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王都襲撃⑬

 



「いってえ……マジで死ぬかと思ったっての」

「ウフクスス家の方に感謝、ですわね」


 全身に刻まれた傷を魔法で塞ぎ、時々咳き込み喀血しながら、荒廃した嘔吐を兄妹は若干おぼつかなくともしっかりと芯の通った足取りで進む。

「つか、ここまで全身を持て余す事無く切り刻まれているのに、その下にある臓器が無傷ってのも変な感じがするんだよな。違和感が物凄いったらありゃしねえ」

「そのお陰で死なずに済んだのです。文句を言う筋合いはありませんわ」

「分かってるっての。ただ、違和感があるってだけの話だ」


 何故ヴァイスによって全身を刻まれた彼らが生きているのかと問われれば、それはゼインのお陰だと言える。

 元身内としてヴァイスの能力を知っていたゼインは、また知る限りの性格からおおよその手口を推察し、保険として相手が会話を交わしている間に2人に触れ、その体構造を書き換えていた。

 致命傷となるような傷を受けても、重要な臓器が無事で済むように。

 その結果はこの通りだった。


「ですが、良かったのですか?」

「何がだ?」

「ゼイン様です。一応保険は掛けておきましたが、それもどこまで信用できるかは分かりませんわ。1人で後を追ってしまいましたが、手伝った方が良かったのでは?

 そうでなくとも、残る2名は野放し状態となります。どちらかでも追い掛けるべきではないでしょうか?」

「勘弁してくれ。これ以上危ない橋を渡るのは御免だ」


 少なくともティステアの貴族としては、5大公爵家に名を連ねる者としてはごく当たり前にして真っ当な意見を述べるオリアナに、テオルードは何故か呆れたように、その肩書きからすれば考えられないような発言をする。


「どいつもこいつも、正真正銘の化物級だ。正面から戦っても勝ち目は薄い上に、不意を打てる保証も無い。

 ただでさえ重傷なんだ、ここは大人しく引き下がるのが吉だ」

「……では、この後は如何なさいますので? 本家に戻り、皆に指示を出しますか?」

「その事なんだがな……」


 そこで足を止め、渋面を作る。

 何か言い辛そう――というよりは、言いたい事がイマイチ纏められないというような雰囲気の兄に対して、妹はただ黙って口を開いてくれるのを待つ。


「……オーリャ、逃げないか?」

「……はい?」

「言葉通りの意味だ。オレとお前と、あとあいつを連れて、ここからしばらく離れようぜって提案だ」

「……お兄様、本気で言っているのですか?」


 5大公爵家の、それも当主の者にあるまじき発言の真意を探ろうとする。


「本気も本気だ」

「彼らを放置すれば、この王都に、そして王都に住む無辜の民たちが多数犠牲になります。それを理解した上での発言ですの?」

「ああ、それは放置で問題ねえと思うぜ」


 誤解するなと、目付きを鋭くする妹に弁解する。


「まずあの不死の奴は、既にウフクススのが向かっている。この時点で余計な首を突っ込む意味はないわな。

 でもって、あの……いまはヴァイスだったか、あいつを他でもないウフクスス家が放置する訳がないだろう。むしろ不死の奴以上に、関わるのは避けるべき相手だ。下手すれば、オレたちまで粛清対象になりかねん」

「……では、あのザグバという方に関してはどうするおつもりですか? あれは、並の者では歯が立ちませんわ」

「そいつが1番放置で良いんだよ」

「……どういう事ですの?」

「あれは戦闘狂の類だ。戦闘の結果としてそうなる事はあっても、進んで虐殺とかをするような奴じゃない。1番しそうなのは不死の奴で、そいつには既にウフクススのが向かっているしな」

「ですが――」

「それに、あいつはもうすぐ死ぬ」


 まるで預言者のように、あるいは占い師のように、そう断言する。


「……それも、勘ですの?」

「ああ、勘だ。すぐにって言っても、数日以内とか数週間以内の話じゃない。今日中にも死ぬって気がする」


 何も知らぬ者が聞けば世迷い言と一蹴するような言葉だが、それを口にしているのは、他でもないテオルードだ。

 その勘は未来視よりも確実でハズレがない。

 それを最も良く知っているのは、本人を除けば妹であるオリアナだった。


「……だから、これ以上危ない橋を渡る必要はない。さっさと離れようという事ですの?」

「いや、それと王都を離れようって理由は別だ」


 少なくとも理解はできたという妹の言葉に、首を振って否定する。


「さっき、どうも嫌な予感がするって言ったの、覚えてるか?」

「ええ……」


 ザグバと遭遇する直前のやり取りを思い浮かべる。


「最初はこれが、その予感が指し示している事だと思ってた。だがさっき、ハッキリと確信した。これは違うってな」

「別の何かが、この後に起きるって事ですの?」

「ああ。それもこんなもんとは比べもんになんねえぐらいにヤバイのがな」


 言いたい事がハッキリと言葉に表せたお陰か、スッキリとした、しかし真剣な表情で言い聞かせる。


「1度似たような予感を覚えた事があるから断言できるがな、これから起こる事は、3年前のあれに匹敵するレベルのものだ。急がないと間に合わなくなるぞ」










「どこだここは……」


 王都なのは間違いない。アスモデウスがその約束を違えるとは思えない。

 しかし周囲一帯はものの見事に整地されており、目印となる街並みを形成していた筈の建物は倒壊し瓦礫と変わっている。

 おそらくは【超人】の仕業なのだろうが、お陰で現在地が王都のどの辺りなのかまるで分からない。

 唯一の慰めは、整地されているお陰で延焼する心配がない事か。大規模な火災はしばらく経験したくない。


「……向こうに2人と、あっちに2人か。どっちがどっち側だ?」


 しばらく魔力に満ちた魔界に居た為に、魔力探知能力が冴えて仕方が無い。

 これは魔界から出て来た時に毎度のように経験する一時的なものであり、その一時的に大幅に拡張された感覚に引っ掛かる大きな魔力の持ち主は全部で4人。


「……いや、少なくともこっちの片方はミズキアだろうな」


 魔力がぐちゃぐちゃで、何人分ものが混じり合って1人分となっている。そんな気持ち悪い魔力を持っているのはあいつぐらいだ。


「あっちには近付かない方が良いか」


 近くに居るのがミズキアにとっての敵か味方かは不明だが、なるべく【レギオン】の、それも【忌み数ナンバーズ】に数えられているような団員とは接触したくない。

 あいつらは正真正銘の怪物で、人の身でありながら人間という種を超越しているとしか思えない。

 そもそも【忌み数ナンバーズ】に数えられているような奴は、総じてどこか頭がおかしい。

 ミズキアなどその良い例で、自分が自分でなくなるような事をそうと知りながら嬉々として実践するなど頭がおかしくないとできない。

 お世辞にも関わり合いたいとは思わない。


 もっとも、どこか頭がおかしいというのは何も【忌み数ナンバーズ】に限った話ではないのだが。

 他の【レギオン】の団員にも、頭のおかしい奴はチラホラ居る。


「もしかしたらぶっ壊されてるかもな、この分だと」


 シロの店に通じる扉はベスタの固有能力である【移転門】によって生み出されたものであり、その門を出現させるには、あらかじめその位置にアンカーを設置しておく必要がある。

 逆にその標を壊されれば、その場に出現していた扉は消えて無くなる。

 ベスタ自身は自分のテリトリー内に居る限りにおいて、その場と繋がる扉を好きな場所に生み出せるが、まずおれが戻って来ている事を知っているかどうかも怪しい。


「……無事だと、良いんだがな」


 今回の騒動の全容は知らないが、知らないからこそ巻き込まれている可能性もある。

 別に見ず知らず他人が巻き込まれて死のうが知った事ではないが、さすがにあの2人は見ず知らずの他人と括る訳にもいかない。

 その程度の関係ぐらいは築いているつもりだ。


 それに何より、シロの店が使えないと装備が整わない。

 一応ではあるが、ここに来てからアスモデウスからおれの持ち物を回収しておいたと言われていくらかの装備を渡されてはいる。

 内約からしておそらくは寮の部屋に保管しておいたものだろう――何でアスモデウスがそれをおれの物だと判断して回収できたのかは不明だが、それでも全然足りない。

 最低でも薬、あとはベルの奴が必要になる。

 それとベルの奴からはベルトを回収する必要もある。


「……ッ!?」


 突然、遠方からの魔力を感じ取る。

 同時に、その魔力のある方向から轟音と振動が届き、まるで火事が起きているかのように土煙が上がるのが見える。


「一体何が、起きてる……」


 あれほどに距離が離れているのにも関わらず、自主的に探らずとも感覚に届いて来る程の莫大な魔力の奔流。

 しかも1度意識してしまえば、その奔流は未だ留まらずに続いているのが分かる。

 一体どこの誰が、どんなつもりでそれ程の魔力を用いているのか。


「よお、見付けたぜ」

「……ッ!?」


 背後から声を掛けられ、距離を取りながら反転して振り向く。


「……【超人】か」

「ああ、そうだ。意外と俺とお前とがこうして顔を合わせて話をするのは、中々無かったよな」


 外見だけで判断するならば、年上であるおれに対して礼儀のなっていない口の利き方ではある。

 だが少なくとも、こいつはおれの倍以上、下手をすれば半世紀以上の歳月を生きている筈だった。

 かつて【怠惰王】の座に君臨し、20年以上前にマモンによって殺され取り込まれたベルフェゴールの生み出した検体にして失敗作。

 それが目の前の相手――ザグバ・バグドールの肩書きだが、実際の詳細についてはおれも詳しくは知らない。


「他を当たれ」

「つれない事を言うなよ」


 刃のように研ぎ澄まして向けて来るのでもなく、ましてや隠している訳でもない。

 ただ強大な量の殺気を、これでもかと言わんばかりに堂々と叩きつけて来ている。

 それだけで、一体どんな用なのかは簡単に理解できる。


「怪我、治ってるみたいじゃねえか。降って来た時なんか死に掛けだったってのによ。そういや、何で降って来たんだ?」

「色々あってな」

「へえ、まあそんな事はどうでも良いか。重要なのは、いまの状態が万全だって事だ」

「生憎万全には程遠い」


 装備もそうだが、節々が痛む上に体調も芳しくない。

 だがそれがおれの感覚でしかわからない以上、相手には中々伝わらない。


「そうか? でも、見てくれは問題ないよな?」


 殺気が変質する。

 ただ強大なだけでなく、実際に暴風が全身を叩き浚おうとして来るかのような、実際にはある筈のないまやかしの感覚を覚えさせられる。

 その事に驚きはしない。

 実際にこいつに殺気を向けられるのは初めての事だったが、そんなまやかしの感覚を抱かせるような殺気を放てる奴だという事は知っていたから。

 こいつに限らず、母体集団である【レギオン】の構成員の全員がそうだろう。


 【レギオン】とはそういう集団だからだ。

 【絶体強者】と呼ばれ、あのエルンストと互角の実力を持っているとされたリグネスト=クル・ギァーツがエルンストに対抗する為に作り出したと聞いている集団だからだ。

 生半可な奴では団員にはなれない。


「俺と戦え」

「断る。戦う理由がない」


 別におれは戦いに理由を求めるような人種じゃない。

 だが合理的に考えて、こいつとここで戦うのは極めて不合理な事だ。


「生憎様だ。俺にはあるんだよ」

「ただ自分が楽しみたいだけだろう」


 その喜悦に歪んだ顔を見れば分かる。

 こいつは、シアとはまた別種の戦闘狂だ。どちらかと言えば、エルンストのそれに近い。

 強者との戦いを渇望し、自分の命を危険に向けて曝け出す事を心から楽しむタイプ。

 その戦闘狂であるこいつのお眼鏡におれは適ったのだろう。


「それもあるな」


 そして返って来たのは、肯定であり否定の返答。


「俺とお前との間に、何の違いがある? 無能者と無能力者っていう根本的なものじゃなくて、もっと別次元の要素の話だ。

 俺は魔界に足を踏み入れた時に、大罪王に捕まって色々と施術を受けた。その事自体に恨みは無い、お陰でさらに上の次元の戦いを楽しめるようになったんだからな。

 ただそれは、言い換えれば大罪王から施しを受けて力を手にしたって事だろ? 例え向こうにそんなつもりなんざ毛頭無くともな」


 ザグバが重心を落として拳を引く。

 握られた拳にも、それを動かす腕にも力が込められるのが分かる。あとは意思1つで即座にそれを放てるように。

 それに呼応するように、おれもまた重心を落とす。

 ただし理由は正反対で、向こうが戦う為に構えるのに対して、おれは隙があれば即座に退避する為だ。


「対してお前は違う。大罪王から施されるどころか、従えている。一体その違いはどこから来る?」


 少し情報が歪曲されているな。

 最初から従えていた訳じゃないし、いまでは相当に向こう側にパワーバランスが傾いている。

 全くの的外れという訳でもないが、思い違いをしている。


「俺はそれが知りたい」

「知るかよ」


 その事を言うのは簡単だが、同時に無意味だ。

 それはこいつが望んでいる答えでもなければ、そもそもその望んでいる答えはおれが口頭で伝えるものではないからだ。


「だろうな。それで構わない。こっちで勝手に確かめる事だからな!」


 右眼に拳が振り抜かれる瞬間が映る。

 そのタイミングに合わせて、全力で退避。

 直後に暴風が倒壊した家屋の瓦礫すら木っ端微塵に粉砕し吹き飛ばしたところで、それとは別の倒壊した家屋の瓦礫の影に隠れて気配を消す。

 こういう時は無能者は便利だ。魔力がない為に隠す必要が無く、魔力持ちと比べて気配を消すのが簡単な為に。


 ただし、それは向こうも似たようなものだ。

 おれが探っても微かにしか感じ取れないほど、ザグバの保有魔力は少ない。

 勿論その前の異変に気を取られていたというのもあるが、だからこそ、話し掛けられるまで気付けなかった。


「隠れんぼか? んで、隙を見付けて逃げ出そうって魂胆か」

「…………」


 おれは答えない。

 その言葉の通りだったが、わざわざ居場所をバラすほど馬鹿じゃない。

 同様の理由で、いまいるばしょから動けない。いま動けば、間違いなく向こうはおれの居場所に気付くからだ。


「いいぜ、逃げたきゃ逃げろよ。俺はそれを責めたりしない」


 ザグバはただしと続ける。

 拳を引き絞って続ける。


「俺から逃げられるんならの話だがな!」











オーヴィレヌ姉妹生存。そして超人VS死神、開始。まあ死神の方に戦う理由はいまのところないのですが。

果たしてテオルードの勘は的中するのだろうか……って話です。

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