱す者には死を齎し排除する」
ミズキアに武器を突き立てる者たちよりやや離れた場所に立つ、ジャケットを羽織った無手の男が告げる。
「それが我らウフクスス家の使命だ」
次回予告
番人たちに追い詰められた不死者は乾坤一擲の危険な切り札を切り、その混乱を帝が引見する……みたいな。
ツイッターで程ほどで切り上げて投稿するとか呟いていた気がするけど、そんな事はなかったぜ、みたいな。
ミズキアとゼインの戦いは本当に筆が進むんですが、だからと言って速く仕上げられるかどうかはまた別問題なわけでして……もとい、構成力が欲しいですと愚痴ってみたり。