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王都襲撃①

 



「……やべぇ」


 裏路地という訳ではないが、人の往来の少ない通りをディンツィオが突如として駆け出す。


 彼の脳内には、現在進行形で大音量の警鐘が鳴り響いていた。

 それはゾルバの諜報員として、生きて情報を持ち帰る事を任務とする彼の培って来た危機察知能力が命の危険を察知した為だ。

 周囲を見渡しても、特に危険が潜んでいるようには思えない。だがディンツィオは確信していた。このまま留まっていれば死ぬと。


 たまに擦れ違う人々が驚いて振り向くほどの速度で走り続けて、早くも30分が経とうとしていた。

 それほどまでの時間を全力で走り続けられるディンツィオの体力も脅威だったが、それだけ走っているのにちっとも鳴り止まない警鐘の方が、ディンツィオにとっては脅威だった。

 できれば人通りの多い大通りに出たかったが、それでも警鐘が鳴り止まなかった場合、返って自由を制限されて自分の首を絞める事になる。その事を考えると、どうしても人通りの少ない道を選び続けざる得ない。


 そうして、走り出した時よりも日の高さが低くなった頃に、突然地面に下ろした足がずぶりと沈むのを感じて急停止する。


「何だこりゃ?」


 感覚としては、底なし沼に嵌ったというのが近いだろう。

 まだまだ日が高いために伸びきらない、ゴミ箱の作り出す影を踏んだ瞬間に、まるでその影が奈落の入り口であるかのように彼の足を捕らえて取り込んでくる。

 即座に脱しようとするも、両足共に既に足首まで沈んでおり、おまけに底に足が付いていない為にどれだけ踏ん張っても上がる事はおろか沈む事を防ぐ事もままならない。


「ごめんなさい……」


 身動きの取れないディンツィオの耳が捉えたのは、そんな空虚な声。

 背後から聞こえてきた声に対して、足を固定されている為に首だけを捻って後ろを見た彼の視界に入って来たのは、自分の胸ほどの背丈しかない小柄な人影。


 膝ほどの高さまでしかないボロボロの外套を頭からすっぽりと被っている為に、碌に身動きの取れないいまの彼には具体的な顔立ちを窺い知る事はできない。

 だが、色も外見も気にせずに複数の布を継ぎ合わせて辛うじて形を保っている外套は、経済的に困窮して身を堕としたスラムの住民が身に着けている衣類よりもさらに酷く、その下から覗く薄汚れている上に傷だらけの素足や、両手に抱えている至る所が破けて中身の綿が出て来ている、これまた継ぎ接ぎだらけのぬいぐるみと、特長には事欠かない。

 決して良い意味ではないが、付近の人間に尋ねれば何かしらの手掛かりが掴めるぐらいに目立つ外観を持っており、そしてディンツィオにとってはあまり歓迎できない事に、その特徴に当て嵌まる人物を彼は知っていた。


「あー、確か君って【レギオン】のメンバーだったよね? あそこの49番の。一応俺っちは君たちの雇い主のゾルバ所属なんだけど、その俺っちに一体全体何の用よ?」


 おちゃらけた言葉を搾り出すが、内心にそれほど余裕は無い。

 隅々まで探し回って掻き集めた余裕で持って、ようやく捻り出せた言葉だ。そのなけなしの余裕も、次の相手の言葉に完膚無きにまで粉砕される。


「ごめんなさい、わたしはあなたのことがきらいです。だからしずめます」


 舌っ足らずな幼い声だが、紡がれた言葉は微笑ましさの欠片もないもの。


「……やべぇ、内応がバレた」


 震え声を漏らし、懐に手を入れる。

 そして限界まで腰を捻り掴んだナイフを投擲。間髪入れずに日の当たる地面に手を付く。


「【岩人召喚】! 俺を引っ張り上げろ!」


 石畳の地面が隆起し、自在に変形しながら瞬く間に人型となる。

 魔法によって即興で作り上げられたそのゴーレムは、寿命も極めて短い上に簡単な命令しか受け付けない。だが馬力は折り紙つきだった。

 そのゴーレムが膝上まで沈んだディンツィオの腕を掴み、凄まじい力で引き上げ始める。


「よし、このまま――」


 脱出できる――そう思ったディンツィオだったが、直後に足首に走った激痛に目論見が外れた事を知らされる。


「がぁっ!?」


 熱と圧迫感に伴う激痛は、彼の沈む影の中に潜む何かが彼の足首に喰らいついた事によるものだった。

 それの正体が何なのかは不明だが、その意図とこの後に訪れる結果については容易に想像ができた。それでも、彼はこのまま沈むよりはマシだと判断して歯を食い縛り訪れるであろう激痛を待ち構える。


 だが、結局それは徒労に終わる。


「どーん!」

「げふっ!?」


 真横から高速で飛来して来た人物に強烈なドロップキックを喰らい、その衝撃に吹っ飛ばされてスポンと影の中から脱出する。

 それまで頑張っていたのは何だったのかとか、扱いがあんまり過ぎるとか、色々と言いたい事はあったが全部呑み込まざるを得なかった。

 代わりに口から出てくるのは、血混じりの咳。

 いっそ吐くんじゃないかと心配になるぐらいに咳き込み、ようやくそれが落ち着いたかと思えば、次の瞬間には蹴られた脇腹を押さえてゴロゴロと転がり始める。


「うっわー、凄い痛そう。大丈夫、ディン君?」

「だ、大丈夫な訳が、ない……」


 自分がやったという事を自覚しているかどうかも怪しい態度で尋ねて来る、自分を蹴った相手――シアに、半ば投げやり気味に答える。


「……うん、死んでないから大丈夫だね。間に合ったみたいで何より。そして――」


 にひっ、とどこか外れた笑みを浮かべ、外套を被った子供に指を突きつける。


「わっかるよー、君は強いってねぇ。子供だからって油断する要素は皆無! それでもって、これをやったのも君だから、よくもやってくれたなって口実で勝負を挑むってね!」

「シアちゃん、いきなり走り出して一体どうし――」


 やや遅れて、シアが出て来たのと同じ方向から息を切らしながら走って来たユナが、最初にシアの姿を、次に地面を転がり続けているディンツィオを、そして最後にみすぼらしい格好の子供の姿を確認する。


「……どういう状況?」

「ジャストタイミング、敵だよユナちゃん! 多分あっちの方角でドンパチやってるのと同じグループの子だと見たね! 戦う理由は十分だよ!」

「いや、状況は理解したけどさ、一刻も早く駆けつけるようにって言われてたでしょ」

「そうだったっけ?」


 自分たちの所属する本家からの呼び掛けの事を早くも忘れている従姉妹に頭痛を感じながらも、冷静に優先順位を考えるように諭す。

 だがシアは、笑いながら子供を指差す。


「でも、あの子は逃がしてくれる気はなさそうだよ」

「…………」


 つられて子供を見れば、力強くぬいぐるみを抱き締めて震えているのが見えた。

 一見すれば、恐怖で震えているようにしか見えない。そして事実、その見解に大した違いは無い。

 だが、恐怖で震えているからと言って無害とは限らない。


「あなたたちはこわいです」


 震えながら、だが声だけは空虚なまま言う。


「こわいひとはきらいです。だからしずめます」


 子供の足元から伸びる影が、不気味に蠢く。

 そして次の瞬間、勢い良く伸張し地面を這いながら3つに枝分かれし、3人を目掛けて殺到する。

 その伸びる影は途中で不自然に停止し、その事に子供が首を傾げている間に2人は転がっているディンツィオを抱えてその場から退避し、適当な建物の屋根の上に跳び移る。


「……嘘、簡単に抵抗された。影は止まっているから、完全にって訳でもないけど」

「あれ、能力だよね?」

「多分。影を操れる魔法なんて聞いた事もないしね」


 ディンツィオを抱えていたシアは、重いと一言だけ呟いて適当に屋上に投げ出す。その際の衝撃によって新たな痛みが発生したディンツィオは、また転がる。


「で、で、逃げられると思う?」

「逃げに徹すれば可能だと思うけど……」


 チラリと、ユナがディンツィオを見る。


「彼を抱えながらだと難しいかも」

「なら、迎撃するしかないね!」


 シアが嬉しそうに笑う。

 ユナはディンツィオの所属国や、従姉妹たちとの関係を知らないが故に、ただの同級生としてディンツィオを見ていた。

 それ故に、彼女の中にディンツィオは不幸にも巻き込まれた一般人として映っており、見捨てるという選択肢は無かった。


「……へん、へんなことをされた。なにをされたか、わからない。わからないのはこわい、こわいのはいや。いやなことをするひとはきらい」


 子供が見上げ、外套の裾から淀んだ赤い瞳が覗く。


「だからしずめます」










 特定の誰かでなくとも、ある程度の実力を要する者ならば、周囲の異変については敏感だ。

 それが実際に起きている事だけに限らず、起きる前の事であっても、ある種の勘によってそれが起きるという事を何となく感じ取る。

 理屈ではない。ただ、場合によっては自分の命に関わる事であるが故に敏感にならざる得ないのだ。


 当然、ゼイン=ルド・レスティレオという名を持つ彼もまた、その予兆を感じ取っていた。

 そしてその予兆が、気のせいではなく現実のものとなった事も把握していたし、それを引き起こした要素の1つが自分のすぐ傍まで近づいて来ている事も感じ取っていた。


「よぉ、決着つけようかぁ!」

「館には、まだ他にも人が居た筈だが……」


 椅子に腰掛けて開かれた本を手に持ったまま、扉を蹴破って姿を現したミズキアをその隻眼で睨みつける。


「彼の者たちをどうした?」

「分かってる事を聞くなよ。ああそれと、眼の調子はどうだ?」

「そうか……質問に対する解は、絶不調といったところだ」


 本を閉じて脇に置き、椅子から腰を上げる。

 ミズキアはそれを、黙って見送る。襲おうと思えば襲えたが、あえてそれをしなかった。

 それが不死身故の余裕から来るものなのかと問われれば、彼は笑いながら否定するだろう。


「一応暇を出そうという提案はしたのだが、それを承諾したのは一握りの者たちのみだった。その事はとても好ましく思えたが、無理やりにでも承諾させるべきだったな」


 壁に手を当てると、まるで最初からそうであったかのように、壁に切れ込みが入って人が潜り抜けられるぐらいの穴が開く。


「前回の戦況は客観的に評しても、2人掛かりで互角に近かった。それをたった1人で、勝てるつもりで来たのか?」

「ハッ、前回のあれがオレの全力だってか? 冗談じゃねえよ、手札は見せきってねえ。本気ではあったが、全力には程遠い」


 凶暴な笑みを浮かべて、ミズキアが臨戦態勢に入っていく。

 呼応するように、ゼインもまた戦闘に即座に移れるように体勢を整えていく。


「今度こそ、完膚無きにまで粛清してくれよう!」

「やってみろよ、法の犬ッコロ!」











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