表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
124/191

傲慢王②

 



「肉を切らせて骨を断つ……で、良いのか? 何にせよ、最善とは言えなくともそれなりに良い結果に転んだな」


 いくら肺活量に自信があろうとも、長時間に渡る火災旋風が収まるまで呼吸を持たせるなんて芸当は、エルンストでも不可能……な筈だ。

 だから、肉体が許す範囲で呼吸を最小限に抑えて文字通り嵐が過ぎ去るのを待っていたが、それでも無傷とはいかなかったようで、喉の奥が酷く痛む。

 だが一応は、呼吸をする分には問題は無いようだった。

 ただ、火傷を負った部位が酷く熱く、そして酷く痛む。少しばかり興奮が覚めて来ているせいだ。


「……ハッ、ハハハッ、とりあえずやった、か……?」


 火災旋風に巻き込まれて、ただでは済まないのは確実だ。

 例え中心部に居ようが、適切な対処法を知らなければ相応のダメージを負うことは必死であり、加えてその適切な対処法を知り実践したおれでもこうしてダメージを負っているのだ。いくら魔族であっても、相当なダメージを負っただろう。

 あり得ない事だが、もしこれで無傷であるなんて事があるとしたら、さすがに本当に腹を括る必要がある。


「……何だ?」


 周囲一帯にあったものは火災で粗方燃え尽きており、その残骸や燃えずに残った物も続く火災旋風による圧倒的破壊力によって殆どが消し飛んでいる。

 その破壊を齎した炎も、その命を保つために必須な酸素を消費し切った為に大半が収まっており、そこに先程までの勢いなど見る影も無い。

 随分と見晴らしの良くなった視界に映るものといえば、精々が酸素が足りずに燃え燻るか、そうでなくとも膝下の高さまでにしか届かない火が所々にあるぐらいだ。

 いくら探しても、先程まで交戦していた筈のルシファーの成れの果ての姿すらも見当たらず、一見すると何も無いように見える。


 だがすぐに右眼で魔力を可視化させて視ると、何も無いように思えた前方周辺に、相当な量の魔力が鎮座しているのが確認できた。

 その魔力の量は、魔界特有の大気中に溶けている高濃度の魔力を考えても不自然すぎるし、第一大気中の魔力は大半が火災旋風によって吹き飛ばされている。それなのにあれ程の量の魔力が存在しているという事自体がおかしい。


 だがその鎮座する魔力は恐ろしく広範囲に渡って存在しているが、通常の視界に戻して見ると、やはりそこには何も無い。

 ただ単に、焼け焦げた跡が残るのみだ。


「……魔力を用いた不可視化か?」


 光の屈折率を変える事によって姿を消す、割とメジャーな不可視化魔法が脳裏に思い浮かぶも、即座にその可能性を廃棄する。

 周囲の温度は汗もすぐに蒸発するほどに高く、そんな中でそんな魔法を用いようとも、すぐに周囲の揺らぎとの間に差異が生じてしまい、簡単に看破できる。

 だが、少なくともそんな不自然な様子は見受けられない。


 さらに加えて言えばその魔力は本当にそこにあるだけで、何らかの術式を組んでいるような魔力ではない。

 例えるならば、絵の具がただそこにぶちまけられているだけで、それが絵を象っている訳では無いのだ。


「燃え尽きてバラバラになって、その塵があの辺りに撒かれているのか?」


 それならばそこに鎮座している魔力も、死体から霧散した魔力であるという仮定が成り立つ。

 体の殆どが魔力で構成されている魔族が死んだ時に放出される魔力量は人間の比ではなく、視界一面を埋め尽くす程の魔力量が放出されても不自然ではない。

 だから一応は説明がつくのだが、


「……違うな」


 明確な根拠こそ無いが、おれの勘が違うと言っていた。


 それでも無理やりにでも理屈で説明するのならば、曲がりなりにも元大罪王であり、そして成れの果てとなっても大罪王に近い力を持っているとアスモデウスが言っていた奴が死んで放出する魔力の量が、たかが視界を埋め尽くす程度の量である筈が無いと言ったところか。

 魔界でも10指に入る実力者とは、そんなに程度の低い存在では断じてない筈だ。


 だがそうなると、果たして当のルシファーはどこに消えたのか。


「…………」


 眼を閉じて、視界に頼る事を放棄する。

 代わりに、エルンストにこれでもかと鍛えられた魔力探知を行う。

 エルンストのそれと比較すればどうしようもないほど劣っているが故に、大気中に存在する高濃度の魔力の為に魔界では余程実力のある存在が相手でなければあまり役に立たない感覚ではあるが、敵は他でもないそれ程の相手であり、そしていまは感覚を邪魔するような魔力は前方のものを除いて存在しない。


「下か……!」


 前方に鎮座する魔力とは別に、それと比べても巨大な塊の魔力が足下にある地中の遥か深くに存在するのが感じ取れた。

 そしてそれが、おれが感覚で捉えたのとちょうどタイミングを同じくして浮上して来るのが分かった瞬間に、全力でその場を蹴って後方に跳躍し退避する。


 だが、それは間違いだった。


 おれが元居た場所は勿論、滞空中の足下の地面も軽々と巻き込んで楕円形にクモの巣状の亀裂が走ったと認識した時に、全てが遅いと悟った。

 地面が刳り貫かれたかのように持ち上がり、走った亀裂に沿って崩壊し落下して行く。

 瓦礫が落下して行った先にあるのは、底の見えない奈落。適当な光ではあっという間に呑み込まれて掻き消えてしまいそうな奈落が、楕円形に近い形で広範囲に渡って広がっていた。


 淵に鍛え上げられた成人男性の腕ほどの太さと長さ、そして鋭利さを兼ね備えた牙がズラリと並んだその奈落に繋がる穴は、地を蹴って空中へと逃れた程度では範囲外に逃れる事はおろか、中心部から脱する事も叶わないぐらいに大きい。

 おれの居る位置からでは、その穴のみで全容を計り知る事はできない。だがその穴だけでも、それの本体がどれほどに巨大な存在かは想像するに余りある。

 それほどの大きさの存在が地中に居る事にすぐに気付けなかった事を罵倒してやりたい気持ちで満たされるが、もう遅い。


 その奈落に繋がる穴が、空中に居るおれへと距離を詰めて来るのがスローモーションで見えていた。

 客観的に見れば1秒に届くか、届かないか。おそらくはその程度の短い間だったのだろうが、おれにはその時間が永久に思えるほどに長く、また遅く見えていた。

 それは、右眼の齎す超常的動体視力を考慮してもまだ足りない、別の要因による世界の時間の経過の遅滞だった。

 普段からこれだけ見えていれば、果たしてどれほど精緻で正確な動きが実現できるか――そんな事を思わず考えてしまうほどに遅かった。


 なのに、おれは動けなかった。

 恐怖が身を縛っていたとか、そんな理由じゃない。いまのおれは恐怖をきちんとしまい、その上から重石を載せて蓋ができている。それは必要な時に出て来れるようにしてあるが、いまは出て来てない。

 そんなまだるっこい理屈など抜きに、純粋に空中に躍り出たが為に、身動きを取る事ができなかっただけの事だ。


 空中に躍り出る行為は、おれが奈落に落ちるのをほんの少しだけ遅れさせた。

 だが代わりに、そのトラバサミの歯がちょうど自身の身体に食い込む位置へと、自ら移動していた。

 その事が分かったところで、おれにはどうする事もできない。

 ただせめてもの足掻きと、相手の大きさから鑑みても笑えるほどにちっぽけな抵抗をしようと両腕を交差させ、来るべき衝撃に備える事が精々だった。


 そして、その巨大なトラバサミが閉じられる。


「ぐッ、うぉぉぉああああああああああああああああああッ!!」


 ちっぽけな抵抗は、決して無意味では無かった。

 少なくとも、即死だけは免れた。


 左右から迫り来る牙の挟撃を、交差させた腕を突っ張って手のひらで受け止め、閉じ切らせないように渾身の力を込めて押し返した。

 それが功を奏して、牙はギリギリのところで止まりはした。

 しかし代償は安くは無い。

 牙をまともに受けて貫通した手のひらはズタズタで、加えて襲い掛かって来た衝撃を受けた両腕の骨にも違和感がある。状態は不明だが、確認すると力が抜けてしまいそうなのであえて眼を逸らしておく。


 だが、それほどの代償を払っても、未だ死の淵に立っている事に変わりはない。

 辛うじて止まりはしているものの、手のひらを貫通した牙の先端は首と胸部をそれぞれ破っている。

 どちらも今のところ急所こそ逸れてはいるが、これ以上深く進まれればその保証はない。

 さらに足場のない宙吊り状態である為、膂力を十全に発揮できない。それ故にジワリジワリと、微々たる速度ではあるが確実に牙は奥深くへと進んで来ていた。

 仮に足場があったとしても、おそらくは抑え来れる事はできなかっただろうが、それでも進行速度は遅れさせられた筈だ。

 もっとも、そんな仮の話に意味などない。


「ぬっ、ぐぅ……!!」


 徐々に息苦しくなっていく。牙が頸動脈こそ避けたものの、気官を傷付けている為だ。

 そして牙がより深くに進むほど、気官の閉塞率は高くなっていく。

 このまま窒息死するのが先か、それとも失血死するのが先か、はたまた堪えきれずに左右から押し潰されるのが先か。

 このまま何の手も打たなければ、そのどれかの未来に行き着く事は明白だった。


「ぐっ、ぎぎぎ……ッ!」


 いくら抗おうと力を腕に込めても、それ以上の膂力は望めない。

 これが他の者ならば、命の危機に対して都合良く火事場の馬鹿力と呼ばれるものが発揮されて現状を好転させるのだろうが、その火事場の馬鹿力の正体は他でもない脳の抑制の解放だ。既に常時それをしている状態であるおれに、それ以上は望めない。


 頭の中では次々と案が浮かんでは検証され、碌なものではないと結論が出て破棄される。

 せめて剣が手元にあれば、ベルが居れば、そんなあり得ない仮定の話ばかりが思い浮かぶばかりだ。

 確かにあいつが居れば、あるいはどうにかなったかもしれないが、ないものねだりほど不毛な事は無い。


 優に数十にも及ぶ案を思い付きながらも、その殆どが駄目なものばかりだった。


「押しても、駄目なら……引いて、みな……」


 そんな言葉が思い浮かぶ。誰の言葉だったかは知らないが、何もしないよりはマシなのは確かだ。


 言葉の通りに引く訳ではないが、押し返す力の向きを転換し、身体の向きを無理やり捻って変える。

 その際に牙に肉が引き裂かれるが、お陰で目論見通り周囲に僅かながらスペースを作る事に成功する。

 そのまま腕の力の方向を元に戻して維持しながら、ゆっくりと身を自分から沈めて行き、頭まで完全に沈んだところで両腕の力を抜いて放す。


「がぁッ!?」


 力を抜いた瞬間にトラバサミが完全に閉じられ、引き抜き損ねた両手が勢い良く挟み込まれる。

 同時におれの体重を支えきれず、また牙が鋭利だった事が災いして手が裂かれるも、まだ完全に暗示が解け切らずに多少なりとも興奮が残っていたお陰で痛みはいくらか緩和され、意識を失わずに済んだ。

 そして光が全くない奈落の底へと落下しながら、裂けた両手で手探りで周囲を手繰り、弾力のある生暖かな感触を右手が掴むのを感じ取る。


「良し……」


 それがおれを呑み込んだ存在の舌であるという事は想像に難くなく、その舌の感触を常に手で感じ取りながら落下を続けると、程なくして前後から圧迫されて落下が止まる。

 だが、それが一時的なものでしかない事は簡単に分かる。そして次に自分を襲う現象が、生物が口に食物を入れた後に行う事――即ち嚥下であるという事も。

 その推測を裏付けるように、前後から圧迫して来る肉塊が不気味に蠕動して徐々に落下が再開されたかと思えば、全身を浮遊感が包みいきなり加速する。


 その急激な重力の変化に耐えながら、右手を常に何かに触れさせたまま意識を集中させる。

 そして右手がそれまでいくつもあった凹凸とは違う、明確な隙間に引っ掛かったのを感じた瞬間、迷わずその隙間の淵を掴んで全力で自分を支える。

 裂けた片手で全体重を支えられるかは若干の心配こそあったものの、負荷による痛みを除けば、抑制の外れた膂力は存分におれを支えてくれた。

 そのまま左手も持ち上げて隙間の上蓋を掴んで持ち上げ、隙間を力尽くでこじ開けると、その隙間に無理やり自分の体を捻じ込む。


 相当に骨の折れる作業ではあったが、上手い事体の半分くらいが入り込み、少なくとも自然落下の心配が無くなったところで、凄まじい上下の揺れが襲い掛かって来る。


 人間を始めとした生物の大半は、喉の下にそれぞれ食道と気官と呼ばれる管状の器官を持っている。

 形状もそっくりで、また位置も重なり合ってぱっと見では見分けの付かない2つの器官ではあるが、役割は食道は嚥下した物を胃袋へと送り届ける器官であり、気官は吸い込んだ空気を肺にまで送り届ける器官というように、それぞれが独立している。

 こうして2つの器官が独立していられるのは、食道は平常時に呼吸をしている時は閉じているのに対して、嚥下時には喉頭が引き上げられて気管と食道の間が開いて嚥下した物が食道を通過しやすくするのと同時に、嚥下した物が喉頭の上を通過する際には喉頭蓋が気官の入り口を塞ぎ、気官に入り込んだりしない構造になっているからだ。

 だからこそ嚥下した飲食物は肺ではなく胃袋に送り込まれ、吸い込んだ空気は胃袋にではなく肺に送り込まれる。


 だが、あくまで完全に塞がっている訳ではない以上、何かの弾みで手違いが起こる事はある。

 それが肺にではなく胃袋にならばまだ良いが、その逆が起きた場合は深刻な事態となる。

 その為、それが起きた際に速やかに入り込んだ物を排出できるよう、生物の身体はとある生理反応を持っている。

 気官に入り込んだ飲食物を即座に押し戻し排出する行為――要は噎せるないし嘔吐くと呼ばれる行為だ。


 それを堪える事など不可能で、加えて働く力は極めて大きい。

 入り込んだ物を重力に逆らって一気に吐き出す必要があるのだから、それは極めて当然の事でもあり、そしてそれを利用すれば呑み込まれても脱出は可能であるという事でもある。


 もっとも、確実に成功する保証は無い。

 胃袋に到達する前に気官の位置を特定し、その上確実に潜り込める保証もなければ、生理反応によって押し戻されこそすれど外に吐き出される保証もない。

 だが普段は運の悪いおれだが、ここぞと言う時の賭けにはいつも勝ってきた。

 そして今回もまた、勝つ事ができた。


「ハ、ハハハッ……!」


 思ったほどの滞空を味わう事はなく、口外に吐き出されてすぐに足を地に付ける。

 そこでようやく自分の姿を明かりの下で確認できたが、予想していたよりも遥かに酷かった。


 だから笑え。

 笑い、楽しめ。

 命の奪い合いは、相手を傷付け傷付けられる行為は、こんなにも楽しい事だと言い聞かせろ。

 そうすれば、痛くない。


「……おっと?」


 右腕に、背後から伸びて来た弾性と伸縮性を兼ね備えた桃色の細長い蔦のような物体が巻き付く。

 その出処を探ろうと振り向いて、絶句する。


「デカいな……」


 暗示を掛けるよりも先に、周囲の確認を最優先にするべきだったと痛感する。

 そうすれば、いやに目線が高いのに気付けていた筈だった。


 おれが立っていたのは、おれを呑み込んだ存在の額の辺りだった。

 幸か不幸か、おそらくは天に向けて吐き出されたが為に地面まで落ちる前に怪物の頭部に着地したのだ。


 その呑み込んでくれた怪物は、ただデカかった。圧倒的なまでに。

 おれの目線の位置から考えても、高さだけで下手をすれば10メートル近くはある。

 加えて全体像はサメかワニに近く、横長なだけでなく全長に対して全高が低い体型をしているらしい。つまりは、その高さに対する全長の比率が圧倒的に大きいのだ。

 推測になるが、最低でも30メートルはあるだろう。もはや大き過ぎて、感覚が半ば麻痺して来ている。

 いまおれが居る位置では、向こう側まで見渡す事はできない。全体像を把握するには、相当な高度から見下ろす必要がありそうだった。


 図体の大きな奴はトロいという認識が通っているが、体が大きいというのは純粋に強い。

 トロいと言えども、そいつらの1歩は人間の何百倍にも匹敵する。

 いかに鈍重な攻撃であろうとも、その攻撃は数百から数千トンにも及ぶ超質量による打撃攻撃である。防ぎようなどなく、また回避しようにもリーチが長い。

 巨躯とは弱点には到底なり得ない、強力無比な武器なのだ。


 その巨躯の持ち主がルシファーの成れの果てである事は簡単に分かる。

 推測材料云々以前に、視界の先にある人間の頭頂部に当たる辺りから、見覚えのある顔を貼り付けた人型の上半身が生えているからだ。

 相変わらず瞳は虚ろで、そして片側しかなく、反対側は何も無いのっぺりとした肌があるのみ。

 そもそも生えている上半身自体も、先ほどの強靭さなどは欠片たりとも残していない、真っ白な肌の貧弱な体だった。

 あまりにも大き過ぎる変わりようだが、それでも一部だけしか残っていないとは言え、あの顔を見間違える筈がない。

 そしてその上半身の口の中から伸びた舌こそが、おれの右腕に巻き付いているものの正体だった。


「ッ……!?」


 それに気付いた瞬間、舌がおれを引き寄せようと巻き取られ始める。

 同時に、その上半身の喉元から根元まで直線に、下半身に対して垂直に突き立つように亀裂が走る。

 その亀裂が左右に開いていけば、現れるのは前の姿の時にも斜めに存在していたものと酷似した大口。

 だがそれとは違い、自身の胴体を上回るほどの幅にまで開かれても、まだその大口は開き切らない。

 結局開口が止まったのは、そいつの胴体の倍の広さにまで広がったところでだった。


 人間を噛み砕くどころか、丸呑みだって容易にできるほどの大きさの口をわざわざこのタイミングで開いた意味を察せないほど、おれは鈍感になり切れなかった。

 おれもそうはいくかとその場で踏ん張り、抵抗する。

 その舌にそこまでの力は無いようで、おれのいまの状態でも全力で抗えば拮抗状態を作り出せていた。

 いや、たかが舌だけでおれの全身の力と同等である事の方こそ驚くべき事かもしれないが。


「死んだなら、そのままくたばってろよ……!」


 ルシファーの成れの果ては、火炎旋風によって喰らったダメージを元に己の権能を用いて、いまの姿へと変異を果たしていた。

 つまりは、想定に反して先ほどの火炎旋風はあの怪物を死に至らしめたという事でもある。

 だが、そんな事が分かってもちっとも嬉しくない。

 結果として、より凶悪な姿となる事の手助けをしたも同然だからだ。


「……あぁ?」


 魔力を可視化させた視界の中に映る、新たな姿となったルシファーの全身に存在する筈の魔力の仲介地点の数を確認し、疑問を抱く。


「20と……3か?」


 23という数は、変異を起こす前の姿と同じ数だった。


 通常、体が大きくなるに比例して、魔力の仲介地点の数も増える。

 それは全身に魔力を循環させる経路の総距離が、巡る体内が広ければ広いほど必然的に大きくなるからだ。

 そうなれば、当然魔力経路が多数重なる場所の数も増えていき、結果として仲介地点の数も増える。

 だからこそ、人間以外の種に対しては【無拳】は無意味だとエルンストは言っていたのだ。


「いや、確か外付け……まさか――って!?」


 地面が――いや、足場にしていたルシファーの下半身がぐらりと揺れて頭上を見上げる。

 必然的に急勾配となったが故に唐突な重力を受け、その場に踏み留まり続ける事ができなくなり、重力と引き寄せられる力の2重の力に引っ張られて落下する。

 虎視眈々とおれが引き寄せられるのを待ち構えていた、ルシファーの開かれた大口の中へと。


「ッッッ……!!」


 最初にその大口の中に入り込んだのは、舌が巻き付けられていた右腕だった。

 直前で巻き付いていた舌は解かれるが、既にどうしようもなくそのまま口の中へと腕は突っ込み、そして獲物を捕らえたハエトリグサよろしく口が閉じられる。

 左側から来る顎こそ左手で受け止めたものの、反対の顎を受け止める腕は他でもない口の中に納まっており、下半身のそれと比べて鋭利さに掛ける乱杭歯が肉に食い込み胸部に空いた穴を乱雑に抉る。


 その苦痛を歯を食い縛って堪え、体に食い込む乱杭歯はひとまず置いて右腕を引き抜こうとするも、今度は大口の中にある舌が腕に絡みつきそれを許さない。

 加えてその舌は顔の口の中に納まっているそれとは形状が違うようで、表面には返しの付いたヒダがあり、それが絡みついた右腕の肉を容赦なく削ぎ落としていく。


「カッ、ハハッ……そういう、ことか……」


 アスモデウスめ、ちゃんと正確に伝えてくれ。

 そうすれば、最初から気付けていたかもしれないのに。


 いや、違うな。これに関してはおれのミスだろう。そもそもアスモデウスは【無拳】の事を知らないのだから。

 おれが掘り下げて聞くべきだったんだ。

 ああすれば、こうすれば。戦いの度に後悔の連続で、さっぱり改善の兆しは無い。

 高みはそれだけ遠いという事だ。


 だが、それでも1歩を踏み出せる。推測が正しければだが。

 もしおれの考えが正しければ、既に試している分を差し引いて、最大でも13通り試せば正解を引き当てられる。

 13回通りを試せば、こいつを倒せる。

 たった13回頑張れば、最初の1歩を踏み出せる。


「抜け出せたらの、話だけどな……」


 さて、まずはこの状況をどう脱しようか。











4月に入ってそうそうに新歓にオリエンテーションと忙しいです。

自分だけじゃないのは分かってるんですが愚痴りたくなってきます。

あと一週間さえ乗り切れば、少しは楽になる……かなぁ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ