情報屋③
「仕方が無いだろう。無策で5大公爵家を潰せる訳がない。上手く立ち回って、慎重に勢力を削ぐ必要がある。第一、これが依頼人の意向でもある」
「お隣の、ゾルバ帝国だっけか」
シロがティステアの西側と国境を接する、隣国の帝国の名前を上げる。
ゾルバ帝国はティステアと同等の国力を持ち、能力者の数でこそ劣るものの、魔法に関する技術はティステアよりも上を行っていると言われており、少し前まで小競り合いを繰り広げていた国である。
そんな経緯がある為、両国の関係は決して良いものとは言えなかったが、ここ最近になって国交が正常化し始め、徐々に国民同士の交流も増えて来ていた。
「その矢先でこれだ。どこの国も、やる事は変わらんね」
元々怪しい仕事ではあった。
前金だけでもかなりの金額で、成功報酬はその10倍の額だと言う。
さらに仕事の最中に出費が発生したら、その都度経費を支給するとも言われた。
挙句、成功条件として最悪の場合は完膚なきまでに潰さずとも、ある程度の勢力を削げれば良いとまで言っていた。
そしてその後に、依頼人がゾルバ帝国であると知った時、全てに合点がいった。
ゾルバの狙いは明らかだ。
向こうからすれば目の上のタンコブである守護家の勢力を、少しでも削げれば御の字といったところだろう。
そしてその実行犯として白羽の矢が立ったのが、傭兵をやっていたおれだったという訳だ。
「当然ティステアも、そういったゾルバの狙いは警戒しているだろうけど、むしろ拍子抜けしてるだろうな。あれ程警戒していた送り込まれて来る者が、よりにもよって無能者なんだからよ」
「確かにそうだろうな……」
ゾルバの狙いは、今のところ上手く行っていると言えるだろう。
ゾルバの1番の功績は何かと聞かれれば、おれを選んだ事にある。
ゾルバは知っていたのだ。おれが絶対にこの話を断らないであろう事を。それだけの材料を用意していた。
「まあ、ゾルバの狙いなんざ知った事じゃない。向こうがそうしようとしているように、こっちも精々利用させて貰うさ」
既に編入の推薦という充分な見返りを得ているが、可能ならばもう少し引き出したいというのが本音だった。
ただ、藪を突いて蛇を出すつもりも毛頭ない。
あくまで利害の一致した、共存の関係が望ましい。
「ま、アタシは所詮バックアップだからな。おまえが求める情報を提供するだけで、実際に動くのはおまえだ。どんな選択をしようとも止める権利もなければ、止めるつもりもない。好きに動くが良いさ」
今回の仕事には、シロも同様に雇われている。
どこにでも存在する店を利用した、連絡員兼バックアップとして。
差し出されていた茶封筒と小包みを受け取る。
茶封筒の中には、事前にシロに頼んで調べて貰った学園の目ぼしい生徒のプロフィールが。
小包みの中には、学園に通うに当たって必要となる制服が、それぞれ入っている。
「あと、こいつも忘れんな」
精緻な金細工のバッジを渡される、
「そいつを制服に付けておかないと、不審者とみなされて殺されても文句が言えないらしい」
「物騒だな」
「基本的には貴族さまが通う場所だからな。それぐらい厳重にしとかねェと何かあってからじゃ遅ェんだろ」
そう言うが、おそらく理由はそれだけではないだろう。
さしずめ、邪魔な平民を殺す際に、合法的に始末する為の貴族専用の抜け道と言ったところか。
「なあ、1つ聞いて良いかよ?」
「何だ?」
「まさかとは思うが、エルジンの名前のまま編入するつもりか?」
「当たり前だろう」
何を当然の事を聞く。
おれはエルジン・シュキガルだ。それがエルンストが与えてくれた名前だ。それ以外の何者でもない。
「いや、ここだと姓が変わっていても、おまえだって気付く奴が居るんじゃねえのか?」
「どうだかな」
追放されてすぐに存在は抹消された為、当時のおれの事を知っているのは、アルフォリア家の者ぐらいなものだろう。
そのアルフォリア家の人間だって、今のおれがエルジン=ラル・アルフォリアと同一人物だと結び付ける可能性は限りなく低い。
何せおれの容姿は、10年以上の歳月の間に驚くほど変わっている。例え同名で、同じ無能者であったとしても、それでおれの事を徹底的に嫌っていた連中が同一人物だと気付く奴が、果たして何人居るだろうか。
そんな低すぎる可能性の為に、わざわざエルンストがくれた名前を偽る程の価値は無い。
「それに、仮にバレたとしても、それならそれでやりようはあるからな」
「なら良いんだけどな」
グラスを空にしてシロに返却し、店を出て人気の無い路地裏から人通りの激しい大通りへと戻る。
今日はひとまず適当な宿を取る事になるが、明日以降は寮生活を送る事になる。無能者を毛嫌い蔑む連中が生活を送る場所でだ。
そうなると、1つだけ絶対に気を付ける必要のある事がある。
それは自分の身の安全ではなく、相手の身の安全に関してだ。
もし万が一寝込みを襲われた場合、殺さずに撃退できる自身が無い。だが入寮して早々に殺せば、即座に俺の目的は頓挫する事になるだろう。
あり得ないとは言えない。神国であるティステアの無能者嫌いっぷりは異常といっても言いくらいだからだ。
「いちいち面倒な国だな……」
今に始まった事ではないが。
まあ明日の事をいつまでも考えても仕方がない。
「さっさと今日は宿を取って寝るか」




