情報屋②
「おれを死神と呼ぶな。名乗った覚えは無い」
「そらそーよ。通り名ってのは自分で名乗るもんじゃなくて、他人がそいつの事を評価して付けるものなんだから」
ケラケラと笑うこいつの名前はシロ。ホワイトバーのバーテンダーであり、また情報を売り買いする情報屋でもある。
シロという名前の割に黒い髪と金色の瞳を持ち、また左眼の周りに火傷の跡を負っている。
バーテンダーのくせしていつもどこかの国の軍服を着ており、また碌に手入れをされずにボサボサの散切り頭をしている為に色気などは皆無だが、一応性別は女であり、また意外にも能力者であり情報屋としての腕は確かだった。
「そう言えば、ついさっきも上手く切り抜けてたねェ。アタシはおまえさんが騒ぎを起こしてウフクススに眼を付けられるんじゃないかって、見ててヒヤヒヤしてたぜ」
「また覗き見てたのか。悪趣味な事だ」
こいつが腕の確かな情報屋として名を馳せている理由は、その固有能力にある。
【俯瞰視点】という名のその能力は、こいつが望んだ景色をいつでも自由に俯瞰する事ができる。
しかも視覚だけでなく聴覚も一緒に飛ばせる為、音声も拾いたい放題といった具合で、戦闘には碌に向かないが、こと情報収集という面で見ればこれ以上の能力は無い。
「約束していた日にちは昨日だ。その約束をすっぽかしたおまえがそれを言うな」
「……確かに、その点についてはすまなく思う。予定通りにいけば間に合ったが、色々とゴタゴタしてね。そこら辺の事情くらい、そっちも知っていると思ったが?」
途端に鋭い眼光を向けて来るシロに、おれは素直に謝る。
シロが情報屋として名を馳せている理由は、その能力だけでなく、情報屋という職業にしては珍しく信用を重んじるからだ。
そのシロを相手に約束を破るなど、敵に回っても文句を言えない。
「アタシだって、いつでもおまえの事を見ている訳じゃない。何せ、視点は1つしかないからな。
ただ、故意じゃない事ぐらいは推測できる。今回は不問にするよ」
「感謝するよ」
腕の良い情報屋を敵に回す事ほど愚かな事はない。おれみたいな存在は特にだ。
「早速だが、本題に入らせてくれ」
「了解……と言いたいところだけど、その前におまえに伝えなければならない事がある」
背後の棚から酒ビンを取り出し、グラスに注いでカウンターに置く。
代わりにこちらは金貨を1枚テーブルの上に置く。今までに毎回のように繰り返された儀式のようなものだった。
「ついさっき、イゼルフォン家の連中がうちに来てたよ」
「イゼルフォン家が……!」
ティステアの5大公爵家の1つである、イゼルフォン家。その主な役割は国内の情報を統括する事であり、記憶が正しければ、現当主は情報部の最高責任者を担っていた筈だった。
「場所は? まさか王都からか?」
「まさか。もしそうだったら、事前に通達しとくさ。自分たちの領地からだよ」
シロが情報屋として名を馳せているもう1つの理由は、このホワイトバーにある。
このホワイトバーは、より正確にはこの建物は、どこにでも存在するという特性を持っている。
つまりはAという地点と、そこから遠く離れたBという地点に同時に店が存在し、扉を開ければこの場を訪れる事ができるのだ。
これはシロではなく、彼女に専属の護衛として雇われている能力者の固有能力によるものであり、またシロが名を馳せていながら未だに生きていられる最大の理由でもある。
腕の良い情報屋というのは、大量の顧客を抱えるのと同時に、大量の敵も抱える事になる。昨日は自分に有利なように利用したが、明日には自分に不利なように利用されるかもしれない、そう依頼人に思われ命を奪われる情報屋というのは後を絶たない。
その点シロは金よりも信用を重んじる事である程度の安全を確保しているが、それとて万全ではない。事実過去に何度か、命を奪おうと刺客を差し向けられた経験があると言う。
だが刺客を差し向けた側からすれば、結果は散々たるものだった。
何故なら、この店に足を踏み入れるという事は即ち、その専属の護衛の能力のテリトリーに足を踏み入れるという事に等しいからだ。
結果刺客は皆殺しにされ、また刺客を差し向けた者もシロによって情報をばら撒かれ、間接的に報復を受ける事となった。
戦闘に向かない能力者であるからと言って、断じて油断していい相手ではないのだ。
「用件は?」
「あー、とりあえず安心しときな。別におまえについて知ってる事を教えろだとか、そんな事じゃなかったから。ただ、警告はされたけどね」
「警告?」
ひとまずいきなりプランが破綻するという最悪の事態は避けられたようだが、まだまだ安心はできなかった。
「端的に言えば、向こうはアタシが5大公爵家について探っているんじゃないかって疑ってるって事」
「それは……不幸中の幸いと言うべきか?」
「多分な。元々そこまで突っ込んで探ってはいなかったし、調査も先日終えたばかりだからね。もしもっと深くまで探ってたら、さすがに疑念じゃ済まされなかっただろうし。ギリギリで間に合ったってとこかな。ただ、疑念止まりとはいえ感づくあたり、さすがは守護家と言ったところだな」
棚の裏から茶封筒と小包みを取り出し、差し出して来る。
「……何だ?」
「いやさ、笑って良い?」
「もう笑ってんだろ」
茶封筒と小包みを持つシロの顔は、声こそ出てないものの、明らかに笑っていた。
「いや、だってよ、これが笑わずにいられるかってのよ。あの死神が、学園に通うってんだからさ」