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紛いもの

 



「ザグバの奴、死んでやがんのー。ダッセー、あひゃひゃひゃひゃ!」

「……そうか、死んだか」

「なーに自分はへいせーですみたいな態度取ってんだ? 読みが外れた気分はどーだ? なー、アーベールー?」

「別に外した覚えはない」

「あっれー、どっかの誰かがザグバは絶対に勝つとか言ってたのは気のせいだったっけー?」

「勝ったさ」


 からかうような口調の言葉に、アベルは短くそれだけ答える。

 その言葉が意外だったのか、それとも直前までとは打って変わった雰囲気に呑まれたのか、笑うのを止めて口を噤む。


「ザグバの勝ちだ。間違いなくな」

「見てた訳でもないのに、よく言えるな」

「見るまでもない、それだけの事だ。

 あいつの意思は最後まで遮られる事も阻まれる事も無く、死の直前まであいつは自分の好きなように生きてただろう。そうである以上、あいつは負けて無いんだよ」

「くっだらねーの。死んだ奴が敗者で殺した奴が勝者なのはとーぜんだろーに」


 アベルの言葉が気に食わなかったのか、つまらなさそうに、そして忌々しそうに唾を吐き捨てる。


「周囲からは同じ【忌み数ナンバーズ】とかいう括りで纏められてはいるが、同じ括りにされているとは思えないぐらいに価値観が一致してなければ、仲も悪いな」

「べっつに仲が悪いって訳じゃねーよ。こっちが個人的に気に入らないって思ってるだけだしー」


 そこで言葉を切り、動きも止める。

 唐突な硬直状態に陥ったのは数秒ほどで、次に外套のフードから覗く整った形の唇が弧を描く。


「あっひゃっひゃっひゃ! まあ何にせよ【死神】が生き残ってくれてけっこーってね」

「だから、お前のそれは死神違いだろうが。あのガキ完全なとばっちりだろう」

「同じ汁を啜れば同罪ってカインは言ってたぜー」

「絶対に意味が違えよ」


 アベルは外套の下から覗く口元だけで、器用なくらいに他人に浮かべている表情を連想させて来る相手に微かに表情を顰める。


「それで、今度は何だ?」

「裏切り者。そして最大で4人」

「クソ喰らえ、本当に」


 心底嫌そうに吐き捨てて、視線を外壁に上がる時に利用した階段のある方へと向ける。

 そのまま2人とも会話が無いままいくらかの時間が経過するが、やがて階段を複数の者たちが上がって来る音が響き、程なくして姿を現す。


「あー、出迎えご苦労様です。初めまして」


 2人共が自分たちを注視していた事に気付いた先頭に立つ男が、人懐っこい笑顔と共にそう述べる。


「ご機嫌如何ですか?」

「芳しくないな」


 色の濃い藍色の髪と碧眼を持つ男の呑気な言葉に、半分うんざりしたようにアベルは応じる。

 その応答に気を悪くした様子もなく、男は相槌を打つ。


「それは重畳。あっ、申し遅れました」


 そこで姿勢を正す。


「僕はウフクスス家第2師団の師団長を務めております、シェヴァン=ラル・ウフクススと言います。

 そしてこっちの2人が、ルヴァク=リヴァ・ティトニエスとアスヴィズ=ロニ・ディスケンスです。共に僕の優秀かもしれない部下ですよ?」


 自分の後ろに続いていた、共通して師団員以上にのみ支給される胸のあたりにウフクスス家の家紋のエンブレムが縫い付けられているジャケットを羽織っている、金髪翠眼の男と腰から剣を提げた白髪混じりの初老の男の2人の名前を紹介する。


「……で?」

「それでですね、本題なんですが……その前に1つ良いですか?」


 指を立てて、聞くまでもなく予想できる本題の前にと提案をする。


「場所、変えませんか? 僕、高いところがそれはもう苦手で苦手で」


 小刻みに足を震わせながら、それでも顔色の1つも変えずにそう言った。










 死後硬直を起こしている訳でもないのにも関わらず、まるでそこだけ時間が停止しているかの如く、力強い生命力の躍動を感じさせる体勢のまま息絶えているザグバを、膝の負傷や疲労といった理由から立ち上がる気力も湧かず腰を落としたまま観察する。


「老死、か……」

「正解だよ」


 パチパチと、否が応でも感情の篭っていると理解できる、そしてそれ故に小馬鹿にされている気がしてならない拍手と共にアスモデウスが姿を現す。


「キミの推察通り、彼の死因は老衰死さ。いや、本当の意味での純粋な寿命の枯渇による死だから、厳密には老衰死ではなく老死と言うべきかな」

「……いつから居た」

「おおっと、誤解の無いように弁解するが、ボクがここに来たのはそこの彼が死んだ後からだ。

 誓って言うが、ボクはキミが危険に晒されているのを黙って見学しているほど薄情な奴じゃないとも」


 聞いてもいない弁明を始める。

 果てしなくどうでも良い。


「何でここに居る?」

「この辺りで竜穴が爆発したからね、そりゃ足を運んで確認するのは当然だろう?

 もっとも、それが起こった原因は彼だったみたいだけどね。人間が単身でそれを成すなんて、さすがはベルフェゴールと言ったところかな」


 アスモデウスは視線を死体へと向ける。


「ただ、失敗作だというのも事実だったみたいだね。生憎人間の生態に詳しい訳じゃないけど、肉体の最盛期に老死するのはキミたち人に取っても異常な事なのだろう?」


 頷いて肯定してやる。


 一般的に老衰死とされているのは、寿命が尽きた訳ではなく老いによる身体機能の低下によって活動を維持できなくなるものが殆どだと言う。

 心臓の脈動や呼吸を始めとした生命維持に不可欠な活動が、末期の老化現象に伴う機能の衰えによって継続不可能になって死を迎える事を指す。


 だがザグバには、肉体的に生命維持が困難となるほどに衰えた様子はなく、むしろ逆に肉体は健康体かつ全盛期そのものだ。

 おそらくだが開腹して見てみれば、そこには健常者の成人男性のそれと比べても何の遜色のない健康的な臓器が詰まっていることだろう。

 にも関わらず、寿命が枯渇して死亡するというのは普通に考えればあり得ない。

 何かしらの原因が無い限りは。


「昔ベルフェゴールが、人間を手駒にしようとした事があった」


 おれの思考を読んだかのように、過去を回想しながら語りだす。


「彼はいまのマモンに負けず劣らず怠惰でね。ただマモンとは違って、自分が楽をする為だったり、あるいは自分の好奇心を満たす為ならば自主的に動く事は度々あったのさ。

 そしてその時は後者の理由で自主的に動いた。何せ人間は数が多い。それらを魔界でも十分に戦えるように強化できれば、質と量を兼ね備えた戦力が確保できる」

「それでザグバを――そいつみたいな奴らを量産した訳か?」

「いいや」


 首を振って否定する。


「最初にベルフェゴールが試したのが、魔法による強化だった。だけどそれは、すぐに失敗という結論に行き着いた。人間の魔力に対する脆弱性が原因でね」


 魔界において、魔力抵抗力の高い者が足を踏み入れればその者は魔界の大気中の超高濃度の魔力が原因で瞬く間にアレルギー反応を起こして死に至る。

 その事を知っていたベルフェゴールは、魔界でも活動できるぐらいに魔力抵抗力の低い者を調達して施術を行ったらしい。

 だがそうなった時に新たな問題として浮上するのが、治癒魔法におけるものと同様の問題だった。

 それが魔力を許容量以上に受けた時に引き起こす、副作用とも言うべきもの。

 魔力抵抗力の低いものほど起こしやすく、発症すれば高確率で死に至るというそれが壁となり、ベルフェゴールは魔法による強化を断念したのだと言う。


「一応、強化そのものは成功していたらしいね。施術を施したのは魔界最高の技術者だ、元の素体の強さを考えれば破格とも言うべきレベルまでに性能まで引き上げられたらしい」

「でも、そのベルフェゴールが求めるレベルには達しなかった、だろ?」

「その通りだよ」


 そもそも、魔力の量が絶対とは言わないにしろ実力に直結する人間の中から魔力抵抗力の低い者を選べば、それは高確率で弱者に部類されるだろう。

 そんな元の下地が粗雑なものが、元々の数値と比べれば破格なまでに強化されたところで、全体から見ればたかが知れている。

 勿論中には少ない魔力で全身の浸透率を高効率で上昇させられる者だっている。

 だがそんなものは少数で、到底そのベルフェゴールの目的には合致しない。


「だからベルフェゴールは、魔力を用いずに素体を強化する方法を模索した。そうして行き着いたのが、魂を利用する方法だ。

 人とは不思議なものでね、器の中にほんの少しだけでもそれが納まっていれば抜け殻となる事はない。だからこそ、人それぞれで魂の大きさに差異があるのかもしれないけどね」


 その言葉の意味は、おれ自身が良く知っている。

 ベルの奴に対してにしろ、レヴィアタンに対してにしろ、経緯や方法はどうであれ自分から自分の魂を削って渡していたのだから。

 それでもいまのおれに、目立った異常など一切無い。


「キミの考えている事を読んだ上で先に言わせて貰えば、それは頭に、少なくともいまのところはと付けるべきだよ。

 用途こそ違えど、ベルフェゴールは被術者の魂を限界まで削り取って強化へと回した。それは一応は成功したかに見えた。だけど――」

「また問題が発生した訳だ」


 そしてその問題こそが、ザグバの不自然な死に繋がっているのだろう。


「端的に言えば、寿命が極端に短くなる。他にもいくつかあったけど、それらはあまり関係ない上にどうしようもなくてそれきりにされてたから省こうか。

 ともかく、寿命が極端に短くなるという副作用とも言えるものを発症した被術者の大半が、発症した時点で寿命が完全に尽きて死んだ。残る者たちも、それほどの時が経たずに同様に死んだ」


 そうなった原因はおそらくだが、被術者の平均年齢がある程度上だった為だろう。

 施術に耐えられる者を選択すれば、どうしても被術者の平均年齢はある程度上になる筈だ。

 そしてザグバは、外見から推察するに施術を受けた時点の年齢は他の被術者と比べても低かった筈だ。故に施術を受けた時点で、寿命が枯渇する事は無かったのだろう。


「で、ベルフェゴールは考えた訳だね。成果こそ挙げられたけど、それじゃあ交換が激しくて到底必要な数を確保できないって。

 だから寿命が尽きないように、その時点で本人の老化がそれ以上進まないように被術者の肉体の時を止めた訳だね」


 ザグバの容姿が【レギオン】結成当時から変わらない、子供のようなものだったのもそれが原因だろう。

 それを鑑みる限り、その対策そのものは成功したのだろう。

 だがザグバが失敗作と言われているのを鑑みるに、それでも問題は解決しなかった訳だ。


「問題は2つ。1つは、ベルフェゴールの施した不老の施術が完璧過ぎたという事だ。

 それは文字通り、本当の意味で被術者の時を止めた。老いる事がなくなったけど、例えば怪我を負った際に、その怪我が自然に治癒される事も無くなった。しかも悪い事に、被術者の魔力抵抗力の低さがそれに余計に拍車を掛けた。

 そしてその問題への対処法として、怪我を負った際にのみ当人の肉体の時間を加速させて、相対的に高速で治癒を始めるようにした」


 ザグバに起きた傷口の再生と、それに伴う肉体の成長はそれが原因だった。


「それで一応は決着がついたのだけど、あくまで代謝の加速である以上、残り少ない寿命を消費するという事実は変わらない。

 さらに追加すると、ベルフェゴールの施術でも被術者の肉体の時が完全に止まる事は無かった。普通の人間と比べれば遥かに緩慢ではあるけれど、少しずつだけど老化は進んでいた」


 それも納得できる。

 でなければ、傷が完全に再生された時点でそれ以上の老化が無い筈のザグバが死ぬ筈が無い。

 傷が完全に再生された時点で、ザグバの残る寿命は雀の涙ほどだったのだろう。

 そしてそれが、あの時に完全に消費され尽くした。


「そういう訳で、結局最後まで根本的に消費の早さという問題を解決できなかった為に、その研究は凍結されたらしい。

 もっとも、本人の口から聞いたのがそれだけだったから、もしかしたらボクや他の大罪王に語った後も研究を続けていた可能性だってあるけど、それは言ったところで栓の無い話だからね」


 長い話はこれでお終いだと、手を打ち鳴らす。


「だから、キミもあまり自分の魂を削るような真似はしない方が良い。これはボクからの純粋な警告だ。聞き入れてくれると嬉しいね」

「……そうか」


 ザグバが力を手にするまでの大まかな経緯は分かったが、それ自体に対しては特に感慨は抱かない。

 珍しい事例でこそあれども、やはり探せば見付かる程度の話でしかないし、それにまるで関係の無いおれがとやかく言えるような話でもない。

 ただ、思うところが無い訳でもなかった。


「でも、腕も上手い具合に馴染んでいるようだね」


 そう言うアスモデウスの右腕は、切断した筈の腕が存在していた。


「他人に対してあんな使い方をしたのは初めてだったからね、うまく馴染まないで酷いことになっていた可能性だってそれなりにあったから、馴染んでいて何よりだよ」

「ちょっと待て」


 そういう事はやる前に言え。

 今さらそれを言ったところで、意味は無いが。


「それじゃあ、一緒に怪我を治しに行こうじゃないか」

「……はぁ?」

「言葉通りの意味さ。ボクが権能を使っても良いのだけれど、生憎勝手が違うからね。それよりも適任者を見付けてあるんだ」

「そういう意味じゃないんだがな……」


 ただ、勝手が違うというのに関しては同感だ。

 痛みや不快感やらは、普通に治癒魔法を受ける分には感じずに済むものだからだ。

 それでも手当てをしてくれた事に、不満がある訳でも感謝していない訳でもないのだが。


「……アスモデウス」

「だからボクはシュマだと言っているじゃないか。あれかい、わざわざその名前でボクを呼ぶのは、キミなりのボクに対するあてつけかい?」


 知るか、そんなおれにとってどうでも良い事なんか。


「そいつも、一緒に運べるか?」

「……どういうつもりだい?」


 おれが指差したのは、息を引き取っているザグバ。


「運べるか運べないかで言えば、答えはイエスだ。だけど、ボクにはキミの考えがイマイチ分からないな。直前まで殺しに来ていた相手を、どうしてわざわざ運ぶんだい? ましてや、彼はもう死んでいる」

「……だからこそだ」


 既に死んだ以上は、それはただの死体――もっと言えば粗大ゴミでしかない。

 極論ではあるが、決してそれは間違いではない。むしろ物事を正しく見ているとすら言える。


「……シュマ、聞きたい事がある」

「だからボクの名前は……って、頭でも殴られたのかい!?」


 たかが呼び方の1つで、随分と喧しい事だった。

 ただ、要求どおりに呼び方を変えた以上は、まともに質問に答えてもらう。


「あんたは、戦いが楽しいか?」

「……いいや」


 自分の質問を無視した問いに対してか、それとも問い事態に対してか、呆気に取られたような表情を浮かべるが、すぐに表情を元の真面目なものに戻して少しの思考の後に答える。


「キミが偏見を抜きにそれを聞いて来たのは分かるけど、その上で言わせて貰えば、魔族が好戦的であるというのは間違いだ。

 勿論そういう者が多いのは事実だし、ましてや魔界の原則が弱肉強食である以上はそう言われても仕方のない事だけれども、少なくともボク自身はそれには当て嵌まらない」


 言われるまでもなく知っている。

 おれ自身遭遇した魔族の殆どが好戦的であったのも否定はしないが、そもそも先に襲い掛かって来たのは向こうの方であり、そんな事をしてくる個体が好戦的なのは当然の事だから参考データにはならない。

それを抜きに考えれば、魔族の全部がそういう者たちではないとは聞いている。


「ボクはね、本来は平和主義者なのさ。戦わずに済むのならばそれに越した事はない。

 可能ならば魔界なんて殺伐した環境から出て行って、どこか長閑で自然豊かな平和な場所で平穏に暮らしていたいくらいだ。

 別荘は結界の都合からあんなものにせざる得なかったけど、こじんまりとしたログハウスでもそこに建てて、争いも小競り合いもなく1人でのんびりとしていたいね。

 いや、あるいは誰かと一緒というのも悪くはないね。たまに顔を合わせたりとか、その程度でも良い。多少の刺激がないと飽きてしまいそうだからね。ただし、その刺激はごく平和なものに限るけども」


 肩書きを、立ち位置を、内包する力を考えれば夢物語のような内容を語る。


「とまあ、そんなところさ。だけど、どうしてボクにそんな事を尋ねる必要があるんだい? 癪に障るが、キミの側には元大罪王の質問をするには打ってつけの奴が居るだろうに」

「本気で言っているのか?」


 ベルに聞いたところで、碌な答えが返って来ない事は容易に想像できるだろう。


「……すまない、思慮が足りなかったね。確かに言われてみればその通りだ。

 それはさて置き、キミの望む答えに足り得たかな?」

「ああ……」


 よく分かった。

 やっぱりおれは紛いものだ。


 戦いは楽しめる。それは事実だ。戦っている最中の気分の高揚、陶酔感は紛れもない本物だ。

 だが後になって暗示が解ければ、自分がそうでないという事が理解できる。させられる。

 その時のおれが違うという訳でもない。感じているものが本物であるように、それを感じ取っているおれもまた本物だと分かる。

 それでもふと気付いた時に、それがどこか違うものだと分かるのだ。


 ザグバは強い。少なくともおれよりも実力で言えば何枚も上手だった。

 加えて間違いなく戦いを、闘争を楽しんでいた。

 罠に嵌められても、沈められて殺されかけても、終始戦いを楽しみ続けていた。

 そこには怒りも恨みも、ましてや物欲や嫉妬などというものすら存在せず、ただ強者との命の奪い合いを楽しむという純粋なまでの闘志のみが存在していた。

 おれにそのような振る舞いができるかどうかと言えば、答えは否だろう。


 もっと言えば、過去の諍いなど全て抜きにして戦いを楽しめるだろうか。

 足を切断されても、その事をただ事実として認識して楽しみ続けることができるだろうか。

 命を奪う事を、相手を蹂躙する事を、痛みを感じる事を、腕をもがれる事を、足を奪われる事を、光を失う事を、腹を捌かれる事を、はらわたを引き摺り出される事を、骨を砕かれる事を、強者を捻じ伏せる事を、敵を屈服させる事を。

 それら全てを、自己暗示を抜きに純粋に楽しみ、闘争という行為に悦楽を見出せるだろうか。


 考えるまでも無く、答えは否だ。

 そしてそれが、強者ならば皆同じように振舞えるかどうかと言っても、やはり答えは否だ。

 それらはザグバだからこそできた事なのだろう。

 それらはエルンストだからこそできた事なのだろう。

 それらは、本当の意味での純粋な戦闘狂であるからこそできる芸当なのだろう。


 おれがそうであるかどうかは、イエスであり、同時に否である。

 偽者でもなく、贋作でさえも無く、だが本物にも成り切れていない紛いものだ。

 今までもどことなく感じ取って来ていた事に、たったいま確信を持つ事ができた。ただそれだけの事だ。


「【忌み数ナンバーズ】の連中が複数居るって事は、ほぼ間違いなく、近くに副団長も居るだろう。そいつに引き渡す」


 副団長のアベルは、【レギオン】という集団の中では珍しいぐらいの常識人であり善人だ。エルンストの生前死後を問わずに何度も世話になっている。


「弔いというやつかい。ボクらは死んでも死体は残らないからね、経験の無い事だよ」


 弔い――それは違うだろう。

 別にザグバの死に悲しんでいる訳も無ければ、ザグバやその仲間である【レギオン】のメンバーを慰めるつもりも毛頭ない。

 どちらかと言えば敬意。

 少し違う気もするが、それが最も近い気がする。


「まあキミがそうしたいのであれば、ボクはそれに従おうじゃないか。だが、彼の死体はキミが運んでくれたまえ。生憎、両手を塞ぐ訳にはいかないのだよ」

「ああ」










「気のせイ……じゃねぇよナ。少なくとも確実にここには居タ。また擦れ違いになったカ」


 舌打ちと共に、ベルゼブブは地面に唾をはき捨てる。

 地脈の解放を見て何なのかを理解したのはアスモデウスだけでなく、ベルゼブブもまたそれが何なのかを理解し、また同時に近くにアスモデウスが居るのならば確実に来る筈だと踏んで駆け付けたのだが、タッチの差で再び擦れ違いとなっていた。


「さテ、今度はどこに行きやがったんだかナ……」


 腕組みをして難しい表情のまま辺りを歩き回るが、元より考えることは門外だと自覚している彼女は、すぐに思考を放棄する。


「まア、近くに居れば大体分かるカ」


 その結論はつまるところ、当ても無く彷徨うという事と同義なのだが、本人は至って気にした様子は無かった。

 むしろ既に、それとは別の事に対して気が割かれていた。


「クソガ。一体どこの馬鹿ダ、よりにもよってここの地脈を解放なんて無茶をしでかしやがったのはヨ」


 もしザグバの仕業であり、尚且つ本人が生きていると分かれば問答無用で喰らいに行ったであろう表情を浮かべて、滅茶苦茶に破壊された地面――正確にはその下を見下ろす。


「封が解け掛かっているナ。あとどれくらい持ツ?」


 彼女にしか分からない、彼女だけが理解できる疑問で頭を埋め尽くす。


「いまのオレに同じ事ができるカ? いヤ、無理だろうナ。ならどうするカ……」


 現在の自分が久方振りの良好なコンディションであると同時に、未だに本調子には程遠いというジレンマを抱えている事に頭を唸らせる。


「幸いな事にしテ、まだ幾ばくかの時間はあるカ」


 しばらくそうした後に導き出したのは、結論の先送りという毒以上のものにはならない解だった。

 もっとも、その事を責められる者は居ないだろう。他の者では、それがどういう事なのかすら理解できないのだから。


「もう少しだケ、眠っていろヨ」











アスモデウスは再び逃げ出した。ベルゼブブはアスモデウスを見失った。


主人公空気というご意見を頂きました。筆者もそう思います。

ですが書かなければいけないんです。少なくとも王都襲撃の方のメインはレギオンなんです。言い訳ですね、ハイ。本当にすいません。


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