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魔界②

 



「……さて、オレが召集を掛けてから、余裕を見積もっても召集の掛かった奴ら全員が集まるのに十分過ぎる期間が経過した訳だが……招集を掛ける前と後で人数がむしろ減ってるのはどういう訳だ?」

「よ、呼んで来るよって行ったきり、まったくの音沙汰無しな人が結構、い、居るから?」

「だから、それがどういう訳かって聞いてんだよぉ!」

「人望無いんじゃないんですか?」

「喧嘩売ってんのか? 喧嘩売ってんだよなぁ!? あぁ、ウェイン!?」

「いやいや、ここに居る全員が大なり小なり似た様な考えは抱えていると思いますよ。貴方はぶっちゃけ舐められてますね」

「……上等だコラ。テメェら覚悟できてんだよなぁ!?」

「うぇ、ウェインさん」

「どうかしました、キュールさん? あと、呼び捨てで結構ですよ。貴方の事は尊敬してますから」

「そ、それはさすがに遠慮する」

「まあ良いんですけれども。それで、何でしょうか?」

「ふ、副団長の円形脱毛、広くなった?」

「確実に。目算で直径にしておよそ1ミリほど広がってますね」

「ふ、不憫な」

「見てる分には面白いのですけどね。最近の日課は副団長の脱毛部位の直径を計る事だったりします」

「ま、また生えてくるかな?」

「望み薄ですね。ていうか、僕が生えさせませんので」

「聞こえてんぞウェインコラァ!」

「副団長、用が無いなら帰って良いですか?」

「召集を掛けた理由はさすがに知ってるよな!? 事前に教えた上で連れて来るように言ったもんな!?」

「知ってますよ。ボクを副団長に昇格するのと、そのお披露目の為でしたよねぇ?」

「キュール!」

「え、冤罪……」

「あーあ、そんなんだから舐めるんですよ」

「舐められるじゃなくて!?」

「まあまあ、そんな事よりも早く行きましょう。こういうのは早い方が良いと相場が決まってます」

「……そうだな。行くぞ!」

「うわっ、泣いてますよ。良い年した大人が何泣いてんだって話ですよ。だから皆に舐められる」

「……リグ、全部お前のせいだ」










 魔獣の死体から血を掬い取って口に含み、喉を潤す。気分は吸血鬼だ。

 お世辞にも美味いとは言えないが、水分を取らなければ死ぬので味はこの際我慢する。

 手や口周りは真っ赤に染まっているだろうが、こんな場所でそんな事を気にするような者も居ない。おれが納得していればそれで済むだけの話だ。


「……ふぅ」


 新たに煙草を咥え、火を付けて一息つく。

 当然だが、眼前にある死体はおれが仕留めたのではない。


 目覚めた洞穴の外で行われていた争いは、おれが思っていたよりも早く決着が着いた。

 それまでは良かったが、勝者がその後すぐにおれの居た洞穴の中に入って来ようとしてきたのは頂けなかった。

 とりあえず不意打ちで眼球に指を突っ込んだは良かったが、それは致命傷と呼ぶには程遠く、そもそも眼が4つある相手の眼球を1つ潰した程度では効果も薄く、相手が痛みに怯んでいる間に逃げ出すので精一杯だった。

 何とか振り切ったところで渇きを覚え、どこかに水は無いかと探し回ったところに死体を見付け、いまに至るというのが現状だった。


 いまおれが居るのは、先ほどの洞穴のあった荒れ果てた野ではなく、数十メートルもの高さを誇る木々の乱立する樹海地帯である。

 当ても無い現状だが、最低でも何かしらの手掛かりでも掴めればと、逃走の際に遠方に見えたこの地を目指して辿り着いた。

 少し前までは、周囲に一切の水気のない荒れ果てた野の広がる地だというのに、1歩超えるだけでまさに海と表現するに相応しい木の群れが生えているのは奇怪極まりないが、魔界では別段珍しい光景でもない。

 何も無い平野よりも視界は圧倒的に悪くなるが、見付かって逃げる際に障害物の有無は生存に大きく関わってくる。それ故の選択だった。


 とは言え、それも決定的な打開策になる訳ではない。

 精々が生存率を上げるぐらいが限度で、もっと明確な手を打たない限り、現状が改善する事は無い。

 せめて方角が分かれば、大分違うだろう。

 魔界から出たければ、ひたすらに南に進んでいけば良いのだから。


 だがその方角の特定が難題だった。

 晴天に遭遇する事が極めて稀な魔界では当然の事だが、その上魔界の生態系は常識が通じない為に植物の配置などから特定するのも不可能なのだ。


「……はぁ」


 いつの間にか咥えていた煙草が全部灰に変わっているのに気付き、新しいものに火を付ける。

 別にヘビースモーカーという訳でもない。エルンストはそうだったかもしれないが、おれの喫煙行為がエルンストの真似事であるからと言っても、量まで真似するつもりもなければ、する事もできない。

 ただ単純に、こうやって全身に煙をまぶしておけば、多少は虫除けになるからそうしているだけだ。


「……さすが魔界、油断も隙も見せられないな」


 いつの間にか右の手首に蔦が巻き付いているのに気付く。

 力任せに引き千切れるかと試してみたが、細い見た目に反して頑丈で失敗する。

 むしろおれが気付いた事に気付いたのか、素早い動きで締め上げて引っ張り始めた。

 おれはそれに抵抗せず、引き摺られるがままとなる。時々段差や石などが体に当たる事を我慢すれば、然程苦ではない。

 そして道中で手頃な木を見繕い、その木の程良い太さの枝に蔦を引っ掛けた上で巻き付ける。

 途端にそれ以上おれを引き摺る事ができなくなった蔦は、尚も引き寄せようと渾身の力で引っ張る。そこにおれが再び力を加えると、最終的に緊張に耐え切れなくなった蔦が半ばから千切れる。

 自分の力だけで足りなくば、相手の力を借りれば良い。痛覚のない植物だからこそ通じた手段だ。


 未だに手首に巻き付き、断面側を蜥蜴の尻尾の如く蠢かせている気持ち悪い蔦の切れ端を剥ぎ取って捨て、踵を返して駆け出す。

 蔦の主はすぐにおれが拘束から逃れた事に気付くだろう。それをその場で大人しく待つ道理など、どこにもありはしない。

 勿論ただ闇雲に逃走するだけでは無く、周囲を注意深く観察しながらの行為だ。


「……あった」


 知識の中にある種類の植物の種を見付け、持てる限り採取する。

 樹海を逃げ先に選んだ理由の1つは、有用な道具を現地で調達しやすい為だ。

 着ている服を適当に裂いて、採取した小粒の種を包む。既に着ていた服はボロボロだった為、少しくらい裂いたぐらいではまるで目立たないので問題ない。

 完成したそれを腰に括り付け、移動を再開しようとしたところで気配を複数感じ取る。


「不味い……」


 緩やかな下り坂を、全力で駆ける。

 相手の姿は確認していないが、姿を確認してからでは遅い。鼻息から推察するに数は5体。戦って勝てる相手では断じてない。

 不安定な地面を転倒しないように蹴り、時には段差となっている木の根を跳び越え、あるいは適当な枝を跳躍して掴み、腕の力だけで方向を修正した後に身を投げて次の枝に跳び移る。

 そして適当な木の幹に指を引っ掛け、一気に上に登る。いまの気分は猿だ。


「グガァァァァァッ!」

「グオォォォォオッ!」

「ギャッギャッギャッ!」


 下を見れば、そこでようやくおれを追跡していたものの正体を確認できる。

 それは酷くちぐはぐで、それでいて奇怪な4足歩行の獣たち。

 異常なまでに発達した2本の牙を持ったイノシシの頭部に捻れた角を2本生やしたその外見の獣は、魔界の中でも東部に生息する筈の獣だった。

 もっとも、魔界の獣の生息域など頻繁に変わる為に余り当てにはできないが、少なくとも現在地が東部方面であるという可能性が高くなったのは確かだった。南北どちら側寄りかまでは不明だが。

 基本的に大罪王の中でも最も懇意にしているマモンが魔界の西南西に居る為、おれは余り東部方面の地理には明るくないので、得られた情報はそれほど役に立ちそうに無かった。


「……このまま、あいつらが立ち去るのを待つか」


 その異常に発達した牙が邪魔な為に、あいつらは木を登る事ができない。

 その為根競べをしていれば、やがて相手のほうが先に根を上げるのは目に見えていた。

 事実、程なくしてその魔獣たちは吼えるのを止めて走り去って行った。

 だが――


「……諦めた、のとは違うな」


 諦めて立ち去ったにしては、随分と足取りが必死そうで違和感があった。

 まるで、何か恐ろしいものを見てしまって怯えているかのような、そんな足取りのように思えた。


「……ッ!?」


 その予想を裏付けるようにバサバサッ、という羽ばたき音が大きく響き、木が大きく揺れる。

 おれが立っている枝の反対側、そこに巨大な鳥が1羽止まっていた。

 頭から尾まで優に5メートル、翼幅に至ってはその倍はある巨大な怪鳥。そんなに大きくて空を飛べるものなのかと心配になるほどだが、その巨体からは想像できない程の軽やかな動きと速さで飛行できる事をおれは良く知っている。


 この怪鳥は魔界の食物連鎖においても上位に立つ、空の捕食者。

 そいつを梟か鷲とするならば、差し詰め今のおれはネズミかそれ以下だ。


 幹に背を付けて呼吸を極力抑え、気配を消す。

 見付かればお終いだと理解しての行為だったが、そんなおれの内心を知った事ではないと言わんばかりに、その怪鳥は人間よりも遥かに太い枝を鉤爪でガッチリと掴んだまま、全身を覆う羽毛を鋭利な嘴で熱心に羽繕いしていた。


 そのまま硬直状態がしばらく続いた後に、怪鳥はようやく満足したのか羽繕いを止め、翼を羽ばたかせて上空へと飛んで行った。


「……はぁ」


 飛んで行った怪鳥が視界から消えたのを確認してから盛大な安堵の息を吐き、慎重に木から降りる。

 そして念の為に先ほどの獣たちが近くにいない事を確認して、ようやく一息つこうと肩の緊張を抜こうとした矢先に、上空から甲高い奇声が響き渡る。


「キェェェェェッ!!」

「クソっ!」


 見上げれば飛び去ったはずの怪鳥が、猛烈な勢いで一直線に戻って来ていた。

 一体どうしてと思う暇もなく全力で駆け出す。どうして戻って来たのかはともかく、怪鳥がこちらに向かって来ている理由など1つしか無かったから。


「見付かった……!」


 転ばないようになどという注意は二の次だ。

 途中で何度も転倒しかけて、枝などで肌に生傷を体に作りながらも、なるべく木の真下を通るように走り続ける。


「クェェェェェッ!!」


 そんなおれを、力強い羽ばたき音と天を衝く奇声が追い掛けて来る。

 その音の発生主は、全力で駆けるおれを嘲笑うかのように、すぐ後ろの上空を付かず離れず追い掛け続けている。

 一見すると移動速度は拮抗しているように見えるが、とんでもない。

 おれを追いかける怪鳥はただ降下するのに生い茂っている木々が邪魔なだけで、それらが無ければおれはとっくの昔に捕らえられている。

 いまはおれが木の根元を選んで走っているから捕らえられずにいるだけで、頭上を覆うものが無くなれば、そうでなくとも足を動かすのを止めれば、即座に怪鳥はおれを捕らえるだろう。その後の末路は想像するまでもない。


「ケェェェェェッ!!」

「ぐあっ!?」


 しかしとうとう、頭上の木々が途切れた事によって追いかけっこは中断される。

 頭上の木々が途切れたのは、ほんの一瞬だけだ。その一瞬を怪鳥は見逃す事なく急降下を仕掛け、羽ばたきによって生じた強風に煽られて動きが止まったところを押し倒され、直後に起き上がろうと仰向けになったところで鉤爪に押さえ付けられ地面に縫い止められる。


 怪鳥の体重が全身に襲い掛かり、体中が悲鳴を上げる。

 何とかして抜け出そうとするが、怪鳥の脚は両肩と両脇、そして胴体をガッチリと固定しており、いくらもがいてもまるで抜け出せる気配が無かった。

 そんなおれの徒労を余所に、怪鳥は顔をおれの鼻先に近付け、カチカチと嘴をこれを見よがしに開閉し喉を鳴らして見せる。


「なん、だそりゃ? 勝利の宣告の、つもりか……?」


 許す限りの稼動範囲内で腕を動かして腰に括り付けていた布の袋を掴み、おれの身体を固定する忌々しい鉤爪を持った足を袋越しに掴んで押し付け、中に包まれている種子を押し潰す。

 そして手が押し潰されて出て来た汁で濡れて来たところで、普段は煙草に火を付ける為に利用している小道具で火を放つ。

 出て来る火種はとても小さなもので、暖を取るのにも使えない。だがそれが布袋に燃え移った瞬間に勢い良く燃え上がり、怪鳥の足だけに留まらず羽毛や肉を焼く。


「ギェェェェェッ!?」


 周囲には焦げた甘ったるい臭いが充満し、怪鳥の苦痛の悲鳴が響き渡る。

 至近距離での絶叫は凄まじいもので、至近距離に居たおれもまた耳を思わず塞いでしまう程のものだったが、これ幸いに拘束が緩んだ隙を突いて怪鳥の脚から抜け出す。

 そしてすぐさま逃げ出そうとしたところで、視界に入り込んで来た光景を確認し、間髪入れずにその場に倒れ込む。


「ガルァッ!」

「ゲェッ……!」


 おれがその場に伏せた刹那、頭上を大きな影が通り越し、背後に居た怪鳥の喉元に喰らい付く。

 伏せたまま上体を捻って見れば、そこに居たのは獅子の鬣を持った狼という、これまた奇怪な生物に喉に喰いつかれて声も出せずにもがいている怪鳥の姿があった。


 しかもその狼モドキは1匹だけでは無い。

 最初の1匹が怪鳥に喰らい付いたのが合図だったかのように、周囲から一斉に現れては怪鳥に向かって跳び掛かり、思い思いの場所に喰らい付いていった。

 見た事も無い種だったが、それもまた魔界では珍しい事ではない。

 そして魔界においても食物連鎖において上位に位置する筈の怪鳥が、その狼モドキたちにやられているのも別段珍しい事ではない。

 下克上というのは魔界では当たり前の事だからだ。

 その狼たちの猛攻に、堪らず怪鳥は翼を広げて飛び去ろうとする。しかしそうはさせまいと、また新たな個体が現れて翼に喰らい付き、骨を噛み砕く。

 もはや虫の息となったその怪鳥に、狼はハイエナの如く喰らい付いて行き、容赦無く骨肉を噛み千切り、骨肉を咀嚼し血を啜り嚥下していく。


 その光景を尻目に、今度こそこの場から逃げ出す。

 逃げてばかりだが、恥じるような事は何1つ無い。その狼共の群れが、近くに居る格好の獲物をみすみす見逃すとは到底思えない。

 その食事が終われば即座に、次の標的としておれに襲い掛かって来るだろう。


 走り出してしばらくの間、背後から追って来るような気配は一切無かった。

 だがその間、走る事を止める事も、ペースを緩める事もしない。できない。

 魔獣は例外を除き、大抵の個体が鼻が利く。おれの臭いを追跡する事など造作も無い事だろう。

 ほら、その推測を立てた矢先に遠吠えと草木を掻き分ける音が追いかけて来た。おれに残された猶予は余り無い。


 あの狼の群れがおれを捉えるのが先か、それともおれの推測が当たっていて尚且つそれを見付けるのが先か。

 推測が外れているとは思わないが、確証は無い。なにせ魔界に常識は通用しない。

 だがそれは杞憂だったようで、遠方から大量の水が流れる静かな音が聞こえてくるのに気付く。


「……ビンゴ、思った通りだ!」


 地面は湿っている上に、周囲に大量の木々が生えて大きく成長する程の水分が地中には存在しており、尚且つ緩やかながらも斜面ができている。

 となれば必然的に、木々に濾過された水が坂に従って流れ落ちる川がどこかしらにできている筈だった。

 もっとも、そんな条件が揃っていても稀に溶岩が流れていたりするのだから完全に当てにはできなかったが、賭けには勝った。


 追っ手との距離は大分縮まって来ているようで、足音が背後からどんどん近づいて来ていた。

 あの狼たちが魔獣なのか、それとも低位の魔族である魔物なのかは分からないが、どちらにせよ脳の抑制の外れたおれよりも運動能力が高い事だけは確かだった。

 何とか立体的な移動を駆使して差を開こうとするも、距離は一向に離れる気配はない。それどころか、荒い息遣いまで耳に届いてくる始末だ。


 いよいよ背中に生暖かい息が掛かり始めた瞬間に、唐突に生い茂っていた木々に終わりが訪れ、視界が開ける。

 眼前に広がった光景を脳内でコンマ以下で処理し、僅かたりともスピードを落とす事なく全力で跳躍する。


「うっ、ぉぉ、ぉぉおおおおおっ……!?」


 予測では眼前には川が広がり、その水中に飛び込んで臭いを消すと共に距離を取って逃げ切るつもりだったが、予想と違う点が1つだけあった。

 それは広がっていたのが川ではなく、高所から大量の水が落ちる事によって形成されるもの――所謂滝と呼ばれるものであり、そしておれが飛び込む先は川ではなく滝つぼでなければならなかったという点だ。












長くなったので分割します。

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