王都襲撃②
「ただの結界……じゃあ断じてねえな」
「『魔封じの結界陣』と言うそうだ。名前がシンプルなのは良い事だな」
ゼインが壁を切り取ってできた出口から半分身を出しながら、強襲しようとして見えない壁に阻まれたミズキアを冷めた眼で見つめる。
「その結界内に捕らわれた者は、魔力を用いた如何なる行動も取れなくなる。即ち、魔法も能力も使えなくなる。ただし、魔道具は別なのだそうだ。
一方で、結界の強度自体も鋼以上を誇っている為に生半可な魔道具や物理攻撃ではビクともしない。並大抵の者には実質的に脱出不可能の牢獄に等しいな。エミティエスト家は実に良い仕事をしてくれる、大枚を叩いた甲斐があったというものだ」
「で、オレが捕らわれている隙に逃げようってか?」
「まさか」
やはり冷めた眼で、ミズキアの足元の床を指差す。
つられて床を見下ろしたミズキアの表情が、徐々に強張っていく。
「これは……」
「魔道具が使えるのは、何も捕らわれている側だけに限った事ではない。確かに結界内に居ればそちらは外側に対して干渉できぬが、一方でこちらも内側に対しては干渉ができない。
だがそれも、事前に仕込んでいれば話は別だ。言った筈だ、事前に邸内の者たちには暇を出そうと打診していたと。貴様が来る事を予期しておきながら、やった事がそれだけだとでも思ったか?」
「チッ……!」
ミズキアが狭い結界内で踏み込み、捻りの利いた拳を打ち出す。
魔力による身体強化すらもできない状態での拳は、同格の相手からすれば欠伸が出るほどに遅く貧弱なものだったが、それでも一般人の観点からすればノックアウトは必死の1撃だった。
だが、
「無駄だと言っている。素手で鋼を破れぬ者に、その結界をどうにかできる筈もない」
勢いに反して小さな音が発生し、振るわれたミズキアの拳が裂ける。
裂けたところからは血は勿論の事、ひしゃげた骨や潰れた肉なども露出する。それだけの勢いを持って打ち出された拳であっても、結果は結界に対して汚い血の跡を付けるのみ。
「【還元】が貴様の能力だったな。己の能力の及ぶ範囲内に存在するあらゆる物を己が物とする能力、それを使って貴様は他者の命を己の物とし、死した時にその命から別のストックしてある命へと移し変える事で蘇生を可能とする。故に不死身であり死なずである、それが貴様の強みである訳だ。
だがその不死性である命の移し変えも、結局のところは魔力を用いて能力を使用する事で成り立っている。果たして魔力を用いた行動の一切を制限する結界内において、同様の事ができるかどうかは疑問に思えるな」
ミズキアの足元から眩い光が放たれる。
眩しさを堪えて観察してみれば、その発光が魔道具の発動によるものであり、そして範囲内に破壊を齎すものであるという事が分かる。
「前回戦った時に随分と饒舌だったのは、不死故の余裕から来るものだったのか、それとも別の理由から来るものだったのか、それは分からぬし知ろうとも思わない。
ただ1つだけ言える事があるとするならば、貴様はお喋りが過ぎたな」
「クソったれが!」
完全に読まれて嵌められた――その事を理解したミズキアが罵声を上げる。
だが自分に対する干渉は、結界に阻まれて不可能であると理解しているゼインはそれ以上その場に留まる事もせず、自分が作った出口から悠々とした足取りで退室していく。
「暇の提案を無理やりにでも承諾させるべきだった、という後悔は嘘であろうな」
ゼインは自分の行動を客観的に分析し、そう答えを出す。
「それで邸内が無人となれば、相手に警戒心を抱かせ、仕掛けが事前に見破られる恐れがあった。それが分かっていたからこそ、強制はしなかった。不信感を与えず、確実に仕掛けを作動させる為の人身御供とした。
それでも一応は暇を出そうと提案したのは、言い訳の為だろうな。自分が何もせずに見殺しにしたのではなく、死んだのは彼の者たちが自分で選択した結果だと言い聞かせる為の材料とする為に」
結論を下し、そして割り切る。
全ては必要な事だったと、その上で自分は言い訳もせずに結果だけを受け入れようと。
その結果は、もう既に成果という形で出ている。ならばそれで良しとして、それ以上の掘り下げなどするだけ無意味であると割り切ろう。
そうやってゼインが自分に対して下した結論は、ある前提の下で初めて成り立つ。
即ち、先ほどのでミズキアを仕留めたという前提の上でのみだ。
「……ッ!?」
連続した地響きと周囲から鳴り響く轟音、そして圧迫感と、背後から吹き付けてくる突風。
思わず前につんのめり、あらゆるあり得る可能性を模索して、それでもあり得ないと思いながらも振り向く。
「何だ、あれは……?」
視界に映ったのは、見る影もなく崩壊し瓦礫すらも周囲には満足に残っていない自分の邸宅。
変わりにあるのは、かつてあった邸宅よりも巨大な影。
ずんぐりとした胴体はブヨブヨとした質感の弛んだ藍色の皮膚で覆われた楕円体で、側面からは4本の太い脚に当たるであろうものが生えている。
脚の向きから判断するに顔に当たると予測できる部位には眼も鼻もなく、ただ口と思しき切れ込みと、額の辺りに角柱の物体が刺さっているのみ。そんなのっぺりとした顔から反対側までの長さは目測で30メートルは超えており、高さだけでも10メートル近くはある。
そんな遠方からでもハッキリと視認できる巨体の怪物の出現に、あちこちで悲鳴が上がる。
「魔道具の使用は可能で、壊すには鋼をも粉砕する程の衝撃を加えてやれば良いんだよなぁ?」
その巨体の怪物の頭部に立つ人影が1つ。距離にして数十メートルは離れているはずなのに、不思議とゼインの耳にその声は明瞭に届いていた。
「だから加えてやったぜ、200トンを優に超える打撃攻撃をよぉ! 持つべきは仲間で、貰うべきは優れた作品だなぁ! こっちも大枚叩いた甲斐があったってもんだぜ!」
怪物の上でミズキアが両手を広げて宙を仰ぎ、哄笑を上げる。
そのミズキアの両手首には、以前は見かけなかった複数の宝石の嵌った腕輪が嵌められていた。
「前回はそっちが数の利を持っていた訳だが、今度はこっちが数の利を持たせてもらうぜ。もっとも、こっちの仲間は人間じゃなく、魔界原産の原生生物だがな!」
怪物の頭部から跳躍し、空中に躍り出る。
同時に左手首の腕輪に手をやり、声高らかに叫ぶ。
「出て来いレグート!」
滞空中のミズキアの足元に大量の光が収束し、形を成す。
現れたのは3本の鉤爪を持った脚を1本だけ生やし、額には怪物と同様に角柱の物体を刺しているフクロウに酷似した巨大な怪鳥。
ただ普通のフクロウとは違い、嘴の代わりに人間のそれをそのまま巨体に合わせて大きくしたかのような口を持ち、そこから酸性の液体を垂らしては下界に穴を穿ち、羽ばたく度に抜ける金属の光沢を持つ羽が加速して落下し人々の頭部を粉砕する。
「例え魔界の凶暴な原生生物であろうとも、思うが侭に支配し操る事ができる。5年前に手に入れてから魔界の生物を操れるまでに昇華させるのには苦労したが、この能力は中々に便利だな」
額に刺さった巨大な角柱を、微笑を湛えて撫でる。
そしてすぐに悠々と回遊する怪鳥の上から、厳しい面持ちで上空を見上げているゼインを見下ろす。
「さて、随分とご高説を垂れてくれたな。オレを殺すのに、命のストックが切れるよりも先に魔力切れを狙うとかな。やってみろよ」
ナイフを取り出し、怪鳥の上で喉を掻っ切る。
瞳から色が消え失せたのは一瞬の事で、すぐに光が戻り、またぐちゃぐちゃになった右の拳も元通りとなる。
「生憎オレは捕虜は虐殺派だ。巻き込まれて死んだ無辜の民が居ようが知った事じゃねえし、むしろ命も魔力も有効活用させてもらう」
ミズキアの能力である【還元】の効果範囲は意外と広い。
怪鳥に乗って上空にいる状態であっても、下界にて運悪く巻き込まれて死亡した一般人の死体から命と残存魔力を回収する事は容易く可能だ。
そうやって訪れてから大量に消費した命の埋め合わせをするかのように、ストック数を増やしていく。
「精々頑張れよ。こっちも今度は全力だ、遠慮なしに行かして貰うぜ」
日付が変わる頃には残りも手直しして投稿します。




