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死神は鎌を砥ぐ

 



 例えば、万物全てが粘土によってできていると考えてみようか。

 形あるもの全ては粘土で再現されており、そして粘土であるが故に簡単にくっ付ける事ができる。

 だがその場合、ただ2つのものをくっ付けただけに過ぎない為に、外観は酷く歪なものとなるだろう。魚と鳥という粘土をくっ付けたとして、それをシルエットにした時に魚か鳥かどちらかの答えを即答できる者など居ない。


 そして同時に、それは魚か鳥かのどちらになった訳でもない。

 全体の質量は当然個々に比べても増えているが、鳥の質量は当然くっ付ける前の鳥の質量と同値であるし、魚の場合でも同じ事だ。

 しかし、もしこの2つをくっ付けずに捏ね合わせてただの粘土に戻し、その上で新たに鳥という形にした場合はどうだろうか。

 総質量は当然その前の鳥よりも大きいが、別に鳥の数が2羽以上に増えた訳でもなく、数は1羽のままだ。

 にも関わらず、鳥単体の質量は元より、体積もまた増大している。


 【同化】の能力者は、大体そのような存在だ。

 生物だろうと無生物だろうと関係なく、形あるものならばあらゆるものを取り込む事ができる。自分自身が粘土であり、また自分の生きる世界自体が粘土で構成されているのだ。

 だからジェメインもまた、簡単に周囲のあらゆるものを自分の体の中に取り込み、己のものとする事ができる。


 しかし単に取り込んだだけでは、質量も体積もどちらも増える事はない。

 ベスタをジェメインが取り込んだとしても、それは体内にベスタという個が収まっている状態に過ぎず、ジェメインという個自体の質量も体積もベスタという個を抜きで考えられる為だからなのだそうだ。

 反対に完全に取り込まれて一体化された場合は、その対象の質量も体積も本体にきちんと反映される。

 ベスタを取り込んでいる筈なのに見た目に変化がなく、キュールを取り込んだ際に体積が眼に見えて増えたのは、それが理由だ。


 ジェメインが質量や体積の増大というメリットを捨てて、わざわざ一体化せずに取り込むだけに留めるのは、そうしてしまうと取り込んだ対象の能力を行使する事ができなくなるからだ。

 あくまで相手の能力を自分のものとするのではなく、同化した対象に干渉して使わせる事によって間接的に自分の意思で使用するという結果を生み出すのだ。故に完全に一体化してしまえば使わせる対象自体が存在しなくなり、取り込んだ対象の能力を使用する事はできなくなる。

 【移転門】という極めて稀少で、有用性の高い能力を得たいジェメインとしては何が何でも完全に同化する訳にはいかない。


 つまりは、まだベスタを助け出せる余地はあるという事だ。ジェメインの体内のどこかに、ベスタは納まっている筈だから。

 それは反対に、おれに対しての人質として使用できるという事でもある。一体化している訳ではない――さらに噛み砕いて言ってしまえば、ベスタという物体をジェメインという袋が包み込んでいる状態にある。斬りどころを間違えれば、袋の下にあるであろうベスタをも斬ってしまう。

 もっとも、それはあくまで使えるというだけであって、おれがそれを気にするかどうかは全くの別問題ではあるのだが。


「さっきまでの威勢の良さはどうしたのかね?」

「うるさいぞ。少しぐらい考えるのに集中させろ」


 キュールを取り込んだジェメインの図体は、元々はおれよりも低いはずの身長が2メートル近い長身へと変化し、同時にそれに見合う幅も得ていた。

 取り込んだキュールたちの体積から考えて、肥大に回した血肉の量は全体の一部程度だろう。欠損した場合即座に修復に回せるようにストックしておくのもあるだろうが、あまり体躯が人間離れしすぎると、自身の強みの1つである体術が効率的に使用できなくなるからだろう。


 ジェメインの身のこなしは相当なレベルだ。

 さすがは本場の人間というべきか、こと【ゾルバ式戦闘術】の練度に関してはおれよりも遥かに上だ。

 その身のこなしは、能力によって自分の体が急激な変化を起こしても陰りがない。あるいは自分にできる事の限界を正確に把握しているとも言うべきか、いずれにせよ、先ほどまでと同じレベルの体術にリーチと重みが増すというのはあまり歓迎したい事態ではない。


「無意味だね」


 相手の拳を掻い潜って叩き込んだ斬撃による太刀傷は、そんなジェメインの言葉の直後には自動的に寄り添い合って塞がる。

 そしてお返しとばかりに、丸太のように太い足による蹴りを放たれる。

 それがただの蹴りならば、まだ防ぐ事はできた。しかし2回の軌道の変化を後出しで可能とする、ゾルバ独自の蹴りの全ての変化に対応しきる事はできずに水月に膝が叩き込まれ、一瞬の浮遊感の後に強烈な吐き気に襲われる。


 初手と同様に心臓に加えて肝臓も纏めて切断した筈だが、さっぱり応えている様子はない。それどころか、その攻撃さえもわざと入れさせられた感がある。

 それが自分の能力によって、切断されて体構造が分離された程度では簡単に元通り同化できるが故の対応なのだろうが、いずれにせよ、侮られている事だけは確かだった。


「それも無意味だ」


 ならばと、相手の同化前と比べても変わらない鋭さを回避してからの斬撃を腕に叩き込み、肘から切断して遠くに斬り飛ばす。

 しかしジェメインの余裕の表情は崩れず、腕の断面が不気味に泡立ったかと思えば、次の瞬間には元通りの腕が生え、具合を確かめるかのように手を開閉させていた。


「ワタシの能力は、同化した対象の血肉を任意にストックでき、必要に応じて自分の血肉に変える事ができる。その際に多少の魔力を要するが、それだけだ。

 キュールは比較的小柄ではあるが、それでも3人分もあれば戦闘中に枯渇する事はない。加えて、ただ切断された程度ならば後に回収してしまえば、最終的な損失は魔力だけだ」


 新たに生成された腕による拳が放たれ、それが眼前で停止。

 直前までの拳に勢いがあったが故に、寸前までそれがフェイクだとは気付けなかった。

 それでも右眼の動体視力を駆使して、本命の反対の手による手刀を――と見せかけた足払いを回避。そのまま空中で反転し、踵を相手の側頭部に叩き込む。

 当然のように反応したジェメインの腕とおれの蹴りが衝突し、転じてジェメインの眼が見開かれる。

 踵に仕込んであったナイフがジェメインの腕に楔代わりとして打ち込まれ、そのナイフに括り付けられたワイヤーをおれの左手が握り、一気に手繰り寄せる。

 返しがついていて、一度刺されば簡単には抜けないようになっているナイフが引っ張られる動きに釣られ、ジェメインの腕が引き寄せられる。結果腕が消えてがら空きとなった首元に、斬撃を叩き込んで首を刎ねる。

 さらにそれを接合されぬように、地面に落ちる前に縦横無尽に剣を走らせて細切れにしてやる。これで接合は絶対に不可能どころか、僅かな間も意識が保たれる事は無い。


 躱せる筈の蹴りをわざわざ受けたのは、おれを侮っているが故の余裕から来る行動だったのだろうが、侮られるのはこれが初めてどころか頻繁にある事であり、そうしてくれる分には好都合だ。

 その侮りを抱えたまま死ね。


「だから、汝はワタシを舐め過ぎだ」

「ガッ――!?」


 蹴りが叩き込まれた鳩尾を執拗に狙うかのように、強烈なブローが叩き込まれて絶息する。

 振り上げられた拳の表面には、人体にはあり得ない金属質の光沢が鈍く輝いていた。それが見掛けだけのものでない事は、直前の腹部に埋められた感触が証明している。


 そしてその拳を振り抜いたジェメインは、首を失った状態で、どこからか声を発していた。


「ワタシの能力が、ただ他人を取り込んで血肉のストックとするだけだと思ったかね? いいや、生憎ワタシの能力はその程度のものではない。

 人体の急所たる脳や心臓といった臓器を全身に同化させれば、その時点で全身がそれらの臓器の機能を有する事となる。即ち、ワタシには常人における急所というものが存在しない」


 喉奥から競り上がってくる苦いものを少量口内に溜め、その苦味と痛みを堪えながら顔を上げてみれば、上に頭部が乗っていた首に亀裂が走り、その亀裂が口となって言葉を発していた。

 【暴食】を司る大罪王であったベルも似たような事はできるが、あいつの生み出す口は、あいつの意思に従った言葉を紡ぐ機能など無い。

 そのベルでも不可能な芸当が、一層に不気味だった。


「例えばミズキアは、ワタシと同じように命をストックして、必要に応じてそれを入れ替えて不死性を成立させている。

 さすがに死んでも蘇り、しかも命のストックが膨大であるが故に蘇生の終わりが見えない彼の者と比べればワタシの不死性は劣るが、それでも汝のような者を相手にするにはこの程度の不死性でも十分過ぎる。むしろミズキアの不死性は、過剰でさえある」


 つらつらと開設している間にも、頭部を失ったジェメインは淀みのない安定した足取りで移動して自分腕の元まで辿り付き、その腕を踏みつけて足から血肉を吸収。残った剣を拾い上げる。

 そして反転しておれに向き直ると、首の断面を泡立たせて新たな頭部を生やす。


「ワタシは【レギオン】内において、対外的に【忌み数ナンバーズ】に名前を連ねてこそ居ないが、実力で言えばそれに匹敵する。

 ゾルバ最精鋭である特選隊の中でも、上位の序列に名を連ねているのは伊達ではないのだよ」

「ハッ、随分と笑わせてくれるな」


 口の中のものをはき捨てて立ち上がり、上からの目線で嘲笑ってやる。


「特選隊の上位序列者? それはつまるところ、エルンストによってあっさりと殺された連中にも劣るくせに、上が居なくなったのをこれ幸いにと繰り上がっただけの存在だという事だろうが。自ら小物宣言をするとは、三文芝居の役者にも劣るな。

 第一、誇らしげに宣言している所属先がそもそも張りぼてだろう。数だけ揃えておきながら、ただ1人にいいように蹂躙された挙句役目も果たせずに半壊した集団だ。ティステアの守護家にも劣る」

「……ワタシを、挙句の果てに我が祖国まで侮辱するか」


 顔色を変える。その変化が何を示しているかは考えるまでも無い。

 精々そのまま、こっちの都合の良いように平静さを失ってくれ。

 多少能力の汎用性は予想外ではあったが、支障は無い。次の筋道は組み上がっている。


「その程度だからだろう。そっちこそ舐めるな、お前の母体集団の特選隊とやらを蹂躙したエルンストは、他でもないおれの師だ」

「……そういえばそうだったな。師に対して惨めなほどに劣っているが」

「全く持ってその通りだ。今はな・・・


 そんな事、言われるまでも無い。


「……力を持たぬ割に、口だけは達者な事だ。しかし、ワタシと祖国を侮辱した罪は万死に値する」

「先に自分が来ているあたり、忠誠心とやらもたかが知れているな」


 周囲の状況を改めて探ってみると、残りのキュールが4人と、そして何故かシアとユナのコンビ。それと重傷ではあれど底知れない魔力を内包している少女が1人。

 このうち、キュールどもは無視して良い。あいつらはおれに対して絶対に危害を加えられない。何せ、自分の姉が何者にも勝る恐怖の対象だからだ。それを裏付けるように、あいつらもひとまずは静観するらしく動きが無い。


 そして身元不明の少女も無視して良い。内包する魔力量は戦慄ものだが、受けている傷は致命傷だ。生きているのが不思議なくらいで、おそらく保有する魔力が辛うじて命を繋ぎ止めている状態にある。放っておけば死ぬ。


 つまり、眼前のジェメインを除けば最も注意するべきなのは、何故か居るユナとシアのコンビだろう。

 随分と消耗してはいるが、何もできない訳ではない。

 そしてとりわけ、ユナのほうはおれに対して射抜くような視線を向けている。キュールが牽制するような位置に立っている為かそれだけだが、仮にキュールが居なかった場合、おれに対して何かしらの行動を取っていただろう。


「余所見をしていられる余裕があるのかね?」


 剣と剣とが噛み合い、軋み声を上げる。


「チッ……!」


 相手の剣を跳ね除けて後退すると、チャンスとばかりに距離を詰めて来る。

 さらに追い討ちのように迫る幾重もの斬撃を受け止め、弾く。合間に織り交ぜられて来る拳と蹴りを右眼を用いていなし、隙を見出して胴を蹴り飛ばし、その反動で大きく後退。


「ぬっ……!」


 尚も追いかけて来ようとする相手の眼前に癇癪玉を放り投げ、爆発を起こして足止めする。


「脆いな、面倒な事だ」


 現時点における互いの膂力は、おれの方が多少ではあるが勝っている。もっとも、相手がこれ以上に能力を用いて変異を進めた場合はその限りではないだろうが、それでも戦闘において明確な違いが現れるほどに大きな差が発生する事はないだろう。

 現時点における膂力の差も、魔力持ちとそうでない者との差ほど大きなものではなく、趨勢に大きく影響を及ぼすものではない。


 問題があるとするならば、それば武器だ。


 今おれが手にしている剣には、素人が見てもハッキリと分かるぐらいに刃毀れが生じていた。一方で、相手の握る剣には見る限りの損耗は見受けられない。

 アルトニアスから拝借した、神殿騎士に標準的に支給される大量生産された鋳造品である以上は仕方が無いとは言え、その品質は相手の持つ剣と比べて大きく劣っている。

 今はまだ大丈夫だが、あと数合も打ち合えば、運用に支障を来たすレベルの損傷が発生するだろう。下手をすれば圧し折れかねない。


 かと言って、素手で戦うのは論外だ。

 直に触れてしまえば、その瞬間に能力を使われて侵食される事は眼に見えている。

 剣といった道具ならばまだしも、魔力抵抗力を持たないおれなど、相手にとっては格好の餌食でしかない。


「自分の武器の具合が心配かね?」

「ッ!?」


 爆煙を切り裂いて迫って来たジェメインの斬撃が重くのし掛かる。


「武器はきちんと選ぶべきだ。自分の命を預ける道具なのだから、厳選するのは傭兵としては当然の事ではないのかね?」

「雑魚の行動に過ぎるだろうが」

「何とでも言いたまえ」


 少し前まで挑発によって頭に血が上っていたくせに、武器の差という大きな優位性を見出した途端にその目には余裕が宿り、揶揄するように逆に挑発して来る。

 その事を皮肉りながら挑発を重ねるも、ジェメインは余裕の態度を崩さない。

 それどころか、あえて受け止められるような斬撃を重ねて来る。

 その時点で相手が武器の損耗を狙って来ているのは明らかだったが、嫌らしい事に、受け止める事は容易くとも回避するのは難しいように攻撃を繰り出して来ている。


 何度目かの噛み合いを行った剣から、嫌な音が響いて来る。

 見ずとも分かるが、それでもあえて視線を向ければ、そこには剣腹の半ばに掛けて走る微かな亀裂。

 歯噛みし、斬撃を弾くのではなく、上手いこと力のベクトルを逸らして受け流す事を目的に受け止める戦法に切り替えようとした瞬間に、ジェメインの口が裂ける。


 寝かせて斬撃を滑らせているおれの握剣の下から現れたのは、直前まで柄に添えられていた筈のジェメインの右拳。

 想定どおりのタイミングで、想定どおりの軌道を描いて放たれた拳を、手元で剣を反転させて柄頭で手首を打ち据えて逸らす――寸前で、不気味に思えるほどにジェメインの左手が撓む。

 恐るべき柔軟性を発揮した手首が拳の軌道に対して僅かに、だが致命的に思えるほどのズレを生じさせ、柄を握るおれの左手に蛇の如くうねり撒き付いて来る。

 想定していなかったその技の入り方に対して、抵抗する間もなく関節を捉えられて押し込まれ、そのまま背後に抜けて行くジェメインの動作と連動して木に登るかの如く絡み付き、手首から肘、肩の関節が連鎖的に固定。

 同時に反対の手も剣を放棄し、おれの襟首を掴んで引き寄せ、右半身の動きを制限するや否や胴体に回されてガッチリとホールドされる。

 一連の流れに淀みはなく、その鮮やかさもさる事ながら、その結果が表す事実に急速に冷や汗が吹き出てくる。


「わざと付け入る隙を見せて、ワタシの取り得る行動をコントロールしたつもりだったのだろうが、その程度の事は読んでいた」


 密着した状態で、背後から先ほど入ってきた技と同じく、蛇のように這うような囁き声を耳に送り届けながら魔力を動かす。


 無能者であるおれに魔力に対する抵抗力は皆無で、一度能力を発動させられてしまえば、バターに差し込まれる熱したナイフの如くおれの血肉はジェメインの血肉と一体化し制御下に置かれるだろう。

 だからこそ、おれはジェメインに対してできる限り直に触れる事を避け、なるべく武器を始めとした間接的に触れる事で攻撃をしていた。

 だがその努力も、この距離では全て水泡と帰する。


「ワタシを嵌めるつもりが、逆に読まれて嵌めらるとはマヌケな事だ。あとは同化してしまえばワタシの勝ち……」


 しかしどうやら、勝負の運はおれの味方をしてくれていたらしい。


 魔力を消費して能力を発動させようとした刹那、一瞬だけジェメインの動きが止まる。勿論、能力の発動も。

 その理由は、おれを固定するために胴体に回された右腕の手から肘に掛けて、見るも無残なまでにズタズタに引き裂かれていた為だ。


「傭兵の間の格言に、例え同性間であってもセクハラは避けるべきだというものがあったな!」


 その隙を逃すほど、おれは自分の生に飽きていない。

 多少強引であっても拘束を振り解き、振り向き様の蹴りを叩き込んで引き離して距離を取る。


「……中々、言い得て妙だねえ」


 ジェメインが唐突に負傷した理由は、直前におれがシロと、そしてアスモデウスに無理を言って頼み込み、現状で望み得る限りでの万全の準備を整えていたが故だ。

 おれの全身に仕込まれている、小細工には必要不可欠な極めて鋭利であるナイフや極細のワイヤーは、無造作に素手で触れてしまえば容易く皮膚を破り肉を裂く。そんなものに、副の上からと言えど力を込めて触れたのだ。ただで済む筈がない。


「……【ゾルバ式戦闘術】に、関節技は無かったと記憶しているが」


 危ういところで命を拾ったという事実に対して、あくまでそういう結果に落ち着いたのだという事実として受け入れて無用な動悸を齎さないように、あえて意識を別の方向へと持っていく。

 そんなおれの意図など知らないだろうが、ジェメインは笑みを深める。


「つい最近まではの話だとも。何事も時代の移り変わりに応じて適応する。できなければ、緩やかに衰退していくしかないのだからね。

 それと同様に、蹴り技と投げ技が主体というスタイルが知れ渡り始めている現状を見て見ぬ振りをすれば、いずれ足元を掬われると危惧を抱いた本国の優秀な有志たちの手によって、新たに関節技も体系化され取り入れられた。

 まだ周囲に対する認知度が皆無に近いほどに取り入れられて間もないが、ワタシほどにもなればその短期間であっても、対人において十分に通用するほどに習熟する事ができる」


 真顔で言ってのける。どうやら真性のナルシストであるらしい。


「汝はワタシに比べて……いや、汝自身の他の技術と比べて関節技が未熟に過ぎるね。異性と寝た経験には乏しいの――」


 戯言を囀り始めた口を、ナイフを纏めて投擲することで強制的に閉じさせる。


「だから無意味だ。いい加減学習しないのかね?」


 自分目掛けて飛来するナイフを、腕を掲げて受け止める。

 鍛造されたナイフは厚い筋肉を貫き、半ばまで埋まる事に成功するも、元々が腕であり急所からは程遠い部位。そこに数本のナイフが刺さった程度では滅多な事が無い限り死なず、ましてやそういった傷に対して並ならぬ耐性を誇るジェメインは余裕を通り越して、呆れの表情さえ覗かせる。


「マヌケはどっちだ」


 その余裕から生まれる態度を、おれはせせら笑ってやる。

 直後に、爆発。


「ぐあッ!?」


 ナイフを受けた右腕を中心に、肩から首筋、顔面の右半分が消失し、眼窩から視神経が繋がったままの眼球がぶら下がり、ユラユラと頼りなく揺れている。

 胴体部は右肺が半分ほど吹き飛び、その肺を保護していた肋骨も無残な断面を見せて砕かれていた。空いた腹腔の奥にはあるべき筈の臓器は無く、代わりに空洞だけが広がっている。

 常人ならば重傷や瀕死をすっ飛ばして即死もののダメージだったが、人体の急所を全身に同化させる事で急所を無くしたジェメインにとっては、致命傷には程遠い。

 そして今こうして観察している間にも、既に事前に取り込んでいるキュールの血肉を使い、吹き飛んだ体構造を補修していた。


「刺突や斬撃、打撃は無効化できても、爆裂の衝撃とそれに伴う熱は無効化できないみたいだな。分かっていた事だが」


 ジェメインの【同化】の能力は、単純ながら限定的な分野においてならば、ほぼ無敵に近い性能を発揮する。


 殴りつけようとも、殴るのに用いた物体が触れた瞬間に能力を発動させれば、その際の衝撃を喰らう事無く体内に取り込み己の物とする事ができる。

 同化という過程を置き去りにし、穿つ刺突や斬り裂く斬撃などは、直接的に取り込む事は不可能であれど、それにしたところで攻撃を喰らった後に該当部位の周囲を纏めて同化させてしまえば、傷など無かったかのように元通りとなる。

 しかし、それが実態の無い攻撃だったならば話は別だ。

 今回の爆裂は元より、もっと言えば炎や熱線といった事象ならば一度に広範囲の部位を失わせる事ができ、尚且つ能力で事前に防ぐ事もできない。

 絶大であっても、絶対な能力などあり得ないのだ。


「魔道具の類か……!」

「あながち間違いじゃねえよ」


 厳密には、癇癪玉が持つ特性を持たないナイフに移したのだが、わざわざ説明する意味もなければしようとも思わない。

 それに、わざわざ教えるまでもなく、今回の布石の意図は殆ど達成されたも同然だ。


「生憎ベスタを仕留めたかどうかを確認できる、確実と言えるような方法はない。だがお前を跡形もなく吹き飛ばしてしまえば、お前ごと殺せたと言えるだろう?」

「……何と残酷な男なのだ」


 これ見よがしに新しく取り出したナイフを、手元で左右交互に放りながら弄んでみせる。

 それを忌々しげに見たジェメインが、膝を地面から離して立ち上がり、全身を泡立たせ始める。

 血肉が沸騰し、骨格が膨張し、皮膚が引き伸ばされる音が生々しく響き渡り、ジェメインという男の概観が急速に増して行く。


「しかし、やはり無駄だ」


 直前まではピッタリのサイズであった、橙色の分厚い防刃繊維の衣類すら急激な膨張率に追いつけずに引き裂かれ始める中で、事前にストックしていたキュールの血肉を全て変異に回して優に倍以上の体積へと成長する。

 そのもはや巨人と呼ぶに相応しい容貌となったジェメインが、野太くなった声音で上方から声を降らせる。


「ワタシを纏めて吹き飛ばす? やってみたまえ、できるのであればだがね」


 体積が、質量が増せば、一度に吹っ飛ばすのは一層難しくなる。そしてある程度の体積さえ残ってしまえば、ジェメインは絶対に死なない。

 それどころか、最悪の場合でも無機物と融合する事によって欠損した体構造を補い、戦闘の継続さえして来るだろう。


 何より、増大した質量と体積はそれだけで脅威だ。しかも野生の魔獣にありがちな、知能や技術に劣るという欠点もジェメインには存在しない。


「……本当に、雑魚の行動だな」


 途中で危うく死に掛けるという、予想外のアクシデントこそあったものの、それさえ除けば概ねおれの読み通りの展開だ。

 こいつの性格は大体把握できた。そして思想も。


 あとは手順を間違えずに、一手ずつ確実に積み重ねていくだけだ。さながら、盤上遊戯のように。


 腰から割れないように、厳重に包んであるシリンダーを取り出す。

 その針を血管に刺し込み、中身をピストンを押し込むことで血中に流し込む。

 瞬間、全身を全能感が包み込み、力が漲り始める。そして脳内には900の数字が浮かび上がり、同時にカウントを始める。


「可及的速やかに詰んでやるよ」











次回予告

死神は研ぎ澄まされた鎌を手に、帝国の瓦解を告げようと歩み寄る。

他方で暴食と色欲は狂った舞踏ワルツを踊り、そして眷属は血を啜る……みたいな。


上記のような内容のものを、ツイッターを始めてから投稿する度に呟いているんですが、絶対に後々に読み返して悶えるだろうと戦々恐々としています。


ありがたい事に、ツイッターだけでなくあとがきにも載せてくれという要望がございましたので試験的に載せてみようかと思います。

ただ、一度あとがきのほうに次回予告的に載せてしまうと、次話をその通りに書かなきゃいけないんですよね。

もちろん、少なくとも今回の章に置ける大よその展開や着地点は決まっているのですが、何と言いますか、筆者は文字数をコントロールするのが大変下手なようでして、書いていて文字数を合わせるために次話に持ち越したり、あるいは次話のシーンを持って来たりという事が度々あります。

あとがきにこういったものを載せる以上は、何とか執筆のスキルの向上も兼ねて、そうならないように細心の注意を払っていこうかなと思います。


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