おぞましき真相
「答えロ! あの売女はどこに居やがル!」
「貴様、わざわざ堕天した身で無理してまで4大天使の秘術を使って呼び出したオレに対して何の用かと思えば、それを聞く事が用件か?」
「そんな事はどうだって良いんだヨ! いいから質問に答えやがレ!」
「そんな事で片付けるな。周りを良く見てみろ、人身御供になってグロッキー状態の人間が3人居るだろう」
「どうだって良いって言ってんだろうガ!」
相変わらずムカつく奴ダ、さっさと質問に答えやがれってんダ。
「どっこらせっと……あー、しんどい。アスモデウスの所在なんぞ、普通に考えてオレが把握している訳がないだろう」
「テメェ……!」
「貴様が元の姿を取り戻していて、尚且つあの小僧の姿が見えない。そして貴様の質問から大体の状況は推測できる。
そしてその上で言うが、根無し草のあいつの所在を把握している奴が魔界に居るとでも?」
「…………」
クソガッ、肝心なときに役に立ちやがらネェ!
「おい、随分と豪勢な品揃えじゃないか。ここの酒貰っても良いんだよな? 金なんぞ銅貨1枚たりとも支払わんがな」
「知るカ」
ジンの奴、いつまでチンタラしてやがんダ。さっさと帰って来やがレ。
死んで無い事だけは確かダ、オレの心臓はあいつの体の中に納まっているのは分かるからナ。
だガ、それが無事である事の証明にはならネェ。
攫ったのがあの売女である以上、何の理由も無い行動の筈がネェ。
もしジンの奴にアイツが何かをしたラ、そうでなくともオレの心臓に気付けば、かなりの確率で何かしらのちょっかいを出すなり細工をするなりするだろうヨ。それぐらいは分かル。
「クソガッ!」
「おいおい、物に当たるなよ」
癪に障るガ、コイツの言う事も最もダ。
こういうのはサタンの野郎の役回りであッテ、オレの役回りじゃなイ。
「……フゥ」
よシ、まずジンの奴が戻って来たら掻っ捌こウ。
胸を掻っ捌いて心臓を確認して、引っ繰り返して他に変化が無いか確認してやル。でもッテ、仮にジンの奴があの売女と何か取り引きをしていたらどうしてやるカ。
あの売女をタダでは済まさないのは当然としテ、ジンの奴には何をしてやろうカ。
「断る」
「即答かい? さすがにショックだなぁ、色欲を司る悪魔としての自信をなくすよ」
「知った事か」
おれに必要なのは無敵の力ではなく、敵を仕留める力だ。
アスモデウスの力が強力なのは確かだが、その力はおれには合わない。
「実に残念だよ。いや、今からでも考え直してくれないかな?」
「くどい」
「遠慮しなくても良いのだよ?」
「してない」
「呑んでくれたらボクの心臓をあげるよ? 推測による言葉だから間違ってるかもしれないけれども、少なくともボクはキミの命を握るつもりはないさ」
「……口ではどうとでも言える」
「いま、揺れ動いたね」
「多少な」
だがリスクとリターンを天秤に掛けた場合、それが釣り合わない事だけは確かだった。
「まあいいさ。時間はそれなりにあるからね、これにめげずにアプローチさせて貰うさ」
「……何でおれなんだ?」
「ん、何がだい?」
「何故あんたらは、おれに執着する?」
「……自惚れてないかい?」
「そんなつもりはないがな」
マモンにしろ、レヴィアタンにしろ、そしてアスモデウスにしろ、おれに対して奇妙な執着心を見せているように思える。
勿論勘違いだと言われればそれまでだが、違和感を覚えていないと言えば嘘になる。
「……まぁ単純な話、人間が珍しいのさ。考えてもみたまえ、魔界に足を踏み入れる人間が、ましてや生きた状態でボクたちに会える人間が果たしてどれぐらい居ると思っているんだい?
ボクも長い事生きているが、魔界で顔を合わせた人間はキミとキミの師を含めても数えるほどしかいない」
「本当にそれだけなのか?」
「共通した理由の1つであるのは間違いないさ。執着というのは少し違うが、各々がキミに対して興味の類を抱いているのも事実だ。
もっとも、その理由は各々で共通してはいれど細部では違うだろうね。具体的にはどう利益を貪るかという方向性の違いさ。キミはさっきボクが言った事を憶えているかい?」
「大罪王や魔界、そして魔族は在り方に変革を求められている、だったか」
さすがにほんの少し前に聞いた事を忘れたりはしない。
「その通りさ。だけど、これはボク個人の考えであって大罪王内にて共通した考えではないという事を留意して欲しい。
同じものを見ても各々が抱く感想が違うように、魔界の抱えている現状は大罪王でなくとも魔族の大半の者が理解している。だけれども、それに対する認識は各々で違うのさ」
「それとこれとが、どう繋がる?」
「……まったく、どうやらキミは自分の価値というものを理解していないみたいだね」
何故か心底あきれたような表情を浮かべられる。
「【災厄の寵児】の事を言っているのか?」
おれの価値と言われて真っ先に思い浮かぶのがそれだ。
おれの意思に関係なく、場合によっては周囲をも巻き込む災厄を呼び寄せるおれのみの特性。
「なんだ、知ってるじゃないか」
「これを利用しようってか? そんなものは無理だ」
おれが制御できないものを、他人が制御できる訳が無い。
そう思って言ったが、アスモデウスは笑いながら否定する。
「確かに、意のままに操るのは不可能だ。だけどね、利用は無理と言う訳でもないのさ。
これはボクがキミをここまで拉致した理由にも関係しているのだけれどもね、聞くけどもキミはここ最近で、その体質が原因の災厄に巻き込まれた事はあったかい?」
「それは……」
何を今更と思って、思えば特性が原因の災厄が降り掛かった事がここ最近で少ない事に気付く。
「ないんだろう?」
「…………」
この特性が発動する時は、首筋に炙られるような不快感を事前に抱く。
それはおれの生存本能が訴えかけて来る予兆であり、それを感じた直後に降り掛かる災厄こそが、特質が引き寄せた災厄だ。
逆を言えば、それを感じないままに災厄が降り掛かるのは、特性とは何ら関係が無い。
「沈黙は肯定と受け取るよ。やっぱりボクの推測は間違っていなかった訳だ。尚更、キミをしばらくの間は解放できなくなってきたな」
「どういう意味だ?」
「おや、キミはマモンから聞いていないのかい? キミたち人間が混迷期と呼んでいる出来事の直接の原因を」
「…………」
知っているか知らないかで言えば、答えは知っているだ。マモンから聞いている。
だからこそ、アスモデウスが言いたい事が分からない。
知った上での行動ではなかったが、それが引き起こる事はおれの行動が原因で無い筈だからだ。
「ボクたち魔族は仲間意識が強い。同族同士で日夜争い続けている癖に何を言っていると思うかもしれないが、これは同族以外の手で同族が討たれた場合、それを決して許さないという意味での事だ。神族があんなんだから、相対的にバランスを取るようにボクたちが生まれたからある意味当然の事なんだけれどもね。
だからこそ多数の同族が殺された時、それに対して魔族の大多数が義憤を抱いた訳だね。神族許すまじってね」
アスモデウスは笑う。心からおかしそうに。
しかしどこか、不快感を滲ませるように。
「まったく、茶番も良いところだ。結局のところ、ボクたち魔族は神族に言いように利用されたに過ぎない」
およそ500年前に起きた、魔族たちによる大侵攻。
それの直接的な原因は、神族によって多数の魔族が殺された事に対する魔族の報復行動だ。
神族に対して報復に向かう為に南下する道中、それを侵略と勘違いして邪魔をして来た人間を排除しただけだ。
ところが最初こそ交戦の意志の無い魔族だったが、人間に最初に神族に殺された数以上の仲間を殺されていつしか矛先が人間に向かっただけだ。
そしてそれが、次第に人間と魔族間の戦争に発展しただけだ。
それが神族の思惑通りとも知らずに。
「なら、何故神族はそんな事をしたのか」
「【願望成就】の能力者が、同時に【災厄の寵児】でもあったからだろう」
昔のおれと同じだ。
「その通りだ。より正確には【災厄の寵児】に選ばれた者が【願望成就】を発現させてしまったという方が正確なのだけれどもね。
ともあれ、所詮神族は【願望成就】によって生み出された存在。その存在が作った【災厄の寵児】が、創造主である【願望成就】を害せる訳が無い。
結果、神族の目論んだ少数に対する災禍の集中は【災厄の寵児】の不発が続き、破綻を迎える寸前までいった」
その事を危惧した神族が打った手が、魔族間の強い仲間意識を利用して混迷期を引き起こす事だったという訳だ。
「システムが破綻した結果に何が起こるかは、ボクには想像もつかない。そしてそれは神族も同様だろうね。だからこそ、神族は自分たちの手で幸福の側に傾きすぎた天秤を釣り合わせる為に、相当数の災禍を人間たちに降り掛からせようとした訳だね。
連中からしても、苦渋の決断だったのだろうね。何が起こるか分からない結果を待つよりも、結果の分かっている災禍を人為的に引き起こした方が安全だと踏んだのさ。まったくもって虫唾が走る」
最後の言葉を強調して吐き捨てる。
おれが想像している以上に、アスモデウスは神族に対して嫌悪感を抱いているようだった。
「で、それがもう1度引き起こると?」
「より正確には、引き起こそうとしている者が居るって事さ。キミの考えている事は分かる。自分が能力を手放しただけでは不十分で、近くに居るだけでキミの特性は能力を持っている子を巻き込まないように発動しないのではないか、そう思っているんじゃないかな?
でも、もし本当にそうだったら全く災禍は起こらない筈だろう?」
それは確かにそうだ。
地震然り、ベルフェゴールの魔造生命体然り、もし懸念が当たっていれば引き起こらない筈だ。
「だから実際のところは、溜まっていく災禍に対して引き寄せられる災禍が釣り合わなくなるというのが正確なところの筈さ。だから、放っておいても実害は無い筈だよ。少なくともしばらくの間はね」
「具体的には?」
「さて、大体100年くらいじゃないかな? 生憎推測になって申し訳ないが、何も外的干渉を受けなくとも早ければ数十年後には何かが起こる筈さ」
「あんたらと人間との時間感覚を同じにしないで欲しいんだがな……」
だが言葉の裏を返せば、何かが起きれば今日明日にでも何かが起こるという事でもある。
「……好都合じゃないか」
それが何かは知らないが、少なくとも周囲をも巻き込む災禍である可能性は高いだろう。
ならば、相当数のティステアの人間を、ひいては5大公爵家の連中を巻き込める。
関係ない奴らも多数巻き込まれるかもしれないが、それはおれの目的達成における、仕方の無い犠牲というやつだ。
「いやいや、ボクにとってはそうじゃないんだけれどもね。
何も無いと言えども、既に溜まっている災禍は相当なものになっている筈さ。それを利用しようとしているのは、種族を問わずに居る。だけどボク的にはそれは非常に困る訳だ。
そこで冒頭のキミを拉致した理由に繋がるのだけれどもね、キミにはその災禍を発散するまで魔界に留まってもらう。利用しようにも、その災禍が溜まってなければ利用のしようが無い訳だからね。
安心してくれ、発散が終わればキミをすぐにでも帰すし、それに言っては何だけれども魔界は不毛の地が殆どだ。何が起きても数値的被害は大した事にはならないよ」
「そっちは心配していない」
結局、おれ1人が割を喰う事になるという事に今さらながらに気付く。
「ああ、そっちの心配か。それも安心して良い、さっきも言ったとおり魔界における安全はこのボクが保障する。それはキミが引き寄せるであろう災禍においても例外ではない」
「そうかよ……」
正直に言えば、信用できたものではない。
そもそも、相手の話を信じられる根拠が無い。それなのに相手の話を鵜呑みにするのは、ただの馬鹿のやる事だろう。
かと言って、疑うにしろ疑うに足る明確な根拠も持ち合わせていない。
結局のところ、おれにはただアスモデウスの思惑に従う以外の選択肢が存在しない訳だ。
そのどうしようもならない現状の再認識に、苛立ちと諦念が湧き上がってくる。
「そういう訳で、長ったらしい話はこれにて終幕だ」
そんなおれの内心を知ってか知らずか、立ち上がったアスモデウスが手を差し出して来る。
「生憎居城は持っていないのだけれども、代わりに隠れ家代わりの別荘ならばいくつか所持している。キミをそこに招待しよう。少なくとも、こんなところで生活するよりも遥かに安全かつ快適な筈さ」
更新ペースが落ちてる。
何とか上げなければとは思うけれども、構想はできていても文字にする事ができない。
一丁前にスランプ気味です。
補足事項その2:大罪王の詳しい力関係(権能を含めたもの)
ルシファー>マモン(現在)>ベルゼブブ(旧)≧サタン>マモン(旧)≧ベルフェゴール>レヴィアタン(現在)>レヴィアタン(旧)>ベルゼブブ(現在)
選考外:アスモデウス(権能故に)