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死神vs超人①

 



「アーベールー」


 身長が150に届くか届かないかという線の細い小柄な体躯を、新調したてなのか糊の利いた艶のある外套をフードごと被った人物が間延びした言葉で名前を呼ぶ。


「ザグバを見付けた。何故か【死神】と交戦している」

「……そうか。あの馬鹿が」

「止める?」

「……もう手遅れだ」


 アベルと呼ばれたのは、外見だけを見れば20代後半ほどだが、妙に疲れた表情や雰囲気からその倍以上の年齢であると宣言してもまるで違和感の無い、立場に疲れた中間管理職のような男だった。


「リグの奴はもう接触してやがったからな」


 男が立っているのは、王都を囲み守護する外壁の上。

 そこからとある一点を、何かが見えているかのように凝視していた。


「ったく、本当に世の中思い通りにならないな。身内の連中すらまともに手綱を握れやしない」

「あっひゃっひゃっひゃっひゃ、それはアベルにじんぼーが無いのが悪い。で、そんなら放置? 良いの? 他の奴らはちゃんと役目を果たしてるよ?」

「言っても仕方がない。好きにやらせておけ」

「ふーん、死んでも知らないって?」


 外套を纏った人物は、そこで付け足す。


「まあ、普通にいけば【超人】が負けるとは考え辛いけど」

「……そうだ、ザグバは勝つ。絶対にな」


 そこでようやく振り返り、自分に対して話し掛けて来ている人物のほうを見る。

 その表情に浮かんでいたのは、自身と確信。


「【死神】が狩るのは人間の命だ。だがザグバは人間じゃなくて【超人】だ。【死神】じゃ【超人】には勝てねえ」

「言葉遊びかよ」

「冷静に双方の戦力を分析した結果だ。【死神】のガキは無能者で、能力や魔法による手札を持たない。持つのは純粋な身体能力による戦闘力だ。

 だが、純粋な身体能力でザグバに勝る奴は居ない。その差を覆すのが魔力だが、それを持たない【死神】には端から勝ち目なんてないんだよ」

「ふーん」


 男の解説に、外套の人物は納得したのかしていないのか良く分からない、曖昧な返事を漏らしながらしゃがみ込む。


「まー今回のは色々とイレギュラーが出て来てるし? 下馬評通りにいくとは限らねーよ?」

「……何か視えたか・・・・・・?」

「ミズキアが死ぬ未来」

「いつもの事だろうが」

「そだねー。あいついっつも死ぬからどれが正しいんだか全然分かんねーの」


 ツボに入ったと言う風に、あひゃひゃひゃと笑う。


「まー、個人的には【死神】の方に勝って欲しーけどー。死んだら仕返しできねーし」

「そりゃ【死神】違いだろうが。あのガキに当たるのは筋違いだろう」

「カエルの子はカエルってカインも言ってたぜー」

「意味が違えよ」


 相手をするのも疲れると、男は溜め息を吐く。


「どーする?」

「接触させちまったのは確かだが、やる事はどの道変わらない。これまで通りやらせておけ。もし運が良ければ――」


 視線を再び元に戻す。

 その視線の先では、周辺で起こっているものと比べても規模の違う破壊の嵐が吹き荒ぶいていた。


「瀬戸際で食い止めてくれるかもしれないからな。邪魔は入らないようにしておけ」










 力が強い奴はトロいとか言う奴がたまに居る。

 力を発揮する為の筋肉が重石となって、動きを制限するという理屈らしい。

 馬鹿の理屈だ。そんな訳があるか。

 地を蹴る力が強ければ強い程、その分大きな反発力を得られる。その反発力が初速を生み出す。


 全くの的外れではない。筋肉は意外と重く、質量が大きければ動かすのにより多くの力を必要とするのだから。

 だが、筋量の多さによって得られる力は、その重さを補って有り余る。

 では、その力を得ながら重石を受ける事がない者が居たとしたらどうなるか。

 ザグバがまさにそれだ。


 人間の出せる筋力を遥かに上回る膂力は、ただただ脅威の一言に尽きる。

 おまけにその膂力は筋密度の高さゆえに生み出される訳では無い為、体重はおれよりも遥かに軽い。

 その2つの要素で持って生み出される速度は、おれよりも遥かに速い。

 ある程度以上の力を発揮するには溜めを要するようで、その初速の高さは初回の突進のみに留められるが、それだけでも十分脅威だ。

 おそらく通常の溜めを要さない速さで言えば、僅かにおれが上回るだろう。

 だがあくまでそれは、溜めを要さない場合の話だ。直線的な移動に限られると言えど、溜めた上での突進はあっさりとおれとの距離を詰めて無くす。


 なるほど、その様はまさに【超人】と呼ばれるに相応しいだろう。


「逃げてばっかか?」

「逃げても構わないんだろう?」

「逃げ切れるんならの話だと言ったがな!」


 退避した直後に衝撃波が駆け抜ける。

 さらにその放たれた衝撃波を追い掛けるかのように、溜めたザグバが突進して来る。


「フハッハァッ!」

「チッ……!」


 右眼で見切り、身を屈めて投げ出す同時に地面を手で押して転がり退避。その頭上スレスレをザグバの拳が薙ぎ払っていく。


「もう1発!」

「喰らうかよ!」


 右眼だけでまた視る。

 視て拳の軌道を見極め、その手首に側面から右の手刀を入れて逸らす。

 針の穴に糸を通すかのような精緻さが要求される動作だったが、アスモデウスによって繋げられた右腕は不思議と思い通りの理想的な動きを再現し、拳の軌道を逸らしてくれる。

 さらにそこから足を相手の軸足に叩き込み、平行して弾いた腕を反対の左手で掴み引き寄せる。

 それに対して相手が抵抗を始めるよりも速く、叩き込んだ足を地面に下ろして踏み締めて懐に入り込み、右肘を水月に叩き込む。

 そこからは流れを止めずに身を任せるようにして、僅かにくの字に折れ曲がった相手の体を左手で掴んだ腕を引っ張りつつ叩き込んだ肘を押し込むようにして引っ繰り返す。


「おッ?」


 呆気に取られたような表情をして盾に回転して背中から落ちたザグバの顔面を目掛けて、足を踏み下ろす。

 だが、当然ながらそんな見え見えの攻撃が当たる事は無く、今度は向こうが転がって回避する。


「ようやくやる気になったか? 知ってるぜ、いまの。いわゆる【ゾルバ式戦闘術】ってやつだ。身内にも使う奴が居る」

「そうかよ。いまは要らない情報だ」


 不幸中の幸いは、いくら速いといっても、それはアゼトナと比べれば遅い事か。

 だからこそ、右眼の動体視力で辛うじてだが追えている。

 正面から受ければ、即アウトだ。だからこそ、右眼を駆使して正面からではなく、側面から弾いて逸らす事に従事する。

 だがそれにしたって、いつまでも持ち堪えられる保証は無い。それだけの動作だが、実際にやるのは一杯一杯だ。いずれどこかしらで破綻する。

 しかしだからと言って、逃げるのも極めて難しい。

 速度において、おれに優位性は無いに等しい。それでは振り切るのは不可能だ。


「場所が悪いな」


 喧しい哄笑を上げてザグバが拳を振るう。

 その拳が空を叩き飛ばして来るのを回避し、癇癪玉を置き土産に放り投げておく。


「うおッ!?」


 足元で炸裂し爆発と爆煙を上げている隙に、再び踵を返して走り始める。

 周囲には障害物の類は破壊されている為に存在せず、また高低差も無い。言ってしまえばここは相手の領域テリトリーだ。そんな場所に留まって居られるほどの余裕は無い。


「ハハッ!」


 爆煙を掻き分けて姿を現したザグバは無傷。変わりに足元には、底の見えない穴が開いている。

 おそらくは炸裂する瞬間に拳を叩きつけて相殺したか。どっちにしろ、人間技じゃない。


「……無理か」


 この時点で戦闘を回避するという選択肢が消えるのを確認する。

 向こうに戦う意思があり、そして振り切る事が不可能な以上、交戦は不可避だった。

 だが――


「正面から戦って勝つのは不可能だな」


 身体能力の差――とりわけ膂力の差は絶望的だ。

 おまけにそれに、魔力的要素は皆無。加えて保有する魔力の量は微々たるものであり、つまりは【無拳】が通用しない。

 別に攻撃が通用しない訳ではないが、あまり進んで接近戦を挑みたいとも思わない。それだけザグバの持つ身体能力は厄介だった。


「……付いて来い」


 とにかく、場所を変える事に専念する。

 倒壊した建物の瓦礫の山を盾に、ザグバの拳を喰らわぬ事を第一に外壁へと向かう。

 幸いにしてアスモデウスに運ばれてきたのが、王都の中心部からは比較的遠い位置だった為にそこまでの距離は離れていない。

 加えて、本来ならばある筈の無い最短距離である直線の道を、他でもないザグバが作り出してくれている。

 問題があるとすれば、そのザグバ自身だ。


「逃がさねえっての」

「クソッ!」


 少し距離を離しても、ザグバにとっては溜めて突貫すれば詰められる程度の距離でしかない。

 そうして上空に躍り出て、岩盤にクレーターを生産して来る。


「雰囲気が変わった気がすんのは気のせいか?」

「どっちだろうな」


 勘の良い奴はこれだから嫌いだ。

 少しでも慢心、油断があれば、そこに付け込む事ができるのに。


「それは通用しねえぞ? 見てなかったのか?」

「視てたよ、ちゃんとな」


 もう1度癇癪玉を放り投げる。

 だが今度は不意を打った訳でもない為、相手は余裕を持って後退する。

 そうして後退した足が踏んだ地面が爆ぜる。


「なッ……!?」


 今度は拳を打ち付ける暇も無かった。

 それでも爆心地から辛うじて逃れたのは流石だったが、爆発の衝撃に吹っ飛ばされて地面を転がる。


「いつの間に仕掛けやがった!?」

「たったいまだ」


 派手に転がりはしたが、元々が個人で携帯できる代物だ。直撃しなければ殺傷能力は低い。

 だが時間稼ぎには十分過ぎる。

 今度こそ距離を離し、外壁を乗り越える。

 そこから少し走れば、そこにあるのは第3演習場として利用されている、剥き出しの岩や木々の乱立するなだらかな死火山だ。


「……壁を1つ挟むだけで、随分と平穏な事だ」


 もっとも、すぐにその平穏は消える事になるのだが。


 おれとザグバの差は単純明快で、圧倒的なまでの膂力の差だ。

 魔法も使えず、能力も使えない。変わりに武器とするのが自分の肉体。それは圧倒的で、脳の抑制を外しているおれですら足元にも及ばない。

 それは単純だが、単純故に強い。何せ明確な対策というものが存在しないからだ。純粋な膂力ならば、ザグバはエルンストすら上回るだろう。

 だが逆を言えば、それさえ封じられれば勝機は存在するという事だ。


「一発勝負だな」


 このあとに続いている事を考えれば、あまり手間は掛けられない。

 だからこそ、賭ける。

 だからこそ、ここまで移動してきた。


「ここでやろうってか。確かにそっちにとっちゃ、ここの方がやり易いかもな。なんにせよ、やる気になってくれて嬉しいぜ」


 後を追って来たザグバも、周囲の地形を眺めて好戦的な笑みを浮かべる。


 息を吸い込んで、吐き出し頭の中で整理する。

 やるべき事は、大きく分けて3段階。

 1で近付き、2で捕らえて、3で嵌める。

 それが失敗すれば、2度目は無い。そうなれば正面から戦う以外になくなるが、そうなればおれに勝ち目は無い。


「……やるか」

「ああ、やろうか!」











死神の方も覚悟を決めた模様。

因みに冒頭の男はウェイン曰くショボイ方の副団長。2人揃ってカインとアベルですが血は繋がっていない模様。

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