表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
126/191

傲慢王③

 



 アスモデウスに魔界に連れて来られた初日に遭遇した蔦を筆頭に、ルシファーの成れの果てが持つ体構造の中には見覚えのある特長がいくつかあった。

 勿論、権能による変異の結果に得たという可能性もあるが、それにしては余りにも酷似し過ぎている。

 加えて、その体構造が1つだけではないとなれば、偶然と考える方がおかしい。

 そこにアスモデウスの外付けという発言を加味すれば、おのずと答えは出る。

 先程の姿やいまの姿において存在する歪な体構造のどれかは、外付けという言葉の通りどこからか持って来て無理やり取り付けたものなのだ。


 そしておそらくは、全身に23ある魔力経路の仲介地点の殆どは、その持って来たものに元々あったものだ。

 本体のものではなく外部から持ってきて取り付けたのにも関わらず、ルシファーの全身には魔力経路が一切の過不足なく張り巡らされ、滞りなく魔力が循環されている。

 つまりは、外付けする際に元ある魔力経路とパーツの中に納まっていた経路を繋いだ筈だ。だから、元は人型であったにも関わらず魔力経路の数が多い。

 だがそれさえ分かってしまえば、その先を推測し正解を割り出すことは困難であれど不可能ではない。

 【無拳】による拳を打ち込む順番は、肝臓を最初に、丹田、右腎臓、水月、人中、左腎臓、眉間、そして最後に心臓となっている。

 この順番は、循環する魔力が仲介地点が塞がれていた際にそのルートを使わずに、最もスムーズに循環が行えるように決められるという人間の生理的な法則によって決められている。

 例えば目的地までの道が何らかの事情で塞がれているとして、その場合に回り道をするのは当然として、わざわざ他に短い時間で目的地まで到達できる別ルートが存在するのにも関わらず、それを選択せずに遠回りをするルートを選ぶ者は早々居ないだろう。

 それと同じように、魔力の循環も常に近道を選択して巡るのだ。

 あくまで仲介地点は全身に無数に張り巡らされている魔力経路が最も多く重なっている部位であって合流している訳ではなく、最も近い道という条件化であってもその数は相当なものではあるが、それでも条件に当て嵌めれば数は絞れる。


 そしてそのルートは、例え外付けされたパーツが加わってもおそらくは変わらない筈だ。

 23存在する仲介地点のうち、8つを除いた外から持ってこられた15の仲介地点を、それぞれ元から存在していた8つの仲介地点の間に挿入して延長したに過ぎないが故に、その状態であってもその8つを巡る順番が入れ替わったりする事は無い。

 つまり後は、どの体構造がどの仲介地点の間に挿入されたのかさえ特定できれば良い。


 これが仮に、外付けした体構造はそれで独立させていたのならば、特定は限りなく困難だっただろう。

 手間を惜しんだのか、それともそうするしかできなかったのか、いずれにせよおれにとってはそれが有利に働いた

 それでも現状に問題は山積みなのだが。


「この野郎が、放しやがれ……!」


 左手は大顎を押さえ込むのに手一杯で自由は無い。

 かと言って口腔内に収まっている右手を動かそうにも、腕に巻きつく舌がそれを許さない。

 反対に向こう側も、おれが抵抗しているが故に口腔内に捉え切る事ができていない。しかし、状況は膠着しているかと問われれば、それも違う。


 既に散々受けている傷から流れ出す血が容赦なく体温と共に生命力を奪って行き、先ほどから寒くて仕方が無い。

 まだ寒いという感覚があるから良いが、これが何も感じなくなればいよいよ手遅れとなる。

 これ以上出血したままで居るのは、文字通り命に関わる。

 それを差し引いたとしても、左側から迫る大顎や取り込もうと引っ張って来る舌の力には、いつまでも抵抗できるものではない。

 しばらくすれば限界が訪れ、やはり噛み砕かれるか呑み込まれるかして死ぬ。


 それが出血によるものか、力尽きたが故のものなのか、果たしてどちらの結果が先に訪れるかで賭けが成立するぐらいだ。


 そしてさらに仮の話、この拘束から脱する事ができたとしよう。

 その後に、一体どうやってこのデカブツに対して【無拳】を決める?

 存在する仲介地点の大半は、上半身ではなく下半身に点在している。

 その仲介地点に循環を淀ませられるだけの衝撃を送り届けることができるのか、また送り届けられたとして、次の仲介地点の所まで循環する魔力が到達する前に辿り着けるのか。


「――ッ!?」


 先の見えない仮説を立てている最中に突然揺れが襲い掛かり、思考は中断される。

 最初に背中を押すような強い重力を感じ、背面側から胸部に刺さっている牙に傷口を掻き拡げられる痛みに襲われたのも束の間、今度は一瞬の浮遊感の直後に激しい揺れに襲い掛かられる。


「ふざっけんなッ!!」


 業を煮やしたか、ルシファーが体を激しく揺らし始めた結果だという事はすぐに分かる。

 同じような揺れが間断なく、強弱を付けて次から次へと襲い掛かり、抵抗を維持する事はおろか体勢を維持する事すら困難になってくる。

 生憎おれにロデオの経験は無いため、いつまでも踏ん張れるものではない。

 何より、その震動のお陰で傷口が抉ら絶えずに新鮮な痛みが脳天を貫き、視界が赤と白に交互に染められていく。

 その痛みに意識が落ちるのが先か、それとも揺れの激しさに踏ん張り切れなくなるのが先か。


「……仕方が無い、か」


 揺れのお陰か、微かに浅くなった右背面部に食い込んだ牙を、その場に踏ん張り渾身の力で体を引き上げる事で無理やり引き抜く。

 その際に傷が穴ではなく溝になるのも仕方が無いと割り切る。


「右腕はくれてやる」


 そして腕以外が完全に大顎の範囲から逃れたタイミングで、左手を離す。


「がああああああああああああああッ!!」


 ギロチンは斬れ味が悪く、1度で首を落とす事ができないというが、その意味が実によく理解できた。

 下半身のそれと比べて遥かに斬れ味の悪い乱杭歯は、斧や鉈というよりはノコギリに近く、1度の不利卸による切断には向いていない。

 その為左右の大顎がしっかりと噛み合った後もおれの右腕は筋繊維単位で繋がっており、また断面も凄まじく荒々しい為に、普通に切断するよりも遥かに強い痛みが襲い掛かって来ていた。


「腕を、もがれる事を、楽しめ……!」


 まったく、エルンストもとんでもない無茶振りを言って来たものだ。

 常人には到底できないだろう。だが、無茶ではあっても不可能ではない。

 ましてやおれは、エルンストの弟子だ。エルンストはできた、ならおれにできない訳がないだろうが!


「ぎぃ、あがぁ……!」


 未練がましく離れたくないと主張してくる右腕を、捻り上げ、周りの牙を利用して完全に切断する。

 そして拘束の無くなったおれに、その激しい揺れに抗う術は無く、しかし閉じられた口腔内に落ちる心配も無くルシファーの巨躯の上から地面へと落下する。

 幸いな事に、頭から落ちることは無かった。代わりに、腕が切断されたばかりの右半身から落ちて転がり、荒々しい断面や傷口が荒れた地面に擦られて死にそうなレベルの痛みを発する。

 だがその痛みも、必死に自分に言い聞かせていたお陰か、完璧には程遠いが死にたくなるレベルの痛みまでに緩和される。


「ハ、ハハ、ハハハハハハハハハッ!!」


 引き裂かれて襤褸切れと成れ果てた服をさらに破り取り、見るに耐えない状態になっている右腕の断面を、左手と口を使ってきつく縛る。

 ついでにその時に左手も見えたが、親指と人差し指の間、そして中指と薬指の間が裂けている上に、手の平と前腕に大きな風穴が開いていた。正直動いているのが不思議でならないが、人体の神秘は計り知れないと言ったところか。


「痛えな、ちくしょうが!」


 その手で拳を作り、目の前のルシファーのその巨躯の下にある仲介地点を目掛けて全力で殴りつける。

 だが、


「堅えな、やっぱ駄目か……」


 一本拳ではなく、ただ握り締めただけの拳。

 その拳でもって全力で殴った結果は、衝撃は仲介地点まで届く事も無く、魔力の流れを乱す事すらできずに霧散するというもの。

 そして一方で、殴った拳は完全に砕けていた。

 元より変異前の姿を相手に一本拳で殴った際に中指は折れていたが、これで完全に使い物にならなくなった。


「詰んだな……」


 現状において【無拳】を決める事が不可能であるという事が判明し、詰みの状況だと理解する。

 元より【無拳】には両手を用いるが故に、右腕を捨てた時点で既に大分怪しかったが、これで完全に確定した。

 右腕を捨てなければ生きた状態で脱することは不可能だった為に、仕方が無いといえば仕方が無いが。


 いや、そもそもルシファーがあの姿となったのは、おれが原因だ。

 その時点で、既に状況は確定していた訳だ。

 しかもそれは、おれが種を撒いた結果だ。何てマヌケな結果だろうか。

 おれの道化っぷりは、さぞかし滑稽だったに違いない。


 ルシファーが尾を持ち上げるのが視界に入る。

 その巨体に相応しく太く強靭な尾は、注意深く見てみれば、変異前の姿の時に肩から生やしていた無数の蔦が束になったものだった。

 おれよりも遥かに太いその蔦の束は、空中で尾の先をおれに向けた状態で一端停止し、次の瞬間に凄まじい勢いで落下して来る。

 そして飛び退き地面に突き刺さったそれは、堅い筈の岩盤を砂浜であるかのように抉りながら、引き抜く手間さえ惜しいと言わんばかりに薙ぎ払って来る。


 それらの動きは見えてはいた。

 言い訳でも何でもなく、厳然たる事実としておれの右眼にはそれらの動きが捉えられていた。

 だが、回避はできなかった。

 これが平時の状態ならばできただろう。だが流しすぎた血と、全身に積み重なり圧し掛かっていたダメージが体の支配権をおれから奪っていた。


「がぁ――ッ!?」


 蔦は植物だ。石や鉄と比べれば強度にも硬度にも欠けるため、武器には到底向かない。

 だがそれでも、本数を束ねて1つにすれば相当な質量を持つ。

 その巨大質量が相応の速度でぶつけられれば、例え硬度が無くとも、強度に欠けていようとも、接触時に打ち込まれる衝撃の威力は十分に人を殺傷しうるものとなる。


 ガードをする事もできず、左腕の上腕骨と左半身の鎖骨に肩甲骨、そして左の肋骨12本の大部分が砂状と化し、胸骨にも亀裂が入るのがハッキリと音として伝わって来て分かった。

 ついでに左肺も完全に潰れている。折れた肋骨が肺に刺さらないか心配してたが、もう刺さる肋骨も肺も無いから逆に安心できる。

 あとは多分、胃が破けている。先ほどから食道を色々な物が逆流しようとして来ている。ただ吐き出す事すらできないだけだ。

 何せ胸腕筋と胸壁筋、上肢帯筋と上腕筋群である上腕屈筋群と上腕伸筋群が持て余す事無く断裂。平行して横隔膜の大部分な損傷と、おまけで前腕筋の一部が筋膜断裂。

 吐き出そうにも、吐き出す為に利用する筋肉が使い物にならない。

 不幸中の幸いなのは、心臓が異常なまでに頑丈な為かどうかは知らないが、とにかく無傷で済んでいる事か。ただ、人間のもののままである血管までは無事かどうか不明だ。


 何にせよ、いまのおれは間違いなく致命傷だ。

 よくもまあ、冷静にいまの自分の状態を把握できたものだ。もう暗示とか関係なしに、痛すぎて痛くない。

 放っておけば死ぬしかない、あと持って数分の命。

 おれの知識と経験から照らし合わせて、あと6分弱。10分持ち堪える事は絶対に不可能。


 いや、あと何秒かというレベルか。

 ルシファーの成れの果てが、その姿のまま器用に身を屈めて、額の辺りに生えている上半身を乗り出してくる。

 上半身が不気味に蠢き、断面の辺りが異常なまでに伸張し、地面に無様に転がっているおれに平衡になるような体勢のまま、再び大顎を左右に開いていく。


「…………」


 おれを見下ろすその顔はやはり無表情で、眼には何も宿っていない。

 こいつはいま、おれを殺そうとしている事に対して何も思っていない。

 その事に対して怒りはない。

 どころか、おれを殺すという事自体に対しても怒りなど微塵も湧いて来ない。

 ただ、自分に対する怒りはある。

 あとは、無性な悔しさか。


 これが客観的な立場だったら、かつて大罪王の頂点に君臨し、いまもそれに近い力を持っている魔族を相手に絶好調には程遠いコンディションで、良くぞここまで健闘できたと称賛するんだろう。

 だが自分の立場にしてみれば、ちっとも誇る事もできない。


 【無拳】を決めれば倒せる。

 【無拳】さえ成功させられれば、勝つ事ができる。

 そのたった1つの事すらできずに終わるとは、無様な事極まりない。

 そんな無様な奴が、エルンストの弟子を名乗り同じ【死神】の名前で呼ばれていたという事実に苛立ちが募る。


 だが、全てがどうしようもない。

 身動きも取れなければ、声を出す事もできない。身体はどうしようもないくらいに重いくせに、一方で何も感じていない。

 現状に対して、何もできる事がない。

 死にたくは、断じてないのだが。


「馬鹿なのかいキミは! いや、間違いなく馬鹿なのだろうね!」


 ルシファーの上半身を含む、下半身の頭部の大部分が消失する。

 抉られたような断面からは血が零れず、ただ元からそういう外見であったかのようだった。


「この権能の使い方は正直、相当に疲れるのだけれどもね……!」


 そこに立て続けに、不可視の刃が降り掛かっているかのように至る所が切り裂かれる。切り裂かれるだけでなく、内側から爆ぜる。

 体構造の一部を唐突に失ったルシファーの成れの果ては、さらにその圧倒的な手数の嵐にさらされ、瞬く間に原型を無くしていく。


「人にあんな頼みをしたのならば、わざわざ自ら死にに行くような行動は慎むべきだ! それが人として当たり前の事であるだろうし、魔族の立場から考えてもあり得ない!」


 アスモデウスが怒り心頭な表情で睨んで来る。


「ジッとしていたまえ! もっとも、動きたくとも動けないだろうがね!」


 腕をこちらに差し向けると、袖口から赤い文字列が溢れ出し、倒れているおれを取り囲むように空中を泳ぐ。この文字の原料は、おれの血か。

 ともあれ、それが2重3重に取り囲んだところで発光し、弾ける。

 次の瞬間には、視界に広がる光景は激変していた。


 遠方には建築物が広がり、そして何故か所々が倒壊し火の手が上がっていた。

 そしてその光景は、急速に大きくなって来ている。

 要するに、いまおれは空中に現れて現在進行形で落ちている訳だ。

 それを知ったところで、おれにはどうしようもない。何せ、身体が動かない。

 この高さから落ちて、果たして大丈夫かどうか検討するまもなく地面が近づく。


 そして破壊された街並みの中心部に立っていた、黒髪の妙なチビと激突した。










久々の投稿、そして主人公合流。

こいつ作中で頻繁に死に掛けたり、四肢欠損したりと本当に主人公なのかという疑問が沸いて来る不思議。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ