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死神vs超人②

 



 ザグバの振り下ろされた拳が地盤を砕く。

 それによって砕かれた岩礫が襲い掛かってくるが、左腕で顔を庇うのみで堪えて踏み込む。

 息を入れずに地面にめり込んだ拳を動かし、地盤を抉りながら襲い掛かって来る下方からの拳を踏み込んだ足を軸足に半回転して避けて、相手の腕に手を叩き付けて軌道をずらす。

 拳と一緒に巻き上げられた礫が重力に捕まえられるよりも先に、その腕を叩いた手を振り抜かずに掴み捻り上げる。いや、捻り上げようとした。


「クハッ!」


 にやりと笑ったザグバが、おれのその捻り上げようとする力に逆らって腕を元に戻す。

 その力はおれの力をあっさりと凌駕し、逆におれの腕の方が持っていかれそうになった為に関節を取る事を断念して手を離し、代わりにがら空きの胴体に蹴りを叩き込む。


「甘えよ!」

「どっちがだ!」


 蹴りを迎え撃とうと空いた手で迎撃をしようとするが、それとて受ければタダでは済まない事を知っているおれが、わざわざ危険を犯す訳が無い。


「ッ!?」


 蹴りの軌道はローへと見せかけて、ハイへ。初回の軌道の変化には付いてこれたが、返ってそれが2度目の軌道の変化に対応するのに要する時間を増大させる結果となり、間に合わずに側頭部に蹴りを受ける。

 だが自分でも間に合わない事は直前で理解したのか、首を捻って打点をずらすと共に直撃の瞬間に自ら跳び、ダメージを最小限に抑える。


「3段変化か!? それは知らないな!」


 そして代わりに返されたのが、拳の一撃。

 肌を風圧が掠める感触に冷や汗を掻いたかと思えば、すぐの第2撃目。

 それが続く事全部で5連撃。それらを右眼で大よその方角を見極め、とにかくその方角とは逆方向に全力で退避。

 さらに追い討ちを掛けようとするザグバに対して、拳と拳の合間にナイフを入れる事で一端の息抜きの時間を得る。ただし投擲したナイフはあっさりと指の間に挟んで受け止められ、そのまま2本の指の力だけで圧し折られる。


「チッ――!」


 さらに3本のナイフを投擲し、後退。

 3本中の1本は同様に指の間で挟んで受け止められ、残る2本はザグバの姿を僅かに捉え損ねて外れる。

 かと思えば、薙ぎ払うかのような大振りの拳による、砲弾というよりは巨大な鞭のような衝撃波が駆け抜ける。


「……気付いているか?」


 そこで一端動きを止めて、ザグバの視線は自分が乗り越えてきた、王都を囲む外壁の方向へ。

 その向こう側に広がっているであろう光景を、視線は射抜いていた。


「でかい魔力の奔流が、さっきから騒がしいったらありゃしねえ。お前なら気付いているよな、俺よりも魔力探知能力は上なんだからよ。俺も同じ【レギオン】の中じゃ相当に鋭い方だが、お前には劣る」

「…………」


 【レギオン】という集団に限らず、大陸中の魔力持ちの中でも一般的な者が保有する魔力量と比べても、ザグバの保有魔力量は少ない。

 それは逆説的に、限りなく無能者に近いという事になる。

 それでも無能者と比べれば魔力は身近な存在であるが、普通の魔力持ちと比べれば、魔力探知能力の伸び代はある。

 だからこそ、距離が離れていてもあの魔力の奔流を感じ取れているのだろう。


「で、このうちの片方な、多分うちの団長だ。何となく分かる」


 団長とはつまり、【絶体強者】リグネスト=クル・ギァーツその人の事だ。


「うちの団長は強い。俺なんかよりもずっとな。その団長を相手に、さっきからずっと戦闘を続けられている――それも逃げ回ってんじゃなくて、互いに命を奪い合うような戦闘を繰り広げられるような奴は一体全体、どこの誰だろうな?」

「…………」


 おれは【レギオン】の団長の実際のところの実力を知らない。

 伝聞では知っている。かつてあのエルンストと互角に渡り合ったというのは有名な事だし、それは他でもない真実だとエルンストから聞いている。

 おれにとっての最強であり、遥か高みに位置していたエルンストの、全盛期でない頃の事とは言えど互角の実力を持っていた人物。

 そんな者は、例えティステア国内であっても限られるだろう。

 5大公爵家の宗家レベル、あるいは当主レベルの者。

 その中でもさらに一握りだ。


「心当たりでもあったか?」

「さあ――なッ!?」


 足元に亀裂が走り、地割れが起こる。

 ザグバがその場から動かず、足に力をこめて地面を踏み抜いた結果だった。


「ハハッ!」


 地割れそのものに足を取られる事は無かったが、逃れる為に跳躍する事を先読みされて拳を叩き込まれる。

 辛うじてだが腕を差し込み、円を描いて拳の軌道を外側に逸らす事には成功するが、タイミングが完璧でなく鈍い痛みが走る。

 おそらくだが、いまので筋を痛めた。


「惜しいな。もう少しで腕の1本は完全に破壊できたのにな」


 笑いながらそう言うザグバに手を伸ばすが、即座に鉄槌を振るい対応してくる。

 続く腕を狙った動きにも、足を払う動作にもしっかりと対応して来る。


「寝技じゃ俺の膂力を抑えきれないもんな。だから投げ技に持ち込みたい訳だが、そう来ると分かってれば早々喰らったりは――!?」


 ハイを腕で受け止められ、即座に足を下ろして相手の肩口に引っ掛ける。

 間髪入れずに足を引っ掛けた肩口を足場にするように体を持ち上げ、相手の頭上を通り越して背後へ。地面に体が着く前に左足を相手の右側の首へと持って行き、両足でしっかりと挟んで固定。

 そのまま地面に手を着いて、前転の要領で体を持ち上げて地面に叩きつける。


「ガッ――!?」


 いまので確信を得られたが、別段ザグバは打たれ強い訳ではない。

 その膂力は確かに脅威だが、それは筋量によって生み出される訳ではなく、肉体そのものは強靭という訳ではない為だ。

 だからこそ、攻撃の際に衝撃が筋肉によって阻まれるという事が無い。


「そういう投げ方があったか!」


 両手で地面を押し、ついでのように亀裂を入れながら跳ね上がる。

 持ち上げられた顔に浮かぶのは捕食者の光を宿した双眸。顔面から地面に突っ込んだ為に流れ出した鼻血が、その凶悪さをより一層際立てていた。


「ッ!?」


 その眼前に癇癪玉が跳ねて炸裂する。


「芸がねえぞ!」


 爆煙を吹き飛ばす不可視の砲弾が空間を薙ぎ払う。

 それを伏せて回避したおれに覆い被さる影。

 その正体を確認するよりも先に、勘に従って横に跳ねる。

 直後に降り注いで来たのは、半ばから力任せに圧し折られた断面を見せる100年単位の樹齢を誇るであろう樹木。

 それはその1本だけで無く、立て続けに次の、そのまた次の樹木が拳によって圧し折られてはその勢いのままに宙を泳いでは降り注いで来る。


「逃がさねえよ!」


 幸いにして、威力や見た目こそ派手ではあるものの、拳によって放たれる衝撃波同様に軌道そのものは単純であるが故に回避するのはそこまで難しくはない。

 だがおれの足を止めるのには十分すぎるようで、瞬く間にザグバが距離を詰めて来る。

 そして途中で低く張られていた蔦に捉われ、その蔦を固定するのに利用されていた樹木を根元から引っこ抜き、自分の方へと倒す。


「チッ――!」


 本来ならば足を取られて転倒するか、もしくは転倒せずともつんのめり足を止める程度の嫌がらせ以上の意味のないトラップだが、その常識外れの膂力が予想以上の現象を引き起こす。

 倒れた樹木をザグバが拳で木っ端微塵に粉砕したところで、蔦の影に張られていた2段構えのワイヤートラップが想定外の方法で作動し、手持ちの最後の癇癪玉が落下、炸裂する。


「……なるほどな」


 その隙にまんまと姿を消したおれは、適当な樹木の影に隠れて気配を消す。

 ほんの僅かな隙に仕掛けられる即興のブービートラップとしてはあれが限界だが、姿を晦ますのには十分に役立ってくれた。

 いくら魔力探知能力に優れていようが、探る魔力を持たないおれを見付けるのはそれでは不可能だ。


「オーケー、分かった。どうしても俺と隠れんぼがしたい訳だ」


 おれが消えた後を追いかけるか、それとも手当たり次第に破壊をばら撒いてあぶり出そうとして来るかの2択だと思ったが、ザグバはそのどちらもせずに、立ったまま話し始める。


「それに、どうも俺をどこかに誘い込みたいらしいな。逃げる方向にバラつきが無い」

「…………」


 さすがに長い間戦場で生き、多数の死線を潜り抜けて来た傭兵は違う。狙いを簡単に看破して来た。

 侮っていた訳ではないが、おれにとって不都合なのは紛れもない事実だ。


「となれば、だ。このまんまお前の誘いにあえて乗ってみるのも悪くないのかもしれない。中々楽しくなって来たところで、お前が仕掛けて来た策だ。何かしらの勝算があってのものだろうからな。

 あるいは、乗らずにこれまで仕掛けるのも良いのかもしれない。だが、お前が俺がそれを選択する程度の事を全く予期していない訳が無いだろう?

 もし俺がその選択肢を選んだ場合に、自分が取るべきまた別の対応ぐらいは考えているだろう」

「…………」


 典型的なパワー型かと思えば、舌打ちしたくなるぐらいに用心深く、また思慮深い。

 ザグバはだけどな、とそこで一端言葉を切って半歩右足を引く。


 引いた右足に体重を掛けながら右手を握り締めて、左手はその右腕に添える。

 そのまま拳を後ろに引きつつ、並行して上体を左斜めに引きながら捻じり上げる。

 完成したのは、まるでこれから岩を砕くデモンストレーションを始めるかのような体勢。


これの事・・・・は知ってたか?」


 ヤバイと、おれの全面的に信頼の置ける生存本能が警鐘を鳴らす。

 それに従って全力で退避するか、それとも妨害する為に前進して行くか。

 そのどっちを取るべきか、一瞬だけ迷う。その一瞬の迷いが致命的なものであると直後に気付き、同時に選択肢の片方が完全に潰えたという事を理解させられる。


「クソッ――!」


 気配を潜める事も、姿を晦ます事も放棄して全力でその場から――ザグバから離れる。

 隙だらけだとか、そんな事を考える余地すら挟められなかった。

 とにかく1歩でも遠く、距離を取る事に全力を注ぐ。


「もう遅えよ」


 そして拳が振り下ろされて、閃光と爆音、地震が生み出される。

 地震は地表の上に乗っかっているもの全てを振るい落とすかの如く、爆音はそれだけで地盤を破壊するかのように。

 そしてそうして生み出された地表の傷口から、雷光のそれ以上の眩さを誇る爆光が天を貫かんばかりに溢れ出して柱を打ち立てる。

 そんな下手くそな語り手が紡いだかのような、出来損ないの神話のような光景。

 それが視界に収める事のできた限界だった。










「地脈とか、竜穴パワースポットとか、そういう探せばどこにでもあるような大自然に存在する意思無き力。それに外的刺激を加える」


 酷い有り様だった。

 なだらかながらもそれなりの自然のあった死火山は一瞬で姿を変え、まるで幼児が癇癪を起こして暴れまわった室内のような惨状を、前衛的な彫刻師が作品に表したかのような光景。

 とにかくあらゆる物が破壊され、その残骸が方々に散らかっている中で、それらの隙間から決して少なくない水が溢れ出て流れていた。


「するとどうだ? 元より意思を持たないその莫大な力は、加減いう事も知らずに受けた刺激に応じて自分の持てる力を何の制限も無しに解放する。

 場所によって存在する地脈や竜穴の規模は違うから生み出せる破壊の規模は左右されるが、齎す被害が甚大である事に変わりはねえ」


 耳に変質して聞こえてくるザグバの言葉に合わせて、その歩みが新たな音を加える。

 それは水を踏んで跳ね上げる音だった。

 それが確実に、おれに近付いて来ている事を教えてくれる。


「さて、少なくとも巻き込まれたのは確実だが、死んではいない気がする。勘だがな」


 その勘が当たっている事は、他でも無いおれが理解している。

 そしてその勘の囁くままに、ザグバはあちらこちらを見渡す。

 それごおれを探す為、探し出してトドメを刺す為のものである事が分かっても、おれには何もできない。身動きが取れない。


 ただザグバが自分に気付かない事を祈るぐらいしかできる事のないおれを他所に、ザグバは程なくして、周囲に水を供給している、自分が掘り当てた巨大な水源に到達する。

 それを淵に立って見下ろしているのが視界に映る。


「……これは元々ここにあった水源か。別のところで泉でも作っていたんだろうが、こっちに引っ張って来ちまったか。

 お陰で足下の見通しが悪いったらありゃしねえな」


 舌打ちをして踵を返す。

 その返した踵を、そのすぐ足下の岩の影に全身を浸からせてへばり付いていたおれが掴む。


「なッ――!?」


 抗われればおれが敗北する事は火を見るよりも明らかだった。

 だからこそ、抵抗する余裕も有無を言う暇も与えずに力の限り水中へと引きずり込む。


「――!!」


 水中でザグバが何かを口にして、気泡を吐き出す。

 その隙におれは次の動作に素早く移る。

 あらかじめ予期していた者とそうでない者、その違いは行動の速さに如実に現れる。


「――!?」


 右腕は首に巻き付き、左腕はその右腕の固定を。共に腕の関節を巻き込んで行い噛み合う。

 足は胴体に絡み付けて、完全に上半身の自由を奪う。

 水中ならば自慢の膂力も十全には発揮できやしない。そして体勢と質量で言えば、圧倒的におれに優位がある。


 人間が溺れた時に、ほんの数百グラムの重石が原因で浮かぶ事ができずに沈んでいく事は多々ある。

 水中において、本来浮かぶ構造をしている人間にとってはほんの少しの重石が、その合理的な構造の作り出す法則を乱すのだ。

 それは自身の体重の1割を超えれば高確率で、4分の1を超えれば絶望的な確率で現実のものとなる。

 ましてや、おれの体重は質量で言えば常人以下のザグバのそれよりもずっと大きい。

 いくら人智を超えた剛力を誇ろうが、碌に動きが取れないように拘束された状態で水面に上がるのは不可能だろう。


 過程は大分違う事になったが、結果としては予定よりも簡単に事が運んだ。

 あとは先に潜っていたおれと、満足に呼吸ができていたか怪しいザグバ。

 それはいくつもの優位性をおれが持ち、尚且つ制限を受けたザグバの剛力がなおもおれを上回る事が無いという前提の話で始めて成り立つ、どっちが先に酸素を消費し尽くすかという勝負だ。











死神vs超人は次話で終わり。ただし保証はない。

構想ができてる以上はおそらく纏まる筈。多分だけど。

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