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王都襲撃⑪

 



「あれれ? もしかして11番さん、やられちゃいましたかぁ?」


 標準的な生活を送る市民にとっては近づく事すら恐れ多い建物の正門の前で、趣味の悪い前衛的なデザインの椅子に深く腰掛けていたギレデアが上を見上げてそんな事を言う。


「まったく、何をやっているんですか。折角ボクが【追憶】を使ってまで協力してあげましたのにぃ」


 言葉だけなら非難するような口ぶりだったが、声音にそのような要素は感じられない。

 ただ残念そうな、そんな感情だけが乗せられていた。


「残念ですねぇ、とても残念です。ボクの良き理解者となってくれる気がしていたんですけどねぇ」


 ともすれば、何かを悲しむかのような哀愁さすら感じられた。


「……あれれぇ?」


 そして直後に、喜色に染まった声へと変調する。


「お久しぶりです、団長さん」

「そうだな」


 彼の属する【レギオン】団長のリグネストが近付いて来るのを見て、立ち上がり頭を下げて挨拶をする。

 それにリグネストは片手を上げて応じ、ギレデアの背後を指差す。


「この向こうにデルヴァンが?」

「はい、居ますよ」

「そうか。なら通して貰おう」

「どうぞどうぞ」


 椅子を抱えて移動し、道を開ける。

 そうして開いた道を、リグネストは無言で一定のペースで足を動かして進んで行く。


「ご武運を……って、聞こえてない上に余計なお世話ですねぇ」


 ニタニタと、本人にとっては嬉しさを表現しているつもりの笑顔を浮かべる。


「ではでは、第1の方の副団長に報告っすねぇ」










「貴様、オーウェン=ラル・ウフクスス!」

「久しいねえゼイン。そしていまの私はヴァイスだ。できればそう呼んで貰いたい」

「黙れ、この大逆人が!」


 腕を失い、重傷を負った身で、それでもゼインは憎悪を剥き出しに怒鳴る。


「大逆人か、否定はしないとも」

「ヴァイス、旧交を温めるのは後にしてくれ」


 眼球の水分と粘液と血に塗れた腕を振るい、ミズキアが口を挟む。


「団長は見付かったのか?」

「いえ、そもそも私は探してませんからね。ただ経過を聞く限り……最悪の事態は覚悟してろとの事ですね、第1副団長曰くですが」

「1番団長と付き合いが長いのはあの人だからな、本人がそう言うなら、そうなる可能性は十分にあるんだろう」

「でしょうね。ですが、本命は抑えたようなのである程度は臨機応変に動けるそうですよ」

「抑えた、ねえ……」


 ミズキアが赤みの掛かった髪を持つ、少し前に交戦した人物を思い浮かべる。


「ありゃあうちの団員程度でどうにかなる存在じゃないんだがな」

「あくまで保険の1つですから」


 両者の会話の間に、動きが無かった訳ではない。

 テオルードは苦痛を堪えて切断された腕を再度繋ぎ、また妹のほうも傷を塞いでそれ以上の出血を防ぐ。

 その事に当然【レギオン】側は気付いていたが、あえて妨害しようともしなかった。

 ほぼ詰みの状況であると3人ともが理解していたが故に……ではない。


「ではお2人とも、下がりますよ」

「「はぁ!?」」


 まるでピクニックに行こうというような気軽なノリで提案された事柄に、ミズキアもザグバも揃って素っ頓狂な声を上げる。


「おいおい、ふざけてんのか? いまやらないで、いつやるんだよ。確実に勝てるだろうが」

「否定はしませんね。ただし、このまま行けばという前提条件の上に成り立ちますが」


 スッと、ヴァイスが腕を動かす。

 直後に反応して、弾かれたようにテオルードが移動。妹を抱えて大きく飛びずさる。


「まず先に、2人だけではこのまま戦っても勝率は半々でしょう。特にミズキアさん、見たところ相当ストックを消費しているのでは?」

「…………」


 ヴァイスの言葉に、バツの悪そうな表情を浮かべて眼を逸らす。


「加えてそこの彼女――オリアナ嬢の能力は数理系統の能力です。2人とは極めて相性が悪い」

「なるほど……それが種か」


 合点がいったという表情を浮かべる。

 この世の法則そのものに対して干渉し、自分にとって都合の良いように操る能力。それが数理系統の能力に共通した事項である。

 これは術者のセンスに大きく左右される上に、発揮される効果が極端という側面を持ち合わせるが、逆に嵌り込めば非常に優秀な補助役となり得る事が多い。

 とりわけ、直接的な手段しか持ち合わせない者とは相性が極めて悪い。


「だけどよ、あんたならいけるだろう?」

「ええ、それも否定はしません」


 ザグバの指摘もヴァイスは肯定する。


「私の能力である【無刃】は、存在しているのに存在しないという矛盾を孕んだ刃を生み出せる。そして存在しないものに法則は適用されない。先ほどの不意打ちが通用したように、私にオリアナ嬢の能力は通用しない」

「なら――」

「ですが、その不意打ちで仕留め損なってしまった。直前でテオルード殿が反応した為に、致命傷を負う事をギリギリで避けられてしまった。

 つまり、これ以降は正面から挑むしかないわけですが、それですとどうしたって時間が掛かる。しかし残念ながら、我々はここでこれ以上時間を掛けられないんですよ」

「……何かあったのか?」

「ウフクスス家が本格的に動き出しました」

 

 見ようによっては心なしか焦っているように見えるヴァイスの言葉に、その場の全員が各々の反応を示す。


「師団を丸々1つ、こちらに投入しています。程なくすれば到着するでしょうね。そしてそうなった場合、残念ながら勝ち目は皆無です」

「そこまでか?」

「あー、そこの連中が5人も居ればストックがある状態のオレでも駄目だ」


 記憶を振り返り、ミズキアがそう評価する。


「それほどまでか」

「ご理解頂けましたか? どうして退くべきなのか」

「ああ、よく理解できたよ。不満はあるけどな」


 久々に楽しめた戦いがこれで終幕であるという事に対する不満を露にするザグバに、ヴァイスは人の良い笑顔を向ける。


「まあ、全部が嘘なんですけどね」


 言い終えるよりも先に、テオルードとその妹、そしてゼインが斬り裂かれる。

 胴体部を中心に突然内側から血を噴出させ、地面に倒れ伏す。


「いけませんねえ、戦闘中に気を抜いては。この使い方は普通ではとても戦闘中に使えるようなものではないのですが、お陰でとてもやり易かったですよ? 普通に戦うよりも手間も時間も掛からずに済みました」

「……オイ」


 倒れた3人を一瞥して近付いて来るヴァイスに、ミズキアが何とも言えない表情で声を絞り出す。


「どこからが嘘なの?」

「最初から虚実織り交ぜてたので、どこからかという訪ね方は間違いだと思いますよ?」

「数理系統が云々ってのは?」

「それは本当ですね」

「時間を掛けられないってのは?」

「それは嘘ですね」

「……なら、応援が向かって来ているってのは?」

「それは真っ赤な嘘です。ていうか、既に除籍されている身で本家の動向など分かる訳が無いじゃないですか。

 ですが、お陰で彼らの気が緩んだでしょう? あれは普通にやると、仕込むのに時間が掛かる上に抵抗され易いので中々できないんですよ」


 人の良い、しかし2人からすれば胡散臭いようにしか見えなくなった笑顔で言う。


「それに、戦闘中にわざわざ暢気に身内話をする訳が無いでしょう」

「……エグいな」

「これぐらい戦場では普通でしょう」


 つまりは、嵌まる方が悪いのだと言った。


「主要な臓器を含む急所を全て刻んでおきましたので、良くて虫の息です。まず絶対に助からない。なのでもう放置で構わないでしょう。今度こそ本当に退きましょうか」

「どこに? 何をすれば?」

「さあ? 目的は達成できてませんし、これまで通りで良いのではないでしょうか?」

「つまり、好き勝手にやれってか」


 しばらく沈黙していた2人だったが、程なくして切り替えたようで、各々で結論を出す。


「じゃ、俺はもう行かせてもらうわ」

「ならオレはストックを補給しとくかね」

「では、そういう事で」


 【忌み数ナンバーズ】の3人が各自解散し、それぞれの目的の為に散る。

 戦闘の余波で滅茶苦茶となった周辺の中で残ったのは、地面に倒れ伏したままピクリとも動かない3人のみだった。










「やあ、気分はどうだい?」


 眼が覚めたのは、どうやら王都にある宿屋の一室らしかった。

 もっとも、壁の一部が倒壊している為に無人なのは明らかだったが。


「……最悪だ」


 主に吐き気と倦怠感、そして既に塞がり消えた筈の傷の疼痛に苛まされている。

 何より、全身の傷が消えても、右腕は失ったままだった。


「そうかい。あまり他人を治療するという経験は無いのでね、生憎ボクではそれ以上の事は無理だ。できれば勘弁願いたい」

「いや……」


 少なくとも、死に掛けの命を拾い上げて貰っただけで十分すぎる。


「ただ言わせて貰えば、半分くらいは自業自得だ」

「分かってる」

「いいや、分かっていないね。どうしてキミはあそこであんな選択をしたのかな。普通に考えても、もっと他に選択肢はあった筈だ。

 もっとも、そうなる可能性もあった上で呑んだボクもボクだが、それで結果的に腕を失っているんだから世話無いよ。一体これからどうするつもりだい?」

「……さあな。義手でも探すか」

「全く反省していないね、キミは」


 フゥ、と疲れたような溜め息を吐く。

 いや、実際に相当に疲弊しているのだろう。声に張りは無く、顔色もあまり優れていない。

 逆を言えば、今日1日でそれほどまでに無理をしているという事でもある。


「で、さっきの質問と同じ言葉で申し訳ないのだが、これからキミはどうするつもりだい?」


 言葉は同じだったが、その内容は全くの別の事柄だった。


「ここに来たのも、所詮は時間稼ぎにしかならない。ルシファーの速さを考えても、すぐにでもここまで来る筈さ」

「知っている。承知の上でここに運んで貰ったんだからな」

「知っているなら、この後の事も考えているのかい?」

「いや……つか、いまの状況がそもそも理解の域を超えている。一体何が起こっているんだかな」


 崩壊した街並みと、落下して激突した【超人】の姿を見れば大よその事態の外枠は推測できる。

 だが経緯を含む、事態の概要については全くの不明なままだ。

 それを知らずに動くのと、知った上で動くのとではまるで違う。


「……だからまずは、状況を把握する事に努めるつもりだ」


 その為に向かう場所は、1つしかない。

 シロならば、この事態がどういったものなのか、この上なく分かり易く教えてくれる筈だった。


 それともう1つ口にはしなかったが、装備の補充も必要だった。


「……そうかい。これ以上はボクがボクの立場で何かを言っても、キミに対しては無駄なようだね」

「理解が早くて助かる」


 おれの今後取るであろう行動を理解した上で、そう結論を下してくれる。

 それはイチイチ分かり切っている結論に対するやり取りを延々と続けられるよりも、遥かに有意義で好感が持てる。


「そんなキミに1つ、贈り物をしようか」


 パチンと、アスモデウスが指を鳴らす。

 途端に全身が縛られたように、一切の身動きが取れなくなる。


 おそらくは権能を使用したのだろうと推測したところで、アスモデウスが右腕を掲げる。

 そして左手で手刀を作り、その右腕の上腕の上部辺りに、勢い良く振り下ろす。

 結果、アスモデウスの右腕は手刀によるものだとはとても思えないぐらい鮮やかに切断されて床を転がる。

 当然断面からは血が出るのだが、それをアスモデウスは顔色の1つも変えずに断面を撫でる事で止め、次に何かを2言、3言呟いて指を鳴らす。

 そうして鳴らされた指の跡に現れたのは、黒い靄。

 それがおれの見るも無残な右腕の断面に張り付き、次の瞬間に焼けるような激痛が走る。


「ぐッ……!」

「少々の辛抱だ」


 同じ靄をもう1つ生み出し、自分で切断した右腕の断面にも付着させる。

 そして腕が独りでに動き出し、断面に張り付いた靄同士がくっつく。

 靄が消える頃には、見覚えのあるおれの無傷の右腕がそこにはあった。


「ちょっとした権能の応用でね、キミ自身と自分で切断した腕の存在の数値を同値にしてみたんだ。上手くいったかな?」


 軽く回してみるが、確かに違和感が無い。

 いや、それどころか心なしか、それまでの記憶にある腕でよりも軽く、思い通りに動かせているという感覚があった。

 おれの腕の断面はとても荒々しく、アスモデウスの切断した腕とは正反対だったのだが、切断されていたという痕跡すら見受けられない。


「……驚かないんだね」

「これでも驚いている。ただ、それ以上に疑念が渦巻いているだけでな」

「酷いな。その贈り物は、他でもない純然たるボクの好意によるものさ」

「生憎、それを鵜呑みにできるほど親しい間柄でもない」


 いくらなんでも、アスモデウスにメリットが見当たらない。

 既にここに運んできて貰っている時点で、契約は切れている筈なのにも関わらずだ。


「いや、本当の事なのだから信用して貰いたいね。勿論、侘びという意味もある。運ぶ時に少し失敗してしまって、キミを落としてしまったからね。

 それとあとは、ベルゼブブに対する嫌がらせでもあるね」


 表面的には嘘を吐いているようには見えない笑顔で、そんな事を言ってのける。


「あとは少しばかり不確定要素も含んではいるのだけれども、好意によるものだというのも事実だ。キミに対する直接的な不利益は生じないという事を約束しようじゃないか。だから大人しく受け取って欲しいね。まあ、返品は受け付けてないのだけれども」

「……自分の腕はどうするんだ?」

「ボクの権能は知っているだろう? あれで中々応用の幅が利くからね、それなりに使い勝手が良くて気に入っているんだ」


 ニッと、人好きのしそうな笑みを浮かべる。


「……一応、礼を言っておく」

「それこそ気にする事は無い。では、キミの健闘を祈っておくよ」











右眼、心臓の次は右腕。

こいつも大分人間を辞めて来ている。

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