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王都襲撃⑩

 



 かつて大罪王の1柱として【暴食】を司っていたベルゼブブは、本来の姿――即ち人の姿を保つのに常に膨大な魔力を必要とする。

 その必要量たるや、自分が生産する魔力だけでは到底追いつけない為、ベルゼブブは自分自身を維持する為に常に膨大な量の魔力を外的要因――即ち喰らう事で補う必要がある。

 だがその喰らう事によって取り込む魔力の量は、維持の為に消費する魔力分だけという訳ではない。

 ただ慢性的にだらだらと過ごすだけならば構わないが、取り込む為に喰らうという行為にも、ありとあらゆる行動を取るのにも魔力を量の多寡こそあれどその都度必要とする。

 その為に生きる為に必要とする魔力の量は想像を絶するほどのものであり、しかもそれ故に、僅か一時でも満たされる事は滅多に無い。

 その為実質満たされる為と言うよりは、飢えを維持する為に喰らうという食事の本質からは遠くかけ離れた矛盾を抱えている。

 それはひとえに、その身を大罪の1つである【暴食】へと堕としたが故の事であり、一生ついて回る切っても切り離せない業である。


 しかし魔族にとっては、魔力は自分の力や存在に直結する重要な要素である。

 全身の大部分が魔力によって構成される魔族が、その魔力を生きる為に消費するという事がどういう事かは考えるまでも無い。

 ましてや、およそ20年前に【死神】の名を冠する男に敗れて封じられてからは、碌に魔力を取り込む事のできない状態が開放されるまでずっと続いていた。

 それ故にベルゼブブは、往来の力の殆どを失った状態にあった。

 そんな状態のところに、通常の手段では得る事のできない大量の糧を1度に得る事ができれば、果たしてどうなるか。


「ギャハハハハハハハハハハッ!!」


 あまり品が良いとは言えない、上機嫌だと断言できる哄笑を上げる。


「放ッ、せ!」


 ミズキアが逃れようと肘を打ち付けるが、ベルゼブブはそれを正面から手のひらで受け止める。

 次の瞬間には、ミズキアの左腕は何かに食われたかのような断面を見せて消失する。

 いや、まさしくその通りに喰われたのだ。


「ミズキア!」


 ザグバの拳と蹴りが炸裂する。

 初撃の拳は、開いた手でベルゼブブが正面から受け止める。

 次撃の蹴りは、受け止められた事を理解したザグバがベルゼブブに対してではなくミズキアに対して叩き込み、無理やりベルゼブブの腕から開放する。


「ハハッ、まさか立て続けに俺の攻撃を正面から受け止められる奴が現れるとはな!」

「オマエは確かベルフェゴールの失敗作だったカ。ンデ、あとどれくらい寿命は残ってんダ・・・・・・・・?」

「知るかよ!」


 頭部を目掛けた蹴りも、やはりベルゼブブは躱さない。

 それどころか正面から受け止められたザグバの足のほうが、抉られたような傷を負って血を流す始末だった。


「全盛期の3割ってところカ」


 腕に付着したミズキアの血を舐め取りながら、自分の状態をそう評する。

 その3割とは、かつてエルジンが評した数値と同等ではない。

 飢えが一時的にとは言え満たされ、同時に戦いに回すことのできる余力が全盛期と比べて3割であるという意味合いである。

 かつてエルジンと交戦した時に、ベルゼブブは権能を含む殆どの行動が魔力の不足故にできなかった。

 だがいまは、それを行使する事ができる。

 行使するだけの魔力のゆとりがある。

 即ちそれは、いまのベルゼブブはエルンストに敗れて以来の最盛期にあるという事である。


「拾いもんだナァ! ムカつく臭いがして来てみれバ、随分なご馳走ダ! あのガキの用意した馳走も悪くなかったガ、量で言えばオマエには劣るゼ」

「まるで、嬉しくねえ、評価……だ!?」


 再生を終えて即座に、ナイフでもう1度貫くように胸を抉られる。


「勘だが、いまは畳み掛けるチャンスの気がしてな」

「この、野郎がッ!」


 左手を貫かれる事を厭わず、テオルードからナイフをもぎ取る。

 さらに後退しようとするテオルードを逃さず、伸ばした手を弾かれたところに頭突きをかます。


「ぐッ――!」


 怯んだ隙にもぎ取ったナイフを構えて突こうとして、そのナイフを持った腕をゼインに切断される。

 以前はカインとの2人掛かりで挑んだ相手だったが、いまの立場はその時と完全に逆転していた。


「ちく、しょうが!」


 さらにダスクーリュの熱線を浴びて片足を失い、自殺しようとして残る腕も切断される。

 尚も追撃の手を緩めるつもりの無いゼインに、脇から食欲の化身が襲来。


「そんな、どうしてですの!?」


 驚愕の声を上げたのはテオルードの妹。

 それはベルゼブブの掌底が逸れる事無くゼインの腹に埋まり、周辺の肉をこそぎ取った結果に対する驚きだった。


「貴様は、どっち側、だ?」

「まだるっこしい事を言ってんじゃねェヨ。テメェらはオレに見覚えがあるのカ?」

「なるほど、つまりは、秩序を乱す存在という訳だ!」


 腹腔を抉られる事は常人にとっては重傷だが、日常的に体構造を書き換えているゼインにとっては致命傷たり得ない。

 手頃な大きさの瓦礫を蹴り飛ばし、距離を詰めて絶対の自信を持つ自分の武器である手刀を繰り出す。

 だがベルゼブブはその瓦礫を躱さずに正面から受け止めて粉砕し、また直後の手刀も躱さずに受け止める。

 いや、厳密には手刀は受け止めた訳ではなかった。


「ぐあッ……!!」


 突き出された手刀はベルゼブブの腹部を貫いた――ように見えた。

 だが実際には、ゼインの左腕は肘の辺りから喰いちぎられていた。


「無闇矢鱈に触るからそうなるんだヨ。セクハラって知ってるカ?」


 背後からのザグバの、直接触れない拳による衝撃波も腕の一振りであっさりと弾き飛ばす。

 さらにベルゼブブではなく、ちょうど対角延長線上に居たミズキアを狙ったにすぎないダスクーリュの熱線もあえて拾い上げ、喰らい自分の糧にする。


「何でコイツがここに居るんダ? 本来の住処は魔界の筈だガ……まあイイ。居る以上ハ――」

「【岩壁牢】!」


 少女の生み出した牢獄は、一瞬でも閉じ込める事すら叶わず簡単に喰われ破壊される。


「【激流水牢】!」


 さらに続くテオルードの発動させた水の牢獄も、同様に喰われて跡形も無く消え去る。

 当のそれをやってのけたベルゼブブに、変化は1つもない。

 ただ嬉しそうに、凶暴な笑みを浮かべ続けるだけだ。


「魔法は全部無効化かよ!」

「魔法だけではありませんわ、お兄様。どういう訳かは不明ですが、私の能力も通用していません」

「どんな能力だ。なら、直接触れる事のない物理攻撃で戦えってか?」


 仕留めるというよりは牽制目的にテオルードの放ったナイフの群れは、全てが命中する。

 いや、命中したように見えた。


「なんッ、だよそれは……!」


 刺さったように見えた部位は、腕と首と顔。

 そのうち顔に向けて飛来して来たナイフは、その口で。それ以外の2箇所を向けて飛来して来たナイフは、その部位に小さな落書きのような口が出現させて歯で噛んで受け止める。

 しかもそれだけに終わらず、ボリボリという硬質の音を立てて噛み砕き、咀嚼し、呑み込む。


「鉄は不味いナ」

「マジもんの化物かよ……!」


 これが、権能を使えるようになったベルゼブブの力だった。

 魔力を用いた攻撃は勿論の事、物理攻撃の殆ども彼女の前では意味をなさない。

 全てを等しく喰らい、呑み込み、消化する。それが【暴食王】ベルゼブブであり、ベルゼブブの持つ権能だった。


 驚きを覚えたのは、彼らだけではない。

 【レギオン】側であるザグバもまた、その驚きを共有していた。


「おいミズキア、あれは一体なんだ?」


 自分の攻撃を正面から受け止められる敵と遭遇した事に対する嬉しさと、ヤバイと直感的に分かる相手に遭遇した事に対する恐怖と緊張感とが半々で存在した表情で、唯一事情を知っているように見られるミズキアに視線を向ける。


「……魔族だ」

「だろうな。だけど、明らかそれだけじゃないだろ」


 ミズキアが喉を鳴らす。

 良く見てみれば、その体は僅かだが小刻みに震えていた。


「そいつの名前は、ベルゼブブ……魔界の大罪王の1柱で、その中でも【暴食】を司る悪魔だよ」

「……なるほど、合点がいった」


 ティステアの面々がさらなる驚きに襲われる中、ザグバはそれを闘志と嬉しさで塗り潰す。


「ちなみに、さっき降って来た【死神】のガキが使役している」

「ハハッ、殺さなかったのは正解か!?」

「訂正しろヨ。使役された覚えはねェゾ」


 そこで普段から浮かべている笑みを引っ込める。


「だガ、そうカ。アイツは戻って来たカ。道理でムカつく臭いがした訳ダ」


 代わりに浮かべたのは、暗く座った表情。

 誰が見ても怖いとか以前にヤバイと感じるような、そんな表情。


「なあ、銀ならいけると思うか?」

「さあな。真銀なら確実らしいが……」

「なら、逃げるか?」

「逃げられると思うか?」

「……無理だな」


 ザグバは、全力で逃走に徹したとしても逃げ切るのは困難だと判断する。

 それはミズキアも同意見で、徐々に双方共に方針を固めていき、少しも戦意を萎えさせずに構える。


「どの道、やるしかねえだろう」

「さっき滅茶苦茶喰われてストックがヤバイんだが……ハッキリ言えんのは、それでも団長の方があれよりもヤバイ」

「なら、いけるよな?」

「ああ」

「……イヤ、辞めダ」


 しかし表情を戻したベルゼブブのその言葉で出鼻を挫かれる。


「いまのオレは機嫌が良イ。そして何よリ、やる事ができタ。今回は特別に見逃してやル」


 言葉とは裏腹に、金色の瞳は食欲に染まったままだった。

 しかし嘘では無いようで、ベルゼブブは彼らから視線を外して踵を返す。


「ただしそれハ――」


 その直後に、地中からナーガが岩盤を突き破って出現する。

 それは卵から孵ったばかりで、言ってしまえば無知な個体だった。

 親であるダスクーリュは、決してベルゼブブを敵として見ることはなかった。それどころか、自分のミズキアに向けて放った筈の熱線すら喰われたのを見て、その時点で動く事を辞めた。

 それは長い年月を得て培った知能と経験、そして本能から来る選択だった。

 だが子供であるそのナーガには、それがなかった。


「オマエらが挑んで来る限りにハ、その限りじゃねェゾ」


 襲って来たナーガを一蹴し、尻尾の一部だけを残して一瞬で喰らい尽くして、明確な脅しを掛けて立ち去る。


「……何だったんだ?」

「考えない方が身の為だ。そんな事よりも重要なのは――」


 ベルゼブブが立ち去ったのを見るや否や襲い掛かって来たダスクーリュの突進を躱し、顔の皺とは対照的に瑞々しさの残る眼球に腕を突き込む。


「ギャァァァァァァァァァァァァァァッ!!」

「難易度が下がったという事だ」

「ああ、分かり易いな」


 視線は、片腕を失ったゼインへ。

 そして、その背後へ。


「数の利はこれで無しだ」

「オーリャ!」


 テオルードが自分の妹を突き飛ばそうと左腕を伸ばす。

 その腕が、目的を達する前に切断される。

 合わせて少女自身の体も、唐突に刻まれる。


「よう、因縁の決着はついたか?」

「さて、どうでしょうね。ここに来た本来の目的に関しましては、まだ達成できてませんが」


 ゆっくりとした足取りで現れたのは、人当たりの良い笑顔をした好青年といった風貌の男。


「これで数の上じゃ3対3だが……まあ内容的にはこっちが優勢か。何にせよ……」

「さっさと片付けるとしよう」











アスモデウスは逃げ出した。

ベルゼブブは後を追い掛けた。

戦場のメンバーの入れ替わりが激しい気がする。

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