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王都襲撃⑮

 



「【鳳凰不死炎舞】」

「ヒュィィィィィィィィィィッ!!」


 大量の魔力を注ぎ込まれて生み出されるのは、莫大な熱とエネルギーを内包した不死鳥。

 自立した意思を持つその不死鳥は、創造主であるユナの意図を的確に汲み取って翼を広げ、炎の羽を撒き散らしながら飛び立つ。

 輻射熱にさえ眼を瞑れば優雅な飛行を疲労するその不死鳥が狙うのは、傷だらけの素足の膝辺りまでの丈しか無い、継ぎ接ぎだらけの外套を頭からすっぽりと被った子供。

 普通ならば、身長から判断しても年端も行かないであろう事は間違いない子供に対して使うのには到底相応しくない魔法。

 その魔法によって生み出された不死鳥はしかし、高速で飛んで子供を飲み込もうとする前に、間に立ち塞がった地面から盛り上がる不定形の黒い物体にぶつかり、抵抗する間もなく虚しく逆に呑み込まれる。


「【風牙爪】!」


 そうして不死鳥を呑み込んだ黒い不定形の物体が、元通りに地面に沈み込んだ瞬間を狙ってシアが魔法を発動。

 風を束ねて不可視の鞭を作り出し、複数の方角から子供を目掛けて振るう。


「ひっ……!」


 あちこちが破けてボロボロのぬいぐるみの中身を、さらに押し出すかのように怯えた声を漏らしながら力強く抱き締める。

 その子供の体を、地面から盛り上がった同じく不定形な黒い物体が包み込み、卵のような形となる。

 よく見てみれば表面に斑色の波紋のような模様が描かれているそれに、不可視の鞭が連続して叩き付けられて派手な音が鳴り響いて細かく震えるも、音に反してその殻はビクともしなければ傷の1つも付いていなかった。


「むぅ……」


 その結果は初めてではない為、驚きは皆無の状態で口を尖らせて不満を露にする。


「やっぱり堅いなぁ。ていうか、どういう能力なんだろう。影で魔法や物体を呑み込んだり、物理的な盾を生み出す事ができる能力なんて聞いた事もないんだよねぇ」


 まるで映像を撒き戻しているかのように、子供を覆う殻が解けて地面に戻って行くのをシアは観察する。


「ユナちゃんはどう思う?」

「分かるのは、呑み込む方は自分の影以外にも周囲の影を使えるのに対して自分を覆うのには自分の影しか使えないっていう事と、呑み込む方にエネルギー量の限度は無いらしいって事。

 それと呑み込むのは連発できないみたいなのと、あとは自分を覆うのは本人の意思に関係なく自動で行われるって事ぐらいだね」

「うん、それぐらいは私にも分かるよ。ユナちゃんの炎鳥も簡単に呑み込んじゃったもんね」


 口を尖らせたまま髪を掻き上げる。


「能力が通用しないのは辛いなぁ。時を止めちゃえば後は近付いて、動き出す瞬間に合わせて攻撃して勝ちなんだけど、魔力抵抗力が物凄く高いよね」

「あの、ちょっと良い……?」


 少女2人が冷静に分析をしている中で、控えめに声を上げる男が1人。


「俺っち、帰って良い?」

「帰れるなら良いよ?」


 傍の建物の大きな影が独りでに動き始め、3人目掛けて勢い良く慎重し始める。

 それに対して即座に後退して距離を取るのと同時に、ユナが【流血刃】を使用してその影を作り出している建物を両断し、倒壊させる。


「……無理かなぁ」


 その光景を見せ付けられて、ディンツィオは引き攣った表情でそう答える。


「にっひひ、でしょ?」

「何でそんなに嬉しそうなんですかい」


 心底嬉しそうな顔をするシアに、ある種の危機感を抱いてぼやく。


「少なくとも現状で向こうの攻撃手段は、周囲の影をこっちに伸ばして呑み込もうとして来る事ぐらいだから、そこまで脅威じゃないとは思うけど……」

「範囲も分からないし、迂闊に背は向けられないね。かと言ってあの影の盾は物凄く堅くて突破できないし、ジリ貧だよね」


 シアはだけどと、付け加える。


「気付いている、ユナちゃん? このままいくと、多分追い詰められるのは私たちの方だよ?」

「それくらいは分かってるよ」


 周囲に存在している影は、戦闘が始まった頃と比べて大分伸びている。

 時間の経過と共に日が沈んでいっている為だ。

 もし影が限界まで伸びきったら、そして日が完全に沈んで夜闇に包まれれば、影を媒介にするらしい相手の能力がどれほどの猛威を振るうかは想像に難くない。


「まあ、色々試してみるしかないってね。【暴刃旋風】!」


 シアの真骨頂である、先天的な適性の豊富さと魔力の多さを活用した複合魔法が2重に発動。

 唸り声を上げて地面を抉りながら、生み出された2つの掘削機が前進。

 そして途中で盛り上がった影がその表面に取り付き、徐々に侵食率を増していき、程なくしてその掘削機の全体をすっぽりと覆った後も少しの間だけ不気味に蠢いていたものの、すぐにその動きは収まり地面に元通り沈む。


「むぅ、やっぱ速さが足りないかなぁ」


 こと対象の破壊という面ならば指折りの魔法をあっさりと封殺され、そう結論付ける。


「当たれば削れそうな気もするんだけど、あの呑み込む影の限度がイマイチ良く分からないしなぁ。ユナちゃんの【鳳凰不死炎舞】を呑み込む時は1度に1つしか呑み込む影を出せないくせに、それより体積の大きい筈の私の【暴刃旋風】の場合だと1つ出しても余裕があるみたいだし」

「一体どんな能力なんだろうね。ブラフを織り交ぜているとか?」

「それか、どこかで何かを勘違いしているかだね」


 互いの認識と見解を共有する為に、考えを口にしてすり合わせる。


「加えてあの盾も突破する必要がある訳だけど、生半な攻撃じゃ通用しそうにないね。少なくともユナちゃんの炎の熱には耐えられる訳だし」


 1度既にユナの生み出した不死鳥が衝突しながらも、焦げ跡1つ付いていなかった事例を引き合いに出す。


「ユナちゃんの【流血刃】ならいけるかな?」

「かもしれないけど……」


 ユナはその言葉に顔を顰める。

 自分のオリジナルの魔法では効果が無いと分かった次には、既に彼女は【流血刃】による攻撃を試みていた。

 だが結果から言えば、影の盾に当たるよりも先に地面より盛り上がった影に呑まれて終わった。

 そして当然ながら、呑まれた血液は戻って来ていない。


「次に飲まれたら危ない?」

「半々くらいかな」


 だからこそ、直接攻撃に【流血刃】を使うのは控えていた。

 使うとするならば、周囲の障害物を排除する時ぐらい。


 そこに3方向から影が伸びて来るのが視界に入り、その影が範囲内に入った瞬間、シアが時を止める。

 しかし能力は発動こそしたものの、その影響を影が受けたのは僅かな時のみ。一瞬だけ影の先端が止まり後続の影が撓んだものの、即座に束縛を振り解き動きを再開する。


「なんで、にげるのですか……?」


 か細い舌っ足らずな、そして心なしか震えているようにも聞こえる声が紡がれる。


「おとなしく、しずめられて、ください。ていこう、しないで……」

「うん、無理」


 物騒な言葉と、それが偽りなしの本心であるという事を裏付ける殺意を当てられながらも、シアは笑顔で拒否する。


「にゅっふふ。でもでも、やる気満々なのは嬉しいよ。こっちも攻略のし甲斐があるってね!」

「先陣切って喧嘩を売りに行ったのはシアちゃんでしょ」


 シアを言葉で窘めるが、それを述べるユナにも不満の要素は無い。

 元々介入したのは、襲われていたディンツィオを助ける為であったというのが1つと、既に自分たちが標的にされているというのがもう1つ。

 言葉も外見も子供そのものだが、向けられている殺意は本物だった。


「何にせよ、殺意を持って襲い掛かってくる以上は容赦しないってね! 【暴刃旋風】!」


 再度掘削機の魔法を、しかし今度は1つのみ生成。

 その代わり注ぎ込む魔力の量が増やされたのか、先ほどのよりも規模の大きなそれが相手に向かう。


「そして【墜落気流】!」

「ちょっと!」

「嘘ぉッ!?」


 地面から影が現れて掘削機を呑み込もうとする寸前で、シアが上方からの下降気流をぶつける。

 かつても使用したその組み合わせによって引き起こる現象――即ちダウンバーストは、圧倒的猛威を周囲に対して撒き散らす。

 ただし前回と違うのは、その猛威の範囲内に術者であるシアは勿論、ユナやディンツィオも含まれている事だった。


「ちょ――【岩壁牢】!」


 間一髪でディンツィオが地面に手を付き、自分自身を含む3人を包み込む石製の牢獄を生み出す。


「あっははははは! そうやってくれると信じてたよディン君! でもって固定!」


 それにシアは手で触れ、能力を発動。

 範囲内の全ての物体の時が停止したところに、ダウンバーストの猛威が炸裂。

 しかし時の停まった物体に影響を及ぼす事は叶わず、本来ならば容易く薙ぎ払われた筈の牢獄は完全に3人を守り通す。


「【暴刃旋風】! さらに【物体加速】を合成!」


 外の猛威が鳴りを潜めるな否や、能力を解除して岩壁を破って外へ。

 そして予想通り、今しがたの猛威を盾を纏う事でやり過ごしていた相手を目掛けて、通常の倍の速度に加速させた掘削機の魔法を放つ。

 目論見通り間髪を入れない連撃に呑み込む暇も無く、相手はそのままの状態で掘削機の猛威を受ける。

 耳に硬質の物同士がぶつかり合い削り合う不協和音が届き、そしてそれが止まる事無く続く。


「さらにもう1発」


 容赦という言葉を置き去りにしたかのように、シアはさらにもう1つ掘削機を追加する。

 それが最初の掘削機に対して、左右から挟みこむようにして進んで殻と激突。

 そのまま不協和音がしばらく続くものの、掘削機の移動は完全に停止。その場に留まったまま回転も続くものの、徐々にだがその勢いも失速していく。


「【鳳凰不死炎舞】!」

「【爆裂砲】!」


 やがて持続時間の終了を待たずに片方の魔法が解けたところで、ユナが炎鳥を繰り出す。

 さらにそれに合わせるように、シアが多重に紡いだ爆裂魔法が炸裂。

 炎鳥の衝突と同時に爆裂魔法が命中し、熱波と衝撃を撒き散らし、火柱を天高く打ち立てる。

 それらの余波による突風が全身を打ち据えるのに耐えながら、薄目を開けて戦果を確認する2人の表情が心なしか歪められる。


「いまので無傷……か」


 かつては黒曜石のモニュメントすら容易く削り整形したシアの魔法と、輻射熱だけで人を殺せる熱量を内包した不死鳥の突撃。

 そこに連続した爆裂を叩き込まれても尚、不落であると言わんばかりに影の殻は健在さを誇示していた。


「ますます攻略のし甲斐が出て来るね!」


 ただし、歪められた理由は2人で違っていたが。


「擦過撃じゃ駄目みたいだね。発想自体は悪くないと思うけど、貫通力が足りない。となると……ユナちゃん、手伝って」

「分かった」


 何かを思いついたらしい従姉妹の言葉に、詳細を聞かずにユナは首肯する。その当たりは長年の付き合いによる信頼関係が築かれていた。


「【朱雀乱舞踏すざくらんぶとう】」


 不死鳥と同じく彼女のオリジナルの術式によって組み立てられた術式が顕現させるのは、多数の炎鳥。

 1羽だけを取ってみれば、先ほどの魔法によって生み出される炎鳥の半分にも満たない大きさ。

 しかし代わりに数は多く、数十――下手をすれば100を超える朱雀の群れが翼で空気を掴んで羽ばたいては編隊を組み上げていく。


「行け!」


 創造主の命に従い、左翼の群れが旋回しつつ殺到。


「ひうっ……!」


 それはやはり持ち上がった影が間に立ち塞がり、突進する片っ端から呑まれていく。

 だが直後に今度は右翼が逆方向から旋回しつつ殺到。そしてワンテンポ遅れて、中央の群れも突貫。

 それぞれに影が持ち上がって立ち塞がり、次から次へと呑み込まれて終わりかと思った矢先に、群れの中の数匹が立ち塞がる影を避けて隙間に体を捻じ込ませて先に進む。


「えっ……?」


 それは影を展開していた子供からすれば、死角から突如として現れたのに等しい奇襲だった。

 しかしそれでも、やはりオートで発動するのか子供自身の影が独りでに蠢いては殻を形成して包み込み、朱雀たちの衝突からの爆熱を正面から受け止める。

 だが1羽1羽の衝突によって生み出される威力は小規模ながらも、1羽ずつ順番に衝突していくその連続した弾幕に相手自身は殻を解除する事ができずに、先に間に生み出された影が地面へと沈んでいく。


 そのタイミングを見計らっていたかのように、シアは両手を左右に掲げる。

 掲げられた両手の上には、魔力を視認できるものが見ればそれぞれ別の術式が高速で編み込まれ、尚且つ1つに集約されていくのが見えた筈だった。


「【風輪刃】と【飛輪生成】と【刃片生成】、それに【物体加速】を合成……」


 中心に穴の空いた飛輪、あるいはチャクラムとも呼ばれる投擲武器が生み出される。ただし大きさは規格外で、術者の意思と過剰な魔力を注ぎ込められたそれの直径は優に2メートルを超える。

 そこに風を循環させて円形のカマイタチを生み出す魔法で円盤を包み込み、シアが力を加えずとも独りでに回転を始めさせる。

 さらにその回転速度も、新たな魔法が加えられる事によって爆発的に上がり、トドメとばかりに無数の鉄片が循環に加わる。


 完成したのは風の循環によって高速回転すると共に、同じく風に乗って循環する無数の鉄片によって勝手に研磨されて鋭利さと摩擦によって熱を増していく円盤。

 研磨と摩擦の為に循環されている鉄片の殆どは融解し始め、解けた鉄の雫が地面に落ちては燐光となって消えていくが、大元である円盤は鉄ではなく別の素材によって生み出されていたのか赤く染まりこそするが原型を保ち続けている。


 適性こそ2属性持ちダブルで済むものの、やはり並みならぬ魔力と4つの別々の、系統すら違う魔法を同時に展開させる演算能力を持ってして始めて実現させられるその魔法はもはや、人に対して向けるような代物ではない。

 限界まで研ぎ澄まされた刃は触れるだけで指を落とす程に鋭利で、加えて回転する事によって生み出される切断力は鉄ですら紙くず以下にしかならず、また円盤本体の熱もまた焼き切るという過程に一役を買う。

 そこに直線に移動する運動のエネルギーと、他でもない円盤を回転させている風の刃も加われば、その円盤の持つ威力がどれほどのものになるかは想像もつかない。

 正真正銘、化物を貫き切断する為の魔法だった。


「うっわぁ、分かってたけど、あんなナリでもティステアの守護家の連中って化物なんね」


 その魔法のデタラメさを理解したディンツィオが引き攣った声を漏らす。


 そして合成魔法による円盤の回転がやがて最高に達し、色が消えて代わりに光を放ち始めた瞬間にシアは大きく振りかぶる。


「名付けて【熱風円転刃ねっぷうえんてんじん】! せえ、の……ッ!」


 そして仄かに白い光を放つ死の光輪が放たれる。

 最初こそ研磨による耳障りな音がしていたものの、回転が限界に達した為に円盤は無音で空を駆ける。

 【物体加速】は回転運動だけでなく進行運動にまで作用し、本来の速度と比べて重りがある為に落ちている筈のカマイタチの速度を本来のそれと同等かそれ以上にまで加速させ、一直線に飛行。

 ちょうど殻が最後の朱雀の衝突を防ぎきったところに衝突。

 最初こそ掘削機がぶつかった時のそれよりもさらに甲高く耳障りな不協和音を上げていたが、程なくして音が変わり始めたのを2人の耳は敏感に感じ取る。


「いける……?」


 固唾を飲み、手を握って見守っていた両者の視界には、徐々に回転数を落としていく円盤の姿。

 音の変化から間違いなく戦果を出している事を確信しながらも、決して油断せずに見守るなかでついに回転を終えて円盤は落下。形を維持できずに雲散霧消する。


「惜っしいなぁ……」


 そして肝心の戦果はと視線を向けると、そこには縦方向の深い切れ込みこそ入っているものの、その下の空間を覗く事は叶わない殻の姿。


「……シアちゃん、あれって2つ同時に展開できる?」

「さすがに、無理だね」

「そう。ならもう1度頼んで良い? それと剣が欲しいんだけど。先端の鋭利なやつが」


 ユナの言葉にシアが視線を向けて、歪んだ笑みを浮かべる。


「いいよぉ。【尖剣生成】」


 地面から取り出した、刺突以外の運用法を想定されていない剣をユナに投げ渡す。

 ユナはそれを利き手で握り、静かに呼吸を深くしていく。


「それじゃあ、また私が牽制するからその時にもう1度お願いね」

「まっかせて!」


 殻を解いて影を伸ばして来る相手を据わった眼で見据え、シアと同時に地を蹴って左右に開いて影を回避。


「【鳳凰不死炎舞】……」


 自分が倒壊させた建物の瓦礫の上に着地し、同じ手は通用しないだろうと割り切って歯を食い縛り、苦痛を堪えるような表情を作りながら詠唱。

 彼女の背後に、意思を持った不死鳥が誕生。ただし数は2羽。

 彼女の従姉しかなし得ていない複数の不死鳥の創造を、他でもないその術式を生み出した張本人が挑戦し、頭が割れんばかりの頭痛と引き換えに成功させる。

 そして2羽の不死鳥を突撃させて、間に影が立ち塞がる瞬間に腕を振るって【流血刃】を飛ばし、それぞれの不死鳥を分割。

 数を倍に増やして体積を半分に減らした不死鳥が、子供を目掛けて殺到。そのうちの3羽こそ新たに生み出された影に呑まれるも、最後の1羽が殻に激突。


「【熱風円転刃】!」


 そこに間髪入れない光る円盤が炸裂。先ほどと同じように途中で音を変化させながら徐々に回転数を落としていく。

 そのタイミングでユナが瓦礫の上から降り、地を駆ける。

 右手に握った尖剣を腰溜めに構えるのと同時、手首に作った傷口から血が頭を出しては蛇のように動き、握られた尖剣に対して撒き付くように進んでいく。

 柱を支柱とした螺旋階段のように綺麗に巻き付き終えた血は、頂点で進行角度を変更。既に存在する螺旋の道と交差するように下降して行き、主であるユナの右手首の傷口へと帰還していく。

 その螺旋状に回転する血の循環は【流血刃】の時と同等の速度で行われ、無数の羽虫の移動の際に伴うそれと酷似した唸り声を上げる。


 そしてシアの【熱風円転刃】が回転を終えるのとほぼ同時に、殻に刻まれた傷口を抉るように尖剣を抉り込む。

 切っ先は切れ込みの底に到達し、静止する。

 本来ならばそこで終わりなのだろうが、尖剣に巻き付いた高速で循環する血液がそれを許さない。

 切っ先の周りを中心に周囲の殻を片っ端から削り取っていき、少しずつ切っ先が剣に込められたユナの力に従って奥に押し込まれていく。


 やがて、ユナは手に掛かる抵抗が唐突に消え失せるのを感じ取り、内心で会心の笑みを浮かべる。

 循環させていた血液を体内に戻し、消えた抵抗の代わりに新たに手に伝わってきた、それまでのと比べれば実にささやかな抵抗という手応えを得ながら剣を捻りながら引き抜き、後方跳躍。

 直後に自分が立っていた足元から自分を呑み込もうと影が包み込んで来たのを眺めながら、尖剣の切っ先が自分のものではない血に濡れているのを確認する。


「大成功だねぃ」

「……みたいだね」


 切っ先の血を振り払い、尚も油断無く相手を見据える。

 以前までならばそこで気を抜いていただろうが、その前の戦闘経験が彼女たちの中から油断といった要素を取り除いていた。


「……あ、やっぱ女の子だったんだ」


 殻が解け、中に納まっていた子供の姿を捉えてシアが合点がいったという相槌を打つ。

 おそらくはユナの刺突によって、被っていた外套の継ぎ接ぎの一部が完全に解れて周囲の布も纏めて地面に落ちており、フードと貫かれた左肩の当たりの布が重力に従って垂れ下がっていた。


 その下から覗くのは、まずは傷口。

 最初に貫かれ、その後の抜く際に捻られて抉られた傷口は子供の体に対して相対的に大きく、そのパックリと空いた傷口から血が流れていた。


 そしてもう1つ覗いていたのが、それまで外套に遮られていたが為に不明だった素顔。

 汚れと油でベタついた白い髪は額に張り付き、後ろ髪は長さが疎らで碌な手入れがされていない。

 舌っ足らずの言葉相応に顔立ちは幼く、よく見れば子供特有の可愛らしさがあるものの、やはり髪と同様に煤と埃で汚れきっており見る影も無い。


「うぅ、うぅぅうぅぅうぅっ……!」


 それらの要素を合わせて何とか少女だと判別できる子供は、痛みの為かギュッとボロボロのぬいぐるみを抱き締め、両眼力いっぱいを閉じて涙を浮かべていた。


「やだ、もう、やだぁ……!」


 嗚咽混じりの、しかし力強い声を絞り出して言葉が紡がれる。


「なんで、どうして、みんなせいれをいじめるの……?」


 セイレ――それが少女の名前なのかどうかは不明だが、ともかく少女を表す名詞と共にそう漏らす。


「いやいや、いじめるもなにも、先に殺しに掛かって来たのはそっちっしょ」


 すっかり蚊帳の外となったディンツィオの言葉は誰も反応を返さないものの、紛れも無い事実であり正しい言葉だった。

 ともすれば、セイレと名乗る少女のその言葉は自分勝手な癇癪でしかない。

 だが同時に、ある意味子供の癇癪ほどに恐ろしいものは存在しない。


「やだやだやだやだぁ……! しずんで、みんなしずんで、きえてぇ! せいれをいじめるものなんか、ぜんぶなくなっちゃえぇ……!」


 その言葉を境に、ハッキリと空気が変わる。

 同時に少女の放つ殺気も質も変容する。

 周囲に甘ったるい、噎せ返りそうになるほど強烈な匂いが充満し始め、また闇が掛かり始める。


「……やっば」


 あわてて周囲を見渡せば、既に半分ほど日が沈み掛けている事に気付く。

 先頭に夢中になっていたのもそうだが、まだまだこの時期は日が沈むのが普段と比べて早いという事をすっかり失念していた。

 そしてその状況が、少女の独壇場となる事を3人は見た事こそなけれど確信していた。


 閉じられていた双眸がカッと見開かれ、その下に収まっていた赤い瞳が現れ爛々と光る。

 それは比喩表現ではなく、涙を流すその瞳はまさしく物理的に発光していた。

 同時に少女から膨大な魔力が垂れ流され始め、それに合わせるように外套の裾から黒い靄が大量に溢れ出して地面に溶け込んでいく。


「えっ、嘘。これって……」

「まさか、闇魔法? ていう事は、あの子まさか魔族!?」


 ユナは信じられないとでもいうように、そしてシアはどこか嬉しそうに、その黒い靄と少女の正体を推測する。

その推測の正否の答えこそ返って来ないが、直後の少女の詠唱がそれを決定的に裏付ける。


「【万死ばんし万獣ばんじゅう晩陰ばんいん王國おうこく】!」










「以上が、僕たちが見た出来事と僕個人の見解です」

「うん、ご苦労様。治癒士を手配しておくからさ、ひとまずその傷を手当してもらいなよ」


 肩を押さえながらも自分の役目を果たし終えたイースを、椅子に深く腰掛けたカルネイラは人を食ったような笑みのまま労う。

 しかし、普段ならばその言葉に従って体質するであろうイースは、珍しく何かを言いたそうな表情のままその場に待機していた。


「どうかしたのかい?」

「失礼を承知で言いますと、僕は……正直あいつらに関わるのには反対です」


 その様子を的確に察知したカルネイラが尋ねると、イースは無礼なのを承知でそう言う。


「ああ、失礼だなんて思う必要は無いよ。君たちには自我がある、そして自我があれば自分の違憲をもつのは当然の事だ。その意見が僕の意見と食い違っていても、何ら恥じる事は無い。むしろ積極的な意見は歓迎するところなのさ」


 イースの意見を聞き入れた上で、カルネイラはそうフォローする。

 そのフォローに、兄の言葉に不安気な表情を浮かべていたウェスリアも安堵の表情へと変える。主君の怒りに触れずに済んだという意図を持って。


「そして君の言う事も確かだ。【絶体強者】とまで呼ばれているリグネスト=クル・ギァーツと、当代最高の能力者であるアキリア=ラル・アルフォリア。この2人に真っ向から勝てる者なんて居ないだろうね」


 昔はともかくと、小さく付け加えられたその言葉は兄妹の耳には届かない。


「でもね、関わるなって言うのは土台無理な話なのさ。こんなにも面白い事態になっているんだ、楽しまないのは重罪ものだよね」

「ですが――」

「それにね、あくまで真っ向での話さ。世の中は面白くて、必ずしも実力で勝る者が勝つっていう仕組みにはなっていないんだよ」


 指を立てて左右に振り、笑みを湛えたまま諭すように言う。


「加えて言えば、僕の推測が正しければこのまま行けば、さらに面白い事になる。それを純粋に楽しむのも良いけど、僕個人としてはさらにトッピングを加えると尚の事楽しめるのさ。

 そんなチャンスを指を加えて見過ごすほど、僕は自制心が強いほうじゃないよ」


 椅子から腰を上げて立ち上がり、手に椅子を持って机の前まで移動する。

 そして再度椅子に座り直し、紙とペンを用意して一筆したため始める。


「まあ僕は直接的に戦うなんてのは真っ平御免な訳なんだけれども、代わりに僕には、僕みたいな人間だからこそできる戦い方、あるいは介入の仕方っていう特権を持っている。それを存分に活用させてもらうよ」


 書き終えたそれを封筒にしまい、厳重に封を施す。

 そして最後にあて先を書いたそれを、イースへと渡す。


「きっと僕が投じた石で発生する波紋は、今回の事態における全体の流れにも部分的な結末にも何の影響も及ぼさないだろうね。

 何せ既に種は撒かれきっていて、発芽が始まっているんだ。それに手を加えるのは勿体無いしやってはいけない事だ。だから僕ができるのは、実にささやかな贈り物程度。皆からすれば嫌がらせにしかならないだろうけど、気に入ってくれるかな?」


 クスクスと、自分にのみ分かる理屈で無邪気に、しかし見る者が見れば邪悪としか言いようが無いように笑った。











実に24話ぶり、日数にして2ヶ月半ぶりのユナシアコンビの再登場。

ちなみに少女ことせいれですが、この時点で元ネタは分かったりしますかね?

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