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王都襲撃③

 



「ハッハァ!」


 拳が振り抜かれ、特大の砲弾が通過したかのごとく街が破壊される。

 徒手空拳とは思えないほどに広いリーチを持つザグバのその拳を、紙一重で回避し続けるテオルードは驚嘆するに値するだろう。

 一方で、回避し続けるという事は裏返せば反撃する事もできない余裕の無さの表れでもある。


 テオルード=ラルオーヴィレヌという人物については、ティステア国内は勿論の事、同格の5大公爵家たちの間でも謎の多い人物として認識されている。

 オーヴィレヌ家の宗家出でありながら、3年前に行われた【死神】エルンストの抹殺作戦において招集を掛けられながらも何の理由も告げずに頑なにそれを拒否し、またその事に対する審問も作戦実行の日にちまで他の者たちに一切気取られること無く姿を晦ます事で回避。

 その後の結末故に公に処罰されることは無かったが、それでも作戦に参加して死亡した当時の当主の後を継承する権利を剥奪されたとされた。

 だが、その後に継いだ当主を含む、彼の妹を除く宗家の継承権を持った者が全て謎の失踪や不慮の事故死を遂げた為に暫定的に当主となり、さらにそれに反対する者たちもまた同じような末路を辿った為に今に至っている。


 当然だが、それをやったのは間違いなく本人だと周囲の者は考えているが、証拠は一切無い為に沈黙しているのが現状だった。

 そうでなくとも、あのオーヴィレヌ家に対して声高らかに非難を浴びせられる者など居ない。次の日には死体になっていない保証など、どこにも無いからだ。


 そんな経緯を辿って当主となった為に、同じ5大公爵家であっても彼について知っている事は少ない。

 だが、ただ1つ彼について周囲が共通して認識しているのは、当主としてやっていけるだけの実力は十分に持っているという事だ。

 それは彼を除く4名の各家の当主が明言した事であり、1名を除いたその言葉は決して軽くは無い。

 裏返せば、彼はその4名に並び立てるだけの力を持っているという事の証左でもある。

 つまるところ、テオルードは決して弱くは無いのだ。いや、むしろ強いと言っても差し支えないだろう。5大公爵家の全体から見ても、その実力は指折りである事は紛れも無い事実なのだ。


 繰り返すが、テオルードは決して弱くは無い。

 そのテオルードが手も足も出せずに回避に徹するしか選択できない程に、ザグバ・バグドールという人物が強過ぎるのだ。

 強過ぎると言うよりも、むしろ出鱈目過ぎる。

 本人からすれば本気でない、ただの軽い挨拶程度の拳であっても人間を挽き肉に変える事ができる。

 全力で拳を振るえば、要塞を整地する事ができる。

 距離を取っていてもただ拳の延長線上に居るだけで致死圏に居るのと同義の存在を相手に、むしろ延々と回避し続ける事も困難なのだ。


 だからこそ、ザグバは【忌み数ナンバーズ】として認識されている。

 大多数に共通して認識されている6人の中でも、純粋な実力のみで名前を挙げられているのはザグバだけだ。

 その猛威は、古代竜と比較しても遜色が無い。


 だが、ある意味ではそれも当然の事かもしれない。

 知っている人間など片手で数えられる程でしかないが、それでも知っている者からすれば、むしろそれぐらいはできない方がおかしいという認識なのだ。

 魔界で最も優れた技術者であり、そして大罪王の1柱として君臨していた【怠惰王ベルフェゴール】によって施術を受けて生き残った、唯一と言っても言い人間なのだから。


「どうした、避けてばっかかよ!」

「いや、受け止めたら死ぬから当然だろ……」


 妹を抱え、遠方から張り上げられた声にテオルードは溜め息交じりの呟きを零す。


「で、どうだ?」

「申し訳ありませんが、無理ですわ。色々と試してはみているのですが、どういう訳か一切何も起こりません」

「マジか。まあそんな気はしてたんだけどよ……」


 妹の言葉にもう1度溜め息を零し、そしてスッと半歩右にズレる。

 直後にザグバが拳を振りぬき、破壊の暴風が彼の左半身を撫でながら通過していく。


「…………」


 その結果を、ザグバは眉間に皺を寄せながら見ていた。

 口からは余裕を感じさせる挑発を繰り出し、また内心にも同様に余裕があるのは事実だったが、一方で一抹の違和感もまた同時に感じていた。


「何で当たらない……いや、何であんな風に回避できる?」


 いまのもそうだが、それまでも度々、ただ回避するのではなく自分が攻撃を繰り出すよりも早く動き、結果的に攻撃を回避したという事が何度かあった。

 それが例えば、自分の挙動を観察した事による先読みの結果ならば問題は無い。それをできる者が居るのは知っているし、何より彼の上に立つ者はそれに特化した人物なのだから。

 だがもし仮に、そうでないとするならば話は別だ。

 確証も無い言い掛かりに近い仮説で、おまけに過程は違えど齎さられる結果も同じだが、ザグバはそんな風に割り切って軽視したりはしない。


 典型的かつ特化したパワータイプのザグバだが、そういう者にありがちなような暗愚では決して無い。

 過程が違うという事は、ほんの些細な違いからまるで違う結果に転ずる事は十分過ぎる程にあり得るのだから。


「……未来視か?」


 最もあり得そうな可能性を挙げるが、一方で違うだろうと考えていた。

 もし本当に未来を視れるのならば、回避に徹している理由が無い為だ。


「ヤバイヤバイ。何がヤバイって、そろそろどこかしらで破綻しそうな事がヤバイ」

「頑張ってくださいまし。もう少しで状況を変える切っ掛けが訪れる筈ですので」


 そんなザグバの思考など欠片も理解する事無く、テオルードは焦燥を露わにする。


「本当か? 信じて良いのか?」

「あくまで可能性の話ですので、断言はできませんが……」

「信じるもとい、当てにしてるぞ」


 常に視界にザグバを収めているテオルードとは違い、明後日の方向を眺めている妹の言葉に期待を寄せる。

 そしてこれまで通りに、回避に徹して妹の言う機を待とうと決めたところで、ザグバの纏う空気が一変するのを感じ取る。


「それなら……いっちょ、確認してみるか」


 骨が軋む程に強く拳を握り締め、左手を右腕に添えた状態で全身を捻りながら、腕を後ろに引いていく。

 別に焦れた訳でも、業を煮やした訳でも無い。ただ単純に、テオルードという敵対者を見定めようというだけの意図の元での行動だった。

 だがそれだけであっても、当の狙われている側であるテオルードからすれば堪ったものじゃなかった。


「ヤバッ……!」


 何をしようとしているのか、テオルードには分からなかった。分からないが故に、それがヤバイという事が理解できた。

 そして身を翻し、恥も外聞もかなぐり捨てた全力の逃走に移ろうとするも、それよりも先にザグバの前動作が終わりを告げる。


「せーのッ……!?」


 引き絞られた拳が、足元の石畳み目掛けて振り下ろされる瞬間を狙い澄ましていたかのように、遠方から轟音と地響きが迅雷の如く迸って来る。


 振り下ろされた拳は激突の寸前で止められ、方向を転換。自分を目掛けて飛来して来た大型の瓦礫を粉砕する。

 そして視線はその騒ぎの発生源へと、ほぼ反射的に向けられる。


「……ミズキアめ、本格的におっ始めやがったな。こっちの迷惑ってもんを考えろよ」


 遠方からもそうとハッキリ視認できる巨躯の怪物の上に乗る、豆粒程の人影を眺めて小さく呟く。


「まあ、これは負けてられな――」


 そして視線を元に戻し、直前まで視界に収めていた筈のテオルードの姿が跡形も無く消え失せている事に気付く。


「一体、どこに消え――!?」


 衝撃を感じて視線を下ろすと、胸にナイフが水平に突き立っているのが視界に入る。

 それだけでなく、いつの間にか数歩の距離までテオルードに近付かれており、挙句手に別の怪しく光を反射するナイフが振るわれるところだった。


「この、野郎!」


 寸前で後退して刃先が鼻先を掠めさせ、反撃の為に拳を突き出す。

 だかそれも、やはり横にズレられて回避される。


 さらに空いた手で刺さったナイフを引き抜き、投擲。それがナイフによって叩き落とされるのと同時に、地面を抉りながらの蹴りを放つ。

 蹴りの軌道に合わせてカマイタチと抉られた礫が飛ぶも、同じように身を屈められて外れる。

 しかし直後に地面を踏み締めての震脚による衝撃波によって、ようやく距離を離す事に成功する。


「……あん?」


 震脚に用いた左足の膝の関節に、複数の細いナイフが刺さっている事にその時になって気付く。

 痛みは自覚したその時点になってようやく感じ始めるが、出血からしてつい今に刺されたものではない事だけは確かだった。


「……一体いつだ?」


 思い返してみるが、まるで思い当たらない。それどころか、視界に入るまで刺されている事にすら気付かなかった。

 ナイフそのものが小振り故か、刺し傷も大したものではない。だが一方で、もう少し深く刺さっていたら腱を傷付けていた可能性もあった。

 それだけで、十分に警戒するに値する異常事態だった。


「倒れないかよ。お前、本当に人間か?」


 振るったナイフを持つ手とは反対の手で、ザグバの足に刺さっているナイフと同じナイフを掲げて見せる。


「これ1本で、2トンの竜を眠らせられる筈なんだがな」

「……【超人】だからな」


 膝からナイフを抜き、舌で舐め取って吐き捨てる。

 それを投げ捨てて、周囲に視線を巡らせる。いつの間にか居なくなった、テオルードの妹の姿を探して。


「そうか、ならオレは暗殺者だな」

「暗殺者が決闘の真似事をしてんじゃねえよ」

「そっちから挑んで来たくせに何を言う」

「……ハハッ!」


 ザグバが笑う。

 それまでの享楽的な笑みとは一線を画した笑みを浮かべる。

 そして深く息を吐き、目を閉じる。

 再び開かれたザグバの両目からは、一切の余裕の色が消えていた。


「遊びは終わりだ」


 この時初めて、【レギオン】ナンバー6の【超人】ザグバ・バグドールは本気になった。

 それまで狩りの対象としか見ていなかったテオルードを、倒すべき相手として認識する。


「全力で刈り取ってやるよ」

「そうかよ。なら、本当の暗殺者の戦い方というものを教えてやる」










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