王都襲撃⑧
「何で殺した……」
「また殺すのか……」
「仕方が無かったのに……」
「そうするしか無かったのに……」
「しつこいよ」
うん、体をそこそこだけど鍛えていた甲斐があった。
一応辛うじてだけど、動けている。動いて抵抗できている。
どうにもルールその2は相手側にも適用されるみたいで、動きは魔力の循環を行ったものではない。
まあその場合、そもそもこの世界を作っている能力はどうなんだって話にもなるけど、そればかりは例外みたいだね。
だけど、私も条件は同じ。
そして多勢に無勢だ。
遭遇するのは、かつてのアルフォリア家に奉公していた使用人が多い。
次いで多いのが、邸宅内に侵入して来た顔見知りでもない、しかし見覚えはあった暗殺者の類。
中には仮面を付けていて顔の分からない人も居るけど、いずれにしろ、アルフォリア家の邸内で命を落とした――私が仕留めたという点が共通している。
これが何かの手掛かりになれば良いのだけど。
とりあえず囲まれたら不味いから、踵を返して逃げる。
背後から近くに居た人が手を伸ばしてくるけど、それは厨房から拝借した質の良い包丁で切り付けて振り解く。あまり料理人の人には見せられない使い方だね。
「お姉……」
「……ユナちゃん」
ちょうど踊り場に差し掛かったところで、向こう側の廊下の置くから、仮面を片手に持ったユナちゃんが近づいて来る。
「それでまた、私を殺すの?」
さっきまでは出て来なかった、近縁者の出現。
これが何かの前振りだったとしたら、それは何の為だと考えられるかな。
「ねえ、どうしてお姉にはそんな能力があるの?」
「…………」
「どうしてお姉はそんなに恵まれているの? どうして私には、あんなのしか居なかったの?」
「……黙ってよ。偽者のくせに、ユナちゃんの姿を借りてそんな事を言わないでよ」
ユナちゃんは、そんな事は言わないよ。
「どうして? 私はただ常日頃から思っている事を口にしているだけだよ」
「嘘だね。それはただ、私を壊す為の嘘だよ」
「どうしてそんな事が言えるの? お姉に私の何が分かるの?」
「…………」
「どうせ何も分からない。全部持っているお姉には、私の立場なんか分かりっこない。あいつのせいで、私がどんな眼に遭い続けたか知ろうともしない!」
ユナちゃんが突き出してきたナイフを間一髪で躱して、突き飛ばす。
そして突き飛ばされて転倒しているその隙に、階段を一気に駆け下りる。
「我ながら情けないなぁ……」
所詮は能力で生み出された紛い物。少なくとも先ほどの発言は私の記憶準拠でない以上、術者が作り上げたもの。
それが分かっていながら、反論できなかった。
反論する為に必要な言葉を、私は持ち合わせていなかった。
1つ下の階に下りて探索を再開しようとした時、どこからか突然、ボーンと鐘の音が響いて来る。
おどろおどろしい雰囲気にピッタリな、のんびりとした、だけど低い音色は全部で5回。
それがなり終わると同時に、廊下にある全ての扉が開いて中から沢山の人が手に凶器を持って出て来る。
「うっげぇ……」
もうこれは、相手に関係なく単純に怖い。
鐘の音もそうだけど、術者は相当この手のセンスがあると思う。できれば無いほうが遥かにありがたかったけど。
「……ん?」
もう1回、短く鐘の音が響いて来る。
と同時に、壁に立て掛けられていた燭台に灯っていた蝋燭の火が激しく燃え上がる。
しかも変化はそれで終わりじゃなくて、激しく燃え上がったその炎は独りでに踊りだして集まり合い。1つになって私に襲い掛かって来た。
「ああああああああああああああああああッ!!」
熱い。物凄く熱くて、そして物凄く痛い。
左の肩から脇腹に掛けて、咄嗟に半身になって被害を最小限に抑えたけど、それだけの面積が炎によって焼かれた。
炎は程なくして消えたけど、焼かれた部位は未だ燃えているかのように熱くて、そして何より痛かった。
「これ、が……痛みが継続するって、感覚だった、ね……」
いままでのとは比べ物にならない、もうとっくの昔に私が捨てた――捨てさせられた感覚。
大抵の傷はすぐに塞がって痛みも消えるから、とっても新鮮に感じられる。
ジン君はあの時、これだけの――いや、これよりももっと凄まじいものを身に刻んで受けていたんだね。
本当、凄いなぁ。
「何か前までのとは、ちょっと違うね……」
何がとは正確には言い表せないけど、空気というか雰囲気が、今回のは違う気がする。
だから、また逃げ出す。
さらに階段を下りて、そして足を止める。
「……水?」
階段の下が浸水していて、それ以上降りるのを拒んでいた。
しかも徐々にだけど、水位が上昇して来ている。
仕方が無いから、1階分だけ戻る。そこに人影は無いのを確認して、廊下を走る。
「溺死させたいのか、それとも逃げ場を無くしたいのか……後者の気がするなぁ」
だって溺死させたいなら、一気に水で邸内を満たせば済む話だもん。
そうしないって事は、それが目的じゃ無いって事に他ならない。
「……アキ姉」
そこで私は足を止める。
足が止まる。
「……ジン、君」
無意識のうちに後ずさる。
ユナちゃんの時もそうだったけど、親しい間柄の人は偽者だって分かっていても来るものがある。
だから最初の1歩は無意識に、次の歩は意識的に後ろに踏み出して下がる。
そして踏み下ろした足が水を跳ね上げるのを確認する。この階も程なくして使えなくなる。
なら上に戻ろうと思って、階段の踊り場に集団が待ち構えているのが目に入る。
完全に逃げ道を塞がれた。
「アキ姉、どうしてあんたはそこに居るんだ?」
「……そこに、って?」
ささやかな足掻きとして後ずさる。
でもそれも、背中に壁が当たる事ですぐに止まる。
「どうして能力を振りかざして、甘い蜜を吸っているんだ?」
「そんな事、私は……」
ジン君が手を伸ばして来る。
両手は私の首に。
分かっている、偽者だって。
偽者だって分かっているのに、私の体は動かない。
抵抗しなくちゃ不味いって分かっているのに、動かせない。
「おれは何も持っていないのに、あんたは全部持っていたのに、その上おれから全部奪っていって――!」
「見ぃ付けた」
包丁を胸に突き立てる。
やっと見付けた。
「私は何も持ってなかったよ。私のは全部、ジン君がくれたもの……」
ジン君の姿を借りた相手を押し倒して、馬乗りになって包丁を引き抜く。
「彼は絶対にそんな事は言わない、思わない。他人を真似るのは結構だけど、それによって彼の行った事を侮辱するのは絶対に――許さない!」
もう1度、心臓目掛けて振り下ろす。
「【接合】、【圧着】……」
傾斜の断面に正確に宛がうのに苦労しながらも、切断された腕を元通りに繋ぎ合わせる。
もっとも、テオルードはあまり治癒魔法が得意でない。元通りの見た目となったからと言って、元通りの動きがすぐにできるかどうかは怪しかった。
「化物が!」
「傭兵だ!」
テオルードは完全な逃げに転じる。その事を恥だとは思わない。
元より決闘の真似事は暗殺者の本分ではないのだ。ましてやこの状況では、間を読んで姿を暗ます事もままならない。
その時点でテオルードの優位性は無いも同然なのだ。
だが追撃の手は激しく、一向に振り切る事ができない。
ただでさえティステアの5大公爵家の宗家どころか当主レベルの能力者2人掛かりだというのに、地上と地中においてはナーガ共を、そして上空からは怪鳥の奇襲を警戒しなければならない。
そんな中で逃げに徹したとしても、それが成果として現れるかどうかは怪しい。
「クソッ、だから嫌な予感がしてたんだよ……!」
自分の勘が正しかった事と、その勘を信じられていながらこの状況を避けられなかった事を確認し悪態をつく。
だがそれさえも余裕の無さの現れであり、また現状が好転する要素になり得る事はない。
そしていくら勘が働こうとも、いくら能力が秀でた5大公爵家の当主であっても、魔界原産の怪物複数に加えて【レギオン】の【忌み数】に名を連ねている団員を2人同時にいつまでも闘争し続ける事は不可能であった。
「うあッ!?」
拳の砲弾が至近距離で炸裂し、体勢を崩したところに足元からダスクーリュが現れたのを危ういところで呑み込まれる事を避ける。
しかし代償に地面に背を付く形となり、上体を持ち上げたところに視界に【レギオン】の団員2名と、いつでも熱線を吐き出せる準備をしたダスクーリュの姿が入る。
「これで詰みだな。最後はいささか拍子抜けな終わり方だったが」
「大抵の物事はそんなもんだろう」
「随分と冷静なこったな。これから死ぬっていうのに」
「いやぁ、生憎な事に、オレは死なないって他でもないオレの勘が言っているんだよな」
テオルードは不敵に笑ってみせる。
それを不愉快に思う訳でもなく、ザグバもまた笑う。
「良いな、最後に惨めったらしく命乞いをするような奴よりも、遥かに良い」
「お褒めに預かり光栄……だ!」
後ろでにこっそりと用意していたナイフを投擲する。
それをザグバはあっさりと受け止めるが、その隙に弾かれたように立ち上がり動く。
「テメェ!」
半瞬遅れてダスクーリュが熱線を放とうとして、動きを止める。テオルードがその射線上に、支配者であるミズキアが立つように動いた為だ。
それでもミズキアが自分ごと撃てと命令すればそれまでだが、その指令が下されるまでに一瞬の遅れが生じる。
その隙を突いて新たに取り出したナイフを片手に、首を狙って突き出そうとした瞬間にザグバが地面に向けて拳を振るう。
それによって震源地周辺に決して小さくない揺れが生じ、それに足を取られて体勢を崩したテオルードがミズキアからの拳を喰らい倒れる。
「自分の死を回避する道筋を見損なったか?」
「そんなもの、端から見えてなんかいなかったっての……」
最後の足掻きも封じられ、今度こそ詰んだ――その筈なのに不敵な笑みを崩さないテオルードに、最後まで両者共に警戒は解かない。
「というか、オレは最初から何も見てなんかいなかったぞ? ただ、ずっと自分の勘に従っていただけだ」
「野生動物かよ」
「ハハッ、さてな。ただオレの勘は、ここに辿り着きさえすれば良いと言っていた。こうすれば良いと言っていた。そうすればオレはまだ死なないと、勘がそう言っていた」
テオルード=ラル・オーヴィレヌは、本人を含む極一部の者しか知らない事だが能力者ではない。
未来視の類などはおろか、何1つ固有能力と呼べるものを持ち合わせていない、ただの無能力者だった。
それ故に、生家においてどのような扱いを受けていたかは想像に難くない。
無能者で無いだけマシであるとは言え、存在を抹消される事こそないものの疎む者は身内には多数おり、事あるごとに偶然を装って、あるいは故意に殺されかけて来た。
何故か頭上から中身の詰まった花瓶が落ちて来たり、何故か魔道具の保管された納屋を利用しているときに魔道具の暴発が起きたり、何故か火の不始末によって家屋が焼けたり、何故か偶然にも利用している馬車が賊に襲われたり。
そうしてそのことごとくを幸運にも、そして妹の助力もあって掻い潜って来たテオルードにはいつしか、固有能力とも言い表せる後天的な特性が宿っていた。
それが、異常なまでの勘の良さ。
あるいは第六勘とも、あるいは生存本能とも言うべきそれは、とにかく何となくであらゆる出来事を予期するという代物。
何となくという、理由も根拠も無い漠然としたものによって未来を擬似的に予知するそれは、下手な固有能力による未来予知よりも余程精度が高く、そして周囲の者たちからすれば厄介だった。
皮肉にも、周囲が疎んで排除しようとすればするほど、それが結果としてそれが達成させられる事を困難にしていったのだ。
何となくという理由で事故を未然に回避し、何となくという理由で暗殺者と遭遇するのを回避する。
そして何より、何となく参加したら絶対にマズイといういつになく強く警告してくる勘に従った結果、エルンストによって齎された甚大な被害に自身が巻き込まれる事を防げた。
そうして時には明確な解を勘によって手に入れながら、災禍を未然に避け、あるいは巻き込まれても最小の被害で生存し続けた。
戦闘においても似たようなものだった。
何となく進むと危ない、何となくこう動かないといけない気がする、何となくそこで止まるべきだと思う。
そういった対戦相手からすればふざけているのかと言いたくなるような理由で行動し、結果として事前に相手の動きを先読みして動くのよりもさらに早く攻撃を察知し回避して来た。
「そうか。ならその勘は、最後の最後で外れたな」
1度たりともそれを疑った事が無く、常にそれに従い続けてどうなったかは、いまのテオルード自身が証明している。
つまりは、彼の勘は彼を裏切った事が1度も無いという事だった。
「……は?」
ザグバがトドメとして振り下ろした拳は、テオルードの手前30センチほどで不自然な、しかし同時に滑らかな曲線の軌道を描いて逸れていく。
「敵の敵は味方って、あれは嘘だよな。敵の敵は敵でしかない。だが、同時に自分だけの敵という訳でもない」
「――ッ!?」
ミズキアが気付いて振り向いた時には遅かった。
彼らの背後より音も無く迫って来ていた、重傷を負いながらも生きていたゼインが跳躍し、ダスクーリュの額に刺さっていた角柱に触れる。
「キヒャァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
「野ッ郎!」
自身の自意識を奪う角柱の効果が消えうせ、支配から抜けたナーガのダスクーリュが上げたのは果たして、歓喜の雄叫びなのか、それとも怒りの咆哮か。
それに怒気を露にしたミズキアが、片腕を犠牲にダスクーリュの捕食行為から逃れる。
たとえ腕が1本だけであっても、潤沢な魔力を兼ね備えた【忌み数】の1人のものは相当な魔力となったのか、それを咀嚼して得た魔力を元に卵を産み出す。
「まだ生きていたか! 間違いなく直撃した筈だが、どうやって生き延びた!?」
「さて、自分でも良く分からぬ。ただ幸運にも、当たり所が良かったらしい」
「そうかよ! とことん楽しませてくれるなぁ!」
そんなミズキアとは対照的にザグバは、まだ戦闘が継続するという事実に心から嬉しそうに、好戦的な笑みを浮かべて歓迎する。
【超人】の拳によって発生した衝撃波を、ミズキアの【空間支配】によって不意打ち同然に喰らったゼインに何らかの手を打つ暇など無かった。
そしてまともに喰らえば、運が良くても死体を残して即死するのがザグバの拳だ。
にも関わらず、見ていて痛々しいぐらいに弱った状態に陥りながらも、ゼインは間違いなく生存していた。
「ハハッ! 一体何だってんだよまた!」
拳がまた先ほどのテオルードに対して振るった時と同じ結果が起こった事に対して、伸ばされる手刀を回避しながら笑う。
「物理攻撃は無効か?」
「俺にそれを聞くのは間違いだな」
「そうかよ、なら試させて貰おうか!」
牽制としてカマイタチを蹴りと共に放ち距離をとる。
そして即座に拳を骨が軋む程に強く握り締める。その握り締めた右手を、左手を添えた状態で全身を捻りながら後ろに引く。
それは1度、テオルードを見極めようとやろうとして未遂に終わった、テオルードの勘がヤバイと警告した予備動作と全く同じもの。
それを再び行い、拳を放とうとする。
そしてその直前で、頭上から降って来た何かと激突してまた未遂に終わる事になった。
ようやく主人公合流……した場面に追い付いた。
テオルードは無能力者という設定は当初からありましたが、代わりに搭載された特性が随分と酷い気がする。